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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常

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29 防衛騎士団の落日(3)

 目的地であった通信室の扉に手をかけ、気が緩んで油断した瞬間を背後から狙われたナルブレイド。

 彼はその薄れていく意識の中で、ただ冷静に己の死を覚悟していた。

 かねてから反抗的であったナルブレイドを決して逃がすまいと、尋常ならざる鬼の形相で追いついて来た騎士Aによって首を絞められている危機的な状況なのである。


「死ね、死ね! 死んでしまうのだ、ナルブレイド!」


 時間稼ぎもかねて何か言葉を伝えようとしたものの、首を絞められたナルブレイドは顔が歪むばかり。懸命に身をよじりつつ全力で抵抗するが、息ができぬほど喉がしめつけられて声を出すことができなかった。


 ――まずはなんとしても首の拘束を解かなければ! でなければ死んでしまう!


 己の首に回された騎士Aの両手をなんとか振りほどこうとして、窮地に陥ったナルブレイドは必死の思いでスリップの魔法を仕掛ける。

 だが一体どうしたことか、これがなかなかうまく決まらない。

 その場で七転八倒して転げ回ろうとも、意地でも手を離さない騎士Aのせいである。魔法を使い続けるナルブレイドへの対抗心からか、むしろ最初よりも手の力が強まっていく。

 並々ならぬ執念だ。単純な殺意ではない。もはや怨念さえ感じる。

 気がついたときには転んだ際の衝撃で剣を落としてしまっていた。手を伸ばしても届かない位置に転がっている。ナルブレイドが使うスリップの魔法は人体以外の物体を滑らせることはできないため、あれをつかみ取ることは難しそうだ。


「……逝ったか? すでに逝ったのかっ? ほら、今すぐ私に貴様の生死を教えるのだ。死にかけのナルブレイドよ!」


 質問に対する答えの代わりとでもいうように、きつく歯を食いしばったナルブレイドは数発分の威力を込めた強い一撃を試みる。

 ほぼ垂直に落ちるような速度で床を滑って、背中側から首を絞める騎士Aごと自分を壁に叩き付ける。ためらいはなく、摩擦熱を感じるほどの威力だ。

 ずしんとくる鈍い衝撃音。

 ろくに受け身をとれなかった騎士Aは背中から壁に衝突し、短く息を吐き出して顔をしかめた。

 だが、ぶつかったダメージはナルブレイドが想定していたよりも小さかったようだ。


「お得意のスリップで壁にぶつけてくれるとは小癪な攻撃だなぁ、ナルブレイド! しかしこの程度では私を倒せんよ!」


 行動の無意味さをあざ笑って騎士Aは勝利を確信した。肩のみならず、全身を揺らして笑うほどの余裕を見せつける。

 自分が小馬鹿にされていることを理解しつつも、諦めるわけにはいかぬナルブレイドは再びスリップの魔法を試みた。飽きるくらい何度も何回も何遍でも、自分ごと騎士Aを壁に叩き付ける。

 ところが、さすがに首を絞め続けられていれば息も限界となってくる。

 意識が遠のき、精神果樹園の魔力も尽き始める。

 こんなことになるならば、もっと他の手段を試みるべきだったのだろうか。壁に向かってスリップの魔法を使うより先に、落ちている剣を拾っておけば良かったのかもしれない。

 後悔先に立たずとは言うものの、もっとうまいやり方があったのではないかと考えずにはいられないナルブレイド。後先を考えずに突っ走りがちなのは、自身も認めるナルブレイドの悪い癖だった。

 ……と、彼が後悔を深めたそのときである。


「ええい、くたばれ小悪党!」


 廊下に転がって組み合う二人の背後から誰かが叫んだのと同時、それまでナルブレイドの首を絞めていた騎士Aが奇声をあげて気を失ったのだ。

 死ぬ寸前だったナルブレイドは命からがら、がはごほと咳き込みつつも立ち上がる。


「先輩、助けに来ていただけたのですか!」


 起き上がって振り向いた視線の先に立っていたのは上官の騎士ケニーだった。


「理由はわからないが、つい先ほど私を足止めしていた敵の攻撃が止まったのでな。心配になって急いで助けに来たぞ。どうやら間一髪だったようだが」


 ほっと一息つく彼がナルブレイドを助けにこられたのも、今まで彼を足止めしていたエッゲルト・シーの攻撃が止まったからである。

 すなわちそれは遠回しにキルニアのおかげでもあったが、それを彼らが知る由はない。


「とはいえ、ここで雑談にかまけている暇はない。今のうちに通信室から外部へ連絡して救援を呼べ。呼んだところでもう騎士団の壊滅は避けられないだろうが、やれることはやっておくべきだ。私は部屋の前で誰か来ないか見張っておく」


