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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第二章 君のために
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14 城への寄り道

 というわけで、ついでだからと領主に会うため城を訪れたアレスタとサツキ。

 出迎えた城の騎士たちもギルドを始めた二人のことを知っていたらしく、本来は必要であるという煩雑な手続きを免除され、ほとんど障害なく応接室まで向かうことが出来た。

 とはいっても、もともとベアマーク城は風変わりで知られる領主の方針によって市民に開放的なので、よほどの理由がない限り問答無用で追い返されたりはしないらしいのだが。

 大事な賓客のために用意されている堅苦しい正装ではなく、いかにもプライベートといったラフな私服で応接室に現れたベアマークの領主、ヴェイルードが苦笑する。


「もちろん歓迎はしているけれど、そんな気軽に遊びに来られてもね。これでも私はこの街の領主なんだけどな」


「あ、すみません……」


 さすがに失礼だったかもしれないとアレスタが恐縮していると、この街で一番偉いはずの領主を相手にしていながら全く臆していないサツキが口を開いた。


「領主といっても、たくさんあるはずの仕事に遠慮なく魔道具を使って普通の領主より楽をしているそうじゃないか。放っておいても働いてくれる優秀な人材も十分にそろえていると聞いている。いきなり訪ねてきたっていうのに出てくるあたり、どうせ暇なんだろ?」


「強く否定はしないけれど、それにしても辺境魔法師のサツキ君は本来の仕事で忙しいようだね? しばらく街を離れて辺境にある自分の家まで戻っていたこともあるし、アレスタ君を手伝うためギルドに毎日いるってわけでもないんだろう?」


「こっちも強く否定しないが、ずっと城に引きこもっていた領主がどうしてそれを知っている? まさかとは思うがマフティスに俺の動向を報告するように頼んでおいたのか?」


 すごみかけたサツキだったが、喧嘩腰になりつつあった彼をなだめるように領主が首を振った。


「勘違いしないでくれるかな。ギルド長になった彼が仕事熱心なだけだよ。こちらから尋ねるまでもなく、いろんなことを報告してくれるんだ」


 どこまで本当のことを言っているのかはわからないものの、あまりに邪念がない雰囲気で堂々と口にするので、嘘や誤魔化しにも思えずサツキは威勢をそがれた。


「まあ、たとえマフティスに隠れて監視されていたところで、困るようなことは何もないから別にいいが……」


 そう言って引き下がったサツキが視線をそらせば、ひとまず安心したらしく領主も口を閉ざしてしまった。

 街に暮らしている普通の一般人とは違い、帝国政府と直々に取引をしたらしい辺境魔法師であるサツキが相手となると、ベアマークを治めるヴェイルードも対応や態度に迷いが出るのかもしれない。言いたいことは遠慮なく言いながらも致命的な対立は避けつつ、相手が領主であろうと表面上は対等にやり取りをしたいと見えるサツキも彼との距離感に迷いがあるようだ。

 善人か、悪人か。

 こちらから手を差し伸べて仲良くしておくべきか、一線を引いておくべきか。

 お互いの出方を探りあうような気まずい沈黙が無意味に続いてしまうのを避けるべく、いつもより明るい声を意識したアレスタが頭を下げる。


「ともかく、お久しぶりです。ギルドを開設する際にはお世話になりました。本当はもっと早く挨拶に伺おうと思っていたんですが、なかなか忙しくて……」


「いやいや、気にしないでくれ。ギルドについては私よりもイリシアちゃんのほうが一生懸命にがんばってくれたからね。お礼なら彼女に言ってあげてほしいな」


「はい。わかっています」


 もちろんだ。彼女には大げさなくらいに礼を言わなければ。

 いつだって助けられ、支えられ、頼りになる彼女がいなければアレスタは今頃どうなっていたのかさえ想像できない。

 最近は気まずくなってしまったイリシアのことに思いを馳せていると、暇を持て余したのか領主が口を開いた。


「一応は監視役としての任務を続けてもらっているニックは何も言ってこないけれど、あれから君の治癒魔法については何か進展があったかい?」


「いえ、進展というほどのことは何も。今も相変わらず、自分の怪我に対してしか治癒魔法の効果は見られません。機会があるたびに何度も試してはいるのですが、あまり成果はなく……」


 そう、まだまだアレスタの治癒魔法は不完全なのだ。

 苦しむ人を助けようとするテレシィのごとく、本当はアレスタも傷ついた人のためにこそ治癒魔法を使いたいと願うが、それが現実のものとなるのはまだまだ遠いようだった。


「そうか。これは前にも話したと思うけれど、伝説上の治癒魔法使いであるネスティアスは負傷者の治癒から死者の蘇生まで、もっと豊富な治癒魔法を自在に扱ったんだ。それに比べると、君の治癒魔法はまだまだ低級なものでしかないように感じるね」


