22 ギルディアン
あくまでもギルドへの依頼という形ではあれ、結果としてハルフルートが率いる市民革命団の一部隊として扱われることとなったアレスタたちギルディアン。
その第一の依頼――すなわち最初に与えられた任務とは、革命を目指す彼らのための武器の調達であった。
なにしろ市民革命団は魔法的な戦闘力を持たない者たちの集まりだ。いくら喧嘩の腕に自信があろうとも、所詮は血気盛んなだけの一般市民に他ならない。その程度の実力でマフィアに立ち向かえるわけがない。
心の底から本気でアヴェルレスの革命を考えるなら、どうしたって彼らの戦闘能力を底上げするための力が必要だったのだ。
日常的に抗争が繰り広げられているアヴェルレスのことなので、武器や魔道具といったものは比較的簡単に手に入るのではないかと考えていた彼らではあったが、現実はいつだってそう甘くはできていない。
オドレイヤとファンズが戦争を始めたからこそ、そういったものの取り扱いや管理には両陣営ともうるさくなっていたのである。
無論、マフィアから武器を奪い取るなんて芸当は難しく、単なる庶民の彼らが挑んでも返り討ちされるに決まっている。
そんなわけで打ちひしがれるような無力感に包まれていた市民革命団ではあったが、これはアレスタたちの登場によって光明が差したといっていい。
なにしろアレスタの仲間には隠密魔法を得意とするカズハがいるのである。
もともとはカロン盗賊団と名乗って、マフィアを相手に盗人稼業をしていた少女。
これならいくらでもマフィアから武器を盗んで調達できそうなものではないか。
「……とまあ、いいように使われている気がしてならないけれど」
「まあまあ、兄貴、ここは前向きに考えるべきだぜ。あえて使われてやっているんだってね」
「あはは、そうだね。人生は何事も前向きに考えて強くやっていくべきかも」
現在進行形でこき使われるようにカズハを背負っているアレスタは苦笑して頷いた。
これまでも、これからも、顧客からの依頼あってのギルドだ。
いっそ「使いっ走り上等!」の精神で運営するくらいがちょうどいいのかもしれない。
「渡された地図によると、目的の倉庫ってそろそろみたいだけど……」
かじ取り役よろしく黙々と先頭を歩いていたイリシアは地図と周囲の風景をじっと見比べる。初めて訪れたアヴェルレスの薄汚れた場末感、あるいは雑然たる計画性のない地理に苦戦しているのかもしれない。
眉根を寄せて、いかにも困った風な表情だ。
どれどれ――と、面倒な道案内を彼女一人に任せっぱなしというのも悪い気がしたのか、それとなく手柄を立てたい気持ちもあって、わずかに歩調を速めたアレスタがイリシアの横に並んで地図を覗き込む。
一緒になってカズハまで首を伸ばしたおかげでバランスを崩しかけたアレスタだったが、とっさに反応したイリシアが倒れそうになったアレスタに体を寄せて横から支えてくれた。
安心して胸をなでおろすアレスタだったが、そうすると当然ながら顔が近くなる。意識せずとも触れ合いそうな距離だ。
思わず立ち止まってしまってから、至近距離で顔を見合わせる二人。
妙な緊張に襲われつつもイリシアに感謝を示そうとしたアレスタだったが、気恥ずかしさから微笑むことくらいしかできなかった。
「なんだか仲のいい親子みたいだね、三人とも。僕だけ疎外感ある……」
そんな三人の姿を見て、自分だけが仲間外れにされている感覚に陥ったニックは大げさな仕草で肩を落とした。実際にはそんなこともないのだろうが、一人だけ後方をとぼとぼと歩いているせいだろうか。
きっと構ってほしいに違いない。彼は寂しがり屋なのだ。
ところがアレスタとイリシアは後ろにいたニックの呟きが聞こえなかったらしく、歩調を合わせて歩き出した。カズハだけがアレスタに背負われたまま背後へと振り返って、その小さな瞳でニックを見る。
