10 聞き込みと、ちょっとした騒動(2)
デビルスネークについて聞き込みをするべく、日が暮れ始めたころにアレスタとサツキとニックの三人は酒場にやって来た。
何度も足しげく通っている常連客というわけではないけれど、この店は街の人々と一緒に記念祭の打ち上げをやった場所でもある。その後も何度か訪問して店主のバッシュとは顔見知りの仲なので、いきなり訪ねても大丈夫だろう。
「すみませーん! お話があるのですが……」
「おっ!」
客として酒を飲みに来たわけではないので遠慮がちに腰を低くして酒場の店内に入ると、アレスタたちの姿を見つけた店主が「とても助かった!」とでも言いたげな表情で駆け寄ってきた。
なにやら慌しい様子だ。ひょっとすると緊急事態かもしれない。
「お前ら、客かっ? ちょーどよかった! ちょっと寄っていけ!」
「え、ええっ?」
ろくに受け答えもできないまま強引に腕を引っ張られたアレスタは店の奥にあるテーブルまで連れていかれる。
何をされるのかと思えば、そこには二人の先客がいた。
「こいつら、今日は真昼間からずっと酒を飲んで喧嘩をやっているんだ。なんとかしてくれ!」
「な、なんとかしてくれって言われましても……」
十人くらいが囲んで座れる広さがあるテーブルの上には尋常じゃない量の酒瓶があり、つまみの皿がいくつも散乱している。ずっと二人で飲み続けていたのか、客の一人は顔が真っ赤で、見るからにひどく酔っ払っていた。
同じテーブルを挟んで飲んでいる二人の男性客は楽しげな雰囲気というには程遠く、何事かを言い争っているようだ。
はっきりいって、面倒ごとなら関わりたくないアレスタである。
「……そんなことよりバッシュさん、俺たちは尋ねたいことがあって来たのですが」
「ああ、もう! 話だったらこいつらが帰ってからにしてくれ!」
吐き捨てるように言い残すと、逃げるように背を向けたバッシュはカウンターの奥へと引っ込んでしまった。酔っ払って騒いでいる彼らの相手が面倒だからと、ちょうど姿を見せたアレスタたちに対処を任せたのだろう。
客に客の相手をさせるとは、なかなかひどい店主である。
だが、こうなったからには仕方がない。これもデビルスネークに関する情報収集のためだ。手っ取り早く客の二人が言い争っている事情を聞いて、騒がしい彼らにはお引取り願おう。
そう考えたアレスタはサツキとニックに目線で合図すると、自分が先頭に立って声を掛けた。
「あの……」
「だぁー、お前ら客かっ? ちょーどよかった!」
「え? ちょっと、ええっ?」
ところが、近づいた瞬間いきなり片方の男に腕を引っ張られたアレスタは戸惑った。
くっつくほどに顔を近づけられて、うるさいほどに懇願される。
「どうかこいつに負けを認めさせてやってくれ! さっきから全然俺の話を聞かなくて困っていたところだ!」
「負けを認めさせろですって? どういうことですか?」
いまいち要領を得ないアレスタは困惑したまま、さらなる説明を求めてもう一人の男へ視線を送る。こういうときは双方から事情を聞くべきだ。でなければトラブルの全容が見えてこない。
もっとも、たいていの喧嘩はお互いに意見が食い違うので、第三者が仲裁しようとすれば両成敗で決着をつけるしかないだろうが。
熱湯に落ちて茹でられたように顔が赤く、ふらふらと目の焦点も定まらない相手の男は不満たらたらに答える。
「なぁに、オレ様とそいつで酒の飲み比べをしていただけだぁ。そしたらそいつが、よう、急にオレ様の負けだとか言い張りやがってぇ、ひっく」
と言い終わるや否や、彼は座っている椅子からバランスを崩して滑り落ちる。
