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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常

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04 危険とは無縁の日々(1)

 ターミナルの地下に出現した魔術的ゲートを通って、こちらの世界に逃亡してきたというカロンとカズハ。この二人は本人たちからの依頼だけでなく、先日の領主からの頼みもあって、正式にアレスタたちのギルドで保護することとなった。

 保護期間は未定だが、ひとまず魔曲短縮路線用のゲート調整が完了して、無事に開通記念式典を迎えるまではこの状況が続くだろう。

 ちなみに、保護するといっても、大げさな身辺警護を実施する必要はないとの事だ。

 とりあえず客人としてギルドに住まわせてもらえれば、それで十分だとカロンは言うのである。

 そんなわけで二人はギルドの二階にある空き部屋で生活することになった。せっかくだから二人には一つずつ個室を使ってもらおうかとも提案したが、彼らは一緒の部屋でいいと答えた。そのほうが落ち着くらしい。

 考えてみれば、彼らにとってはアレスタたちの暮らすこの世界こそが異世界なのだ。違う部屋で生活することになり、ほんのわずかでも離れ離れになるのが心細いとしても無理はないだろう。

 ともかく、こうしてギルドに新しく二人の同居人が加わった。

 賑やかで楽しい雰囲気になった反面、騒がしくて慌しいともいえるだろう。

 ここに現在は長期休暇で街を離れているサツキが帰ってきたら、一体どんな顔をするだろう。喜んでくれるのか、あるいは迷惑そうに眉根を寄せてしまうのか。

 どちらにせよサツキは彼らを追い出せとは言わないだろうが。


「へっへっへ! ほらアレスタの兄貴、見てくれよ! アタシはもう出来たぜ! 完成だな!」


「え、もう? 本当の本当に?」


 慣れない作業に苦戦していたアレスタは驚いて顔を上げ、背筋を伸ばして胸を張っているカズハの手元を確認した。

 疑っていたわけではないにせよ、苦戦しているアレスタとは違って本当に出来上がっている。

 きっと彼女は手先が器用なのだろう。


「では兄貴、デキるアタシは次のやつに取り掛からせてもらうことにするぜ」


「うん、お願い。これ全部、今日中に終えておきたいからね」


 ギルドの一階に集まっている彼らは午後の時間を活用して、マフティスが率先して引き受けてきた依頼の一つであるアクセサリーの製作をしていた。

 きらびやかな鳥の羽を次々と紐に通して一つのネックレスに仕立て上げるという単純作業なのだが、これが意外と難しい。

 最初に音を上げたのはニックだ。


「僕はもう無理だ。腰と手が痛い。まるで自分が羽根をむしられた鳥になったような気がして、くらくらと眩暈がしてきたよ。ああ、かわいそうな華麗なる羽根を持った美しい鳥よ……名前はニック鳥とかいったっけ?」


「違うよ。ニック鳥なんて名前じゃあ、ちっともうまく飛べなそうじゃないか。これは確か……地獄鳥って名前の魔物の羽根だった気がする」


「うげ、地獄……!」


 不穏な名前を聞いて不気味がっているのか、露骨に触るのを嫌がり始めた。もともと作業が速いわけではなかったけれど、いよいよニックは役に立ってくれなさそうだ。こうなったらアレスタとカズハの二人で頑張るしかないだろう。

 一時的な生活の拠点となっている二階の部屋に戻ったのか、昼食の後からカロンの姿が見えないが、まさか保護対象の老人を酷使するわけにもいくまい。カズハは暇だからと遊びで付き合ってくれているだけである。

 ちなみにイリシアは別の依頼で出かけている。

 急病が出た喫茶店で一日だけ店員として働いてくるそうだ。


「あ、あのう……」


 と、そんなときギルドに来客があった。


「お、チークちゃんだ。もしかしてギルドに用があるのかな? まあ、とにかく入って!」


 扉を開けたはいいものの、その場でもじもじするチークの姿を見つけたアレスタは仕事の手を休めて、戸惑った様子で立っている小さなお客さんをギルドの中に招いた。

 いつもはすんなり入ってくる彼女だけれど、仕事中だということもあって遠慮したのだろう。


「おやおや? 兄貴、そちらはいったいどこの誰なんだい? ずいぶんと可愛らしいお嬢ちゃんだけど」


「この街に住んでいるチークちゃんだよ。こうしてたまに遊びに来てくれるギルドのお得意さんだから、おもてなしは丁重にね」


「もう、アレスタ先生ったら……」


 誉めそやすようにアレスタがチークの頭をなでてあげると、髪をくしゃくしゃにされた彼女はうつむいてふくれっ面になった。それでも口元はどちらかといえば笑っていて、異議ありそうな目は不服を伝えている一方、潤んだ瞳が上目遣いで可愛らしい。

 彼女は近くの住宅街に住んでいる五歳の少女チークで、ギルドへは定期的に遊びに来てくれる明るい女の子だ。

 以前に彼女の家から逃げ出した飼い猫のケイトを探し出す依頼を受けて、それ以来、ますますギルドに入り浸りになっている。

 そういう意味では“お得意様”といっても間違いではないだろう。


「あの、アレスタ先生。そちらの方は?」


 チークが警戒心を持ちつつ好奇の目を向ける先にいるのはカズハだ。

 当のカズハは自分に興味を抱いてもらったことが嬉しいのか、礼儀正しく謙虚な性格のチークに対して全く遠慮せず、食いかかるように身を乗り出した。


「よくぞ聞いてくれたな、チークちゃん。はじめまして、アタシはカズハだぜ。このギルドに住まわせてもらうようになったんだが、これはなんと、アレスタ兄貴の弟子だからだ!」


