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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第一章 治癒の英雄、あるいは不死者の王
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06 ベアマーク(2)

 上空から見ればおおよそ円形になっている街を取り囲む壁は高く、ベアマークに入ろうとする旅人や商人は東西南北に一つずつある巨大な門のどれかを通らなければならない。先に森へ帰らせるためシカから降りたアレスタとサツキは街に入るための手続きが行われている行列に並ぶが、時間がかかると思われた手続きは簡単に終わってしまった。

 魔法で作られているという特別なゲートを通過するだけで手荷物検査が自動でなされ、同時に年齢、性別、名前の登録など色々な手続きが完了したのだ。


「今の街って便利なんですね。家にあった古い本だと、身元不明の旅人が街に入ろうとすると怖い騎士に尋問を受けていた気がしましたけど」


「今の街というか、俺が知る限りここまで魔法で簡略化されているのは帝国でもベアマークくらいだろうがな。それくらい人の出入りが多いってこともあるかもしれないが」


「へえ……」


 ここに来るまでに商業の盛んな街だとは聞いていたものの、緊張の面持ちで足を踏み入れたベアマークはアレスタが考えていた以上の活気にあふれていた。

 どちらを見ても人ばかり、幅の広い道の両側には三階以上の建物がいくつも並んでいる。もちろん他にも多種多様な商店や施設、憩いの場であろう広場に、よく目立つ時計台もある。

 何から何まで街の賑わいを演出しているようだ。

 中心広場へ続くという大通りはどうやらこの街の花形らしく、両脇にはテント張りの露店が途切れることなく続いており、まだ正午前だというのに元気よく行き交う人々で賑わっていた。

 地面は美しく敷き詰められた石畳で、きれいに掃除してあるらしく、注意深く見てもゴミは一つとして散らばっていない。

 田舎者にとっては近寄りがたい喧騒にも感じる光景を、大通りの入り口にある石造りのアーチからアレスタは呆然と眺めていた。しかし彼に構わず足を進めるサツキは大通りとは別方向の閑静な住宅街らしき地帯へと歩いていく。


「あの、サツキさん、どこに行くんですか?」


 理由もなく不安を覚えたアレスタは慌てて追いかけ、すたすたと先を歩くサツキの背中に声を掛けた。

 今までずっと人里離れた集落で暮らしていたアレスタだ。生まれて初めて訪れたベアマークは彼にとって規格外であり、右も左もわからない大きな街は正直に言って怖かった。

 もしこのまま薄暗い路地裏にでも連れて行かれたら、いくらサツキが相手でも泣き出してしまいそうなくらいだ。

 どうやらこの辺りは街の中心部から離れているらしく、外を歩いている人の姿もちらほらと見えるだけである。おそらく地元の住民くらいしか通らないような寂れた場所をサツキは迷うことなく早足で進んでいく。