かといって話し相手になるつもりでもなく、持ち前の好奇心で観察しているだけなのだろう。
それでも優しさに飢えていたニックは嬉しさを感じた。
気分がよくなったニックは軽い冗談さえ口をつく。
「ね、僕の背に乗らない? よかったらおいでよ。たぶんアレスタより従順だよ、僕って!」
爽やかな笑顔でカズハを誘うニック。
ぐいっと体をひねって背中を見せつつ、自慢の金髪をはためかせた。
どうやらアレスタの代わりに彼女を背負ってあげたいらしい。実力はどうあれ、ニックは頼られたがりなのだ。
それを見たカズハは否定のつもりで首をふるふると横に振って答えると、前へ向き直って顔をアレスタの背中にうずめた。
あれ、これって別に僕が嫌われているわけじゃないよね、たぶん彼女がアレスタになついているだけだよね――と、彼女の反応を見たニックはポジティブに結論付けることにした。
そうしないと泣きたくなる。
「あ、あれじゃない?」
詳細とは言い難い手元の地図と風景とを見比べながら歩いていくうちに、ようやくイリシアが発見したのはいかにも怪しい廃屋じみた建物だ。アヴェルレスの入り組んだ路地裏、一段と薄暗いそこは黄昏色の景色に溶け込んでいるかのようだった。
あまり大きくはない古びた倉庫だ。
用済みになって打ち捨てられているのか、あるいは、あえて使われていない感じを出しているのかもしれない。
なんにせよ、ここからは慎重な行動が必要とされるだろう。
情報の通りに魔道具が保管されているとすれば、見張り役として数人の敵が待ち構えている可能性だってある。
「ふうん、ここがマギルマが魔道具を保管している倉庫の一つなのか。それにしては警備が甘いような気がするけど……。罠じゃないよね?」
そう言うニックはすでに及び腰である。
「どうだろう? 彼らの話によれば、ここはマフィアの勢力図における空白地点で、ちょうど狙い目の場所だとか。……とはいっても、実際にマフィアに聞いたわけでもない市民革命団の情報なんてどこまで信じていいものやら」
アレスタはハルフルートたちの説明を思い出しながら、今さらのように不安で胸がいっぱいになる。
本当にここが狙い目なら、彼らはアレスタたちに頼らずとも自分たちでどうにかできたはずだ。
「半信半疑だとしても、情報が正しいかどうかを確認するだけの価値はあるんじゃない? 違ったら違ったで、また別の作戦を考えればいいだけだもの」
「……いや、でもさ、もしマギルマの構成員が待ち伏せていたら危なくないかな?」
「だったら私だけで行く。それなら安心でしょ、臆病者のアレスタさん?」
「前から思ってたけど、イリシアってたまに無茶したがるよね。しかもなんで得意顔なの? そりゃあ、イリシアが先陣を切ってくれれば頼もしいけどさ……」
臆病者を自認してはばからないニックほどではないが、警戒心を高めるアレスタはイリシアの提案に二の足を踏む。
強気なイリシアはうずうずしているかのように見えるが、なんてことはない、困っている人々のために一刻も早くマフィアを倒したいと元騎士の血が騒いでいるだけである。
「ちょーっと、お待ちを!」
「え、何?」
わざとらしく芝居がかった声で注目を集めると、器用に身をよじってアレスタの背から飛び降りたカズハが二人の間に立った。
「ここはとりあえずアタシが一人で様子を見てきますぜ。兄貴たちは何かあったときに備えて、いつでも突入できる態勢だけ整えてもらえれば助かります」
「うーん、カズハが一人で……?」
それは名案かもしれない。
カズハなら魔法で姿を隠すことができるので、たとえ誰かいたとしても問題なく偵察できる可能性が高いだろう。しかし危険かもしれない敵地に少女を一人きりで送り出すのは人として正しいことなのだろうか?