ドシンと床で尻餅をついた後で慌てて何事もなかったかのように椅子へと戻るが、平気そうな体裁を取り繕ったところで意味はなく、酔いつぶれる寸前だというのは一目でわかる。
「ほら、どう見たって飲み比べは俺の勝ちだろ? 今にも突っ伏しそうになっているその男、ドガスとは同じ量の酒を飲んでこれだぜ?」
「そうですね。詳しい事情はわかりませんが、単純な飲み比べの結果なら俺はそう思います」
ドガスと呼ばれた男はアレスタの目から見ても酔っ払っているが、一方でこちらの男性は酔っている気配がまるで感じられない。昼間から二人で飲み比べをしていたというのが本当なら、いちいち判定するのも面倒くさいし、見た感じの印象でドガスの負けにしてもいいだろう。
ところが、そのドガスから反論がきた。
「あーもー、うるせぇな。大体なぁ、そのアギトって野郎は卑怯なんだ」
「卑怯ですって?」
アレスタは眉をひそめた。
二人の間に割って入るのを面倒くさがっていたけれど、卑怯とは聞き捨てならない言葉だ。本当に卑怯な手段を使用しているのなら、勝負の相手を非難する彼の気持ちも理解できる。
酩酊波動を使って強制的に客を酔わせる店主が経営しているだけあって、ここの酒場を訪れる客はずるがしこい人間も多いのだ。どちらかに肩入れするわけにもいかないから、事情を聞いてみる必要はあるだろう。
「そうだって。あー、なんつったっけ、あれ……魔法なんちゃら……」
最後まで舌が回らなくなってドガスが言葉に詰まると、意外にも勝負相手だったアギトからの助太刀が来た。
「もしかして俺の魔法体質のことか?」
「それだぁ!」
バシンと右手で机を叩いたドガスは声を張り上げる。どうやら相手のことを卑怯だと言いたい原因は、アギトの魔法体質のことらしい。
けれどアレスタはそんなもの聞いたことがなかった。
「魔法体質?」
「ふふ、ついでだからお前たちにも教えてやろう。俺の体は特殊な魔法体質でな、どんなに酒を飲んでも決して酔わないのさ。人呼んで、酩酊殺し!」
「酩酊殺し……」
「うむ、そうだ!」
そう言って嬉しそうに続いた彼の説明によると、魔法体質とは、生まれながら体に魔法的な特徴を持つ人間のことを言うらしい。彼の場合は体内に摂取したアルコールを即座に分解して消滅させてしまう魔法体質だという。
つまり、いくら飲んでも酒に酔うことはないというわけだ。
彼の説明を聞き終えて、改めてドガスの赤らんだ顔を見たサツキが鼻で笑った。
「はは、そんな人間に飲み比べを挑んだあんたが悪い。こうなりゃ素直に負けを認めるしかないだろ」
「それは無理だ! なぜならオレ様が負けを認めたら酒代が払えなくて困るじゃねぇか! こっちは財布がすっからかん! 払える金は残ってねぇ! 勝つしかないんだ、勝つしか!」
「いい年をした大人のくせに無銭飲食か。本当にしょうもないな。いっそ捕まって酒を断つ機会にすればいいんじゃないか?」
酒の入ったグラスを片手にアギトはやれやれといったように肩をすくめる。飲み比べ勝負では誰が相手でも無敵であるがゆえの余裕だろう。
「負けを認めろ。そっちから勝負を仕掛けてきたくせに往生際が悪いぞ」
「おめぇが飲み比べを初めてから魔法体質を打ち明けたからだぁ! 最初からわかってりゃあ、絶対に挑まねぇよ! くそったれ、ただで酒を飲むつもりだったものを……」
なんてことを考えているのだろう。手持ちの金がないのに酒を飲むため、相手におごらせるため勝負を吹っかけていたとは。話を聞けば聞くほど最低な行為ではなかろうか。
非難するように無言の圧力を視線に込めていると、その気配を察知したのかドガスがアレスタの顔を見て怪しく笑った。
何か彼なりの名案がひらめいたようだ。
