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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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02 ギルドへの依頼

 それは、ターミナル地下の魔曲短縮路線専用プラットホームで見た出来事について現場で簡単に報告を済ませて、ひとまず今日のところは帰ろうと、くたびれた様子のアレスタとニックがギルドに戻ってきたときのことだった。


「ああー!」


 扉を開けてギルドに一歩足を踏み入れたところで、アレスタの後ろにいたニックがいきなり大声で叫んだのである。

 しかも黙りそうにない。


「あっ、あっ、あっ! あっ、ああー!」


「うるさいってば! 何があったか知らないけど落ち着いてよ!」


「え、嘘? そんな、そんな馬鹿なことって!」


 目の前にいるアレスタの声も聞こえないほど気が動転しているらしく、無駄に騒がしいニックは自分の体のあちこちを両手でバンバン叩いている。

 へんてこな踊りにしか見えない奇妙な動きだが、もしかして何か探しているのだろうか。


「帰ってくるなり騒がしい人ですね……」


 若草色の制服に身を包んで受付のカウンターに座っていたイリシアは両耳をふさいで、じとりと白い目で迷惑そうに二人を見ていた。あざけるような視線がアレスタの身にこたえる。

 一緒に帰ってきたアレスタにしても、ニックが騒がしいというのは同感だ。

 ただし、だからといって一緒にいるアレスタまでニックと同一視されては困る。

 そこでアレスタがイリシアに不満な顔を向けると、


「もう! アレスタ、早くニックを黙らせてよ。私はあなたと違ってニックのことが苦手なのよね。このままじゃ頭がおかしくなっちゃう」


 などと、肩をすくめつつ苦笑されてしまった。

 まるで「ニックのヘンテコなダンスに洗脳されちゃう!」とでも言いたげな目をしているが、本当にそう言いたいのかもしれない。

 特にイリシアは騎士団にいたころから何度となくニックには迷惑をかけられていたようなので、苦手になるのも無理はないだろう。

 かといってアレスタにすべての対処を任されるのも困るが。


「なんだかさ、最近のイリシアって俺に対して容赦がなくなってきたような気がするけど」


 具体的にはアレスタとイリシアの間で敬語を使わないように約束したあの日からだ。

 おかげで以前よりも仲良くなれたと感じるようにはなったが、それにしてもちょっと遠慮がなさすぎやしないだろうか。友達や仲間としての親しさを通り越して、やけに冷たく感じるときがある。


「そうかな? もともと騎士団の仕事がない休日の時の私って昔からこういう感じだったから、こんな私も知ってほしいかな。気取ったって仕方がないしね。それに今までの私ってアレスタには職務中の外面状態でしか接してこなかったから、それを反省してもいるのよ?」


 職務中の外面状態とは……つまり、他人行儀で敬語を使っていたということだろうか。


「そう言われると嬉しくなってくるね……。親しい相手にしか見せないって聞くと、冷たい態度も嬉しくなる」


「ふふ、アレスタって時々おかしいところがあるよね。冷たいのが嬉しいなんて、びっくりしちゃう。――隠れエッチさんだ」


「エッチって……」


 スケベとか、いやらしいとか、変態とか、そういうのを柔らかく表現した言葉として知られている。

 そういった話題にあまり抵抗感がないサツキやニックが口にするならともかく、どちらかと言えばお堅い性格のイリシアが笑顔で言うことじゃないだろう。

 会話の都合で目を合わせていたアレスタとイリシアの間に気まずい沈黙が流れる。口に出してしまってから恥ずかしくなってきたのか、自分の選んだ言葉に照れたイリシアは「えーっと」と言いながら目をそらした。