悩んでしまって彼女への返答を渋っていたそのとき、ふとアレスタは異変を察知した。
先ほどまで誰もいなかった倉庫の入口の前に一人の男の姿があったのだ。
こちらに気が付いていないことを確認して、とっさに身を隠した物陰から顔だけを出したアレスタは用心深く相手の様子を観察する。
その男は頭髪をそったスキンヘッドが印象的で、何故か裸の上半身は鍛え抜かれた肉体美を晒していた。がっしりと腕を組んで目をつぶっており、他者を寄せ付けない堂々たるたたずまいで仁王立ちしている。
「あれは……ただ者じゃない予感がする。虚を突くのは無理かもしれない」
これだけ離れていても、圧倒されるような気迫が伝わってくる。根拠はないものの、なにやらカズハの魔法さえ簡単に打ち破ってしまいそうな風格さえあった。
たとえ姿や気配を魔法で隠せるとしても、無策でカズハを向かわせるのは危険かもしれない。そう考えたアレスタは覗き見していた顔をひっこめて、やる気に満ちて息巻いてる少女の肩に手を置いて語りかける。
「カズハ、魔法で気配を消した後はしばらく様子をうかがって、ちょうどいいタイミングを見計らって潜入してくれるかな。ここは俺たち三人が彼の相手をして、おとりになるから」
「ふむふむ、わかったぜ。へへ、潜入ならアタシに任せてくれよな!」
「わかってはいると思うけど、わかっていなかったら大問題だから言っておくよ。隠密行動は静かにね」
「……当然さ」
しおらしくカズハが頷いたことを確認して、続いてアレスタは隣に来ていたイリシアとニックに顔を向ける。
「さて、こちらが少しでも有利になるように先手の打ち方は慎重に考えよう。馬鹿正直に正面から挨拶に出て行って、相手が強敵だったら目も当てられない」
「アレスタと私がいれば、少なくとも時間稼ぎはできると思う。どんな魔法を使ってくるかわからないから、上手く倒せるかどうかは未知数だけど」
「いっそ正面から交渉してみるかい? ざっと見たところ敵は一人だけみたいだし、ひょっとしたら話のわかる相手かもしれないよ。戦わずに済むなら、それが一番楽じゃないか」
「交渉だって? ねえ、ニック。君は一体どういう交渉術で敵の倉庫から魔道具を譲り受けようというんだい? しかもこっちには身元を証明するものがない。どんなに誠意を見せても怪しさ満点だよ」
むむむと顔をしかめたニックはない知恵を絞って、さらに提案する。
「交渉が駄目なら、あるいは脅すとか……」
「ほう? 私を脅す? それは見ものだな」
「えっ?」
まさに神出鬼没。
いつの間にやら、完全に油断していたニックの背後に挑発的な表情を見せる男の姿があった。
間違いない、先ほどまで門番として倉庫の前に立っていた男だ。
「よりにもよって『脅す』とは、いかにも不穏な言葉だな。しかし全力で戦わずして勝とうとするなら名案に他ならない。たとえば、こうやってみてはどうかな?」
すかさず伸ばされた男の手に捕まったニックの体が空中で半回転し、無防備な背中から勢いよく地面に叩きつけられる。そこへ、とどめといわんばかりに男が足をニックの腹部へ踏みおろしてしまうと、ためらいなくニックの意識は奪い去られた。
一瞬のうちに制圧されたニックの口から吐き出されたのは大量の空気と声ならぬ声、それから唾液で、かろうじて吐血はない。
敵対者を殺さずして戦意を奪う、実に鮮やかなお手並みだ。
脅威を感じたイリシアがとっさに剣を抜いて斬りかかろうと身を乗り出したものの、そのときにはすでに男は飛び下がって距離を置いていた。
「私はあらゆる戦法の中でも奇襲が特に嫌いでね。本来はこういった不意打ちなどしたくないのだよ。……けれど、あいにく敵の奇襲を許すことはもっと嫌いなのでね。無作法とは思いながら、黙っていられなかった」
名も知らぬ男とイリシアが距離を置いてにらみ合っている隙をついて、今がチャンスとアレスタは行動に出る。
「テレシィ!」
左手を振り上げたアレスタが己の精神果樹園に潜んでいたテレシィの名を呼ぶと、呼びかけに応じて現れた彼女に合図をしてニックのもとへと向かわせ、小さな妖精が彼の精神果樹園に入ると同時に治癒魔法を施した。
そうしながら視線の動きだけでカズハの姿を探したが、周囲に彼女の姿は見当たらない。おそらくヘブンリィ・ローブの魔法を発動させて身を隠したのだろう。
