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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第二章 君のために
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03 小さな妖精

 朝、目が覚めたアレスタは自分の身に起こった異変に気が付いた。

 恥ずかしながら、どうやら本格的に風邪を引いたらしい。

 雨の中、チークのもとから逃げ出したケイトを探した翌日である。いつもより遅れて目を覚ましたアレスタは横になったまま体に力が入らず、ベッドから起き上がることもできなかった。

 とにもかくにも苦しいのである。


「ああ、これはひどい……」


 最近いくつもの修羅場を乗り越えてきた経験からか、アレスタは風邪を甘く見ていたようだ。

 しかし病気を侮ってはならない。人間や魔物と違って相手の姿がはっきりと見えないせいで、どう戦ってよいのかわからず恐ろしいものである。なんだかこのまま死の淵まで引きずりこまれそうなくらいだ。

 右手で力強く胸を押さえつつ、苦し紛れにアレスタは大きく息を吐き出す。


「ふう、こんなときこそ治癒魔法が使えたらいいのに……」


 これまで幾度となく致命的な傷をなかったことにしてきた治癒魔法。

 アレスタにとって何よりも大切で、決して手放すことのできない唯一の魔法。

 もしもアレスタの治癒魔法が外傷だけでなく病気などにも効果があるとすれば、今後の可能性は格段に広がってくれることだろう。

 両手を合わせて奇跡を願うよりは、自分の力で重ねる努力が大事だ。ひとまず治癒できるかどうか挑戦してみようと思ったアレスタは己の風邪を治すべく、ベッドに横たわったまま治癒魔法を発動してみることにした。

 まずは精神果樹園を開き、手近にあった果実をもぎ取る。

 そして手に入れた魔力を魔法に変換する。

 ところが結果は芳しくない。風邪の症状は少しも弱まることがなかった。

 その結果として、改めてわかることは一つ。

 アレスタの治癒魔法は「自分」の「目に見える外傷」にしか効果を発揮しないという、悲しい現実だ。

 不完全な治癒魔法の力。それを再確認してしまい、悔しさのあまりアレスタはベッドの上でジタバタと、寝そべったまま地団駄を踏もうと無意味にあがく。

 と、そんなときである。

 部屋のドアが小さな音を立てて開き、その隙間からイリシアが困ったような顔を覗かせたのだ。その目は呆れているかのように半眼である。


「……で、風邪を引いてしまったお馬鹿さんはここですか?」


「う、すみません……」


 謝って口に出した言葉も鼻声なのか涙声なのか判断できないが、一人で心細かったアレスタは頼れる彼女が来てくれて嬉しかった。このまま一人きりでいれば、不安や寂しさのあまり泣いていたかもしれないところだ。

 遠慮がちに部屋の敷居をまたいだイリシアは寝ているアレスタの横に腰掛ける。

 その手には昨日とは違う柄のタオルが握られている。ちらりとアレスタの汗ばむ姿を確認した彼女の様子を見ると、説教をするためではなく、なかなか起きてこないアレスタのことを心配して部屋まで来てくれたらしい。


「いつまでたっても部屋から出てこないと思って様子を見に来たら、案の定、この有様ですか。一応ノックもしたんですけど反応してくれないし、聞こえなかったんじゃないですか?」


「ん、そうかもしれません」


 先ほどから頭痛がひどいせいか、彼女がしてくれたというノックの音もアレスタにはわからなかった。これはいよいよ風邪も重症かもしれない。

 急に襲ってきた寒気に思わず身震いすると、無意識にアレスタはイリシアに向けて手を伸ばす。

 どうか届くようにと懸命に、すがるように右手を。

 なにしろ体調不良で不安だったのだ。

 心の支えとして、誰かが隣にいてほしかったのである。


「アレスタさん、大丈夫ですよ」


 伸ばした右手が彼女の両手に包まれた。

 なんだかとても暖かいものに包まれたような安心感を胸に、そっとアレスタは目を閉じる。

 すると少しだけ、右手を握るイリシアの手に力が込められた。


「それで、アレスタさん。……治癒魔法は試してみましたか?」


「え?」


 驚きつつ、質問に答えようとしてアレスタが目を開けると、想像以上に近づいていた顔があった。

 何かを期待するような彼女の瞳。しかし声は不安に緊張しているようだ。


 ――治癒魔法は試してみましたか?