「くっくっく。お前、オレ様と賭けをしないか?」
「しませんよ。お酒は飲めません。それに自分勝手な人は嫌いです」
「違う、違う。さすがにこの状態から飲み比べはしない。別の勝負をしようじゃねえか。オレ様の魔法を見破れたらお前の勝ち、お前を騙すことができればオレ様の勝ちだ」
「……はあ。まったく、だったらいいでしょう。その勝負、受けて立ちます」
「ちょっとアレスタ、本当にいいの?」
「もちろん大丈夫。まあ、ニックは黙って見ていてくれればいいよ」
ニックの心配もわかるが、こうでもしないと話が先に進まないのだ。
適当に相手をして、ここは早く帰っていただくことにしたアレスタである。
「それじゃあ勝負の説明をしよう。これからオレ様が使用する分身魔法を見て、その中から本物を選ぶことができたらお前の勝ちだ。いいなぁ?」
「わかりました。本物を当てればいいんですよね? こちらの準備はできているので、いつでもどうぞ」
「よぉし!」
ふらふらと椅子から立ち上がったドガスは、よたよたと広いスペースまで移動すると、その場でこぶしを握り締めて精神果樹園を開き、気合を込める。
「いくぜぇ! はああああ!」
それが魔法使用の合図なのだろう。威勢のいい掛け声とともにドガスの体が揺らぐ。
蜃気楼のように幻影が重なり、瞬く間に増殖する影。
わずか一瞬で分身に成功したドガスが横一列に並ぶ。
魔法によって増えた分身は四人、つまり本物と合わせると全部で五人いる。
この中から本物のドガスを選ぶことが出来ればアレスタの勝ちというわけだ。
「げっへっへ、難しいだろう」
だが――。
「本物はあなたですね」
五人のドガスを前にして、アレスタは迷うことなく一人を指差した。
どれが本物かを決断するまで、ほとんど一瞬だった。
「くっ、なぜ見破った?」
「見破るも何も……。あなただけ顔が赤いですし、ふらふらしていますから」
どうやら分身魔法で生み出すことの出来る幻影は通常状態のドガスだけらしい。
そのため本物は一人だけ酔っ払っており、誰の目から見ても目立っていたのだ。
アホだな。と、これは苦労することなく勝負に勝ったアレスタだけでなく、ドガス本人を除いた全員がそう思った。
「くっそ~」
自分の負けが確定して気が抜けたのか、足をもつれさせたドガスは近くにあったテーブルへと倒れこむように寄りかかる。
魔法を維持する余裕も残っていないのだろう。同時に四人の分身も消え去った。
崩れ落ちるように落胆する彼に対してサツキは容赦なく追い討ちをかける。
「ほらほら、負けたんだからちゃんと金を払って帰れ」
「……いやだ。次の対戦相手が来るまで、ここで寝て待つ。勝つまで帰らないぞ」
「なんだよそれ。聞き分けのない子供かよ」
しかし彼の言葉を信じるならば、所持金がないのに飲んでしまったのだ。潔く敗北を認めたとして、おそらく酒代を支払うことはできまい。
そうなると彼にしても帰るに帰ることができないのだろう。
呆れたアレスタは肩をすくめるしかなかった。
「しょうがないですね……。ここの酒代は俺たちが肩代わりするので、ドガスさんは何も気にせず帰ってください」
今後とも街でギルドの運営を続けていくことを考えると、専門職である情報屋とは違った種類の情報が集まるであろう酒場の店主と友好な関係を築いておくことは決して損ではないだろう。
この場の酒代くらいで情報が買えるなら安いものだ。
そう考えたアレスタは店主のバッシュを呼ぶと、本来はドガスが払うべき酒代をギルドの資金から支払う約束をした。それを聞いて陽気に歌い始めたドガスを恨めしく思いつつ、アレスタは一緒になって鼻歌を歌い始めていたニックの肩を叩いた。
