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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常

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14 ハクウノツルギ

 さて、集まったデモ隊を実力で排除したボスボローの報告を耳にしたオドレイヤの反応はこうだ。


「マギルマとの戦争に関係ないことはいちいち報告しなくていい。ましてや市民の生死など。任せた現場は自由にやらせる、それが私のポリシーだ」


 命令にない部下の暴走を失態と決めつけて処分する可能性もあったが、全く興味がないといった様子である。

 これには当事者であるボスボローのほうが不安に駆られた。


「しかしオドレイヤ様。今回のことが原因で万が一にも数万の市民が団結して、我々ブラッドヴァンに立ち向かってくるようなことになれば……」


「敵が増えると? なっはっは、それは願ってもない幸運だな。なにしろ我が愛すべきブラッドヴァンはあまりにも強すぎて、相手になってくれる敵が少なくて退屈していたところなのだ。まったく張り合いもない生活だよ。あのファンズでさえ、私の敵としては役者不足の部分がある。地獄のほうが生きがいはあると思うのだよ、刺激の足りない静かな天国よりもね」


「ああ、天国とは! 血と暴力に染まったマフィアが迎え入れられたなら、逆に死んでしまいかねない窮屈な牢獄でしょう。おっしゃるとおり波乱に満ちた地獄のほうがずっといい。私もオドレイヤ様に同感です」


 うむ、と偉ぶった相槌を打ってオドレイヤ。


「ノミに噛まれた程度では死なないが、小さな虫けらに血を吸われた程度で体がかゆくなるのはストレスだ。退屈しのぎに少しくらいの対策はしておくべきかもしれないな。……よし、決めたぞ。先手を打って市民を殺せるくらいの準備はしておく。そのほうがファンズとの戦いに集中できるだろう」


「同感でございますな」


 ちなみにこの男、ボスボローはオドレイヤに対して同感しかしないともっぱらの噂だ。その生き様が「腰巾着のようだ」と馬鹿にされようが、それも立派な処世術の一つだろうと本人は一切悪びれない。

 また彼は同時に、もし己の意地を通して異議を唱えれば、それによって気分を害したオドレイヤに殺されてしまいかねないという恐怖に屈してもいた。どんなときでも飄々としているが半分は演技であって、それこそボスボローという人間である。

 そこそこに狡猾で、そこそこに臆病で、誰よりも出世欲だけはある。

 ……であるからして、今回もオドレイヤの意見に異論なく同意した彼は即座に準備にとりかかった。

 邪魔になりかねない大量の市民を排除するための方策である。

 短絡的だが行動力のあるボスボローにかかれば、そのための準備は三日とかからずに完成した。実行する場所の決定と整備、必要な人員の調整と管理、その後の運用を含めた長期計画。それらを取りまとめる責任者に命じられた彼は、何度となくオドレイヤの意見に同感しながら、計画を実行に移す日の朝を迎えた。

 その日は一段と赤い光に包まれた朝だったと、後に誰もが語った。


「大切な宝剣と首領の身だ。警備に抜かりはないな?」


 異空間クローゼットに収納してある大量の服から、ユーゲニアでの警備に適した赤茶色のジャケットを選んで羽織ったボスボロー。外見を整えて気分を高めた彼は部下の一人ひとりに確認を取っていく。

 アヴェルレスの街外れ。異次元世界ユーゲニアの果て近く。民間人の立ち寄らない廃墟。

 多数のマフィアが警備と護衛に当たる中、堂々とした足取りで歩くオドレイヤが姿を現した。

 腰には一本の剣が提げられている。

 ただし、それは刃先のない不思議な剣だ。

 オドレイヤが手にしているのは時空を切り裂く効果を備えた宝剣、ハクウノツルギである。

 代々のブラッドヴァンの首領に受け継がれてきた魔剣であり、もとをたどれば、かつて異次元世界ユーゲニアを発見した冒険者が装備していた武器でもあった。

 魔法能力に乏しい人間が手にしたところで秘められた力は反応せず、単なる武具としてはハクウノツルギも平凡な鉄の剣と大差はない。魔法使いの中でも特に優秀な魔法使いにしか真の力を発揮させられず、ゆえに使用者を選ぶ気難しい宝剣だが、最強最悪の魔法使いオドレイヤにとって問題は何もなかった。