「はい、わかりました!」


 吐く息も荒く扉を開けたナルブレイドは、倒れ込むように通信室へと駆け込んだ。

 そこはそう広くない長方形の部屋で、中央には資料が山積みにされた丸テーブルが置かれており、向かって右側に魔術式の通信装置が備え付けてある。左側には巨大な棚やケースがあって、これはおそらく雑多な資料がおさめられているのだろう。

 部屋の正面には防音魔法がかけられた開放的な窓があるものの、そこから見える景色は殺風景なものだ。古びた石造りの噴水が備わった裏庭で、朽ちた色の落ち葉が散り敷かれている。さらに向こうには切り立った岩壁が見え、その手前にはこの施設全体を取り囲んでいる巨大な壁が見えた。

 好奇心旺盛な子供でもなければ探検して遊んでいる場合でもないので、迷うことなく通信装置に向かったナルブレイド。一度も使った経験はないが、ごく単純な仕組みで作動する魔術式の通信装置は難なく起動した。

 彼が救援を求める相手は極秘裏に知り合った市民革命団である。


「こちらは襲撃されている! 救援を頼む!」


 という内容の通信を送ったが、あちらから返事が来るまでには時間がかかるだろう。

 しかしこれで、ひとまず果たすべき目標は達成した。

 人心地がついて満足感を抱きつつ、これで通信室も用済みだろうと、ひとまず外へ出ようと扉を開けた時である。


「出てくるな、部屋の中に戻れ!」


 聞き間違いかと思ったが、そうではない。

 冷静さを保ちつつも血相を変えた上官ケニーが身を翻して、何が何やら理解できず戸惑うナルブレイドを強引に室内へと押し戻したのだ。


「なんでもいい! とにかく誰も入れないよう、この部屋の入り口を塞ぐぞ!」


「……わ、わかりました!」


 問いただしたい気持ちもそのまま、ただ事ではない事態を察したナルブレイドは疑念を挟むでもなく彼の指示に従った。考えることを放棄したともいえるが、この場合は拙速を尊んだとしても間違いではない。

 それほどまでに事態は緊急を要した。

 テーブルや椅子を押し付けて塞いだ扉から距離をとり、反対側の窓際にまで下がる二人。

 そうやって形ばかりの退避が完了した直後だ。

 何者かによって頭を殴られたのではないかと思われるほどの空気振動が彼らを襲う。

 窓際に立っていた二人の腹の底まで震わせる轟音を立てて、組み上げていた即席のバリケードが入り口の扉ごと吹き飛ばされたのである。

 ナルブレイドの目の前にごとりと音を立てて落ちて来たのは、扉と一緒に吹き飛ばされた騎士Aの死体であった。扉を破壊した爆発的な暴力に巻き込まれたのか、あの一瞬で即死とわかるほど身体を破壊されている。

 流れ出る血が生々しく床に広がり、ナルブレイドは思わず目をそらした。

 そこへ、堂々と、いかにも愉快げな、品のない笑い声が響いてくる。


「なっはっは! やはり組織のボスたる者、率先して襲撃の前線に立たねばなるまいなぁ! なんといっても逃げ惑う弱者をいたぶるのは面白い! 最高の娯楽だ!」


 ブラッドヴァンの首領にして、最強最悪の魔法使いでもあるオドレイヤだ。

 こんなところで敵の親玉と遭遇するとは。しかも勝ち目がないほどの難敵に。

 あまりの驚きと恐怖からか、相手への警戒も忘れてオドレイヤの顔を直視するナルブレイドであったが、隣にいたケニーに揺さぶられるように肩をつかまれて我に返った。


「油断をするな、今すぐオドレイヤの顔から目をそらせ! ここから逃げるにしても、勇気を出して奴と戦うにしても気をつけろ! 許しがたい敵であることはともかく、あいつは魔法使いとしての力だけは本物だ! 至近距離なら視線を合わせただけで命を取られるぞ!」


