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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常

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27 防衛騎士団の落日(1)

 ユーゲニア防衛騎士団の本部はアヴェルレス東部の果てにあり、色あせたように少し寂れていて、住宅街のような人口密集地からは離れている。

 支配者として街を牛耳っているマフィアのものとは比べ物にならないが、名目上はアヴェルレスの防衛拠点として期待されているため敷地は広大であり、簡単には突破できない堅牢な造りをしている。

 しかし、いくら立派な面構えをしていようと実態は張りぼてだ。

 ほとんどすべての騎士団員は手を抜いた訓練をしているばかりで実戦経験がなく、練度の低い彼らが暮らしている本拠地は一度として攻防戦の舞台になったことがない。

 それでも拠点として機能的な欠陥があるわけではなく、本気でやろうとさえ思えば、長期間の篭城さえ可能である。

 ただし、防衛騎士団の意思決定を行う上層部の人間にはブラッドヴァンに本気で立ち向かおうと主張する勇敢な者など一人としていなかった。それどころか、これまでマフィアが繰り返してきた数々の蛮行には目をつぶって、ただひたすらオドレイヤに従うべきとの考えが広がっていたのだ。

 もちろんそれは無謀な戦争を仕掛けることなく、自分たちの組織を延命させるためである。

 とはいえ、さすがにオドレイヤが街に無数の魔獣を放った事件は看過することも難しかった。

 やはりマフィアを放置しておくことは危険であると、この街に生きている市民のすべてが再確認したのだ。


「そう、マフィアは倒さねばならない! 今すぐにでも!」


 そういう世論の風向きもあってか、騎士団の主要な人間が集まった会議室では「打倒マフィア」を目指すナルブレイドが熱弁を振るっていた。

 並々ならぬ決意に燃える彼は、今こそ防衛騎士団が立ち上がるべき時だと信じて疑わない。そしてアヴェルレスの平和を願う者ならば、まったくの無条件で彼と覚悟を等しくするものと考えていた。

 けれども、この世の誰もが勇敢で正義感に溢れているという訳でもないのが、世知辛い現実の姿だ。

 夢見がちな理想家の語る理想は万人が作る現実の前に無力であって、大抵の場合は独りよがりである。そう簡単に他人の共感は得られない。最大多数の最大幸福など、マフィアのような人間が多数派となった途端に地獄となる。

 これから暗くなる夜を前にした小さな子供よりも臆病で、とりあえず生涯を無難に過ごせればいいと考えるだけの無責任な上層部の同意を得ることは難しかった。

 ナルブレイドが上層部の人間を相手に苛立ちを隠せなくなったのは、だから仕方のないことだったのかもしれない。

 大人げないのは確かだが、声を荒げずにはいられなかった。


「ならば市民は何人死んでもいいとおっしゃるのですか!」


「やり方を考えろと言っている! 今の我々がブラッドヴァンに楯突くというのは、武器も持たずに全裸で魔獣の前に飛び出していくようなものだ! オドレイヤから見れば餌にしかならんだろうさ! しかも食べ尽くされた後で不味い顔をされる! それを人は『惨め』というのだ!」


「腰抜けが! 偉いのは肩書きだけで、人間としては子供以下だ!」


「なんだと、貴様ぁ!」


 ふがふがと顔を赤くした老齢の男性はこれでも騎士団長。自分より未熟な存在であると信じて疑わない若輩者に煽られて我慢ができなくなったようで、身を乗り出してナルブレイドに殴り掛かろうとする。

 これは幸いにも、すぐ隣に座っていた面長おもながの副団長が止めに入ったため流血沙汰にはならなかった。

 お互いの意見をぶつけ合うどころか、相手を黙らせるための拳のぶつけ合いに発展しかねない一触即発の雰囲気だ。

 とても理性的な大人がやる議論とは思えない。


「おーおー、おっかねぇな。とかく自分が一番頭がいいと思っている奴は、態度がでかいだけで他人の意見を聞きやしないから……。これじゃ聞き分けのない子供の喧嘩だな。……いや、まだ子供の方がかわいげがある分だけマシかもしれねぇや」


 客人として会議に同席しているキルニアはマギルマを代表する使者であり、数名の護衛を引き連れて防衛騎士団に訪問中の身であった。とはいってもキルニアが連れてきた護衛はマギルマでも下っ端中の下っ端で、真面目な議論の邪魔になるだろうと騎士団本部の外で見張りにつかせている。