「どこって言われてもな……。どんな場所か口で説明するより実際に見たほうが早いと思うが。まあ、簡単に一言で説明するなら俺の数少ない知り合いが経営する店だよ」


「数少ない知り合い……。それじゃあ、これからその人に会うのも楽しみですね」


 案外、サツキもかわいそうな境遇なのかもしれない。

 周囲に何もない辺境での仕事もそうだが、屋敷があるのは簡単には踏破できない森に囲まれた殺風景な草原で、そんな場所で家族もいない一人暮らしをしているのだ。

 事情が事情だけに、やっぱり友達も少ないらしい。

 同情心が湧いたわけでもないが、不思議とアレスタには親近感が湧いた。誰だって孤独は寂しいものだ。

 けれど同じような境遇の人間同士なら、普通の人よりも親しくなりやすいかもしれない。

 あまり深刻な雰囲気になっても困るので、ここは涙をこらえて笑顔を取り繕う。

 しかしアレスタが見せた優しい気遣い満載の笑顔は、サツキの神経を逆撫でしてしまったらしい。


「おい、待て、なんだその顔は。お前な、勝手に俺のことを寂しい人間だと思い込んだだろ」


「違うんですか? でもサツキさん、これから会うのは数少ない知り合いだって言うから……」


「確かに言ったが、それがどうした。知り合いの数が少ないからって、寂しい人生を送っているとは限らないだろうが」


「なるほど、そう言われるとそうかもしれません。友達は人数の多さよりも関係性の深さが大事ですもんね」


 百人を超える微妙な距離感の友達がいるよりも、たった一人でも、お互いに信頼し合える仲の親友がいるほうが価値はありそうだ。

 ならば、その数少ない知り合いだという人物も、サツキとは唯一無二の親友同士なのかもしれない。

 しかも彼は街から離れた場所に一人で暮らしているのだ。

 どんなに仲が良くても、頻繁に会うことは難しいはずである。


「それなら、やっぱり会うのは楽しみなんですよね?」


「いや、そうでもないな。そもそも俺とそいつは別に仲がいいわけでもない。知り合いの店ではあるが、あくまで客と店主の関係だ。友達と呼べるほどの関係じゃない」


「それって、ただの常連客ってことじゃないですか……?」


「常連の定義にもよるが、そうとも言えるかもしれないな。ほら、そこの角を曲がったらすぐだぜ」


 二人が歩きながらしゃべっている間に、どうやら目的の店に着いたようだ。

 周りの建物よりも少しだけ背の低い外観は古ぼけていて、入り口である扉の上にかかっている看板には薄れた文字で「オーガンの雑貨屋」と書いてあるが、あまり繁盛しているように見えない。どことなく悪臭のように漂ってくる名状しがたい不気味さがあり、思わずアレスタは店内へ入るのをためらってしまった。

 怪しい店だ。それ以上でもそれ以下でもない。


「本当にここがサツキさんの知り合いのお店なんですか?」


「そうだな、残念ながらここが俺の知り合いの店だ。小さな子供に筆を握らせたみたいな字で書かれたセンスのない看板を見りゃわかるが、俺よりも少し年上のオーガンって奴がやってる雑貨屋だよ。変わり者で変わったものしか売ってないから普通の客はめったに来ないがな」


 ためらうアレスタを無視して、建付けの悪い薄汚れた扉を開けるサツキ。

 外で待っているわけにもいかずアレスタが追いかけるように入ると、サツキは入ってすぐの場所で足を止めていた。


「どうやら先客がいるらしい。いつもは店主が一人で暇そうにしているんだが、珍しいこともあるもんだ」


 せせこましく見えた外観に反して意外と広い店内の奥、カウンターの辺りで店主のオーガンと若い女性客が話し込んでいる。

 自動で音楽を流しているオルゴールのようなものがあるせいか、会話に集中している二人はアレスタたちが入ってきたことに気づいていない。昼ということもあって店内に設置された魔術灯の明るさを抑えているらしく、背の高さほどもある商品棚に隠れた二人の姿が目立ちにくいせいもあるだろう。


「ここからだと顔までは見えないが、客は騎士らしいな」


 想像以上に薄暗くて視界は悪いものの、どこを見ても、おそらく商品であろう多種多様な雑貨が倉庫のように陳列してある。やや姿勢を低くして身を隠した商品棚の隙間から、サツキは目を鋭くして様子をうかがっている。

 店主と話し込んでいる女性は重厚そうな鎧を着込んでおり、よく見れば腰には剣を携えている。しかも右と左の両方だ。あれはもしかして二刀流というものだろうか。

 本気を出せば人を殺すことも可能な武器を目にして不安がよぎったアレスタは小声でサツキに尋ねる。


「質問なんですけど、騎士と帝国軍の兵士とは何が違うんですか?」


 昨日、森の中を半日以上も兵士に追われていたことを思い出したアレスタは緊張を隠せなかった。彼の命を狙ってきた彼らは帝国軍の特務部隊だったらしいが、だからといって通常の帝国兵が安全であるとは限らないのだ。


