21 立ち上がる市民革命(2)
ハルフルートとピアナッツの二人に案内されるままアレスタたちが奥の広間に入ってみると、部屋の中央に設置された大きな円卓を取り囲んで、およそ十人前後の男たちが雑談に興じていた。
扉が開いてハルフルートが入室したことに気付いた瞬間の歓迎振りから察すると、彼らもみな市民革命に参加する同志たちなのだろう。理想に燃える者に特有な独特の熱気を全員がはらんでいる。
「それでは紹介しよう、みなさん。ここにいる彼らは――」
丸い円卓には上座も下座もないだろうが、たった一つだけ革張りの豪華な椅子が置かれていた特等席に迷うことなく腰を落ち着けたハルフルートが声を張り上げ、すぐ隣まで引っ張ってきたアレスタたちを全員に紹介し始めた。
完全なる部外者であるアレスタたちはいざ知らず、アレスタの背に乗っかっているカズハはカロン盗賊団として少なからず有名であったので、彼女の存在を認めた彼らからは控えめな歓声が上がった。
どこまで知っているのかはともかく、マフィアを欺くことができるかもしれないヘブンリィ・ローブの魔法を使える少女なのだ。なんとしても戦力の補充をしたい市民革命団としては同士の一員に迎え入れたいところだ。
「ともに戦ってくれるね?」
とは、最後の最後にようやく口に出されたハルフルートの本心である。
ここに来るまでの道すがら、会話の都合でアレスタたちがベアマークではギルドとして活動していることを説明していたため、これは一応のところギルドへの依頼でもあった。
「ぜひともに戦いましょう……と、一つ返事で決めてしまうには考えるための時間と情報が足りません。ですが、悪名高きブラッドヴァンを止めるためにできることがあるのなら、喜んで手を貸しましょう」
あえて仰々しい口ぶりで答えて、アレスタは右手を差し出す。
表面上は友好的にハルフルートと握手を交わすためだ。
「喜んで手をお借りしよう」
集まっている仲間を鼓舞するためなのか、大げさな動作でアレスタの右手を握り返したハルフルートは周囲を見渡した。
事実上の協力関係が発足したことにより、円卓を取り囲んでいる男たちの顔にも力強い微笑が浮かぶ。
この場にいる彼らはあくまで一般市民であり、革命団に入っているといっても強力な魔法は使えない。たとえ人数的には少ない四人程度の協力者であっても、魔法が使えるアレスタたちの存在は彼らにとって千人力にも等しい頼もしさがあった。
「ちなみに、この組織の名前は?」
アレスタとハルフルートの手が離れたタイミングを狙って尋ねたのはニックだ。うずうずしているところを見ると、ずっと気になっていたのだろう。
どうでもいいこととはいえ、ニックとしては格好いい名前を期待しているのかもしれない。
「組織の名前? かつて我々は『ユーゲニアの春告げ鳥』を名乗っていたこともあるが、早い段階で捨ててしまったよ。市民革命に名前はいらない。ブラッドヴァンやらマギルマなどという、ああいう自己顕示欲ばかりが強いマフィアと違ってね。名無しであることが不都合なら、オーソドックスに市民革命団とでも呼んでくれたまえ」
「へえ、なんだかそのままだね。僕らのギルドも他人のことを言えた義理じゃないけど」
ただ単純にベアマークギルドと名付けられたギルドである。名無しだという彼らのことを評価できる立場にはない。
何はともあれ、円卓を囲んだ彼らに協力者として加わることになったアレスタたち。
ここにきて、ようやくカズハを背中から下ろすことのできたアレスタはほっと一息をつく。そんなアレスタとは違って、市民革命団の男たちは血気盛んに議論を戦わせ始めた。
喧々諤々、もはや半ば喧嘩と言っても差し支えはあるまい。
市民革命団の一角を占める慎重派の意見に痺れを切らせたピアナッツは、好機をみすみす見逃そうとする慎重論の男どもを一方的に臆病者と罵って、自分はそんな輩とは違うと言いたげに荒々しく立ち上がった。
椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで、反り返らんばかりに胸を張っている。
「今こそ立ち上がるのは民衆の総意だ。革命はすでに望まれているのだよ。あとは実行するだけだ。そう、我々のちっぽけな命を賭すだけ! 民意の熱望という一言があれば、それだけで我ら市民革命団は最強の勇気を武装する!」
「左様!」
「右に同じく!」
主戦派を筆頭に列席者から口々に同意の声が上がる。市民革命団の盛り上がりは最高潮といったところか。
沸騰せんばかりの熱量の前にあって、少数派に過ぎない慎重派の意見は抹殺されるに至った。
もちろん、一致団結した心意気が実際の戦力差を打ち破ることはありうる。
だが……。
「一刻も早く平和を取り戻すのが夢だとしても、やる気ばかりで勝算のない自殺行為に巻き込まれるのはごめんだな……」
こっそりと呟いたアレスタは頭を抱えた。
街の支配者であるオドレイヤとは一度も会ったことがないアレスタだが、これまでの話を聞いただけでも、一筋縄ではいかない強敵であることが推測される。少なくとも熟練の魔法使いであることは間違いない。ろくな対策を立てずに戦える相手ではないだろう。
ざっと見渡した印象では、市民革命団の中に専門的な魔法使いの姿はないようだ。
それはつまり、ブラッドヴァンと市民革命団との間に絶望的な戦力差があるということである。
「でも、やっぱり仲間は必要だと思う。私たちだけじゃ、さすがにマフィアと戦うのは無理よ」
こっそりとアレスタにイリシアが耳打ちする。
本気でアヴェルレスのマフィアを打倒するつもりなら、確かに仲間は必要不可欠だ。たかだか四人で駆け付けたアレスタたちだけの力では不可能と言っていい。
ファンズが結成したマギルマ、東西マフィアを配下に従えるオドレイヤのブラッドヴァン、それからハルフルートが率いる市民革命団に、ナルブレイドが所属するユーゲニア防衛騎士団などなど……。
このアヴェルレスには互いに争う複数の勢力が存在するようではあるが、現時点でアレスタたちに快く手を差し延べているのは市民革命団だけである。規模も兵力も何もかも、おそらく戦力的には最も弱く頼りない組織だろうが、マフィアとは無縁の市民たちが集まった革命団であるだけに、自由と平和を求めるアヴェルレスの民衆の多くは彼らを支持するだろう。
そういう意味では、最終的に最も影響力のある勢力に成長する可能性はある。
現実的に考えれば、ブラッドヴァンという敵が強すぎるのが不安ではあるものの……。
悩んでいるアレスタをイリシアがじっと見詰めている。せかされている気がして、ええいままよといった心境でアレスタは腹を決めた。
「俺たちも責任あるギルドとしてマフィアとの戦いに協力はします。しかしながら、どうでしょう? できれば市民革命団における独立部隊として、ある程度の自主性を尊重していただけると嬉しいのですが……」
それが認められれば、万が一にも彼らの無茶な作戦に翻弄される危険性は少なくなる。その一方でアヴェルレスの情報など、多岐にわたる市民革命団のサポートは受けられるはずだから、独立部隊として彼らの組織に所属する価値はある。
わずかな時間であらゆる損得勘定を脳内で済ませたハルフルートは譲歩も早かった。
「致し方ありませんな。我々は我々、あなた方はあなた方。それで結構」
「助かります」
「……しかし、さすがに何もかも自由というわけにもいきますまい。あなた方への“依頼”という形で、我々の考える作戦を遂行していただきたい」
「それなら構いませんよ。なにせこちらは依頼あってのギルドですから」
「ふむ……。ところで一つ確認しておきたい。あなた方への依頼料ですが……」
「今回ばかりは状況が状況ですからね。仲間であるカズハのためでもありますから、依頼料なんていりませんよ。こちらにいる間の食事や宿を融通していただければ、それで」