「……はい!」


 頼れる上官の忠告に気を取り直したナルブレイドはオドレイヤから視線を外して身構える。

 背後の窓を蹴破って施設の外へ逃げるとしても、無警戒に背を向けた時点で殺されてしまいかねない。

 ならば今は立ち向かうしかないのだ。

 一方、二人の焦りを見たオドレイヤはくぐもった笑い声を上げる。


「いやぁ、なんと喜ばしい敵の姿であることか! ……そのきらめく闘志! この状況で私に闘志を向けてくれるとはなぁ! よろしい! 奮い立った虫けらのためにチャンスをやろう!」


「……チャンスをくれるって?」


「そうとも。少しでも長く生き延びられるかもしれぬチャンスだ。私はこれから貴様ら二人を殺すまで、この右手による魔術と、そこにいる死体しか使わないでやろう」


 言いながら視線で示した先にあるのは、血だまりに伏した騎士Aの死体だ。

 その遺体へ右手の先を向けたオドレイヤが即興で考えたふざけた呪文をつぶやくと、つながれた無数の糸で引き上げられるように、不自然な動きをもって彼の死体が起き上がった。

 その両目に光はない。息を吹き返して生き返ったのではなく、死体のままオドレイヤの魔法によって操られているのだ。

 忠実なる無言の兵士。オドレイヤの指揮する死体人形である。


「ナルブレイド、奴の右手に注意しろ。おそらくだが、何か強力な魔法を使ってくる。それから、そっちの死体人形には近づきすぎないよう注意だ。なんとか隙を作って逃げるぞ」


 そう言われてナルブレイドはふと考えた。

 果たして逃げる隙を作ることができるだろうか、と。

 しかし、ほぼ同時に結論を出す。

 わずかでも隙を作ることができなければ、その時は死ぬだけだ。

 ナルブレイドが決死の覚悟を決めるや否や、オドレイヤが身を屈めた。その場で前屈みになった中腰の姿勢となり、肘を曲げた右手を床につけている。

 次の瞬間、曲げていた右手をバネにしてオドレイヤは飛び上がった。

 あっという間にその身が天井に達すると、今度は上に伸ばした右手を天井に押し当てて肘を曲げ、再びバネのような勢いを得て加速すると、呆然と見上げるナルブレイドたちを目掛けて頭上から飛びかかってくる。

 その右手は目に見えるほどの風をまとって震えている。

 あれに触れてしまえば、人間の身体など粉みじんだろう。


「スリップ!」


 通常の動作では回避不能と判断したナルブレイドは即座にスリップの魔法を発動した。上官のケニーを巻き込んで二人ともども左右別々の壁まで、急斜面を転がり落ちるように滑って移動する。

 地震めいた衝撃とともにオドレイヤが着地すると、耳をふさぎたくなるほどの轟音を立てて砂塵が舞い上がった。床が崩れて割れて、そこに大きな穴があいたのだ。直撃していれば今頃二人の命はなかったに違いない。

 今なら出口から逃げられるか、いやそれはできない。唯一の出入り口には騎士Aの操られた死体がある。すれ違いざまに魔力爆発を起こされれば無事では済まない。

 着地の際に加減を誤ったらしいオドレイヤの姿は穴の下。つまり階下にいる。

 ならば逃げ出す方向は一つ。


「窓を蹴破れ!」


 ナルブレイドはケニーの指示を聞き届けるより早く行動に移っていた。

 はめ込み式の頑丈な窓は開けるのも簡単ではないが、近場にあった適当な鈍器を投げつけて窓をぶち破る。窓枠に残った破片は靴で蹴飛ばせばいい。幸いにもここは三階で地面からそう高くもなく、窓際まで伸びていた枯れ木の枝に足場を求めながら、彼らは荒れ果てた庭へ向かって飛び降りた。