「まあ、先生! お弟子さんを取ったんですか!」


 純粋な心を持ったチークは疑うことなくカズハの言葉を信じてしまったので、アレスタは慌てて否定する羽目になる。


「まさか、弟子なんかじゃなくてカズハはただの居候だよ! カロンっていうおじいさんと一緒にしばらくギルドで預かることになっただけ! まったく、カズハも純真無垢なチークちゃんをからかわないでよ、いつから俺の弟子になんかなったのさ! そもそも俺は君の兄貴じゃないのに、その呼び方は変だよ!」


「兄貴は心の兄貴だぜ。弟子っていうのも、アタシが自分で勝手に決めたんだ!」


「よし、そういうことならわかった。だったら今後は俺の言うことを素直に聞くこと! さてと、カズハ。まずは君に淑女としてのわきまえを教えておく必要がありそうだね」


「いいからアレスタ、そろそろ手を動かしたらどうだい? さっきから働いているのは僕一人じゃないか」


「……ごめん」


 あろうことかニックに怒られることになったアレスタは本気で落ち込んだ。さっきは先にサボろうとしたニックを注意する寸前だったので、立場を逆転されてすっかり意気消沈である。

 その隙を見て、にっこり笑ったカズハはチークの手を引いて、恥ずかしがる彼女を無理矢理に自分のソファの隣に座らせた。


「アタシが教えてあげるから、チークちゃんも一緒にアクセサリーを作ろう」


 お姉さん気分というわけか、どうやら仕事を手伝わせるつもりらしい。

 ところが実際に取り掛かってみればチークは意外にも熱心で、お姉さんぶるカズハの指導もあってか、手さばきは丁寧ながらアレスタの作業スピードを凌駕した。

 本人いわく「すっごく楽しい!」そうだから、もしかすると天職かもしれない。将来は街に個人経営のアクセサリーショップを開くこともできるだろう。そのときは資金面で協力してあげたいと思ったアレスタはお兄さん気分というわけだ。

 おもにカズハとチークという少女二人の活躍によるものだが、アクセサリーの製作は依頼された必要量のすべてを終えるまで、そう時間はかからなかった。


「ところで、チークちゃんは何か用事があったんじゃないかな?」


「はっ、そうでした!」


 当初の目的を思い出したらしいチークは口に手を当てて驚いていたが、動揺したのは一瞬のことだ。すぐにいつもの冷静な態度に戻ると、今度はもじもじと両手を組み合わせてはにかんだ。

 何か言いにくいことがあるのかもしれない。

 そう思ったアレスタは彼女の気持ちをほぐしてあげようと、一度席を立って冷たいジュースを用意してあげることにする。

 選んだのは彼女の好きな甘い柑橘ジュースだ。

 ちびりと一口だけ飲んで覚悟が決まったのか、表面に水滴の浮かんだガラス製のコップを両手で持ったまま、チークは恐る恐るといった表情で小さな口を開けた。


「実は、誕生日会をやるんです……」


 顔を真っ赤にして言った彼女は、それきり口を閉ざしてしまう。


「誕生日会というと、もしかしてチークちゃんのかな?」


「はい。みなさんをご招待したくて……」


 コクリと頷いた彼女が耳まで朱色に染まっているのは、それが勇気を振り絞ってのお誘いだったからだろう。持ち前の謙虚さもあるだろうが、断られたらどうしようという不安もあるのかもしれない。

 なんとけなげで奥ゆかしいことか。そんな彼女の願いはなんでも叶えてあげたくなる。


「そういうことだったら、よろこんで参加させてもらうよ。たとえ緊急の依頼が舞い込んだとしても、そんなの断ってでも誕生日会には最優先で参加するからね。今は用事で出かけているけど、話を聞いたらイリシアもきっと来てくれるよ」


「ありがとうございます!」


 本当に喜んでくれているのか、ぱっと顔を上げたチークの表情が輝いた。

 これは本当に最優先で参加せねばなるまい。


「僕も参加していいのかな?」


「え? あ、ええ、もちろんですよ」


 少し歯切れは悪かったものの、ニックも招待客の一人に加えられたらしい。

 自分の誕生日会でドジをやらないか心配されているにしても、拒絶されるほどには嫌われていないようだ。


「できればギルドのみなさんにはぜひ参加していただきたくて。……えっと、せっかくですからカズハさんも、どうでしょう?」


「アタシ? アタシも行っていいの?」


「はい。もうお友達になれましたから……」


 ねだるような、期待しつつも顔色を窺うような少女の視線がカズハを射抜いた。

 甘えるときには上手に甘えることのできる、純粋無垢な子供の得意とする、有無を言わせぬ表情だ。

 さすがのカズハもこれにはすっかり骨抜きにされてしまい、


「よし、わかった! チークちゃんのためならアタシはどこへでも参上させてもらうぜ!」


 と仰々しく答えるのだった。

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