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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常

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03 自由と平和を求めて

 ギルドを訪れたカロンとカズハの二人が、アレスタたちに保護を求める依頼を出した翌日。

 アレスタとイリシア、それから依頼主であるカロンとカズハを合わせた四人はベアマークの城を訪れた。

 責任あるギルド長となっているマフティスからの要請もあり、この街の領主に今回の件を報告するためである。

 本人が面倒くさがっていたことに加えて、真面目な話の邪魔になりかねないニックはギルドで留守番だ。

 ちなみに頼れる兄貴分としてギルドに協力してくれているサツキは現在ベアマークを出て、辺境と呼んでも差し支えのない場所にある自宅に帰っている。具体的な用事は誰にも教えていないものの、いわゆる長期休暇なのだ。

 それはともかくとして、城内にある応接室。

 案内役となった騎士に連れられて中に入ると、すでに領主が待ちくたびれた様子で椅子に座っていた。

 一人で退屈していたのか、少し眠そうだ。


「お、やっと来てくれたね、イリシアちゃん。いつもは待ち合わせの時間よりずっと早く顔を見せてくれるのに、今日は遅かったね? 途中で何か事件に巻き込まれたんじゃないかと思って心配したよ」


 この街の領主はイリシアの父親であるカイナと長年の親友だったようで、その娘であるイリシアのことは特別に目をかけている。

 本人としては親代わりのつもりで愛情を注いでいるらしく、普段から円滑なコミュニケーションがとれていると考えているらしいが、必要以上に馴れ馴れしくされるイリシアはひどく迷惑そうというか、露骨に嫌がっていることも多い。


「さて、報告の件ですが」


 あるいは単純に照れ臭く感じているだけなのか、そっけない態度をとったイリシアは領主の言葉を半ば無視して本題を切り出した。

 まずは地下ターミナルの魔術的ゲートに関する問題だ。


「ああ、それについては先に私のほうから言っておきたいことがあるんだ。けれども、そうだね。差し当たって、とりあえずは――」


 と、そこで領主はちらりと視線を送る。

 やや離れた席に腰を下ろしたカロンとカズハだ。

 それから近くに座っているアレスタとイリシアへと顔を戻して、半ば命令口調で問いかける。


「私からの説明が終わるまで、そちらからの報告や意見はしばらく保留してもらえるかな? 話がややこしくなりそうだ」


「わかりました」


 真っ先にアレスタが答えて、それに合わせるようにイリシアも黙って頷くと、


「ほっほっほ。なら、しばらくは口をつぐませてもらおうかの」


「よし、だったらアタシもそうさせてもらうぜ。どんなことが判明したのか気になるしな。ふふーん、あえてアタシらは何も喋らないことにするぞ」


 などと、カロンとカズハの二人は挑戦的に言って笑った。

 昨日たった一晩一緒に過ごしてわかったことだが、どうやらこの二人はお調子者なので、つつがなく話を進めるつもりなら黙っていてもらうのもいいだろう。

 本来であれば、ここにいる二人こそゲートを通ってきた張本人なのだから、事情を知りたければ彼らに直接尋ねるのが一番だ。

 けれど、何やら隠し事がありそうな彼らが知っていることを正直に教えてくれるとは限らず、そこまでの信頼関係も築けていない。

 街のリーダーである領主を前にしても揺るがない不遜な二人の態度をどう捉えたのかはわからないが、にっこりと笑った領主は報告を始めた。


「専門家を集めて徹夜で行われた調査の結果、昨日発生した例の不可解なゲートについては一つのことが判明したよ。本来は帝都への魔曲短縮路線として使用されるべき異空間への魔術的ゲートだけど、想定外の何かが原因で別の異次元空間へとつながってしまったらしいんだ。不安定な状態ではあるけれど、今もあの場所には異次元世界に通じたままのゲートが残っている」