 自他ともに認めるアホのキルニアが一人で交渉を担当するのは不安どころの話ではないが、直感のまま率直に意見を言えるという意味では適任かもしれない。

 ここまで感情的に白熱してしまっては冷静な議論など望めそうにもないが。


「魔獣討伐隊として勝手に出撃してブラッドヴァンに対して挑発的な行動をしたのは、この防衛騎士団でも一部の人間だけだ……。だがしかし、オドレイヤは我々をひとまとめにして非難するだろう。いかように釈明したところで話を聞いてくれるとは思えない」


「かといって、このタイミングで反攻の狼煙を上げたところで瞬殺だ。我々に勝ち目などない」


「死ぬしか……このまま死を待つしかないというのか……」


「いえ、方法はあります! おそらく最も多数の人間が助かるであろう方法が!」


 ほぼ全員が死を覚悟した沈痛な雰囲気の中、どんよりと淀んだ空気を読まずに息巻いて立ち上がったのは、いつだって己の保身にしか興味のない男だ。ある意味では自信家の、ナルブレイドが名前を覚える価値もないと心の中で見下している騎士Aである。

 会話の流れを遮るように椅子から立ち上がって言い出すからには何か名案があるのかと、生存のための手段を切望する全員の視線が彼に集まった。


「ナルブレイドを反逆者として捕らえて、我々の手でブラッドヴァンに引き渡すのです。……そして許しを請う! 二度と反逆しないと誓って、ひたすらに許しを請うのです!」


「……なるほど!」


 今度は全員の視線がナルブレイドに注がれる。その目は半ば血走っているようにも見える。

 精神的に追い込まれた彼らは希望にすがるしかないのだ。うまくいく公算が低くとも、これでは本当に実行しかねない。

 このままでは無能な人間たちによって生け贄にされると慌てたナルブレイドは直ちに声を荒げて反論した。


「何がなるほどですか! 頭を冷やされてはどうです、皆様方! あの悪逆非道な魔法使いが相手なのです、こちらが謝ったところで見逃す訳がないでしょう!」


「たとえ一縷の望みであろうと、何もしないよりは頼もしい! そもそもナルブレイド、この問題は何もかも独断専行した君の責任ではないか! 嫌とは言わせぬ、言っても聞かぬ。その身で償いたまえ!」


「正義のために死ぬのならばいざ知らず、事なかれ主義者たちの保身のために犠牲を強いられるのは黙っていられません! あなた方が言っても聞かぬとおっしゃられるのなら、ここで今の私から答えられるのは、おそらくこの一言だけです!」


 そう言って、両手で机を叩いて立ち上がったナルブレイドは全員に聞こえるように叫ぶ。


「……勝手にしろ! 私は防衛騎士団を脱退する! 脱退した上でオドレイヤと戦わせてもらう! たとえ一人でも!」


「逃がすものか! そいつを捕らえろ!」


 捨て台詞を残して退席しようとしたナルブレイドは仲間であるはずの騎士たちに取り囲まれ、退路を塞がれた。思わず剣を抜いて威嚇を試みようとしたナルブレイドではあったが、会議室に入った直後に安全対策のため武器は取り上げられており、手の届かない部屋の片隅に立てかけられていたのを思い出した。

 あいにく丸腰では強引に突破することもできない……というわけでもないのだが、さすがにマフィアでもない人間を相手に手荒な真似を演じたくはなかった。


「とんでもないことになっちまったな、まったく。これじゃあマギルマと防衛騎士団との共闘路線も消えちまいそうだ。もとから戦力になりそうもなかったから残念というほどでもないけれど、いやはや、ここで俺はどうするべきなのか……」


 マギルマと防衛騎士団の手を結ばせるためには、今まさに捕縛されつつあるナルブレイドを助けなければならないだろう。あくまでも現状は部外者なので放っておいてもよいのだが、これでもキルニアは交渉役として訪れているのだ。

 ただ見ているだけで何もしないまま、交渉の成果なく帰ることになってしまえばファンズやナツミに失望されてしまう。それだけは避けたい。

 これまでの人生で何度となくアホと笑われて生きてきたキルニアのことだ。ここで改めてアホ呼ばわりされたところで痛くも痒くもない。言ってみるだけならタダなのだ。黙っているよりずっといい。