 さりげなく左手で口元を隠して、今の発言をなかったことにしようとしているみたいだ。

 どうしたものかとアレスタが反応に困っていると、無視されている間にニックが正気を取り戻したらしい。


「そんなことより二人とも、ちょっと僕の話を聞いてよ!」


「え、何? 大事な話?」


 取り乱していた錯乱状態が終わっても相変わらず騒がしいが、気まずい空気を追い払うにはちょうどいいタイミングだ。

 渡りに船と思って、アレスタはニックに顔を向ける。

 どうやらイリシアも一応は彼の話が気になるようで、しょうがないわねと言いたげに顔を向けた。

 それを確認して、二人の注目を集めたニックは両手を広げる。


「僕の財布がないんだよ! いつの間にかなくなってる!」


 しょうもないことだった。

 途端に興味をなくしたアレスタとイリシアはため息を漏らした。


「なんだ、どうでもいいことじゃないか。ニックのことだからどうせお金なんて入ってなかったんでしょ? どこかに落としちゃったんなら拾った人にあげちゃえばいいんじゃん。使ってもらえて財布が喜ぶから」


「そんなのいやだよ! これまでに何度もなくしちゃって、今度こそ大事にするぞって決めた僕の大切な財布だったのに! ううっ!」


「あーもう、ごめんごめん。やっぱり俺も一緒に探してあげるから泣かないでよ……」


「また甘やかしてる……」


 めそめそと泣き始めてしまったニックの肩をポンポンと叩いて慰めるアレスタの姿を見てか、呆れを含んだ表情でイリシアがつぶやいた。なるほど確かにアレスタはニックを甘やかしているのかもしれない。