 オドレイヤは二階、死体人形は三階。

 ならば追いつかれる前に敷地の外へ走って逃げれば助かる。

 そう思って一歩を踏み出したナルブレイド。


「伏せろ!」


 その声がなければ即死だった。

 転がるようにして地に伏せたナルブレイドの頭上を大量のがれきが通り過ぎる。

 オドレイヤが二階の壁を内側から破壊して、大小無数の破片を二人へ向かって飛ばしてきたのだ。


「スリップでこのまま行きます!」


 あまり格好はつかないが、身を低くして伏せた状態のままであっても、スリップの魔法ならば高速で移動できる。

 精神果樹園の魔力が続く限りにおいて、自分の足で走るより速いくらいだ。


「行かせはせんよ!」


 対するオドレイヤは崩れた二階の壁からためらいもなく飛び降りて、やはり右手を使って着地すると、それをバネにして高く飛び上がった。

 飛び乗る先は庭に立っていた枯れ木。

 その枝の一つを右手で折って取ると、それは即席の手投げ槍となった。


「おびただしき槍の軍勢よ、逃げ惑う獲物を刺し貫け!」


 その一本を投げ放つと、同じように何本もの枝が勝手に折れて槍と化し、続けざまに自動で射出される。

 まるで意志を持った蜂の大群のように逃亡者へと襲いかかる。

 狙うはスリップで逃げる二人だ。

 魔法の才能に天地ほどの差がある故に、オドレイヤの投擲した槍は二人の身体に深々と突き刺さった。

 途中で止まらず貫いて、地面に縫い付けられる。

 だが致命傷は外した。

 上官のケニーが身を挺して振るった剣で防いだのも功を奏しただろうし、そもそもオドレイヤはいたぶるのが大好きなので、味気なく一撃で殺すのを意図的に避けたのもあるだろう。

 幸いにも一命を取り留めたとはいえ、肝心の足を止められた。

 この窮地から脱するためには槍と化した枝をすべて引き抜いて、再び走り出すしかない。

 だから彼らはそうしたが、それを成し遂げる頃にはオドレイヤが次の一手を打っていた。

 今度は騎士Aの死体を投げつけてきたのだ。


「ナルブレイド、お前だけでも逃げろ!」


「しかし!」


 ナルブレイドはスリップの魔法を使おうとしたが失敗した。

 あまりに失血がひどい。経験したことのない深刻な痛みで意識も飛びそうだ。先ほどから魔法を使い続けているので、さすがに魔力切れもある。

 剣を支えとして立ち上がったケニーはナルブレイドをかばうように構える。


「先輩!」


 オドレイヤの魔法で操られる死体人形は投げられた後で地面に着地すると、強引に姿勢を正して、速度を落とすことなく走り出す。二人のそばで魔力爆発を起こすつもりなのだ。にやにやと笑っているオドレイヤは最後の余興を楽しんでいると見える。

 そうはさせるものかと、ケニーはタイミングと距離を見計らって剣を横になぐ。狙うは敵の下半身、すなわち足である。うまく切断するにはいたらなかったが、鋭く入った切れ込みが死体人形の動きを制した。

 畳み掛けて剣を振り下ろす。

 今度はうまく首を切断した。

 だが、その瞬間、首を失った死体から強烈な光が放たれる。魔力爆発だ。

 至近距離から激しい爆発に見舞われたケニーは全身が燃え上がりながら吹き飛ばされて、あっという間に事切れた。回避することはもちろん、断末魔を上げる暇さえなかった。

 そう遠くない位置にいたナルブレイドも余波に巻き込まれたが、ケニーとは違って爆発地点からの距離があったおかげで致命傷は免れた。

 しかし精神的ダメージは甚大だ。頼りになる先輩を目の前で失ったのだから無理もない。

 こんなにもあっけなく人が死んでしまうのだ。

 強力な魔法、才能ある魔法使いとは、いとも簡単に他人の運命を左右してのける。だからこそ帝国は高度魔法の普及に慎重であったし、世界には反魔法連盟の思想が広まっているのだ。