相手の先手を取るどころか、逆に相手からの奇襲を食らってしまったが、このまま当初の計画を遂行するほかない。
「おとなしく立ち去るなら見逃す。追いはしない。それでももし立ち去る気がないのなら相手になるが?」
逃げるか、戦うか。あまりにも端的な男の問いかけを受けたアレスタは無言のままイリシアに目配せする。
戦闘となれば戦力としてイリシアに頼らざるを得ないので、ともかくも彼女に確認を取ったのだ。
冷や汗交じりにイリシアは頷くと、アレスタの代わりに口を開く。
「こちらからもお尋ねします。あなたはマフィアの……マギルマの人間なのですか?」
すなわち相手が敵かどうかの最終確認だ。
問われた男は少しだけ迷った末に答える。
「一時的にはそうなる。だが本質的には『違う』と答えておこう。あくまでも私は用心棒として彼らに雇われているに過ぎん。マギルマなど、本音のところでは信用していないさ」
「なら……」
「しかし雇われた義理がある。仕事なのでな」
「私たちが立ちはだかるなら容赦はしないと。そういうことですか」
「いや、きちんと容赦はするよ。した上で、完璧に無力化した諸君らを捕らえる。あるいは追い払う。幸いなことに私は殺し屋として雇われたのではないのでね。それにりに容赦さえすれば、うっかり君らの息の根を止めてしまうことはないだろう」
冗談を言っているようには見えない彼の話を聞きながら、こっそりとアレスタはイリシアに耳打ちする。
「たいした自信だね。俺たちをビビらせるために大げさに言っているのかな?」
「……いや、どうだろう。確証はないけれど、彼の言っていることは事実に限りなく近いと思う。まるで殺気は感じられないくせに、なんだか言いようのない危機感が襲ってきているから。それに……」
「何か気になることでもあるの?」
「うん。なんだか『場』を支配されているみたい。上手く説明できないけれど……」
場の支配。
本格的な戦いが始まる前の時点で、すでに相手が上位に立っているということか。
ひっそりと呟いたイリシアの言葉が聞こえたのか、警戒されていることを理解した男は笑みさえ浮かべて口を開いた。
「敵とはいえ礼儀がある。ここは正々堂々、手合わせの前に名乗っておこう。私の名はスウォラ。流浪の拳法家だ。これでも『魔』の読み手、いわゆる『魔力』の流れを熟知した者とでも言っておこうか……。扱うのは魔法ではなく格闘術だが、格下の魔法使いに負けはせぬ」
型にはまった構えはなく、ただ脱力して立っているだけ。
それなのに全身から漂ってくる並々ならぬ雰囲気は、歴戦の猛者を思わせた。
「魔法によらず魔法を倒す。名もなき究極の対魔法格闘術。そんな流派が、遠く東の国には伝わっていたはずだよ」
いつの間にかアレスタの治癒魔法が完了していたらしく、意識を取り戻して地面から起き上がったニック。敵を怖がっているのか感心しているのかわからない声色だが、どこか他人事に聞こえるのは、すでに敗北を喫して吹っ切れているからかもしれない。
これに驚いたのは、すでに彼を倒したつもりになっていたスウォラだ。
「何かおかしな気配がするとは思っていたが……なるほど。そちらも只者ではないというわけか。初めての『流れ』だよ。戦いがいがある」
自然発生したものではない風が流れたのか、周囲に満ちていた空気が変わった。
にわかに満ちる闘志。息詰まる緊張感。
これこそ戦いが始まる前兆だ。
しかも最悪なことに相手のペースで。
「あちらから先手を打ってくるかもしれないから、絶対に油断しちゃダメ。強敵だと思うから、たぶんすんなりとは勝てない。私たちが負けることさえも覚悟して。アレスタ、ひとまず時間を稼ぐよ」
「任せてくれ、イリシア。今まで俺はほとんどそうしてきたんだ。時間を稼ぐことに関しては慣れたものだよ」
胸を張って答えたアレスタではあるけれど、前向きなのか後ろ向きなのかわからない自信だ。
それでも頼りになることは間違いないので、彼なりの力添えを感謝したイリシアは頷く。
「アレスタの治癒魔法、期待してるから」
「大丈夫、きっとイリシアが期待している以上さ」
柄にもなくかっこつけたアレスタに苦笑を禁じえなかったイリシアだが、そのおかげもあって無駄な緊張を打ち消す効果を得た。警戒心は必要ではあるものの、身を硬くするのはかえって危険だ。