「そうですね。自分でも、今の段階で胸を張って治癒魔法使いを名乗るのには抵抗がありますから」


「まあね。けれど実際には今のままでいるほうがいいかもしれないよ。上級魔法まで扱える真の治癒魔法使いとなったら、さすがに私も君を野放しにはしていられないからね」


「なるほど。やはり治癒魔法使いは特別な存在なのですね……」


 上級の治癒魔法使いともなれば普通の人生を送ることが出来なくなるというが、それはかつて、治癒魔法が世界に大きな動揺を与えたからだという。

 現在でも治癒魔法は人々を救う「英雄の力」であるとともに、世界を根底から変えてしまうほどの力を持つ「魔王の力」としても忌避されるものらしいのだ。


「でも安心してくれるかな。幸いにも、この街の領主は私なんだ。このベアマークにギルドの本拠地を置いている限り、大切な市民の一人である君の身分は私が保証するよ。危険な治癒魔法使いとして、どこかの研究所や監獄に閉じ込められるのは困るだろう? 君に興味を持ち、違法かつ強引な手段で接触しようとする不届き者が現れないとも限らないからね」


「助かります」


 素直に感謝を込めてアレスタが頭を下げると、それに満足したのか領主は微笑んだ。


「ただし、ひとまずは治癒魔法に関することで目立つような行為は控えてくれると助かるかな。さすがに本物の治癒魔法使いであると帝国中に知れ渡ってしまえば、この街の領主である私でも君を守れなくなるかもしれない。なにしろ治癒魔法は魅力的だからね。きっと世界は君の命を狙うことになる」


「そうですね。……ちょっと手遅れかもしれませんが」


 自分から大々的に言いふらしているわけではないが、人前であろうとも構わずに平気で治癒魔法を使ってきたので、すでにベアマークでは初級の治癒魔法使いとして少しずつ有名になりつつある。

 この噂が一人歩きして、ベアマークの外まで広がらないことを祈るばかりだ。


「それで、今日ここに来た理由は? おそらく私に何か用事があったんじゃないのかな? 意味もなく顔を見せにくるような君たちではないからね」


 よくわかっていらっしゃる。

 アレスタはできる限りの低姿勢で切り出した。


「実は、デビルスネークについて教えていただきたいのです」


「ふむ。デビルスネークか……」


 アレスタの口から怪物の名を聞いた領主は表情を曇らせる。

 おそらくイリシアのこと、そして彼の盟友だったというカイナのことを思い出しているのだろう。十年前の領主がどんな人物だったのかは想像できないが、デビルスネークが出現した事件で心に傷を負わなかったとは思えない。

 どこか悩ましげに右手で下あごをさすりながら、まるで遠いあの日の面影を見るように、寂しさと後悔を覗かせた領主はため息をついた。


「デビルスネークの件については事情があって、いきなりすべてを教えることはできないんだ。そこで、まずは君に問いたい。どこまで知っているのかな?」


「今からおよそ十年前でしたか、伝説上の魔獣だったデビルスネークがリンドルに現れたということは聞いています」


 その先を言うべきかどうか悩み、一人で思考した結果として、アレスタは正直に伝えることにした。

 これから相手に教えてもらおうというのだ。

 すでに知っていることを隠しても仕方があるまい。


「そして八歳くらいだった当時のイリシアさんが現場に居合わせていたことも、その事件がきっかけでカイナさんが意識不明の状態になったことも、すべて彼女から聞きました」


「なるほど、だからデビルスネークのことを……」


 当時のことを思い出しているのだろう。感情をうかがわせない表情になった領主は静かに目を閉じる。

 重苦しい空気が沈黙によって濃度を増す前に、アレスタは言葉を続けた。


「それだけではありません。実はリンドルに滞在している魔法学者のブラハムさんという方が個人的にデビルスネークの調査をしていて、ギルドとして俺たちも何か手伝いができればと行動しているんです。いつか再びデビルスネークが猛威を振るう前に、今のうちに打てる手を打っておくべきだと考えたんです」


「……かもしれないね」


 そう呟いた領主は、目を開いてまっすぐにアレスタを見た。


「真似をする人間が現れないとも限らないからね。帝都から派遣されてきた騎士や役人たちとも話し合って、万が一に備えて情報の漏洩を防ぐことにしたんだ。いや、実際にはアレは召喚者が特別な素質を持っていたことと、リンドルの奥地に大量の魔力鉱石が埋まっていたから可能であっただけで、そのどちらもが失われた今になって情報を手に入れたところで、他の人間には真似することなんてできないだろうけど……」