「抵抗もここまでかね?」


 気がつくとオドレイヤがそばにいた。戦意が喪失してうずくまった状態でいるナルブレイドの体を右手一つで持ち上げると、ぐるんと回して勢いをつけ、壁に向かって投げつけた。

 ぶつかった衝撃に外壁はひび割れる。当然、ナルブレイドの体も無事ではすまない。

 打撲、骨折、裂傷その他、意識を失うには十分過ぎるダメージを与えられたので、もはや彼は生きているのが精一杯の状態でしかなく、ここから逃げ出すことを諦めるしかなかった。

 オドレイヤは落ちていた枝の一本をすかさず右手に取ると、重力に引かれて落下し始めたナルブレイドへ向かって投げつける。魔力によって強化された枝は石の壁を貫き、落下途中のナルブレイドを壁に縫い付けた。


「ふん、所詮この程度か。あとは鳥の餌にでもなるがいい」


 あまりにも一方的な展開で決着がついてしまい、興がそがれたオドレイヤは二人に背を向けて歩き出した。彼は広い意味での強敵には関心を示すが、立ち向かうことをあきらめた雑魚とわかると途端に興味を失ってしまうのだ。

 充満する血の匂いに引き寄せられてきたのか、上空には巨大な鳥が地上の様子をうかがいながら旋回している。

 やがて我先にと地上まで降りてきて、死者たちのデザートをついばんでしまうのだろう。





 見世物のように施設の壁に貼り付けにされた彼に幸運があったとすれば、とどめを刺されなかったことである。

 そして救援を求めた先に治癒魔法使いのアレスタがいて、他でもない彼が真っ先に駆けつけたことであろう。

 すでにオドレイヤは姿を消した後だったが、鉢合わせしなかったのはアレスタたちにとっても幸運に他ならない。いくらイリシアとアレスタのコンビであっても、無策では勝ち目がない相手だ。


「なんてひどい……」


 アレスタはナルブレイドを引き下ろすと、テレシィを呼び出して治癒魔法をかけた。見るも無惨な重体だったが、治癒魔法の効果は絶大だ。たまりにたまった疲労の影響か、全身の傷が完治しても目を覚まさないものの、しばらくすれば大丈夫だろう。


「アレスタ、どうやら大変なのは彼だけじゃないみたいだけど、どうする?」


「イリシアが彼らを見捨ててもいいと言うなら、俺だって魔力や体力の限界を理由にここを立ち去ったっていい。でもイリシアは傷ついた人々を見逃すことなんてできないし、そんな君に憧れる俺は彼らを本気で助けたいと思えてくるんだ」


 イリシアは彼をねぎらうように肩をたたいて優しく微笑んだ。


「それはアレスタがもともとそうだからだよ」


「うん、だったらなおさら頑張らなきゃ。イリシアの期待を裏切るわけにはいかない」


 他にも傷つきながら生き残った騎士団員の姿はある。

 深手を負っている人間も一人や二人ではなく大勢いたので、彼らを助けると決めたアレスタは忙しかった。

 そうして襲撃を奇跡的に生き延びた騎士団員たちは、その多くが市民革命団やマギルマに合流することとなる。

 彼らは個人として技量が優れている訳ではないが、同じ目的のもとに団結して戦えば、いずれブラッドヴァンとも対抗できる戦力になる可能性はあるだろう。


「でも、そんなにうまくいくかどうか……」


 つぶやきながらカズハは首にかけていた羽飾りを手に取った。ひと時でも穏やかな日々を夢想したくなって、思い出に浸るように、チークと交換した羽飾りを目の前にかざしたのだ。

 すると、どういうわけか強い風に吹かれたように羽先が揺れている。

 しかし今は風が吹いていない。ならばなぜ揺れているのか。

 羽飾りに使われている地獄鳥は一般的な鳥類とは異なり、大気の流れによって生じる風ではなく、ある種の魔力の流れに乗って飛ぶという。

 つまりこの羽根は魔力の流れに反応しているのだ。

 とはいえ、これほどまで極端に反応することなど見たことも聞いたこともない彼女だったが。

 アヴェルレスの淀んだ空気のせいで感覚が鈍ってしまう人間にはわからないが、この異世界の街には独特の魔力の循環が発生しているのであった。

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