「ニック、退屈ならドガスさんを家まで送ってあげてよ。このまま居座られちゃったら、何をするにも邪魔で真面目に話も出来なそうだからさ」
「仕方ないな。僕に任せてよ」
本当はニックもうるさくて邪魔になりつつあったとか、そういう余計なことは言わないほうがいいだろう。何故か意気投合しつつあるニックとドガスは、へんてこな即興の歌を二人で合唱しながら外へ向かった。
そうして二人の後姿を見送ると、飲み比べの勝者となったアギトは一息ついた。
「ふう、やっと帰ってくれたか。ようやく落ち着いて酒を飲めそうだ」
ドガスとの勝負で散々飲んだろうに、まだ彼は酒を飲むらしい。魔法体質が原因で酔えない酒にどんな味があるのか知らないが、彼はドガスと違って常識人らしいので、どんなに飲んでも自分の酒代を払えなくなる心配をする必要はないだろう。
「よし。ニックと一緒に騒がしい客も帰ってくれたことだから、そろそろ店主に聞き込みでもするか」
と、アレスタとサツキが店主に向かって足を踏み出した瞬間。
「あらあら、いらっしゃい! うふふ、来てくれたのね!」
などと言いながら、カウンターの奥から、ほろ酔い顔の女性が現れた。
彼女はここの店主の娘であり、酒場の看板娘を務めるセーレである。成人してはいるものの、まだまだ若くて魅力的な女性だ。
明るくて陽気だし、ちゃんと働いていて、性格もしっかりしている。
ところが――。
「うげっ」
そんな声を出し、露骨に嫌な顔をして彼女を迎えたのはサツキである。
美人が歓迎してくれているのに何がそんなに嫌なのか……といえば、実はこんな理由がある。
さかのぼることギルド結成の日、なんだかんだでお世話になった人たちを集めて打ち上げをした際のことだ。どういうわけか、サツキは彼女に気に入られてしまったのである。
ここ最近サツキがベアマークに姿を現さなかったのも、一つには彼女による熱烈なアプローチを避ける目的がある。もともと手当たり次第にアプローチをかけていたというセーレの恋心が冷めるのを、彼女から物理的に距離を置いて待っていたのだ。
「くそ、彼女はいつも夜更けになるまで寝てるんじゃなかったのか。アレスタ、後は任せた。俺は先に帰る。じゃあな」
早口に言い終わると、血相を変えたサツキは出口に向かって走った。
何か余計なことを言われる前に逃げ出そうという算段らしい。
「サツキさんってば待ってよ! ほいほーい!」
「のわっ!」
しかしセーレの右手から飛び出た一本の長いロープが逃げようとしたサツキの足に絡まり、出口まであと少しというところで彼を捕らえた。その反動でサツキは前のめりになって倒れそうになったが、とっさにバランスをとって持ちこたえる。
それは彼女の魔法である。
セーレは手からロープ状の触手を出し、自在に操る魔法を使えるのだ。
彼女の操る魔法の触手によって右足をつかまれたサツキは逃げ出そうとして必死に抵抗するものの、じりじりと引き寄せられていく。想い人を前にしたセーレはとろけた表情をしており、まるで食虫花みたいだ。
「アレスタ! おい! 助けてくれよ! ここじゃ俺は魔法を使えないんだ!」
ついにバランスを崩して床に倒れたサツキは、そのまま引きずられながら助けを叫ぶ。大切な仲間であるサツキだからアレスタも助けてあげたいが、触手を引き寄せるセーレと目が合った瞬間、邪魔をしないでと怖い顔をされたので足がすくんだ。
これにはアギトとバッシュの男性二人も恐れをなして、彼女のことは見なかったことにしようとしているらしく、完全に無視している。どうやら面倒ごとには巻き込まれたくないらしい。
アレスタもそうすることにした。
「……あの、実はバッシュさんに尋ねたいことがあるのですが」