 どうやら例のゲートは本来の予定とは別の場所につながっているらしい。

 だとすれば、あのゲートから出てきたカロンとカズハは本来用意されていた魔曲短縮路線を通ってきたわけではないということになる。

 つまり彼らは帝都以外の場所からやってきたということだ。


「帝都ではない別の異次元空間ですか。わかるような、わからないような……。具体的な場所はわかっているんですか?」


「わかっているとも。その異次元世界の名はユーゲニア。より詳しく言うなら、その首都であり唯一の街でもあるアヴェルレスだよ」


「……ユーゲニアにアヴェルレスですか。うーん、どちらも初めて聞く名前ですね。ねえ、イリシアは知ってる?」


 と、ここでアレスタはイリシアに問いかけた。

 ユーゲニアだの、アヴェルレスだの、あいにくアレスタは一度も耳にしたことのない地名だ。

 そもそも異次元世界なんてものがあることさえ知らなかった。

 ゆえに、その名が一般的に有名なのかどうかさえ判断しかねたのである。


「そうね、私は名前だけなら聞いたことがある。でも異次元世界なんて一度も行ったことはないし、実際にどんなところかは知らない」


 そう言ってイリシアは首を横に振った。

 田舎育ちのアレスタよりずっと博識なイリシアでも、よく知らないような場所らしい。ひょっとすると辺境のような場所なのだろうか。


「……まあ、それはそうだろうね。なにしろ異次元にある世界なんて、我々には認識することすら難しい次元の壁があるんだから。普通に暮らしている人間にとっては無縁なところだよ。魔術的なゲートを利用しなければ普通は行き来することだって不可能な場所だからね」


「ほほう……」


 アレスタは頭の中を整理するのに精一杯で、わかった風な相槌を打つのがやっとだ。

 しかしイリシアは話の要点を整理するのが得意らしく、人差し指をピンと立てて話をまとめた。


「とにかく、ターミナル駅の地下に出現した魔術的なゲートがつながっている場所は、異次元世界ユーゲニアに存在する都市アヴェルレスのどこか、ということなんですね?」


 ああそうだよ、と彼女の問いかけに頷いて領主。


「異次元世界なんて、古くは地獄と同様に見なされていた辺境の地だけどもね。聞いたところによると今でもたくさんの人が住むそうだよ、向こうの世界には」


 ここでちらりとカロンとカズハの顔を確認したのは、二人がまさに異次元世界の住民であるかもしれないからだ。

 冷静に話を続けてはいるものの、おそらく領主なりの驚きと好奇心があったに違いない。


「異次元世界の一つであるユーゲニアは面積で言えば帝国全土の半分もないくらいで、ちゃんと人が住んでいるのはベアマークと同じくらいの規模の街アヴェルレスだけだと聞いているね。もちろん、その情報が正しいとは限らないけど」


「情報が正しいとは限らない、とは?」


「異次元世界を統治している政府との公式な交流は数百年前に停止されていてね、現在では行われていないんだ。ごく一部で、ささやかな物流のため民間同士の接触があるだけだったかな。だから伝わっている情報も断片的なんだよ」


「なるほど……」


 ここまでで、大方の説明は終わってしまったらしい。

 領主は結論としてこう述べた。


「例のゲートによる直接の影響が及ぶのは、当面のところ地下に用意された魔曲短縮路線のみだけれど、安全性と治安維持の観点から、しばらくはターミナル駅の開通を見合わせることにしたよ。開通記念式典の警備についての依頼も延期するってことでお願いできるかな?」


「もちろんですとも」


 ここまで準備されてきた記念式典が不測の事態によって延期されてしまうのは残念だが、安全を確保するためならば仕方がない。こうなったらギルドとしても最後まで付き合うつもりだと、アレスタは快く頷いた。