 けれどやっぱりアレスタにとってニックは大切な友達であり、いつものドジが原因だとしても彼が悲しんでいるのを無視するわけにはいかなかった。

 所持金が少ないなりに、いや、むしろ少ないからこそ財布をなくしたショックもあるだろう。

 意気消沈したニックの涙が止まるまでにはしばらく時間がかかった。


「ま、いいや……。お金のことはどうにかしよう……」


「うんうん、生活費くらいは貸してあげるからさ」


 多少の援助を約束したアレスタのおかげもあってニックはひとまず落ち着き、ほっとしたのもつかの間。


「失礼するぜ!」


 と、ギルドに来客があった。元気溌剌な声であいさつをする女の子だ。

 声に反応したアレスタたちは入り口の扉へ向かって非の打ち所のない営業用の笑顔を浮かべる。

 相手が誰であれ、第一印象は大事だ。


「――ああっ!」


 その小さな女性客の顔を見て、アレスタとニックはほとんど同時に驚きの声を上げた。

 それもそのはず、訪れた彼女は例の少女――すなわち、ターミナルの地下に現れた不思議な女の子だったのである。


「おやおや、どうされたのかな? 寝起きのドラゴンがドラゴンキラーで斬りかかられたような顔をしているが?」


 的確なのか的外れなのか、なんとも反応に困る比喩を口にしながらギルドへ入ってきたのは、これもあのときの老人だ。

 得体の知れない不審者である二人がそろってギルドに姿を現した……。

 わざわざ相手のほうから訪れてきたからには何かあるのではないかと、アレスタは警戒をあらわにして身構えた。

 どんな厄介ごとが待ち受けているとも知れないのだ。用心するに越したことはない。


「ふっふん、そんなに警戒しないでくれよなっ! これも何かの縁だからさ、仲のいい友達みたいに打ち解けちまおうぜ!」


「え? あ、ちょっと!」


「ほらほら、ほらよっと!」


 ぴょんぴょんと跳ねるように駆け寄ってきた少女がアレスタの腰に両手を回して抱きつくと、勢いそのままにぐるりと回転してアレスタの背中へ飛び乗った。

 直後に彼女の両腕がすばやく首に回され、地面から浮いた両足は容赦なく腰に回される。


「制圧完了! へへ、アタシの勝ちだなっ!」


 しまいには頭の上にあごを乗っけられて、なされるがまま抵抗することもできなかったアレスタは彼女に敗北したらしい。

 アレスタに比べても小柄で体重の軽い少女だったおかげで、いきなり背負う羽目になっても負担や苦労はほとんどないのが幸いである。


「ほほう、その子が初対面の相手にそこまでなつくとは……。なるほどなるほど、おそらく君は彼女が好む二種類の人間のうち、どちらかのほうに属しているようじゃな」


 老いた穏やかな声に反応して、アレスタは少女を背負ったままで振り向いた。


「二種類の人間とは?」


 にやりと笑った老人の答えはこうだ。


「根っからの善人か、あるいは人からの頼みごとを断れないような“お人よし”のマヌケ」


 ――どうせなら善人でいよう。


 そう思ったアレスタである。


「そんなことより、あなたたちは? 見たところ私たちのギルドに用事があるようですが。依頼があるならお聞きしますよ」


 ひとまず話を進めるべく横から投げかけられたイリシアの申し出に対して、老人は本来の目的を思い出したように両手を打った。

 やはり遊びに来たわけではないらしい。


「おお、そうじゃな。――と、その前に」


 不敵に微笑んだ老人は懐から何かを取り出す。


「依頼料の代わりじゃ。これを受け取ってくれ」


 なんだろうと思ってアレスタが身を乗り出したそのとき、唐突に叫んだのは誰であろうニックだ。


「それは僕のじゃないか! うわぁ、僕の財布だよ!」


「ニックの財布?」


「へへっ、アタシが拾ってやったんだぜ!」


 嬉しさのあまり足踏みをして小躍りを始めたニックに負けじと、アレスタの背中に乗ったまま右腕を振り上げた少女が飛び跳ねるようにして喜んだ。危うく落っことしそうになって心配するアレスタに対して、我が物顔で乗っかっている彼女はお構いなしだ。

 それにしても、出会って二度目の彼女がニックの財布を拾っていたということは、最初に顔を合わせたあの地下ターミナルでニックが財布を落としていたということだろうか。

 もしも本当に拾ってくれたのなら真っ先に感謝するべきだが、ならばあの場で渡してくれてもよかったのでは? という些細な疑問がアレスタに生じた。

 それに対する答えは老人のほうからあった。


「すまんのう。本当は拾ったんじゃないのじゃ。お前たちのことを民衆から税金を奪ってぜいたくな暮らしをしている政府の人間だと思って、すれ違うタイミングで挨拶代わりに財布を盗んでしまったのじゃよ。しかし、聞いてみればこの街の政府はきちんと仕事をしているそうじゃないか。だったら盗んだのは悪かったと思っておったんじゃが、まあ、こうしてちゃんと返すことができたからいいじゃろう。ふぁっふぁっふぁ!」


「……えっ、嘘でしょ? あのとき僕から盗み取っていたの? 全然わからなかった!」


「あっはっは、もちろん盗んだってのは本当だぜ! なにしろアタシは泣く子も黙るカロン盗賊団の一番弟子なんだからな!」


 すごいだろ! と、いつまでもアレスタの背中に乗っている彼女は屈託のない笑顔を浮かべている。発言の内容は物騒で社会性のかけらもないが、得意げで嬉しそうに語る少女の声は弾んでいて可愛らしい。

 まだまだ小さな女の子が言うことだ。

 どちらかといえばアレスタは盗賊団だと名乗った彼女の危険な自己紹介を微笑ましく聞いていたのだが、


「盗賊団ですって! もしかして盗賊団と言いましたか、今!」


 これに驚いて立ち上がったのは正義感溢れるイリシアだ。無意識の動きなのか、恐ろしいことにカウンターの脇に立てかけておいた剣に手をかけている。

 まさか斬るつもりか。

 返答によっては剣をつかんだイリシアに成敗されかねない少女はすっかりビビッてしまったのか、ぎゅっとアレスタにしがみついてきた。先ほどからアレスタは彼女を背負ったままなので、もしものときは一緒に斬られそうで怖い。