「おお、そんな、たやすきこと! ――さあ、みなさん、早速おもてなしだ! 今から歓迎会の食事としよう! 我々の頼もしい客人を盛大にもてなそうじゃないか!」
「異議なし!」
これには慎重派も主戦派も対立することなく同意が結ばれた。何か思惑があるというよりも、討論ばかりで単純に腹が減っていたのだろう。つい先ほどまでは一触即発の雰囲気だった者同士も、食事と聞いてすっかり笑顔である。
議論は休戦ということか。あるいはもう決着をつけたつもりかもしれない。
数人の炊事当番らしい者が慌てた様子で広間を出て、向かった先はきっと厨房じみた施設だろう。それがおしゃれなキッチンなのか原始的なかまどなのか、この廃墟の具合からはちょっと想像がつかない。裏庭に自給自足のための畑があっても不思議ではないのだが、あったとして、ちょうど収穫できる野菜があるのだろうか。
この際なので、いっそ食べられるものなら何が出てきても美味しく頂こうと思ったアレスタたちであったが、どうやら食べ物の心配は杞憂であったようである。
あらゆる物資が限られている異次元世界ユーゲニアにおいて、ほとんど上流社会の人間にしか許されないであろう食事が用意されていた。
焼きたての分厚くてボリューミーな肉、新鮮な魚介、そして野菜やキノコ類が煮込まれたスープなどなど……。
全員が全員をして舌なめずりしているところを見ると、彼らは普段からこのようなご馳走を食べているわけではないらしい。
すると客人の手前、見栄を張ったのか。
あるいはもともと、この決起集会を盛り上げるため特別に用意していた豪華な晩餐だったのかもしれない。
「すみません。この、なんだか毒みたいな色の飲み物は?」
用意された食事の中に、アレスタが初めて見る飲み物があった。
いかにも毒々しい紫色の液体で、しかも苦い薬みたいな独特のにおいがする。危険を察知する能力が高い野生の動物なら、たとえ飢えていても避けて通るような飲み物である。
礼儀作法などどこ吹く風のカズハやニックは顔をしかめて鼻をつまんでいた。頼まれたって絶対に飲みたくないと言わんばかりに、露骨なほど嫌な顔をしている。
無礼な態度に映らなければいいが。
「ああ、ご安心を。それはパープルティーですよ。これがまあ高級品でして、なかなか手に入れられる代物じゃありません」
「それはそれは、そんな高級なものを。では、せっかくですから、一口くらいは――うっ」
こんなものが高級なのか、これは安くても飲まないな――と、たった一口で思ったアレスタである。
まずいくせに意地でも張っているのか、ピクリと眉をわずかにしかめただけのイリシアは平気そうな態度を崩さず、あっという間に飲み干した。敵であれなんであれ、決して屈しない元騎士としての誇りがそうさせるのかもしれない。
「口に合わないからといって残すのは負けを認めるようなものよ。それに失礼じゃないかしら。高価なものを提供してくれた相手にも、それからもちろんパープルティーそのものにもね」
「だったら残りはイリシアにあげるよ……。どうにもこの香りは苦手だ……」
「子供じゃないんだから飲みかけをよこさないで。ただでさえ気分が悪くなりそうなのに、これ以上飲んだら私だって吐いちゃうわ。それでもいいの?」
「イリシアが吐いちゃうのはよくないな……。それなら俺が吐いたほうがいい……」
「あなたも吐かないで」
まるで弟を注意するお姉さんのようにぴしゃりと言い放ったイリシア。
どこから取り出したのか、近くに置いてあったらしい砂糖の小瓶を手に取ると、これで飲めるでしょと言わんばかりにアレスタのパープルティーに砂糖をどっさり投入した。
きつかった香りも、ピリピリと舌を刺激する苦味も、無慈悲な大量の糖分には勝てなかったのか、少しだけ甘さで中和される。
味もへったくれもない。高級品が台無しだ。
「ありがとう、これなら飲めるよ。……だからといって、おいしくもないけど」