「騎士っていうのは帝国の治安を守る武装集団だよ。帝国軍は他の国との戦争に備えた対外戦力だが、あいつら騎士は、基本的に危険な魔物や国内の犯罪集団を相手に戦っている。まあ、そうは言っても俺たち一般市民にとってはどちらも国家権力だから、理不尽な目にあいたくなければ下手に関わらないほうが賢いな」


「なるほど……」


 帝国軍と騎士団は違う組織であるらしい。

 その細かい違いをアレスタが完璧に理解したわけではないが、とにかく危険が差し迫っているわけではないようだ。


「しかし変だな。街の平穏を守るべき騎士がこんな店に一体なんの用事があるんだ? くそ、気になるがここからじゃ会話がよく聞こえないな」


「だったら声がよく聞こえるようにもっと近づきましょうか。……いや、いっそ堂々と話を聞きにいきませんか? 騎士団が帝国軍と違う組織なら、たぶん俺たちに危険はないんでしょう?」


「……危険はないが、やましいことがあると騎士に疑われてしまえば面倒だ。あまり顔を覚えられたくはない」


 そう言ってますます物陰に隠れようとしたサツキだったが、それがかえって目立つ行為になってしまったらしい。

 こそこそと動いた気配に気づいて目を鋭くした店主のオーガンが声を張り上げた。


「おい、そこに隠れている奴らは誰だ! 泥棒だったらただじゃ済まねえぞ!」


 その声に反応した騎士も剣に手を添えて振り返る。万が一の場合には、力づくで取り押さえるつもりなのだろう。

 どうやらアレスタたちは完全に不審者だと思われているようだ。店に入ったのを気づかれなかったのをよいことに、彼らの話を盗み聞きしようと物陰に隠れていたので怪しい人間だと疑われても仕方はない。

 こちらを警戒して身構えている二人を安心させるよう、ゆっくりとした足取りで暗がりから出たサツキは無抵抗であることを証明するように両手を広げ、いっそ胡散臭く見えるくらいに人当たりのいい笑顔を浮かべた。


「待て待て、俺は怪しい者じゃない。とっさに隠れたことは謝るが、店主と客の大事な会話を邪魔しないように気を遣っただけだ」


 もちろん盗み聞きしようとしたことは隠す。

 最初は怪訝な目で見ていたオーガンだったが、すぐに警戒を解いた。


「……うん? 誰かと思えば、辺境暮らしのサツキじゃないか。久し振りだな」


「そうですか、あなたの知り合いでしたか。びっくりさせないでください」


 暗がりから現れたサツキが店主の知り合いだとわかり、鞘に納めたままの剣から手を離した騎士は胸をなでおろした。

 平気そうな振りをしているものの、実は少し怯えていたサツキも静かにため息を漏らす。


「どうやら街に暮らす善良な一般市民に等しく与えられる程度の信頼を得られたようだな。いきなり斬りかかられるんじゃないかと思って怖かったぜ」


 もっとも、そうなった場合は黙って斬られるサツキではない。

 アレスタを守るためにも無茶はしただろう。

 そんな彼の内情は知らず、純粋に無礼を働いたことを恥じた騎士は素直に頭を下げた。


「あなたを疑ったことは謝ります。脅すような真似をしてしまって申し訳ありません。ですが私にも言い分はありますよ。ちょうど最近は街も物騒になったと話をしていたところだったんですから」