 そこで、複数人で取り囲んでナルブレイドを捕らえようとする男たちに向かって、ひとまず考え直すように言おうとしたキルニア。

 しかしそのとき、アホなりに勘だけは鋭い彼は、ただならぬ気配を感じ取った。


「お前ら全員、とにかく伏せろ! あるいは部屋の外に逃げ出せ!」


「ちくしょう、そいつは同感だ!」


 ほとんど同時にナルブレイドも何かを感じたらしく、とっさに身を屈めた。

 これは……そう、なんらかの魔法が発動する気配だ。

 それもとびきり強力な。

 かろうじて魔力の高まりを察知した二人だけが正体不明の攻撃に身構えると、次の瞬間、会議室に六本もの刀剣が出現した。空中に浮いているようにも見えたが、実際には同時に出現した六つの不思議な黒い影が刀剣を一本ずつ持っている。

 遠距離からの攻撃を可能とするエッゲルト・シーの魔法、遠隔乱舞刀剣である。

 人知れず襲撃に訪れたエッゲルトは防衛騎士団の本拠地の外に立っており、まさに今、彼の魔法の射程範囲内に会議室の人間たちが到達したのだ。

 魔法によって操られた六本の刀剣が、不幸な六人を狙って振り下ろされる。さらに不運なことには、それぞれの背後からだ。認識範囲外の死角から狙われた彼らは突然の攻撃に対処できず、ただひたすらに呆然としている。

 ひどい言い争いを演じていたとはいえ、同じ騎士団員の仲間であることに変わりはない。苦々しく思いながらも、ナルブレイドは狙われた彼らを見捨てることもできない。

 そこでとっさの行動に打って出た。


「スリップ!」


 精神果樹園を開いてから舌打ちするように短く呪文を唱えると、その場に立っていた人間と椅子に座っていた者すべてが、突如として発生した不思議な力によって足下をすくわれて転倒する。

 これぞまさしくナルブレイドの魔法だ。

 しかしこの転倒魔法スリップはナルブレイドの未熟さゆえか、魔法使いとしての格が自分よりも上位の人間に対しては通用しない。したがって彼よりも強い人間ばかりのマフィアには効果がないことが多いため、基本的には弱い人間相手に発動させるしかない魔法であった。

 それでも今は彼らに通じればそれでいいのだ。

 室内にいたキルニアを除く全員が強引な魔法の力で地に伏したため、当たるはずだった一振りは空振りで終わった。すると、いったんすべての刀剣は消滅してしまう。エッゲルトの魔法の特性だ。

 魔法の気配が完全に消え去った訳ではない。すぐに二回目の攻撃がくる。

 やはり直感だけはいいキルニアが全員に聞こえるよう叫んだ。


「この場にいないすべての騎士団員にも今すぐ命令を出せ! この建物から逃げ出せ、と! でなければ全滅だぜ、俺も他人事じゃないけどな!」


 ナルブレイドの魔法によって転ばされ、それによって奇跡的に命が救われたことすらも理解できず、激しく混乱しているらしい初老の騎士は片膝立ちになってわめいた。


「な、何事なのだ! まずはそれを説明しろ!」


「そんな暇があるかっての! ここが襲撃されていることは確かだが!」


 じれったい彼らの態度を見てか、まるで苦虫をかみつぶすような顔をするキルニア。

 いまいち危機感が伝わっていない。

 この場でキルニアと同じように、姿の見えない敵に攻撃されていることを察しているのはナルブレイドのみだ。

 ゆえに二人は自然と顔を見合わせた。


「おい、キルニア! なんとかしてマギルマから援軍を呼べないか! マフィアの相手はマフィアにやってもらう!」


「あいにく俺には無理だな、そんな権限も能力もねぇ! その代わりと言っちゃなんだが、こいつを受け取れ!」


 ちょうど壁際にいたキルニアは無造作に立てかけてあった武具を手に取り、軽いスナップを利かせてナルブレイドに投げて渡した。手入れのされていない古びた剣と盾だ。しかし手ぶらよりはいい。

 直後、二回目の攻撃がきた。

 居合わせた多くの人間が油断と混乱で対処に遅れた。

 適当な六人を狙って刀剣が操られ、今度は避けられなかった三人が貫かれた。


「だから逃げろっての! 逃げ出せっての! お前ら全員馬鹿かよ!」


 けれど彼らは腰が抜けて動き出せずにいる。

 あるいは身体が動けても、肝心の思考が強烈なショックによって止まっている。

 おろおろして怯える獲物をあざ笑うように、容赦のない敵の攻撃は待ってくれない。

 そうこうするうちに会議室に集まっていた騎士の半数が死んだ。よく確かめれば息はあるかもしれないが、どのみち致命傷だ。一方的に狙われ続けている状況では瀕死の彼らを助ける方法はない。