「ん、なんだ? お前は勝負に負けたアホの代わりに酒代を払ってくれたからな。俺に答えられることならなんでも答えてやるよ」
「ありがとうございます。では、デビルスネークについて知っていることを教えてくださいませんか? ちょっとした理由があって調べているんです」
店に入ってから色々あったが、本来は聞き込みをするためにアレスタたちはここまで来たのだ。バッシュがデビルスネークについて何か知っているのなら、魔法学者ブラハムからの依頼は意外にも早く達成することが出来るかもしれない。
アレスタの期待通り何かを知っているらしく、どっしりと腕を組んだバッシュは快く話し始めた。
「デビルスネークというのは、リンドル地方に伝わる有名な昔話だな。今から何百年、あるいは何千年もの昔、リンドルに現れたという巨大で邪悪な蛇の伝説だ」
「巨大で邪悪な蛇ですか……」
巨大で邪悪、という物騒な言葉を聞くだけでも不穏な感じがしてくる。
所詮は作られた昔話なのかもしれないが、実際に魔法学者のブラハムが危険を感じ、リンドルに長期滞在してまで調査している怪物なのだ。
空想上の魔物に過ぎないと完全に言い切ることもできないのだろう。
「伝承によれば胴体は一つきりだが、そこから伸びる頭が八つもあったという巨大な蛇らしい。どこからともなく出現するとリンドルを破壊して暴れまわったらしいが、たまたま居合わせて機転を利かせた旅人がデビルスネークに大量の酒を飲ませ、ふらふらに酔っ払ったところを退治したとか聞いたな」
「そうなのですか。でもその旅人が何百年も前に退治したのなら、もう出現する心配はないんですよね?」
「いや、ところがそうとも限らないらしい。なんでも、そのデビルスネークとかいう怪物は十年前にもリンドルに現れていたって話だ」
「……えっ? 十年前?」
十年前にリンドルに出現した?
何百年、あるいは何千年も前に退治されたという伝説上の怪物が?
ただの昔話だと思って聞いていたデビルスネークの存在が唐突に現実感を持ってアレスタの心を不安がらせる。もしも十年前に出現したという話が事実なら、再び怪物が現れても不思議ではないのだ。
依頼を受けた時点でのアレスタは邪悪な魔獣の存在について半信半疑だったものの、どうやら魔法学者ブラハムの調査は本当に必要なものかもしれない。
「とはいえ、その時に姿を見せたデビルスネークは不完全な状態だったらしく、村人からの素早い通報を受けた街の騎士団が退治したという噂を聞いた。……のだが、不思議なことに真偽は不明なのさ。十年前にリンドルで何か大きな事件があったのは事実らしいが、ベアマーク騎士団はこの事件にまつわる情報を魔法によって規制してしまったらしい」
「魔法によって情報が規制された……。じゃあ、もう当時のことを知っている人はいないのでしょうか?」
「今でもその件に関して詳しい事情を知っているのは、おそらく対処に当たった騎士の責任者くらいなものだろう。リンドルの村長は何か知っているかもしれないが、立場上しゃべれないのかもしれないな」
「なるほど。……騎士ですか」
ふとアレスタはイリシアの顔を思い出した。
何か考え事や隠し事をしていたような彼女の表情を。
デビルスネークが出現したのは今からおよそ十年前らしいので、まさかイリシアが騎士として対処に当たった事件の当事者というわけではないだろう。なにしろ八歳くらいのころだ。
だが彼女はベアマークでも優秀な騎士であり、領主にも気に入られている。
どこかで事件に関する何かを聞いていてもおかしくはない。
……もしかしてイリシアなら何か知っている?
……しかし、ならばなぜ何も言ってくれなかったのだろう?