「……ま、いろんな理由で騎士を襲う連中もいるから同情はするがね」


「そう言っていただけると助かります」


 ひとまず和解した二人はともかく、まだ不満がありそうなオーガンはやや尖った声でサツキに問いかける。


「で? 後ろにいる少年は誰なんだ?」


 怪訝な目を向けられた先にいたのは、恐る恐る、ゆっくり三人のところへ近づいていたアレスタだ。

 どう紹介するべきか迷ったサツキはアレスタに顔を向け、面倒になったのか自分で説明するように促す。


「はじめまして、アレスタです。……自分のことをどう説明したらいいのかわからないのですが、わかりやすく一言で言うとサツキさんの付き添いです」


 なるべく敵を作らないように、謙虚で穏やかな人間に見えるように意識しながらアレスタは二人に向かって頭を下げる。

 その姿を見て意外そうな顔をしたオーガンはサツキに尋ねた。


「お前の付き添いだって言ってるが、それは本当なのか? この店に来るときはいつも一人だっただろ。お前が誰かと一緒にいるところなんて見たことないぜ」


「まるで俺が独り身の寂しい奴だって言いたげだが、そりゃお前、ここは知り合いに紹介したくなるような店じゃないからな。自分の店の商品棚をもう一度よく見てみろよ。首のない人形とか、長針が四本ある時計とか、誰も読めないでたらめな字が書いてある本とか、使い道のわからない変なガラクタばっかり売ってるだろ」


「うるさいな。そういうのが好きな客もいるんだよ。ほら、お前の付き添いだっていうアレスタも興味がありそうだぞ」


「……は?」


「すみません。物珍しかったので」


 意味もなく店内をきょろきょろ見回していたアレスタは恥ずかしがって恐縮した。サツキも責めているわけではないので文句は口にしないが、店主に負けた気分で少しだけ機嫌が悪そうだ。

 それを見てオーガンは嬉しそうに顔をほころばせる。


「興味があるならここで働くか? 雑用係がずっと欲しかったんだ」


「こらこら、お前が欲しいのは雑用係じゃなくて奴隷だろ。お前はケチで有名だから、無給で店員を働かせかねない奴にアレスタを任せるわけにはいかない。こいつは昨日、俺が森で拾ったんだ。だから責任は俺が持つ」


「ちょっとサツキさん、拾ったって、捨て猫じゃあるまいし、そんな言い方はないでしょう」


「でも拾ったのは事実だろ。こうして面倒を見てる」


「それはそうですけど……」


 アレスタが言い返せなくなると、二人の話を聞いていたオーガンが腕を組んで何度も頷いた。


「へえ、それはいい拾い物をしたな。……しかし育ち盛りの少年だと養うのも大変そうだから拾うべきか悩むが、俺も金持ちの御曹司とかだったら拾ってみたいぜ。なあサツキ、どっかに拾われたがっている不幸な貴族の子息とか落ちてなかったか?」


 何を言うかと思えば馬鹿な話である。

 今にしてアレスタは思う。助けてくれたのがサツキでよかったと。


「その発言を騎士である私の前でよくできるものですね。いいですか、もう一度同じことを口にしたら切り捨てますよ?」


 言いながら腰の剣に手を添えた騎士はオーガンの冗談に本気で怒りかけていた。度を越した冗談なので彼女が不快に思う気持ちも理解できるものの、いきなり切り捨てることはないだろう。

 過激すぎて怖い。この街で悪さはしないようにしようと心に決めるアレスタだ。

 一方、まったくひるんだ様子のないオーガンは鼻息を荒くして言い返す。


「なんだって? おいおい、まさか騎士様は楽して儲けたいという庶民の願望を馬鹿にするつもりなのか?」


「まさしくそうです! 願うのはともかく、大声で威張れるものじゃないでしょう!」


 意外にも大きな声で叫び返したのは騎士である彼女だ。

 胸倉をつかむような勢いでカウンターを叩く。


「なにしろ! あなたには街で発生した誘拐事件について話をしたばかりじゃないですか!」


「誘拐事件だって? そりゃ本当なのか?」


 彼女の勢いに気圧されて黙り込んだオーガンの代わりに、思わず口を挟んだのはサツキだ。誘拐などという物騒な単語を耳にして、隣にいたアレスタも目を見開く。

 誘拐事件が事実だとすれば、無関係だからといって無視はできない。

 これだけ大きな街なら何かしらの事件や事故が日常的に起きていたとしても不思議ではないものの、やはり実際に聞けば驚きを隠せないものだ。


「はい、誘拐事件があったのは本当ですが……。すみません、熱くなりすぎました。気がせいていたもので」


 答える彼女は思い悩んだ口調で深刻に顔をしかめる。声を荒げてしまって反省しているのもあるだろうが、誘拐事件の被害者の心情を考えて、心を痛めているのかもしれない。


「いや、謝らなくていい。悪いのは不謹慎な冗談を言ったこいつだ。それに、そうやって声を荒げるのはそれくらい職務に忠実で、どんな目にあっているかもわからない被害者のことを本気で心配している証拠でもある。熱くなって見境がなくなるのは騎士としてどうかとも思うが……」