「敵の姿が見えないんじゃ反撃は無理だからな! とにかくここを出て対策を練るべきだ! 他の部屋にいる騎士団員についてはひとまず俺たちが伝えて回るしかない! もうとっくに別の襲撃者が入り込んでいるかもしれないが!」


「しょうがねぇな。しかし、ブラッドヴァンの襲撃に巻き込まれちまうとはついてねぇな……」


「キルニア、俺は通信室に行って市民革命団へ緊急の連絡を出す。この惨状じゃあ、あの魔法使いを呼ぶしかない」


 彼が言うあの魔法使いとは、他でもないアレスタのことである。

 なぜかというと、負傷者を治癒する彼の力を期待してのことだ。ナルブレイドはアレスタが治癒魔法のようなものを使うということを、魔獣騒動の後に仲間たちから話を聞いて知っていたのである。


「よし、わかった! そっちはお前に任せる! マギルマへの連絡は俺に任せな!」


「ああ、こうなったらすがれるものは何でもすがる! ファンズが我々のために援軍を送ってくれることを期待する!」


 それから二人は先陣を切って会議室を飛び出した。

 逃げ場のない狭い空間にとどまっているのは得策ではない。

 同じ考えに至ったのか、続いて部屋を飛び出してきた者が数人。

 これまでの攻撃で敵の魔法は同時に六本までしか刀剣を出せないことを見抜いたので、狙われるリスクを分散するため二手に分かれる。通信室に向かうナルブレイドと、ひとまず出口へ向かうことにしたキルニアだ。

 いかに戦うか……ではなく、いかに逃げ出すか。

 袋の中のネズミとなってしまった以上、袋の口が締まってしまう前に脱出するしか生き残る術はない。

 一方、建物の外側から遠隔乱舞刀剣の魔法を使って逃げ惑う騎士たちを狙うエッゲルトは愉快に笑っていた。あまりにも一方的な展開となっている殺戮を心から楽しんでいるのだ。オドレイヤに命じられた襲撃作戦であるため手を抜いている訳ではないにせよ、本気で勝負を挑んでいるというよりは、エキサイティングな狩りを遊んでいる部分があるのは否定できない。

 先ほどまでのエッゲルトはオドレイヤを相手に文字通り死ぬ気で戦う羽目になっていたのだ。それに比べて、これほど戦力差のある戦いは口直しにちょうど良かった。

 自分の優位性を強く実感できるため、とてつもなく快感なのだ。

 結局、この襲撃は彼にとって憂さ晴らしに過ぎない。

 遊び感覚で殺戮を楽しむエッゲルトは会議室を出て二手に分かれた獲物を遠視能力で確認して、とりあえずナルブレイドを先に狙うことにした。キルニアが一人で走っていたのに対して、ナルブレイドのほうは彼を追いかける人間が何人かいたということもある。

 なんとそこには最年長である騎士団長の姿もあった。

 偶然であれ、結果としてはエッゲルトに狙われることとなったナルブレイド。敵の魔法攻撃はあまりにも強力で、油断も隙もない。たとえエッゲルトが手を抜いていたとしても、ろくに戦闘経験のない防衛騎士団にとって強敵であることに変わりない。