 本音を言えば、延期された場合の依頼料についても確認しておきたかったが、依頼料にがめついような印象を与えてしまうのは結果的に損かもしれない。

 ここは黙っておいたほうが得策だろう。


「……さて、それでは彼らについてお尋ねしようか。君たち二人は、おそらく異次元世界ユーゲニアの住民だね? 今までの説明について、どこか間違っているところはあったかな?」


 ようやく領主から問いかけられた老人は組んでいた腕をほどき、にやりと口元をゆがめて、余裕たっぷりに微笑んだ。


「大まかに言って、あんたの説明は正しい。わしらは異次元世界ユーゲニアにある唯一の都市アヴェルレスから、あの魔術的ゲートを通ってこの街に来た」


「それはよかった。もしも君たちに『違う』と言われてしまったら、ここまで自信満々に説明してきた私が赤っ恥をかくところだったよ」


「じゃが、あえて言っていないこともあるじゃろ? 我が故郷アヴェルレスの成り立ちを、どうして隠そうとするんじゃ?」


「……アヴェルレスの成り立ち?」


 気がつくと、アレスタはつい口を挟んでいた。

 隠そうとしているとは、何か意味深な物言いである。

 渋い顔をした領主は悩んでいるらしく、すでに冷めている紅茶の入ったカップを置いた右手で下あごをさすった。


「アヴェルレスの成り立ちか……。それを私の口から言ってもいいのかな? ひょっとすると、君たちの身元にも関わりかねないことだけど」


「なぁに、構わんよ。今のわしらとは、直接的には関係のないことじゃからの」


「……わかった。なら私から説明しておこう」


「よろしく頼むよ、領主殿。ふぉっふぉっふぉ、なにしろわしらは論理的な説明が苦手じゃからな」


 屈託なく愉快に笑うカロンからは、彼自身が言うとおり、何かを気にした様子は感じられない。

 これほど快活で能天気そうな老人のためにわざわざ気を遣ったのが馬鹿らしいと、大げさに肩をすくめたのは困り顔の領主だ。


「先ほど説明した異次元世界ユーゲニアだけど、その存在が帝国政府によって初めて発見されたのは数百年以上も昔の話になるんだ。当時のデウロピア帝国といえば、まだ皇帝陛下が即位していない連邦国家の時代だったんだけど……」


「れんぽうこっか?」


 それは今の帝国と何が違うんだろう? と疑問に思ったアレスタが単純に言葉を繰り返したら、隣に座っていたイリシアが肘で小突いた。


「後で説明してあげるから、今は領主様の話を聞きましょう。ね?」


「あ、うん」


 邪魔してごめん、と頭を下げておく。

 とはいえ自分が住んでいる国の歴史や文化は知っておくに越したことはないし、いつか暇を見つけて面倒見のいいイリシアに教えてもらおう。

 そう考えて黙ったアレスタに領主が笑いかける。


「イリシアちゃんの授業はわかりやすいけど、真面目に聞かないと怒るから気を付けてね。やる気の感じられない不真面目な生徒には厳しくて怖いんだ」


「領主様」


「ごめんごめん。さて、話に戻ろう。当時の冒険者によって発見されたという異次元世界ユーゲニアは人間が住むことのできる土地であると判明したものの、資源は乏しく、農地にするにも不向きで、交通の便も悪く、わざわざ移住するほどの価値はなかった。だけど、せっかく見つけた広大な土地を利用せずに放置しているのはもったいないからと、帝国政府が管理する流刑地として定められたんだ」