 目の前にいながら、アレスタではないどこか遠くを見て、イリシアはそう尋ねたのだ。

 アレスタの治癒魔法が風邪に対しても効力を持っているのかどうか、それを確認するかのように。


「はい、さっきから何度も挑戦してはいるんですが……」


「……そうですか」


 あまり芳しくないアレスタの答えを途中まで聞くと、残念がるような落胆を見せ、どこか寂しげに目を伏せるイリシア。

 彼女の柔らかな両手はアレスタの右手から離され、力なく膝の上に落ち着く。

 ベッドに腰掛けたイリシアは顔を反対側へと向け、寝たままのアレスタに背を向けた。

 イリシアは寂しげで悲しそうな雰囲気を身にまとっている。だが、それはアレスタの風邪が治癒魔法で治らなかったことだけに対する反応ではないだろう。

 それは、病気には効果がなかった治癒魔法に対する落胆?

 あるいは、完全なる治癒魔法への期待の裏返し?

 一瞬にして様々な疑問が頭の中をよぎったけれど、今のアレスタにはそれを深く考えるだけの精神的余裕はなかった。風邪を引いた自分の代わりに彼女には元気を出してもらいたいと、子供じみた強がりで答えるのが精一杯だ。


「大丈夫ですよ。イリシアさんには迷惑をかけないように早く治しちゃうので」


「ふふ、ですね。ぜひそうしてください」


 振り向いた彼女は優しい手つきでアレスタの額に浮かんだ玉のような汗をタオルで拭き取っていき、なされるがままだったアレスタは意図しない緊張に身を硬くする。

 かしこまった反応がおかしかったのだろう。

 彼女は微笑んでアレスタの頭をなでた。


「とにかく今日一日は部屋で安静にしていてください。特に用事がなければ私はずっと一階にいると思うので、何かあったら声を掛けてくださいね」


「うん、ありがとう」


「……やめてくださいよ。お礼なんていりません」


 小さく言い残したイリシアは腰掛けていたベッドから立ち上がると、振り返ることもなく部屋を出て行った。

 誰よりも仕事熱心な彼女のことだ。事務仕事をしながら来客の対応などもするため、一階に向かったのだろう。


「それでも、ありがとう」


 すでに姿の見えなくなった彼女の耳に届くわけがないとわかっていても、閉じられた扉に向かってアレスタは感謝の言葉を投げかけるのだった。





 無理ができない病人である以上、特にやるべきことが思いつかないアレスタだ。ひとまずこのまま深い眠りに身をゆだね、ひと時の安息を得るために目を閉じることにした。

 ところがベッドの上で安静にしていたところで効果は薄く、ひどい熱にうなされたアレスタは眠ることさえ出来ず、ゲホゲホと苦しく咳き込んでは鼻をすすっていた。

 まさに絶体絶命の苦境とはこれ、この世の地獄とはこのことかと、こんな風邪を引く元凶となったに違いない昨日の雨を恨めしく思っていた。

 そんなとき、どこからともなく不思議な声が響いてきた。


「ネ、ヘーキ?」


「……ん?」


 かといって部屋の扉が開いた音もなく、朝からずっと寝込んでいる病人を見舞いに来てくれた訪問者の気配はない。では一体何だろうと、正体のわからない声に驚きを隠せなかったアレスタは目を開ける。

 たぶんチークぐらいの年頃の女の子の声だったと頭が理解すると同時に、それはきっと危ない幻聴だろうと冷静な理性が警告していた。

 もしかして誰か部屋にいるのだろうか。そう思って首の動きだけで周囲を見渡したものの、室内に人の姿はない。相変わらずアレスタの風邪はちっとも治っておらず、胸が締め付けられるように苦しかった。


「ソッカ、クルシインダ」


 すると再び少女の声が耳に届いた。

 舌足らずと表現してもよいような、少しカタコトな発音だ。

 ささやくように響いてきたのは耳元からではない。

 けれど遠くはなく、すぐ近くから聞こえてきたようだった。

 やはり部屋に誰かいるんじゃないかとベッドに横たわったまま首を左右に動かすが、何も見当たらない。久しぶりの病魔に苦しむあまり、自分が生み出したのであろう幻聴を打ち払うようにアレスタは大きくため息を漏らした。