答えの出ないアレスタは悩むしかなかった。
「すみません、サツキさん……」
このまま一人で考えていても埒が明かない。
そう思って助言を求めたアレスタは振り返ってサツキを探したが、
「勘弁してくれよ、もう……」
「いやん、そんなこと言わないでっ。もっと飲みましょう! ほらほーら!」
「お、おい! やめろ!」
頼りのサツキは魔法の触手で椅子に縛られ、楽しそうに恍惚とした表情のセーレに無理やり酒を飲まされていた。
何かいけない現場を目撃してしまった気がしたアレスタは目をそらした。
酒場の店主であり彼女の父親でもあるバッシュは娘の行動を目の当たりにして、悩ましそうに頭を抱える。
「セーレ、いい加減にしないか」
「いやよ、パパ。私は彼と結婚するの」
そう言って身動きがとれないサツキに抱きついて顔だけを父親に向けると、セーレは挑発的にぺろりと舌を出す。
これにはバッシュも堪忍袋の緒が切れたらしい。
「まったく馬鹿なことを! セーレ、お前は私の魔法で少し眠って頭を冷やすといい! ええい、酩酊波動!」
精神果樹園を開いて右手から放たれたバッシュの魔法が一直線にセーレを襲う。
「ふん、甘いわっ!」
「おわっ! どうして私が!」
魔法が直撃する間一髪のところでセーレは左手から触手を伸ばすと、その触手で捕まえたアギトを引っ張ってきて盾にした。
騒がしい親子の口喧嘩に我関せず、一人で静かに酒を飲んでいたアギトは突然の仕打ちに驚いて目を見開き、哀れにも全身にバッシュの魔法を浴びている。
「客を盾に使うとは何を考えている! 馬鹿かお前は!」
「だってパパがいきなり魔法なんか使ってくるからじゃない!」
「それはお前が……!」
「もう知らない! 知らない知らない! こんなところにいたくないわ!」
説教じみた言葉を娘に聞かせようとしたバッシュではあったが、ぷりぷりと怒って頬を膨らませたセーレは聞く耳を持たず走り出した。悲しいことにサツキは触手に巻き取られたまま解放されず、店を飛び出した彼女にずるずると引きずられていく。
最悪、このまま市中引き回しの刑かもしれない。
まだまだ幼さが抜けない娘の大人気ない姿を目にして、店を飛び出した彼女を追いかけることが出来ずに黙って見送ったバッシュ。悩ましくて大きなため息を漏らした。
「まったく、あいつって奴は……」
おそらく親として彼女には色々と言いたいことがあるのだろう。誰の目から見てもセーレはちょっとおかしいので、お転婆な娘の将来を心配して頭を抱えるバッシュの気持ちもわかる。
もういっそ、辺境魔法師としての経験を積んできたらしいサツキに彼女の相手を任せてしまうのが一番の解決策かもしれない。
とにもかくにもセーレがいなくなり店内に静けさが戻ってくると、呆然と立ち尽くしていたアレスタの背後から低く唸るような声が聞こえてきた。
「うう、なんだこれは? ちょっと気持ち悪くなってきた。これは……まさか、酔い……?」
恐る恐るアレスタが振り返ってみると、そこにはセーレによって盾にされてしまった不幸なアギトの姿があった。
バッシュの放った酩酊波動が直撃したらしく、アギトの顔はすっかり青ざめている。彼は酒に酔わない魔法体質だというが、油断すれば今にも胃袋の中身を吐き出してしまいそうだ。
それを見たバッシュが申し訳なさそうにアレスタの肩を叩いた。
「すまない。念のため彼を病院に連れて行ってやってくれないか? なにしろ強制的に相手を酔わせる俺の魔法と、絶対に酔わない彼の魔法体質がぶつかりあったんだ。どんな魔科学的反応があるかわからないからな」
「わかりました。とにもかくにもバッシュさん、今日は色々とありがとうございました」
「こっちの台詞だぜ」
結局はデビルスネークについての有意義な情報はあまり手に入らなかったが、それは仕方がない。ニックとサツキも心配な気がするけれど、それも仕方がない。
ひとまずアレスタは顔色の悪いアギトに肩を貸し、この街にある一番大きな病院へ向かうのだった。