 ほんの一瞬視線をさまよわせて、サツキは店を訪れた自分のことも考えながら結論を付ける。


「つまり、市民想いの騎士様は誘拐事件に関する情報収集のため、こんな奴のところまで聞き込みに来ていたってわけか?」


「はい。そのはずだったのですが……」


 やや気まずそうに彼女はオーガンの顔をちらりと見て、言葉を続ける。


「この街の情報通だと聞いてきたものの、何を尋ねてもオーガンさんには先ほどから話をはぐらかされてばかりではなく、よくわからない雑貨を紹介されて困っていたのです」


「それはこいつが犯人の一味だからだろう。話を逸らす必要があるくらい誘拐事件に関与しているのかもしれない」


「え、それは本当なのですか!」


 さりげなく剣に手が添えられる。もう何度目だ。

 悪党の一味だと疑われたオーガンも慌てて両手を振って彼女を落ち着かせる。


「待て待て、騎士様! 善良な庶民に敵意を向けるな! 俺は怪しい奴じゃない!」


 いや、十分に怪しいけどな……と思ったアレスタだが、話がこじれると悪いので黙っておく。

 一方、店主に遠慮して黙る必要がないと思ったサツキは軽い口調でつぶやく。


「とにかく、こいつが怪しいかどうかは取り調べればわかるんじゃないか? ヘンテコなものばかり売ってる雑貨屋だからな、どうせ違法なものも取り扱ってるだろう。ほら騎士様、誘拐事件とは別件で連行しようと思えば簡単だぜ」


「違法なもの……?」


 じり、と足を一歩踏み込んだ彼女の目が鋭く光る。

 今度こそ本気で慌てたオーガンは両手を上げて降参した。


「ない! そんなものは一切ない! わかった。イリシアさんだったな! 君に協力しよう!」


 そう言ってから、ちょっと待ってくれとカウンターの裏でかがんだオーガンはガサゴソと何かを取り出す。

 年代物のような木箱に入った、青白く透明な球体の宝石だ。

 イリシアと呼ばれた騎士は興味深そうに覗き込む。


「これは……?」


「ただのガラス玉だと思わず、壊さないよう大事に扱ってくれよな。こいつはすごく高価なものなんだ。美しいだけの宝飾品じゃなくて、それなりの高値で売れる魔道具だよ。希少価値があるから普通よりも高いってだけで、帝国法でも街の条例でも違法性はない代物だが、ものがものだけに没収されるんじゃないかと思って隠していた」


 魔道具とは、魔法の力が秘められた道具のことだ。精神果樹園を開けず魔法が使えない人間にも扱えることが多い道具なので、日常品から武器まで幅広く活用されている。

 たとえば、この店にも設置されている魔術灯などは代表的な魔道具の一つだ。

 これさえあれば魔法使いでなくても魔法が使えるため、あまりにも危険なものなどは法律で使用が禁止されている場合もあるが、通常、余程のことがない限り所持しているだけで捕まることはない。

 特に危険性のない普通の道具とは違い、こういった魔道具を商品として売るためには街が発行している許可証が必要だが、雑貨屋として届け出を出すときに最低限の認可を受けているオーガンである。