「ココダヨ」


 けれど声は再び聞こえてきた。

 今度こそ間違いない。幻聴ではなく本物だ。

 そう確信した瞬間、ギュッと胸を押さえる感触があった。

 驚いて顔を持ち上げると、すぐにその姿を発見することができた。

 呼びかけの主である人物は仰向けに寝ているアレスタの胸の上にあり、身の丈が精一杯に広げた手のひらほどしかない、小さな女の子だったのである。


「え、君は?」


 質問を投げかけるアレスタと受け取る少女、至近距離で顔を合わせた二人の視線が交差する。

 どこまでも澄んだ二つの瞳。世間の悪意をまるで知らぬ純情そうな顔。背中には美しく透き通った四枚の羽。

 驚くほど小さな少女はアレスタの胸元でうつ伏せて、抱きつくように全身を押し当てながら笑った。


「ダイジョーブ。アタシ、タスケテアゲル!」


 ……助けてくれる?


 ……この小さな女の子が、俺のことを?


 さっぱり状況が理解できず、あっけに取られたアレスタは目をしばたかせる。

 熱のせいで頭が働いていないこともあって素直に頷くことさえ出来ず、不器用に首を横に傾けることしか出来ない。


「イイカラ、マカセテ!」


 満面の笑顔で答えた彼女が表情を引き締めると、ベッドの上で仰向けに寝ているアレスタの胸元へと、猫よりも小さな額を力強く押し付けてくる。

 そして彼女の全身が輝き始めたかと思うと、不可視の扉を潜り抜けてアレスタの精神果樹園の中へと消えてしまった。

 その精神果樹園の中で、小さな妖精は魔法のような力を行使する。

 魔力を得るために果実をもぎとるのではなく、果実の一つに抱き着き、まるで精神果樹園の木々を通してアレスタへと何かを伝えるように、きつく歯を食いしばって目を閉じた。


「ウググゥ……」


 口から漏れる彼女の唸り声は穏やかなものではない。

 うっすらと全身に汗が滲み、小さな体が急速に熱を帯びていくと、見る見るうちに美しかった四枚の羽がしおれていく。

 次第に苦悶の表情を深めていく彼女に呼応して、今までアレスタを襲っていた痛みや苦しみは失われていく。

 まるでそれは、アレスタから彼女へと苦痛の源が流れ込んでいくようだった。

 風邪の症状が一つ残らず彼女に吸い取られていくようだ。

 しばらくして、扉を開けることなく精神果樹園から出てきた妖精はアレスタの胸元に再出現する。


「ゲンキ、ナッタ……?」


「えっ、でも君は? なんだか俺は元気になったみたいだけど、君はっ?」


 原理はわからないながら、すっかり元気を取り戻したアレスタは腕を使って上半身のみで起き上がり、へばるように倒れこんだ少女を慌てて手のひらの上に乗せる。

 くたびれて眠るようにアレスタの両手の中におさまった彼女は見るからに元気がなく、小さく丸まって自分の体を抱きしめていた。

 それでも気がかりだったのはアレスタの体のことだったらしく、彼女は今にも死んでしまいそうな自分の状況を顧みず、弱々しく微笑する。


「ソッカ、ヨカッタ……」


 嬉しそうに言い終えると満足した様子でアレスタを見上げ、手のひらの中で彼女はふらふらと立ち上がる。

 よろめいて倒れそうになった彼女を、アレスタはとっさに立てた親指で支えた。


「クルシクナッタラ、マタヨンデ」


 しがみつくように親指へ寄りかかりつつ、そう言い残した彼女は蝶のような四枚の羽を広げると、大きく羽ばたいて浮き上がった空中で光となって消え去った。

 けれど手のひらに残されたぬくもりがアレスタに教えてくれている。

 それは幻覚であるはずがない。白昼夢などであるはずがない。


「……まさか、今のが妖精?」


 妖精、それは聖なる存在だ。

 人が多い場所には滅多に姿を見せないという、自然の精霊。

 長らく田舎で暮らしていたアレスタでさえ一度も実物を見たことはなかったけれど、自分の目の前で魔法のように姿を消してしまった彼女が妖精に違いないという不思議な確信は、もはや誰に言われるまでもなく胸に生じていた。





 すっかり風邪が治ったアレスタは消えてしまった妖精に感謝しつつ、そのことについて相談と報告をしたいこともあり、勢いよくベッドから飛び降りると部屋を出て一階へ急いだ。