先頭には二刀流のイリシア。そして彼女の脇には若干及び腰のニック。
二人をサポートして治癒魔法に専念するアレスタは後方だ。
戦闘に慣れているらしい敵の出方は不明だが、かといって戦いの主導権を相手に握らせている意味もない。用心深くなるあまり、後手に回ってばかりもいられないのだ。
ここは冷静かつ慎重に、まずは自身に高速化魔法をかけて、万全の状態にしようと考えたイリシア。
いつものように精神果樹園を開いて得意の魔法を発動させようとしたのだが、ここでスウォラが動いた。
「わかりやすい発動の兆候だ。素直さがあだになったな」
「……えっ?」
イリシアは当惑する。手馴れたはずの魔法の発動に支障が生じたのだ。
有り体に言えば、魔法が失敗した。
何かがおかしい、そう思って顔を上げると、距離を置いて対面するスウォラが彼女に向かって両手を伸ばしていた。そして今度はその手をバチンと叩き合わせる。
直後、鈍器で頭を殴られたかのように視界がぐらついたイリシア。
そこへ、一瞬のうちに距離を詰めたスウォラが襲い掛かる。
これには身構える余裕さえなかった。
防御することもままならず、イリシアの下腹部へ正拳突きが直撃する。防具は身に着けていても、動きやすさを重視しているため薄い装甲しかないものだ。与えられた衝撃は内部から全身を駆け巡り、無視できないダメージを伝える。
「安心しろ、外傷はない。身体の内側に直接衝撃を加えさせてもらった。これでしばらくは動けまい」
「……くっ」
何か言葉を出そうとして、それさえも叶わなかったイリシアは苦悶に満ちた表情で短く息を吐き出した。
反撃はおろか、その場で身を屈して動けなくなり、逃げ出すことすらままならない。
そこにスウォラの第二撃が襲い掛かる。
だが――。
「でりゃああああ!」
窮地に陥ったイリシアを救うべく、勇ましく叫んで気合を入れたニックがスウォラめがけて上段から斬りかかった。
「手で防ぐ」
ところが攻撃は通じない。
冷静に対処したスウォラは瞬時に集めた魔力で腕の一部を強化すると、振り下ろされた剣を素手で弾いたのだ。
反動でバランスを崩したニックは驚愕して目を見開く。
「こいつ、強い!」
「弱さが悪いのだ、君の弱さが。私が強いのではない!」
断じて言って、足を踏み込み肉薄すると、油断していたニックの手から奪い取った剣で彼の足を斬りつける。
己の武器を奪われた挙句、その武器で足を狙われ、無視できない深い傷を負ったことで立っていられなくなったニックはたまらず膝を付く。
これで普通なら戦闘不能。再び動き出すことはできない。
だがしかし、後方に下がっていたアレスタがテレシィを介してニックに治癒魔法をかける。
「させぬ!」
それが治癒魔法であることを理解しないまま、漠然と魔力の流れを察知したスウォラは素早く反応した。
遠く離れた位置にいるアレスタに右手を、すぐ目の前に倒れているニックには左手を向けて、スウォラは念を発する。
途端、頭痛のような痛みに全身の制御を奪われそうになるアレスタ。
けれどここで屈するわけにはいかない。
「……封じ込めない?」
治癒魔法のことで一生懸命なアレスタは無自覚だったが、このとき、魔力の制御に関しては一時的にスウォラを上回っていた。
熟練した格闘家である彼の、圧倒的な場の支配を抜け出したのである。
「面白い」
「面白がっている余裕はないよ!」
治癒魔法が完了すると、それまで膝をついていたニックは身体のバネをいかして飛び上がり、スウォラの隙をついて剣を奪い返そうとした。いつもは臆病な彼にしては、なかなか思い切った行動だ。
だが、これに対処するスウォラはいたって冷静。
とっさに逆向きにした剣の柄でニックのあごを打ち、たやすく一発で撃退した。
「またしばし眠れ」
顔から地面に倒れ伏したニックを見届けて、また使われるであろう治癒魔法を警戒したスウォラはアレスタに目を向ける。
当然、放っておけばアレスタは治癒魔法を発動させる。それが彼らの作戦だからだ。
させまいとアレスタを狙ったスウォラは彼に向って足を踏み出そうとする。
挙動は速い。風よりも速い。
アレスタは身構えるものの、この速度では避けることができない。
――させません!
