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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常

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13 余生の安楽椅子

 東西のマフィアが激突した枯れ木ストリートの闘争は被害だけを拡大させて、明確な勝利者のいないまま終息した。

 マギルマとしては今回の衝突をきっかけにして東部マフィアと西部マフィアが対立を深めてほしかったのであるが、これは乱入してきたブラッドヴァンの手によって、喧嘩両成敗となる形で阻止された。

 だが、当初の計画とは異なる結果だったとはいえ、枯れ木ストリートの闘争でマギルマが得たものは大きかった。今までは暴力に屈するしかなかった市民の中に、マフィアに立ち向かう気運が育まれつつあったのだ。

 そもそもファンズがオドレイヤを裏切ったとき、マフィアを嫌悪する街の人々は胸のうちでマギルマを支持したのである。

 また、南部マフィアが消滅したことも大きかった。自分たちを牛耳っていた南部マフィアから解放された南部地域の民衆は、さらなる自由を求めて、市民による自治政府を成立させることへの熱意を燃え上がらせていたのだ。

 そこに発生したのが枯れ木ストリートの闘争である。

 市民の生活を無視したマフィア同士の戦争は、被害が拡大するにつれ、無関係な人々の怒りを激しいものに変えていった。

 ただし、怒りや正義感が直結的に暴力行為へと発展しないことが市民の誇りだ。そしてそれこそがマフィアとの大きな違いである。

 そこで頼りとされたのが、アヴェルレス市民議会政府の存在だった。

 数万人を越える市民の陳情によって、臨時に開かれた平和的な議会。たった一つの、けれど街の未来を占う画期的な議題が討論の俎上に持ち上げられていた。

 それは、法によってマフィアを罪に問う、というもの。

 つまり議会がマフィアを正式に悪と認めて、その存在を否定するかどうかを決める話し合いである。仮にも市民の代表である市民議会政府ならば、ここは当然ながら満場一致で可決して、ブラッドヴァンをはじめとするマフィアを法的に糾弾すべきだろう。

 なぜならマフィアは非民主的かつ暴力的な支配者であり、アヴェルレスに不幸をもたらしている元凶なのだから。

 目立つような反対者もないままに滞りなく進行した議会の末、民主的な政治家を自負する彼らの出した結論はこうだ。


「――よって、これは否決する」


 否決。

 すなわち市民議会政府は、暴虐の限りを尽くすマフィアに対して何も手を打たないということだ。

 たとえブラッドヴァンとマギルマの闘争が激化しようと、市民議会政府としては事態の収拾のために行動することはない。

 問題が終結するまで様子を見るという、ただそれだけだ。

 自分の足で立っているのもやっとの状態に見える老齢の議会代表者が結論を宣言すると、役目を終えた議会は即座に閉会した。

 もちろん市民は激怒した。しかし多くは落胆と失望につながる外的に発露しない激怒であって、市民議会政府に対して直接的な行動に打って出ることはなかった。

 なぜなら、やはり彼らは最強最悪の魔法使いオドレイヤに怯えているからである。

 そもそも、議会はいつもオドレイヤの監視下にあった。ブラッドヴァンによる政治的な圧力は半端なものではなく、ほんの少しでもマフィアに否定的な意見を述べようものなら、その議員は議会中であろうと不慮の事故で命を落としてしまいかねない。

 だが、むしろ市民議会政府の議員たちはその状況を喜んで迎え入れているのが実情だ。なにしろ彼らの地位を保証しているものこそ、暴力的な人事権を行使するマフィアなのだから。

 アヴェルレス市民議会政府の歴史は古い。原型となる組織はユーゲニアに街ができた初期のころからすでにあった。

 当初は異次元世界における人々の生活を保証するための公正な統治機関だったが、すぐに有名無実化した。マフィアが力をつけていく中で、発言力に乏しい政府は名目上の組織に過ぎなくなっていったのだ。

 時代を経た現在のアヴェルレス市民議会政府は、ブラッドヴァンに操られている傀儡かいらい政権でしかない。賄賂と裏取引が蔓延している腐った政治機構であり、実質的な権限は何もない。


「アヴェルレス市民議会政府などという立派な名前はあるが、討論中の議会を見て呆れたよ。政治そっちのけで裏取引の成果を語り合う彼らの和やかな雰囲気は、まるでマフィアが運営する老人ホームさ。あれは役立たずの老人たちが座る『余生の安楽椅子』だったね」