 精神果樹園に特殊な広がりを持つ彼は難なくハクウノツルギを扱えるのだ。


「一振りで大量の果実を消費してしまうがな」


 実際に大量の果実を一度に消費したオドレイヤがハクウノツルギを振るうと次元の壁が切り開かれ、目の前の空間に異界へとつながる小さなゲートを作り出した。

 今回の場合、多数あるとされる異次元世界の中でも危険な領域である「魔界」とつながる一時的なゲートを開き、そこから大量の魔物を呼び出すことになっていた。

 簡易的な召喚獣といったところだ。

 しかもそれはアヴェルレスの市民を殺すために必要とされていた。

 残酷で容赦のないブラッドヴァンにして、そのボスである最強最悪の魔法使いオドレイヤ。

 彼らマフィアが人殺しをためらう理由はない。


「襲撃! 襲撃者、多数!」


 だが、無駄に形式ばっていたオドレイヤの儀式は無粋な襲撃者によって遮られた。

 ハクウノツルギは強力な剣であるがゆえに、その使用にはオドレイヤをもってしても細心の注意が必要だ。

 そうでなければ効果を発揮しないか、最悪の場合には暴発してしまう。


「邪魔が入ったか。しかし暇つぶしにはちょうどいい。面と向かって私に戦いを挑んでくる者は年々少なくなっているのだから、思う存分に戦えるときはなるべく戦っておきたい。そうでなければ体も魔法もなまってしまう」


「まさかオドレイヤ様が襲撃者のお相手を? さ、さすがにそれは同感しかねます。部下どもに任せておけば……」


「ボスボローよ。貴様は私においしいデザートを食べるなと言いたいのか?」


「め、滅相も――」


「ございませんか、ならば黙って見送れ! 私は闘争が大好きだ! 血の香りは甘くてたまらん! ボスボロー、ここの守りは任せたぞ! この剣も私が帰ってくるまで預かっておくことだ!」


 頭ごなしに強く言い残したオドレイヤは颯爽と立ち去った。

 恐縮しきっているボスボローを一人残して、襲撃者の相手をするためである。

 対処してみれば、襲撃者はすべてマギルマの人間だった。

 残念ながらオドレイヤにとって肩透かしだったことには、幹部クラスの構成員は一人もいなかった。一人残らず魔道具で武装していたものの、所詮は雑魚ばかり。有能な指揮官がいなければ烏合の衆でしかない。

 軽やかに踊るように次々と魔法を繰り出すオドレイヤの敵ではなく、彼にとってはウォーミングアップ程度の運動量ですべての戦闘は終了した。

 圧倒的過ぎるがゆえの、あっけない幕切れである。あえて物語る価値もないほどに。

 反撃もそこそこに死んでいった襲撃者は敵として物足りなさもあったが、それはそれで自身の強さを再確認できたのでオドレイヤには少なくない快感もあった。

 面白いように敵が散る。それは狩りとしての楽しみだ。


「ああ、オドレイヤ様。ご無事でしたか。こちらには誰の姿も現れませんでした」


「そうか。ならば敵も馬鹿なものだ。なっはっは、真の無駄死にばかりか」


 同感です、同感ですと、調子をよくしたボスボローは何度となく頷いた。

 権力者をおだてることこそが彼の処世術である。


「さて、そろそろ計画を再開しようじゃないか。ハクウノツルギを渡したまえ」


「はい、もちろんですとも。それはここに――え? あ、ああっ! ありませぬ!」


 なんたる失態。なんたる油断。

 なんとボスボローは預かっていたハクウノツルギが何者かによって盗まれたことにさえ気がついていなかった。言われて初めて、今まで腰にあったはずの宝剣が抜き取られていたことを知ったのである。

 あまりの出来事にあごを外して脂汗をにじませたボスボローは失神寸前で、あたふたと慌てふためいて、恐怖と緊張によって全身を激しく震わせた。謝罪や言い訳の言葉さえ上手く口にすることができない。

 大切な宝剣を奪われたからには、死刑は免れないに違いないのだ。


「なっはっは! よいよい、そう恐縮するな、従順なる部下であるボスボローよ。これくらいのアクシデントがあったほうが戦争は面白くなる。いやぁ、なっはっはっはっは! 敵もよく私を手玉に取ってくれたことよ!」