「あの、すみません。さっきから話の腰を折るようで申し訳ないのですが、流刑地とは……? いや、これも後でイリシアの授業かな」


 わき腹を手で抑えてから、知らない言葉の意味が気になったアレスタがイリシアの横顔をちらりと見る。

 しかし今度は肘で小突かれなかった。

 あきれて横目でアレスタを見るイリシアがふう、とため息をつく。


「いえ、これは今の話に関係することなので後日じゃなくても大丈夫かと。私は怒ると怖いそうなので、領主様、頼みます」


「イリシアちゃん、もしかしてさっき言ったこと根に持ってる?」


「いえいえ。いつものことですから」


「……これは後でシュークリームでも送っておくべきかな」


 甘いもので買収するつもりらしい。それで彼女の機嫌が直るなら、今後のためにも甘いものを買いだめしておこうと考えるアレスタである。

 ともかく、アレスタの質問に領主が答える。


「流刑地というのは、犯罪者を送り込むために用意された牢獄代わりの土地だと考えればいいよ。実際には法律を破った犯罪者だけに限らず、政府に異議を唱えた者、征服した土地の反抗的な異民族や奴隷、特別に危険と認められた魔法使いなど、社会に動揺を与えかねない人間を次々と異次元世界に送り込んで閉じ込めたようだけどね」


「そうだったんですか。だったら気を付けないと駄目ですね。今後、もしも罪を犯したら俺たちも流刑地に閉じ込められるのかな……」


「いや、その心配はないよ。すでに現在では流刑地としての役目は終えているんだ。そもそも流刑地が機能していたのは一時的なものでしかなくてね、しかも数百年以上も前のことなんだよ」


「そうだったんですか」


「うん。それ以来、向こうのユーゲニア政府とは直接の交流がなくなったそうだから、人の出入りも基本的にはなかったと考えていいかな。だから今のアヴェルレスに住んでいる人々は流刑によって異次元世界に送られた人間ではなく、その子孫たちというわけだね」


「そうじゃな。わしらは自分たちの言動が原因でユーゲニアに流された罪人というわけではない。何百年も前に罪を犯してユーゲニアに流されたであろう祖先のために、わしら子孫はアヴェルレスに閉じ込められたままなのじゃ」


「うん、そうなんだぜ……」


 カロンの言葉に相槌を打ったカズハだが、これまでの明るさとは打って変わって元気をなくしたようだった。

 ひょっとするとアヴェルレスでの生活を思い出しているのかもしれない。

 そんな少女のことを気にしつつ、領主は重い口調で言った。


「今でこそ魔法を制限する技術は多種多様に発展したけれど、昔は他人の魔法能力を制御することが難しかったんだ。だから危険な魔法を使いかねない人間を異次元世界に閉じ込めることにしたんだろうね。犯罪者を送りつけるための流刑地というのは方便で、本音のところは強力な魔法使いたちの謀反を防ぐ目的があったのかもしれない」


 異次元世界に関する当時の文献はあまり残されていないから、正確なところはわからないけどね――と言って、するべき説明も終わったのか領主は息をついた。

 頭の中で情報を整理する必要があったアレスタはもちろん、どうやらイリシアもユーゲニアについては語るべき言葉を選ぶ必要があったらしく、すぐには明瞭な反応を示すことが出来なかった。

 なにしろユーゲニア出身のカロンとカズハがいるため、いいとも悪いとも、迂闊な発言はできない。誰だって地元を悪く言われたら不快に思うだろうし、かといって詳しく知らない異世界を擁護するのもおかしな話だ。


「……なんにせよ」


 沈黙を破って口を開いたのはカロンだ。しわがれた声で嘆く。


「あの街は犯罪者が大手を振って歩く、救いようのない地獄みたいな場所じゃ。普通に暮らすことさえも難しく、どこまでも貧しさと不自由が支配する希望のない世界じゃった。わしら無力な一般市民にとって、ただの日常すら貴重な宝に映るほどに」


 それは本当の地獄だったのかもしれない。

 だとすれば、平和な日常に憧れるのも無理のないことだ。


「しかし、さすが流刑地として利用されていた異次元世界じゃな。見えない次元の壁に閉ざされたユーゲニアはまさしく天然の牢獄。唯一存在するゲートも現地の政府によって管理され、内部から逃げ出すことなど不可能に近かった」