 それは何も出来ない無能集団を最大限に皮肉った言葉だ。

 彼ら政治家がやることといえば、政治資金という名目の金銭を集めることと、言い訳のための脚本作り。口を開けば責任逃ればかりだ。

 残念ながら市民の誰も彼らには期待していない。期待できるわけがない。

 歴史に残る唯一の仕事が「マフィアの公認」というのだから、とんだ道化である。

 ところが役に立たない政府であろうと、このアヴェルレスにとっては唯一の正統な政府であった。無力な一般市民にとって、組織的に暴力を働くマフィアに対抗するためには、どうしても政府に頼らざるを得なかった。

 だが、やはり現実は厳しい。

 一応は民主主義を掲げているものの、マフィアの存在に基づく非常事態を口実にして、市民の手による自由な選挙は凍結されているのだ。市民議会政府の議員はすべてマフィアとの癒着によって任命されている。だから彼らはマフィアに不利な政策は実施できないし、命を握られていれば検討すらできない。

 マフィアに対抗できる本物の市民議会政府を作るには、マフィアが人事に介入しない普通選挙を行うしかない。

 そう考えた数千に及ぶ市民は、この日、議事堂に集結してデモを行った。

 もちろん普通選挙を要求してのことだ。


「まったく面倒だな。今すぐ帰れと言っているのに帰らないとは……。騒いでばかりで話を聞かない市民の相手は疲れる」


 大事な要人たちを防衛するように議事堂をぐるりと取り囲んでいたのは、デモの警戒に当たっていたブラッドヴァンの構成員たちだ。マフィアではなく市民の相手とあってか、多くは下っ端である。

 つまり考えなしの馬鹿どもだ。


「なんとかして俺たちの手柄に変えられませんかね? さっきから退屈で退屈で」


「待て、それを今から考える。ブラッドヴァンのためになること、なぁ……」


 その場で右へ行ったり左へ行ったり、うろうろしながら考え込んだのはボスボロー。うなりながら顔もキョロキョロとせわしなく動いていて、実に落ち着きのない男だ。

 地道な努力が嫌いで、楽しいこと以外はやりたがらない面倒くさがりな性格でもあるが、デモの対策を任せられたブラッドヴァンの中堅でもある。


「……まっ、これしかないだろう。口で言っても解決しない問題を前にしたとき、手っ取り早く事態を解決するためには」


 真剣に考え込んだかと思えば実際にはそうでもなく、考えるのが面倒になった彼は短絡的に対処法を思いついた。この短絡的なまでの決断力と行動力こそ、ある意味では彼の強みだが、当然ながら、多くの意味では弱みである。

 なにしろ一般人なら口にするのもはばかられる決断だ。

 マフィアの人間なら……笑ってすませるか。

 早速実行に移ることにした彼が精神果樹園を開いてからパチンと指を鳴らすと、何もない空間に細長い扉が出現した。

 これは彼の魔法、その名も異空間クローゼットである。魔力によって作られた扉は個室くらいの小さな異空間につながっていて、どこからでも呼び出せる収納ボックスになっているのだ。

 特に吟味ぎんみするでもなく、ボスボローは目の前に出現した扉の中に右手を突っ込んだ。


「これでいい。真っ赤な光沢のある魔法染めのブラウス。決めてるねぇ」


 迷うことなく取り出したのは武器でも魔法の道具でもなく、ただの服だった。彼はマフィア界で一番のおしゃれを自認するキザ男でもあったので、何かにつけて服を着替えては自分の存在感をアピールしたがった。

 着替えのたびに待たされる部下からすれば迷惑以外の何ものでもないが、迷惑なだけで実害はないため、生暖かく見守るしかない。


「それでは彼らにご退場いただこう。いつまでも無意味なデモごときで騒がれると迷惑で仕方ない。華々しく、そして潔く諦めてもらうほかない。……総員、魔法の使用を許可する!」


 重要なのは最後の一言だ。具体的な命令も、その一言に集約される。

 市民に対する魔法の使用の許可。

 それはすなわち、平和的なデモを武力によって終結させるということだ。マフィアらしいやり方といえばマフィアらしい。

 命令を発した彼だけが特別なのではなく、部下の一人として異を唱える者はおらず、その命令は余すところなく実行された。

 結果としては命令から半日とかからず、デモに参加した人々は姿を消すこととなった。


「デモ隊はとてもおしゃれだったよ。なにしろ全員がユーゲニアの夕日に映える真っ赤な服を着こなしていたからね。あの鉄臭い香水も好みだったさ」


 とは、この件に関するボスボローの述懐である。

 つまりデモ参加者の死傷者で血の海ができたと言いたいのだろうが、一方的に虐殺しておいて悪びれた様子は一切ない。それどころか、驚くべきことに彼は自身の手柄を誇ってさえいた。