と、なんとか立ち直ったイリシアが背後から急襲する。
目を使った視覚ではなく気配で察したスウォラは再び魔力を集めて強化した腕でイリシアの剣を受け止める。
しかしこれはあくまでも一時的なものだ。
一撃目の難を逃れたスウォラはたちまち襲ってきた二振り目を回避して、下がるように距離をとって仕切りなおす。
このわずかな間にアレスタの治癒魔法が完了したニックは立ち上がった。
三人がスウォラを取り囲む。
「これではきりがないな。さすがに侮りすぎたかも知れぬ。我が流派は不殺を誓い、場の制圧にこそ重きを置いたもの。強硬手段に打って出るのは気がとがめるが……やむをえん。久々に本気だ。ここで奥義を使わせてもらう」
そう言って低く唸ったスウォラは“何か”を解放した。
不気味な音を立てて魔力が渦巻き、スウォラを中心に“何か”が展開する。
「よくわからないけど止める! ニックも手伝って!」
「わかった!」
イリシアとニックの二人はアイコンタクトで示し合わせると、両側から挟み込んでスウォラに襲い掛かる。
「瘴気にて防ぐ!」
宣言に応じてスウォラの周囲から噴き出した瘴気が、左右から挟撃に走った二人の動きを止める。
毒気のある瘴気など危険すぎて並大抵の人間に扱えるものではないが、それだけに強力な防護壁となる。
生身のまま不用意に触れれば、決してただではすまないはずだ。
「これじゃ近づけない……!」
轟々(ごうごう)と渦巻く魔力の流れはスウォラに向かって収束され、反対に噴き出す瘴気はいよいよ激しくなる。
正体不明の奥義。
このままでは危険だ――と、誰もが思ったそのときである。
「……んなっ?」
突如としてスウォラの身体に縄状のものが巻きつき、その動きを封じてしまったのだ。
事前に察知することさえできず、全くの予想外であった攻撃。この戦闘で初めて不意をつかれたスウォラはきつく縛り上げる縄に全身を拘束され、ぐらりと体勢を崩して地面に引きずり倒されてしまう。
不意打ちを受けて集中が途切れたせいもあり、奥義発動のために彼が集めていた大量の魔力は拡散して消滅する。
「これはいったい……?」
恨めしく己の身体を縛った縄を見ると、それはどこかに向かって伸びている。
その縄の先を持ち、勝ち誇っているのは一人の少女。
「間に合った! よかったぜ!」
それはヘブンリィ・ローブの魔法を使って背後からの奇襲に成功したカズハだった。
「そこの倉庫にこいつがあったんだ。なにしろ一度は自分が使われたことのある奴だからな、相手を拘束するのに役立つんじゃないかと思って、慌てて駆けつけたぜ!」
嬉しそうに笑うカズハの手には拘束用の魔道具、かつてファンズがカズハに使ったこともある蛇縄があった。
どうやらカズハの奇策が成功したらしい。
つまりアレスタたちは彼女に助けられたのだ。
「……不覚だよ。まるで気配に気が付かなかった。これが戦場なら私は死んでいた」
そう言い切ったスウォラは拘束されたまま身をよじると、目にも留まらぬ速さで全身を縛り上げていた蛇縄を切断した。どうやってやったのかさえわからない早業だ。
ものの見事に自由を手に入れたスウォラは土に汚れた体を右手で払いながら立ち上がる。その動きは緩慢だが、それはダメージを受けているからではなく、精神的に余裕があるからこその動作だろう。
彼の姿からは一切の焦りが感じられない。