 これに領主も頷く。


「私もそう思うよ。実際、今までに異次元世界から逃げ出してきた人物の話なんて聞いたことがないからね」


「ああ、そうじゃろう。……ところが、最近になって異次元世界とつながる壁の一部に、不安定で弱くなっている部分があることが判明したのじゃ。どこにつながっているかは不明じゃったが、これならわしらの力でも異世界へのゲートを開くことができる可能性があった。そんなチャンスを前にすれば、平和に満たされた外の世界へと、自由を求めて脱出したいと願うのは無理もないことじゃろう?」


 外の世界へ脱出するチャンス。

 彼らにとって、それは偶然訪れたものだという。

 専門家による調査が進めば判明することかもしれないが、おそらく魔曲短縮路線のために用意された地下ターミナルの魔術的ゲートが、想定外のところで異次元世界ユーゲニアの壁にも影響を与えていたのだろう。


「自由と平和! ……残念ながら、わしらの故郷アヴェルレスには無縁の言葉だ。しかしどうじゃ、こちらの世界には水や空気と同じくらいあふれている!」


「そうだぜ、まさに自由と平和!」


 あわせて叫んだのはカズハ。平穏な日常への羨望か、声を張り上げた彼女の顔は期待と憧れに輝いて見えた。先ほどまでは落ち込んでいたようだが、どうやら元気を取り戻したらしい。

 そんな二人の様子を見て、領主は腹を決めたのだろう。

 ここまであえて言わずにいたらしい事実を切り出した。


「実を言えば、たった一晩でここまで判明したのには理由があってね。あの魔術的ゲートから昨夜遅く、向こうの政府関係者を名乗る使者がやってきたんだ。アヴェルレス市民議会政府と言っていたかな。もしそれが本当なら、数十年、いや数百年ぶりの公的な接触となるかもしれないけど……」


「ふふ、あの“市民議会”政府がね……」


 間髪を入れず、カロンが皮肉たっぷりに笑った。その様子から察するに、何か市民議会政府について思うところがあるらしい。

 しかしカロンはそれきり何を言おうともしない。

 代わりに言葉を引き継いだのはイリシアだ。


「その使者ですが、なんと言ってきたのですか?」


「老人と少女の二人組みがこちらに来ているなら、その身柄を我々に引き渡せと言ってきたよ。慌てているようには見えなかったけれど、とても苛立っている様子だったね」


「苛立っていたとは?」


「そのままの意味さ。なにしろ使者である彼らは魔法を使って私たちを脅してきたんだからね。その場には数人の騎士が護衛についていたから最悪の事態には発展しなかったけど、さすがの私も肝を冷やしたよ」


「魔法で脅された? え、大丈夫だったのですか? ……まあ、こうして今も無事に存在しているのですから大丈夫だったとは思いますが」


「一触即発の危機的状況だったけど、結果的には大丈夫だったね。いやぁ、わざわざ私のことを心配してくれるなんて嬉しいよ、イリシアちゃん!」


 おどけたように領主は言うが、うっかり本気で心配してしまったイリシアは少し照れたようだ。

 気まずさに目を合わせることができないようで、ぎこちなく顔をそらしてしまう。


「……あなたは一応ここの領主ですから、心配するものは心配します。別に嫌っているわけではありませんから。ただ苦手なだけで。それより、それから向こうの使者はどうされたのです?」


「あいにく事情が何もわからなかったからね。高度魔法化都市計画のこともあるし、私はこのベアマークの領主として、理由の明かされない身柄の取引に応じるわけにはいかないと思ったのさ。知らぬ存ぜぬで通したら、諦めて帰っていったよ」


「そうでしたか」


 領主はここで、その視線をカロンとカズハの二人へと投げかけた。


「……で、君たちが彼らの要求していた身柄ってわけだね? よければ事情を説明してもらえるかな?」


「よかろう。今さら隠すものでもないからのう。わしとカズハの二人は確かにアヴェルレス生まれの人間で、あのゲートを通ってこちらの世界に逃げてきたのじゃ。あちらではカロン盗賊団を名乗り、わしらは基本的に盗みによって生活していた。そのことは素直に認めるし、一応は反省もしている」