 ところがオドレイヤは怒るでもなく、むしろ上機嫌に高笑いをするのだった。

 いつもなら部下の些細な失敗でさえ許さない最強最悪の魔法使いだが、このときのボスボローは全マフィアが驚くほど幸運であって、オドレイヤの気分屋な性格に救われた一人である。





「うまくやってくれたようだな」


 芳醇な香りを漂わせる高価なパープルティーを片手に安堵のため息をついたのはファンズだ。威厳とは程遠い若さの残る顔立ちのせいか、いまいち人の上に立つ風格には乏しい青年だが、これでもマギルマのボスである。

 そんな彼の茶飲み相手を務めるのは大人びた印象のあるナツミだ。


「実のところ私は不安で胸が押しつぶされそうだったわ。カズハとカロンじいさんの二人には荷が重過ぎると思っていたけれど、意外とやるわね」


「ふふん。ナツミはカズハを子ども扱いしすぎだよ。あの子も今では立派な少女に成長しているんだからね。なんたってマフィアを相手に盗み屋稼業をやっているくらいなのだから」


「それはわかってる。だけど今回は相手が相手よ。……わかってる? なにしろあのオドレイヤよ? 正直、危険どころか無謀だったわ。姿を隠すカズハの魔法はオドレイヤにも通用するみたいだけど、なんたってあの子はドジだから」


 かつての妹分を思って真剣な顔をするナツミは心配して言ったのだが、聞いたファンズは「過ぎたことさ」と愉快に笑った。


「二人が盗みに失敗して捕まった場合に備えて私たちは隠れていたんだ。念のためブリーダルには失敗した場合の救出策をいくつも用意してもらっていたしね。いやもちろん今回は見切り発車だったことを認めるよ。カズハに無茶を強いたこともね。でも考えてごらん、オドレイヤに勝つためには向こうの先手と裏を取り続けるしかないと思うけどね」


 怒らせないようにと優しく語り聞かせたが、子供扱いされたように感じたナツミは不服らしく顔をそらした。つれない彼女の態度にファンズは肩をすくめるしかない。

 しかし作戦は成功したのだ。

 そもそも、今回のハクウノツルギを盗み出すという計画は、ファンズがボスボローの立てた計画の情報を入手したことがきっかけで立てられた。

 アヴェルレスの街外れでオドレイヤがハクウノツルギを使用する隙をつけば、ブラッドヴァンにとって必要不可欠な宝剣を盗み出せるかもしれない。要塞じみたオドレイヤ邸に忍び込むことは不可能に近いが、相手のほうからアジトを出てきてくれる絶好のチャンスなのだ。

 ハクウノツルギを奪い取る実行者には、ややあってカズハが選ばれた。

 あまりに危険すぎるため反対する意見もあったが、カロン譲りの盗みの才能と、気配を消すことが出来るヘブンリィ・ローブの魔法を使えるためである。

 ただし、結局はカズハに直接それが伝えられることはなかった。マギルマからの作戦指示と呼べるものは、日時と場所と状況に関する情報を、第三者を介してカロンに渡したことだけである。

 慎重に考えた末にファンズは彼女と顔を合わせなかった。一方的に都合よく利用する結果となったものの、ファンズとナツミはカズハたちをマフィア同士の抗争に巻き込みたくなかったのだ。

 それでも今回の作戦を決めたのは、可能なら彼女たちがハクウノツルギを手に入れて、そのままユーゲニアの外に逃げ延びてほしかったからでもあった。運のいいことに、少し前から次元の壁に脆弱な部分が発生しているという情報もあった。

 この状況なら、年老いたカロンの力でも次元の壁に穴を開けられるかもしれない。

 そして、この日。

 実際にハクウノツルギを盗み取ったカズハは、ブラッドヴァンの追っ手を逃れ、カロンと二人で宝剣を振るうと、切り裂いた次元の壁の穴から外の世界へと逃げ出すことに成功したのである。

 たどり着いた外の世界、すなわちベアマークでアレスタたちに出会い、ひとまずのよりどころとしてギルドに保護を求めたのも、この日から数日の間に起こった出来事だった。

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