 とはいえ、高価なものは同時に強い効果を持つ魔道具でもあるので、危険とみなされれば許可証があっても問答無用で没収される可能性はあるのだ。


「これがどうしたんだよ? その玉を覗き込んで占いでもするのか?」


「占い?」


 強い魔法を使える魔法使いがほとんどいなかった寂れた田舎で育ったアレスタにとって、高度な技術や知識を必要とするであろう「占い」は書物や話に聞くばかりで実際に見たことはない。自分の運勢や他人との相性、未来に起きる出来事などを占ってくれるというなら、それは今後の助言にもなりそうだ。

 なにやら面白そうだと興味を持ったアレスタだったが、その反応を見て、残念がるようにオーガンは首を横に振った。


「こんな感じの水晶玉を使って未来を見る魔法もあるようだが、これは違う。どうにかすると転移魔法が発動して、どこか離れた場所に移動させるっていう『鍵』の一つだよ」


「転移魔法か。だとすれば高価になるのもわかる便利な道具だな。鍵の一つっていうのは?」


「いくつか同じようなガラス玉があって、それぞれがつながっているんだよ。どこにでも自由に移動できるわけじゃない」


「ふーん。で、これを今のタイミングで出した理由は?」


「そうですよ。協力すると言いましたよね? 何か関係があるんですか?」


 いつの間にか会話の主導権をサツキに握られていたイリシアが思い出したように口をはさむ。

 無関係な雑貨の紹介なら先ほどまでやっていたことと同じだ。

 それがわかっているから、しびれを切らせたイリシアが強硬手段に出るのを恐れてオーガンもすぐさま答える。


「もちろん関係あるさ。これと同じものが一つ、ある場所に存在するのがわかっている」


「つまりそれが……」


「そう。騎士様の想像通りだな。これを使えば誘拐犯たちの隠れアジトにも転移できるってわけさ」


「だったらすぐに使えよ」


「いやまあ、お前の言う通りかもしれんが肝心の使い方がわからなくてな……。高価で貴重なものだから、適当にいじって壊したら大変だろ」


 そう言って、木箱から透明な球を取り出そうとしたオーガン。

 しかし、その時うっかり手を滑らせてしまった。

 支えを失って重力に引かれ、無慈悲に床へと転がり落ちる高価な魔道具。

 慌てて手を伸ばしたのは、たまたま近くにいた騎士のイリシアとアレスタだ。

 だが――。


「えっ?」


 あと少しのところで惜しくも間に合わず、あっけなく割れる勢いで地面に衝突した瞬間、その魔道具は強い閃光を放った。

 身をかがめて左右から同時に手を伸ばしていたイリシアとアレスタを光が包む。

 そして――。


「おい、消えたぞ!」


 アレスタとイリシアの二人は強烈に発光した魔道具と一緒に消えてしまったのだ。

 自分の不注意で高価な品を失ったこともあって、悔しさをにじませるオーガンは舌打ちする。


「くそ、発動のきっかけは衝撃か! 万が一にも誤情報かもしれないと思って、壊すのが怖くて衝撃を与えるのをためらってたのが悪く出た! しまったな、あいつらはどっかにある誘拐犯のアジトに転移しちまったぞ!」


「おいこら、騒がしいからドタバタと地団太を踏むな。さすがに俺も驚いたが、もう転移しちまったもんはしょうがないだろ。二人が転移させられた具体的な場所はわからないのか?」


「わか……いや、現時点ではわからんな。一つ救いがあるとすれば、あれは長距離を移動できるものではないということだ。きっと街の中か、遠いとしても周辺のどこかだろう。とはいえ詳しい場所はわからん」


「本当か?」


「本当だ。……だが、それなりに金をくれれば思い出すかもしれん」


「だったら一生忘れてろ。……ともかく、ここに残された俺たちが焦っても仕方がないな。イリシアっていう頼れそうな騎士も一緒だったんだ。ここはアレスタの無事を祈るしかないだろう。それより、今のうちにお前と話をしておきたいんだが、いいか?」


「……いいといえば俺はいいが、あいつらが心配じゃないのか?」


 ふっ、と笑うサツキ。


「心配がないわけじゃないが、最終的に運命ってのは自分の手でつかむもんだ」

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