 そこまで言って、カロンは心苦しげに目を伏せた。


「富を独占する悪しき支配者どもを対象にして盗みを働き、それは自由を求めるささやかな抵抗だと……つまり、これこそが無法地帯アヴェルレスでの正しい生き方だと思っていたが、やっぱり改心したいのじゃ。そして新しい日常を作りたい」


 カロンは隣に座っているカズハの頭にポンと手を置いた。


「……この子のためにもな」


「し、師匠……!」


 やや演技がかってはいるものの、大切に思われていることがわかって嬉しいのか、声を弾ませるカズハはカロンに尊敬のまなざしを浴びせかけていた。

 師匠と呼ぶからには師弟関係なのだろうが、年の離れた二人は仲のいい親子のようだ。


「つまり、盗賊団を名乗っていた犯罪者だから彼らに追われていると?」


 遠慮なく尋ねたのは領主だ。


「いやいや、いちいち逃げ出した犯罪者を取り締まってくれるほど、向こうの政府は正常に機能しちゃいないよ。それに奴らはわしら二人の身柄など、本当はどうでもいいはずじゃ。実質的には二人の盗人が街を去っただけなのだから、それをわざわざ追いかけてくる理由もない」


「では、なぜ……?」


 疑念を抱いた領主は深く問いかけるように身を乗り出すが、冴えない顔を見せるカロンは言葉を濁して核心に迫る返答を回避した。


「あいにくそれは明言できんが、わしらには向こうの世界に戻れない事情がある」


 そう言って唇をかみ締めた老人の腰には、つばから先のない不思議な剣が下がっていた。いかにも大切そうに、がっちりと紐でくくってある。なくさないためか、肌身離さず普段から持ち歩いているのかもしれない。

 肝心の剣先がないのでは戦闘の役に立たなそうではあるが、単なる装飾品というわけではないだろう。

 なにやら魔力の流れる気配が感じられたからだ。


「アヴェルレスには暴力で街を支配する人間たちがいて、わしら民衆は不満を抱きながらも誰一人として逆らうことができなかった。しかし、きっと奴らも『こちらの世界』にまでは手出しが出来ないじゃろう。奴らの支配も異次元世界の内部にしか及ばないはずじゃからな」


 言い終えて、領主から目をそらしたカロンはアレスタに顔を向けた。

 まっすぐに目と目が合う二人。カロンの顔には真剣な瞳が輝いていた。


「どうか、頼む。アヴェルレスとわしらの平穏のために、事態が落ち着くまでの間でいいんじゃ。おぬしらのギルドで保護してもらえないだろうか」


「それは……」


 どう答えたものかとアレスタが考えあぐねていると、立場ある責任者として先に結論を出したらしい領主が口を開いた。


「さすがに元盗賊を城内に匿うわけにはいかないけれど、このままユーゲニアに送り返すというのも寝覚めが悪いからね。だから当面の間だけでも君たちのギルドで彼らを保護してあげてくれないかな? ひとまずターミナル地下にある魔曲短縮路線の魔術ゲートが再調整されるまで、彼らの身の安全を守る必要はあるだろうしね」


「……わかりました」


 現時点で最大の依頼主である領主が言うことだ。

 異次元世界の政府に追われている二人を保護することのリスクを考えつつも、アレスタはひとまず首肯した。


「やったぜ!」


 などと、嬉しそうなカズハがわざわざ席を移動してきて背中側から抱きついてくるのにはもう慣れ始めたアレスタである。

 真意を隠している感じのあるカロンには信用ならない部分がありはするものの、昨日から一緒にいて癒されることさえあるカズハには裏表など感じられない。

 彼女の身の安全を守るためだと考えれば、彼らを保護するというのも大いに意義のある行為に思われた。

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