 あまりに慌てすぎたせいか、階段の途中でつまずいて前向きに一回転して腰から床に衝突したが、痛みと涙は我慢する。

 立ち上がって、まるで何事もなかったかのようにイリシアの前へ直行した。


「いいですか、アレスタさん。ドタバタと暴れないでください」


「すみません」


 ところがアレスタを待っていたのは歓迎ではない。真剣な顔をしたイリシアの説教だった。

 まるで小さな子供をしつけるように手を頭に乗せられてしまったので、心が浮足立っていたアレスタは反省とともに落ち込んだ。


「……いや、待ってください。それどころじゃないんですよ、イリシアさん!」


「そうですね、それどころじゃないですね。部屋に戻って寝てください」


 心底呆れたように椅子から立ち上がったイリシアはアレスタの背後に回りこみ、両手で背中を押して部屋に戻そうとする。


「……そうじゃなくてですね、とりあえず俺の話を聞いてくれませんか?」


「はいはい、とにかく部屋に戻りましょうか。話ならベッドで聞いてあげますからね」


 アレスタの話は右から左に聞き流しているところを見ると、まさか彼女はアレスタのことを聞き分けのない子供か何かと勘違いしているのではないだろうか。

 だが彼女の年齢はアレスタとそう変わらないはずである。

 自分も頼れる仲間として情けなく思われたくないのもあって、振り返ったアレスタは強がって言い張つ。

 やはりイリシアからは対等に思われたいのだ。


「実はですね、もうすっかり風邪が治ってしまいまして。元気なんです」


「これだから病人は……」


 ところがまるで信用されず、ため息をついて頭を抱えられた。

 どうやら病人の戯言と思われているようだ。

 それも仕方ないと思ったアレスタは右手で自分の前髪を上げると、言葉の代わりに無防備な額を突き出す。論より証拠というわけだ。


「そんなに疑うなら触ってみてくださいよ」


「む、確かに熱が引いていますね」


 渋々といった様子で手を伸ばしたイリシアだが、すっかり熱が引いているアレスタの額に触れたところで表情を変えた。

 わずかな時間で風邪が治ったという話も嘘ではないと理解したのだろう。

 そんなことがあるだろうかと不思議そうに首を傾けて考え込むと、しばらくして、悩みながらも上目遣いに尋ねた。


「……もしかして治癒魔法ですか?」


 それはやはり、何かを期待したような目だ。

 ここで「違う」と言ってしまえば彼女を落胆させてしまうと思いつつ、当然ながらアレスタには嘘が付けない。


「いや、治癒魔法とは違うんです。どう説明したらいいのか自分でもよくわかっていないんですけど、どこかからやってきた優しい妖精が俺のことを助けてくれたみたいで」


「よ、妖精?」


 さすがに妖精なんて言葉が出てくるとは想定外だったのか、まるで熱にうなされて幻覚でも見たんじゃないかと言いたげな顔をするイリシア。

 そう言いたくなる気持ちは実によく理解できるが、実際にそう言われてしまうと傷ついてしまうので、何か言われてしまう前にアレスタは先手を打つことにした。


「はい、ちょうど手のひらに収まるくらいの小さな妖精でした。たぶん女の子だと思うけど、彼女が俺の風邪を吸い取ってくれたんだと思います。でも治癒魔法とはちょっと違うみたいで、俺の代わりに病気の苦しみを引き受けてくれた感じがしたんですよ」


「なるほど、そうでしたか。妖精が、病気を……」


 馬鹿正直に説明したところで信じてはもらえず、ことによると馬鹿にされてしまうかもしれないと思って身構えていたけれど、意外にもイリシアはアレスタの言葉にすんなりと納得した。


「イリシアさん、もしかして何か知っているんですか?」


「いえ、何かを知っているというよりは、個人的に興味があると言ったほうがいいかもしれません。肩代わり妖精だとか、そんな噂話を私も聞いたことがあります」


「肩代わり妖精……」


 つまりあの妖精はアレスタの病気を肩代わりしてくれたのだろうか?

 アレスタの風邪を肩代わりして、お礼も聞かずに消えてしまったのだろうか?