 そこまで流暢に語ってくれた領主ではあるが、その発言の中でアレスタはとある言葉が引っかかった。


「……召喚者?」


「おや? 依頼を請け負ってギルドとして調査していたのに、そこまでは知らなかったのかい? 十年前、デビルスネークはリンドルの地で召喚されたんだよ」


「つまり、デビルスネークは誰かの意志で呼び出されたと……?」


 まさかそんなことはないと無意識に思っていただけに、意外な事実だ。

 デビルスネークが人の手によって召喚されたとすれば、それは今後、再び誰かに召喚される可能性があるということにも等しい。

 いったい誰がなんのために、村を破壊するほどに凶悪だというデビルスネークを召喚したのだろうか。

 それを尋ねると、自分の口からは答えず、難しい顔をして領主は腕を組んだ。


「記憶操作などを駆使して情報を規制した影響で騎士団の中でも知っている人間は限られているけれど、父親のことがあるイリシアちゃんはもちろん、リンドル方面を担当していたサラも知っているんじゃないかな」


「サラさんが?」


 一瞬だけ意外に感じたアレスタだったが、よくよく考えれば不思議なことでもないだろう。


「そういえばサラさんは隊長に昇進したんでしたっけ」


「うん。イリシアちゃんやマフティスが抜けることになって騎士団を再編する必要が出てきたから、真面目な優等生である彼女には頑張ってもらうことにしたんだ。何人かの新人を集めた小さな部隊だけどね」


「それにしたって彼女が隊長とはな。どんなに真面目で優等生といったって、年齢的にも技術的にも未熟さがあるのは否定できない。なのに隊長にしたってことは、もちろん何か理由があるんだろ?」


 すんなり納得してしまったアレスタではなく、前から疑問に思っていたらしいサツキが問いかけると、あまり顔を動かさず目の動きだけで彼を見た領主は頷いた。


「それはもちろん、当然ながら理由があるよ。いい機会だから君たちにも伝えておくけれど、隊長として彼女が率いる部隊には君たちが運営するギルドとの連携や、少人数だからこその柔軟な作戦行動を期待しているんだ。ギルドへの事務的な連絡役はマフティスが頑張ってくれるだろうけど、現場レベルでの橋渡し役はサラに頑張ってもらったほうがいいと判断してね。なんたって彼女はイリシアと仲が良く、君の護衛と監視役を担っているニックとは兄妹だ。ほら、ギルドとの連絡役にはふさわしいだろう?」


「まあ、そうですね」


 特に異論なくアレスタは同意した。

 知らない人間の相手をするよりは、ある程度は気心が知れているサラが橋渡し役として働いてくれたほうがいい。

 それに、真面目で正義感のあるイリシアに似たところもあるサラならば、ギルドを罠にはめるようなこともしないはずだ。

 端的に言うと信頼できる。


「それだけじゃない。彼女はリンドルを守る自警団の団長であるエイクと絆があるからね。カーターによって山賊のアジトがつぶされたとはいえ、すべての山賊がいなくなったわけじゃないんだ。今後の活動を考えると、リンドル自警団とつながりを持っている彼女の存在は大きい」


「なるほどね。そう考えると彼女は重要な人間であるわけだ」


「理解してくれて嬉しいよ、サツキ君。そういうわけで、融通の利かない誰かの下につけているよりも、小さな部隊であれ彼女には自由にできる権限を与えたほうがいいと判断したんだ。実績のあるベテラン騎士を補佐役に付けるかどうか悩んだけれど、年長者がいると生真面目な彼女は緊張して固くなるからね。いっそ新人ばかりを集めた部隊にしたんだよ」


「期待しているんですね」


「まあ、これが私の空回りではないことを祈るよ。まだ十七歳の少女に過ぎない彼女は正直に言えば隊長の器ではないけれど、早いうちから経験を積んで、将来的には騎士団の幹部を目指してほしいものだね」


 ――と、そのときだ。

 穏やかに会話をしていたアレスタたちを邪魔するように、城の外で大きな音がした。

 こちらまで振動が伝わってくるような、何かが崩れるほどの爆発音だ。


「何事だっ?」


「領主様はここにいてください! 俺たちが様子を見てきます!」


 何が発生したのかわからない以上、領主を危険に晒すわけにはいかない。

 そう考えたアレスタとサツキは不安な顔をする領主を応接室に残して、音の発生源である城外へと急いだ。

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