 これはもちろんデモに参加しなかった市民たちからの非難の対象になったのだが、むしろ人々からは「それでこそブラッドヴァンだ」と皮肉を込めて語られることになる。

 それほど暴力が日常化していた証だろう。

 街の支配者であることを強調づけるためなのか、マフィアの構成員はしばしば露悪的な言動を好んだ。

 あくまでも一般論として「いいか悪いか」でいえば、改めようもないくらいに間違いなく悪いのだが、その極悪さと異常性が市民を震え上がらせて黙らせてきたのだ。


「さすがに看過できない! これは悪だよ! まさにまさしく害悪だ!」


 とはいえ誰もが黙り込むわけではない。

 理不尽な恐怖に震え上がるばかりではない、頼もしい人間も少なからず存在した。

 それは勇気ある青年で、名をナルブレイドといった。


「黙りたまえ、ナルブレイド。残念ながら君に発言権はない。命令に従うか、でなければ家に帰りたまえ」


 悪逆非道なマフィアに対する義憤に燃える彼の上官はナルブレイドとは正反対の人間で、無軌道な若者の台頭を危惧したのか頭ごなしに叱りつけた。

 権威を傘に着た上官の名は……覚える必要もない凡庸な人間だ。この場ではAとでも呼べば事足りる。

 その上官Aはいかにもな不愉快面を浮かべていた。


「しかし今こそ我々が立ち上がらなければ! 我々の名が廃ります!」


「名が廃ったって実が残ればいい。逆になるよりは、よっぽどましさ」


「枯れた実に未来はありません! 名を残せるうちに種をまくべきでしょう!」


「まいたって枯れた土地では育たんよ。なにしろここは黄昏の異次元世界ユーゲニア。マフィアの支配する暗黒街アヴェルレス。暖かな日の光なんて期待するほうが馬鹿だ。種をまいたところで収穫は絶望的だろう」


「なにが黄昏世界だ、間抜けめ! 夜明けの暁光かも知れぬというのに!」


 上官に向かって無礼に過ぎる気炎をはいたナルブレイドが所属しているのは、マフィアではない。ユーゲニア防衛騎士団と呼ばれる、アヴェルレスではマフィアを除いて唯一武装と戦闘行為が許された治安維持組織である。

 その存在目的はアヴェルレスを外敵から守ること。

 アヴェルレスにとっての外敵とは、すなわち魔物や次元の壁を超えてくる侵略者のことだ。


 ――街の危機を前に動かずして、何が防衛騎士団か。


 マフィアこそが真の意味での外敵なのだと信じて疑わなかったナルブレイドは、上官の前だということも忘れて激怒した。

 運が悪ければ反逆罪か何かで首が飛びかねない騒ぎを聞きつけて、半ば同情的である彼の直属の上官ケニーが駆けつける。

 そして穏やかに諭すのだ。


「もとはといえば、この防衛騎士団は市民の努力によって自主的に結成された騎士団だ。しかし時とともに設立理念は失われ、恥ずべきことに今ではマフィアの飼い犬に過ぎない。騎士団の上層部がすっかり買収されたからな。だからマフィアは敵じゃない。俺たちのスポンサーであり大事な親分さ。今ではマフィア様のために街の外から攻めてくる敵に対処することだけが、彼らから給料を与えられている俺たちの仕事だよ」


「そんな……っ!」


 不服そうに反論を言いかけたナルブレイドの肩に彼は手を乗せる。


「いいか、だから他の一切は気にするな。気にしちゃいけないことだ」


「で、ですが……」


「少なくとも、今は反逆の時機じゃない。頼れる仲間もなく、無策の状態で歯向かったって死ぬだけだ」


「たとえ死ぬことになろうとも、市民の危機を無視できません」


「そいつは勇敢だね。しかし当然の意見だな。けれど今の段階では無視するしかない。世の中には静観していることで変わる状況もある。少なくとも防衛騎士団の敵が街の外部にしかいないと上層部の人間が信じている間は、力を蓄えるためにも従順にじっとしているべきだ。いつか攻めてくるかもしれない外敵に備えてさえいれば、俺たちはそれでいいのさ」


 あまりにも消極的。だがその臆病なまでの消極性あるいは忍耐力がなければ、この残虐で無慈悲な街アヴェルレスでは生き残っていけない。

 死んでいては革命も何もないのだ。

 まずは命を。武器よりも命を。


「……いっそ強い敵に攻め入ってきてほしいくらいですよ。そうすればマフィアの連中なんて一掃されるでしょうに」


「同感だ。しかしそれを奴らには決して聞かれぬように。聞かれれば殺されるぞ」


 ナルブレイドは不服ながらも一応は黙り込んだ。

 市民議会政府のみならず、防衛騎士団までがマフィアに飼いならされている街アヴェルレス。

 果たして、そこに自由と平和の日々が訪れることはあるのだろうか?

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