 名前も知らぬ彼女に助けられ、こちらからは感謝も伝えられず、ありがたさや申し訳なさから、もやもやとした感情がアレスタの胸を覆う。


「アレスタさん、本当にもう風邪は大丈夫なのですか? 念のために今日は一日、あまり無理をしないでくださいよ」


「そんなに心配しないでください。もう俺は大丈夫みたいですから。……それよりイリシアさん、その服装は?」


 魔法じみた力で風邪を肩代わりしてくれたという妖精の話は気になるが、かといって、いつまでもイリシアを心配させてばかりでは立つ瀬がない。

 アレスタは話を変える意図もあり、どうしても目に付いてしまう彼女の服装を指摘した。

 落ち着いた印象のある普段の服装とは違い、今の彼女が身にまとっているのはシンプルながらも優雅なワンピースドレスだ。どちらかといえば堅物な印象のある彼女にしては胸元も大きく開いている。

 珍しさもあってまじまじとアレスタが眺めていると、その視線に照れたらしいイリシアが困ったように目をそらした。


「ああ、これですか? マフティスさんが、いつもの地味な服では華がないからギルドにいるときはこの服を着ていろと。なんでも新しくギルドの制服を準備中だそうで、それまでは客寄せを兼ねて少しでも派手な服を着ていたほうがいいんじゃないかということで。……やはり変でしょうか?」


 おかしくないか気にするように服の襟元を指でつまみ、あまり自信がないのか、恥ずかしげに表情を曇らせてしまうイリシア。

 変どころか大変よく似合っていたので、本人を前に面と向かって伝えるには少し照れくさいけれど、彼なりに勇気を出したアレスタは素直に評することにした。


「いえいえ、すごく素敵でびっくりしました。それにしてもギルドの制服ですか。まさかイリシアさんだけに新しい制服を準備しているってわけじゃないでしょうから、近いうちに俺もちゃんとした服を着ないといけないんでしょうか」


「それはそうでしょうね。街の服屋さんで買った今の服装がダメというわけではないでしょうが、今日もマフティスさんはそういうのを準備するために出かけているはずです。見た目や格式といったものにこだわる人ですから、自分も着ることになる制服を決めるとなると時間がかかりそうですけど」


「おしゃれな服じゃなくていいから、シンプルなデザインで活動しやすいものだといいな……。新しい制服が届くまではほんの数日かもしれませんが、イリシアさんもその服だと動きにくいんじゃないですか?」


 尋ねると、くすくすと肩を揺らしてイリシアが苦笑した。


「ええ、まあ、はっきり言うと動きにくいですね。なので依頼があって外に出かけるときは着替えることにしますよ。領主様が通達してくださった特例のおかげでしばらくは騎士の鎧を着用することも認められていますが、そうは言っても騎士団とギルドは別の組織なのですから、制服だけでなくてギルドで着る用の鎧も新調しなければなりませんね」


「そうか、戦うための新しい武装か。いくら素敵でも、その恰好で戦うのはさすがに無理がありますもんね。今後のことを考えれば、俺も安物でいいから最低限の防具くらいは身に着けていたほうがいいのかもしれません」


「忘れているかもしれませんが、魔物や悪人と戦うなら武器もですよ」


「う、うん、そうですよね。武器か。大変だ。なんにせよ今後のことを考えると戦闘の訓練をしないといけませんね……。しばらくは殺気立った危険な依頼がこないといいな」


 護衛や魔物の討伐など、戦闘が必要になるであろう依頼はどうしてもイリシアを頼らなければならないだろう。騎士としての経験がある彼女とは違い、中途半端な治癒魔法しか使えないアレスタは無力であり、たとえ戦場に出たとしても時間稼ぎをすることくらいしか出来ない。

 それらの点についてはイリシアにも色々と思うところがあるのだろう。

 なにやら真剣に悩んでいる様子だ。


「今のところは順調ですが、経営が軌道に乗ってギルドが有名になれば危険な依頼も増えてくるでしょう。始めたばかりで仕方がないとはいえ、今の人員だけで大丈夫でしょうか」


「人数だけでなく練度からいっても不安なのは事実ですけど、ギルドが大きくなれば人員を増やせるとは思いますよ。それに、少しでも役立てるように俺も頑張るつもりですから」


「……そうですね。アレスタさんの成長にも期待します」


「はい、任せてください!」


 いつまでも仲間に頼ってばかりはいられないと、これ見よがしに腕まくりをして見せたアレスタは決意を改めるのだった。

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