「……いやいや、冗談じゃよ。ほれ、今の時点では財布を盗んだという証拠なんて何もないじゃろ? わしらなりのユーモアじゃから大目に見てほしいのう」


「そ、そうだよ、イリシア。きっと冗談だよ。こうして財布を返してくれたんだから、少なくとも本当に盗むつもりがあったとは思えないのだし……」


 どうか許しておくれと両手を合わせる老人につられて、なぜかアレスタが庇うような形になってしまった。

 主体性もなく状況に流されているとは思いつつも、こんなに明るくて人懐っこい少女が極悪な盗人であるとは思えなかったのだ。

 もちろん現実の世界には善人のふりをして裏で悪事を働く人間も存在するのだが、彼女たちがそうであると決め付けるのは早計だろう。もし本当に彼女たちが盗賊団だとしても、話し合いによって改心してくれる余地があるかもしれない。


「……うん、わかった。今は大目に見ることにする。そもそも本当に盗賊なら自分から正体を明かすわけがないものね」


「わ、わかってくれてよかったぜ……」


 まさか自分の発言がここまでイリシアを本気にさせてしまうとは思わなかったのだろう。アレスタが背負う羽目になっている少女は脱力して、ふーっと胸をなでおろした。

 ちょうどいい頃合と見たのか、前かがみに曲がっていた背筋を老人が伸ばす。


「さて、ちゃんとした自己紹介といこう。はじめまして……と言いたいところじゃが、そこの二人とは二度目の顔合わせかな? わしの名はカロン。さっきは彼女がカロン盗賊団などと言っていたが、もちろんそれは冗談。怪しいところなんて何一つない、素敵な老年の紳士じゃよ」


 身の潔白を証明するつもりか、軽妙な語り口で親しげに笑って見せるのだが、その身振り手振りが妙に胡散臭い。

 素敵な紳士というのも、自分で言っては台無しだ。


「それから彼の背中を制圧してしまっている彼女は――」


 と言って、カロンがアレスタの方向を、正確にはアレスタが背負っている彼女を指差す。


「おおっと、ちょいと待ってくれ」


 すると、カロンに自己紹介を促された少女はアレスタの背中からひょいっとさらに上へ移動して、つまりはアレスタの肩にまたがって肩車の状態になった。

 あまりの身軽さと元気のよさに、彼女の土台となったアレスタは若干バランスを崩しつつも脱帽する。

 曲芸師みたいだ。


「お待ちかね、アタシはカズハだ! 世界中の男が振り向いちまうセクシーな美少女だが、照れるんで惚れちゃ駄目だぜ!」


 しかも自信家である。

 褒めるにしたってキュートならわかるが、さすがにセクシーとは……。


「ねぇ、カズハ。セクシーな美少女にしては、いささか遠慮がなさ過ぎないかな? もっとおしとやかにふるまったほうがいいんじゃない?」


 からかうつもりもあり、アレスタは肩車している少女の顔を見上げながら言った。

 落っこちて怪我をされても困るので、両手はもちろん彼女の足をつかんで支えている。


「こんなのは嬉しいスキンシップじゃんか。へへっ、喜べよなー?」


 上と下で目が合ったが、こちらが何かを言い返す前にカズハはアレスタの髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。

 すごく笑顔で、すごく嬉しそうだ。これでは文句も言いようがない。

 悪意や邪念が感じられないカズハの天真爛漫さを目にすれば、すっかり毒気が抜かれてしまう。


「そうだね、ここは素直に喜ぶことにするよ」


 だからアレスタはカズハにそう答えた。

 すごく笑顔で、すごく嬉しそうに。


「……やっぱりアレスタって、本当にエッチさんなの?」


 疑うような声に振り向けば、そこにあったのはイリシアの白い目だ。

 特に深い意味もなく彼女とのスキンシップを楽しんでいただけのつもりだが、ひょっとするとあらぬ誤解を受けたのかもしれない。だとすれば心外だ。

 コホンと咳払いをした後、アレスタは真面目くさった声で場をとりなした。


「それで、依頼というのは?」


 ああ――と神妙に頷いたカロンは顔を上げて自分よりも高い位置にいるカズハへと視線を送ると、それから下になっているアレスタと目を合わせた。


「……実は、わしら二人をここで保護してもらいたいのだ」

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