「まあまあ、変わった味の水だと思って頑張って。料理のほうはとっても美味しいから、さっさと飲みあげて舌鼓を打とうよ。ね?」
いつの間にか小さく切った肉を頬張りながら、幸せそうなイリシアが満面の笑みを浮かべていた。半分とろけた表情を見る限り、本当に美味しい料理らしい。
いつもクールで気取りがちな彼女には珍しく、すっかり油断した笑顔だ。意外にもグルメなのかもしれない。
「ふう……。なんだか、これ一杯でおなかいっぱいだな」
てこずりつつも、ようやく飲み終えたパープルティー。
たった一杯で満足したアレスタがへとへとになってカップを置くと、すかさず脇から新しいカップが回ってきた。しかもカップには紫色の液体がなみなみと注がれている。
頼んでもいないのに、おかわりが来たようだ。
こんなに飲めるものかと、うんざりしたところ……。
「どうか兄貴! こいつの処理、お任せします!」
そう言いつつカップを渡してきたのは誰であろうカズハであった。
たっぷり砂糖を入れても飲めなかったらしく、ちょっとしか減っていない。恐る恐る一口だけ味見して心が折れたのかもしれない。ほろ苦いコーヒーなどと同じで、子供の口には合わなかったのだろう。
正直なところアレスタはもう一滴たりとも口に含みたくないほどだったが、結局、彼女の飲みかけを頑張って飲み干すことにした。まるで本物の兄を見るかのようなカズハの熱い眼差しが、アレスタに有無を言わせなかったのだ。
いたいけな少女の期待と信頼を裏切ることはできない。
「ねぇ、アレスタ。ついでに僕のも……」
「やだ」
「うわ、即答だね。しかもこっちを見てもくれなかったね。すげないや……」
しょげたニックは仕方なく自分のパープルティーに口をつける。その姿は人生の落伍者じみて哀愁漂うが、アレスタも二杯目なので構ってはいられない。
とにかくこの自己主張の強いパープルティーを真っ先に始末しなければ、せっかくの素晴らしい料理が手元のパープルティーから立ち上る強烈な香りのせいで楽しめなくなってしまうのだ。それはもったいないではないか。
……とはいえ食前に二杯も飲むとパープルティーは食欲を失わせるのに効果的だった。
食事の量を抑えたいときにいいのかもしれない。
「少しばかり、お話をよろしいかな?」
口に合わないパープルティーで意気消沈した一部の人間を除いて宴もたけなわなころ、改まった口調のハルフルートがアレスタに声をかけてきた。
何か重要な話が始まるんじゃないかと判断して、雑談しながら適当に料理をつついていた周りの人間たちも自然と声量を落とし、二人の会話に聞き入ることになる。
「我々に革命の参加者の名前を記した名簿はなく、集団としての名前もない。あくまでも形式上は明確なリーダーが存在しない、この街に暮らす人々が形作る市民革命だからね。しかしあなた方には名前が必要だろう。外の世界からの協力者としての美しい旗印が。そこで私は考えた。とても素晴らしく、すごくいい名をね」
「俺たちの名前ですか」
「うむ。あなた方のことは今後、対マフィア独立遊撃部隊……その名もギルディアンと呼ばせていただこう」
「……ギルディアン、ですか」
いまいちしっくりこないとは言えないアレスタ。さすがに気は遣う。
「名前なんてものは何よりもわかりやすさが一番だ。ギルドの人間だからギルディアン、これなら誰でも覚えやすい。そして二番目に大事なのは名前の響きだろう。格好いいじゃないか、ギルディアン。ディアンのところが特に気持ちがいい」
自分で考えておきながら、その命名センスを自分で褒めている。明日から自分がギルディアンとでも名乗りそうな勢いだ。
ここまで自信満々に自画自賛するハルフルートを目の当たりにすると、何か正当な理由がなければアレスタにしても断りにくい。
「ぜひそうしてください」
もはや名前など何でもいいと割り切って、苦々しい愛想笑いで答えるアレスタだった。