「う、動くな!」
すっかり勝ち誇っていたカズハは切断された蛇縄を投げ捨て、いとも簡単に拘束を破って抜け出したスウォラに警戒心をむき出しにした。本人としては警告しているつもりでも、怖がっているといえばわかりやすい。
思わず首のネックレスに手をかけたのは無意識な行動だったのかもしれない。
「安心したまえ。もうこちらに攻撃の意思はない。潔く負けを認めよう」
今まで戦っていた相手が潔く負けを認めたところで、それをすんなり信用できるわけがない。当然ながら罠かもしれないと疑ったアレスタたちは頷けないでいた。
ところが勝敗に拘泥しないらしいスウォラは勝手に話を進めてしまう。
「まさか私がこんな小さな少女に隙を突かれるとはな。奥義を発動するため極限状態にあった私の察知能力を上回るとは、もはや人間離れした力だよ。ひょっとすると君には人の認知をかいくぐる天性の才能があるのかもしれない。それはすなわち魔を操ることにもつながる。本格的に鍛えれば、いつの日か私をも越えるだろう。今から成長が楽しみだ」
「そいつは照れるぜ。褒められたとあっちゃ、いやな気はしないな」
「ちょっと、カズハ!」
敵とはいえ一筋縄ではいかない強者に褒められたおかげか、疑うことも知らず純粋に喜んで調子に乗ってしまうカズハ。その無邪気さに、まだまだ警戒心の抜けないアレスタははらはらさせられてしまう。
戦う意思を見せなくなったとはいえ、相手の口車に乗って油断するのは危険である。
「いいではないか。疑うことを知らない素直な子供の反応を見て、無理に大人たちの常識の枠にはめようとするのはよくない。それに私たちは殺し合いをしていたわけではないのだよ。私にも格闘家としてのプライドがある。負けを認めた時点で勝負はおしまいだ」
「やけに往生際がいいですね」
言葉だけでは信用ならぬとイリシアがにらみをきかせると、やれやれとスウォラは肩をすくめた。
「あくまでも用心棒だからな。根っからの殺し屋ではなく、所詮はマフィアに雇われたに過ぎないアヴェルレスの部外者だ。……それに、そもそもマギルマのボスから言いつけがある」
「言いつけ?」
本心では馬鹿馬鹿しいと思っているのか、イリシアに尋ねられたスウォラはやけに演技がかった口調で答えた。
「ここにある魔道具はすべて余剰品だ。いくつか不良品もある。最初から市民革命団に横流しするつもりだった。彼らにも武器が必要なはずだからね、と」
「……では、なぜあなたが?」
「無条件で強力な武器を譲るほど、お人よしではないということだろう。魔道具を受け取るからには最低限の覚悟と実力がなければならないと、ここの門番に私を置いたのだ。つまり試験官みたいなものだと思ってくれればいい。そして君らは合格した」
――だから好きなものを自由に持っていってもいい。
スウォラはそう言って、体を横にずらすと倉庫への道をあけるのだった。
「完全に戦意はなくなっているみたい。遠慮する必要はなさそうね」
「……そうなのかな?」
敵から施しを受けるようで釈然としないものがあるのも事実だが、いらないといえば嘘になる。あちらから譲ってもらえるのなら、ここは素直に受け取っておくべきかもしれない。
チャンスと幸運はいつだって逃げ足の速いものなのだ。
そう考えたアレスタたちは魔道具を受け取るため倉庫へと入ることにした。