 当然、彼もおとなしく殺されるわけにはいかなかった。

 いずれ死ぬにしても、せめて通信室にたどり着かなければ。


「待て! 私をかばえ!」


 そう言って呼び止めてくるのは、すでに息が切れかかっている高齢の騎士団長だ。

 ほんの少し前までナルブレイドのことを捕らえようとしていた男の台詞とは思えない。

 その変わり身の速さには呆れと恨みが半々にあって、ナルブレイドは皮肉的な言葉で突き放してしまう。


「かばっていられるものか、ご老体! その年まで長く生きてこられたのだから、これからもご自分の力で努力なさってはいかがか!」


「なんてことを……ひいいっ!」


 廊下を走る騎士団長のまさに目の前である。

 無慈悲なエッゲルトの魔法攻撃が真正面から襲いかかってきた。

 ご老体の騎士団長は足をもつれさせて廊下に倒れ込むと、姿勢を低くしたまま這いつくばって壁際に避難する。すんでのところで刃先はかすり、なんとか無傷ですんだようだ。

 しかし完璧に見切っていたわけではない。今のはタイミングよく転んだだけで、完全に偶然の幸運である。すかさず次がくれば絶対に避けられまい。


「大丈夫ですか、騎士団長!」


 そこへ慈悲深くも駆け寄ったのは騎士Aだ。

 怯える騎士団長の肩へと手をかけて立ち上がらせると、上官を見捨てたナルブレイドのことを非難する目つきで睨みつける。

 あからさまな敵意を受け取ったナルブレイドはとうとう彼の名前を思い出せなかったが、これが彼との最後の会話かもしれないと思いながら、茶化す気持ちで敬礼をしてみせた。

 そしてもう振り返る必要はないとばかりに走り去る。


「臆病者の騎士団長殿を最期まで護衛してくれたまえ! 市民を見捨てて騎士団の存続を守る、あなたこそ模範的な防衛騎士団の騎士なのでしょうから!」


 廊下の角を曲がって突き当たりの階段をおりていると、踊り場を過ぎたあたりでエッゲルトの魔法攻撃が再びナルブレイドを襲い始めた。ひょっとするともう、あの二人はやられたのかもしれない。だとすれば実にあっけないものだ。

 まったく心が痛まなかったわけではないが、せめてもう少しは時間稼ぎをしてほしかったと冷淡に思う気持ちもある。

 しかし感傷に浸っている余裕はない。

 次から次へと襲ってくる情け容赦のない攻撃はナルブレイドの足と余計な思考を停止させた。

 そして致命傷を受ければ息の根さえも止まってしまうだろう。


「止まらずに走れ、ナルブレイド! 助けにきた!」


 そのとき数人の部下を引き連れて参上したのは、ナルブレイドにいつも親身に接してくれた上官のケニーだ。

 会議室にて半死の状態で生き残っていた誰かが、施設全体に緊急警報を発してくれたのかもしれない。

 今が異常事態ということだけは伝わっているらしい。


「敵は六本もの剣を自在に操る魔法使いです! どこにも姿は見えず、神出鬼没です!」


「了解だ。……で、お前はどこに行こうとしている?」


「外部に援護を求めるため通信室へ向かっている途中です!」


「なるほどな。それなら、お前が行った方がいい。なにしろ俺は口下手でね。ここは俺たちが食い止める。時間稼ぎにしかならないかもしれないが、その時間でやってくれ」


「はい! お任せします!」


 これに親指を立てて答えたケニーは彼の部下を率いて敵の攻撃のおとりとなる。全員が声を出し合って連携し、盾や剣をうまく使って襲撃者の刀剣魔法を防いでみせる。

 危なげない動きは頼もしさを感じさせるが、それだっていつまで続くかわからない。なにしろ襲撃者と防衛騎士団との間には圧倒的な力の差が存在しているのだから。

 そう、これは彼らが命をかけることによって作り出してくれている貴重な時間だ。

 この時間を使って、通信室へと急ぐことにしたナルブレイド。

 あまり遠くはない。一生懸命に走れば、それほど時間はかからない。

 そして通信室の扉の前までたどり着いたナルブレイドは走ってきた勢いそのままに、ドアノブへと手をかけた。

 その瞬間、ふと自分の背後に人の気配を感じた。しかも鬼気迫る不穏な気配だ。

 命の危機を感じたナルブレイドはドアノブに手をかけたまま振り返った。


「な、なぜ、あなたが! ここまでいったいどうやって!」


 振り返ったナルブレイドの目に映ったのは、ここまでを全速力で駆け抜けてきた騎士Aである。

 鬼の形相をした彼は息も整わぬうちから答えた。


「執念だ!」


「何が執念だ!」


「生きることへの執念だ! 姿の見えない襲撃者に助けてくれと命乞いをした! みっともなく泣き叫んで敵に助けをこうた!」


「それでどうなる!」


「敵に情けをかけられ、土壇場で命を救われたのさ! ……お前をこの手で捕まえると誓ってな! くたばれナルブレイド!」


「己の命惜しさに敵であるマフィアに取り入るつもりか! あまたもの市民の命を奪い続ける悪のマフィアに!」


「死んでしまっては善も悪も関係ない! 生きるために全力を尽くすのが生物の本懐だとも! しぶとく生きてこそ勝者への道が開かれるのだ! 死んでしまってはなぁ!」


 そう叫び、一目散に飛びかかってきた騎士Aによってナルブレイドは床に組み伏せられた。

 通信室まであと一歩、すぐ扉の前で……。

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