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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第一章 治癒の英雄、あるいは不死者の王
15/85

15 城の地下牢

 余計な飾り付けが何もない中庭でアレスタとカーターが戦っていたころ、同じく城の内部に設置されている地下牢にて、低く響き渡る声があった。


「ニック、あとの監視は頼んだぞ。牢獄に入っている人間を見守るだけの簡単な仕事なんだから今度こそしくじるなよ?」


「だ、大丈夫だよ。任せてくれたまえ」


「ニック、頼むからもっと自信を持ってくれ」


 やれやれと言いたげに頭を抱えたのは街を守る騎士の一人で、新入りのころから交友があるニックの同僚である。仕事熱心なことで知られる彼は「アレスタを捕らえよ」という領主の命令に従って、彼らの護衛役でもあったニックとともに、つい先ほどまで気を失っていたサツキを地下牢まで運んできたのだ。

 思い悩んでいるのか、先ほどからずっと浮かない顔をしているニック。そんな彼とは違って厳格そうな騎士は悩んでいるような様子もなく、簡単には外れない魔術的な鍵がかかっている牢に閉じ込めたサツキへと厳しく告げる。


「本命はアレスタだったが、一緒にいる仲間も捕まえろとの命令だ。お前がどこの誰で罪状が何かさえも俺たちには知らされていないが、ここでおとなしくしていろ。何もすることがなくて退屈なら、反省の意味も込めて自分の人生を振り返っておくことだな」


「そうさせてもらおう。生まれた時から一日ずつ、ゆっくりと振り返っておくさ」


「ふむ……」


 まるで反抗する様子がないサツキの素直な返事を聞いて、これなら脱獄の心配はなさそうだと一応の安心を得た騎士はニックに向き直る。


「さて、ニック。お前は本当に大丈夫だよな? 俺は自分の持ち場に帰るが、絶対にこいつを外に出すなよ」


「そこまで馬鹿じゃないよ」


「そこまでの馬鹿だと思われていることを自覚してくれ、頼むから。もしも自覚できているというなら、次こそは失敗しないように努力してくれ。もう俺を含めた他の騎士にお前の尻拭いをさせないでくれよ」


「うん、まあ、努力はするから任せておくれよ」


 同僚からの忠告というよりは懇願にも聞こえたものの、当のニックは話半分に聞き流して相槌を打ち、とぼとぼと地下牢を去る彼の背を見送った。きっとあの騎士の気苦労はこれからも絶えないだろう。

 その不憫な騎士の口ぶりを真似してか、いつもより偉そうな声色でサツキが声をかける。


「さて、ニック。邪魔者はいなくなったな。ほら、ここから出してくれよ」


「……何を言ってるの?」


「何をって、どうにも察しの悪い奴だな。……いいか? ベアマークの領主は帝国でも有名な魔法推進派で、あらゆる分野に魔法のシステムを積極的に取り入れることを公言しているんだ。要するに高度魔法化都市の立役者なんだから、魔法を憎む主義者たちにとっては許しがたい存在に違いない」


「魔法を憎む主義者たちって……ああ、もしかして最近も頻繁に街で事件を起こしている反魔法連盟のこと?」


「そうだ。そいつらが今までになく大きな行動を起こした。いや、まだ事件の首謀者は一人で”そいつら”にはなっていないかもしれないが……。ともかく、これだけ言えば今がどういう状況か十分わかっただろ? ニック、この鍵を開けてくれ」


 そうすることが当然のような口ぶりでサツキが言ってくるので、意表を突かれたニックは少しためらった後で眉を曇らせる。


「それは無理だよ」


「あん? どうして無理なんだよ」


「どうしてって、そりゃ普通に考えたらそうでしょ? 僕にはさっぱり事情がわからないけど、いつになく城内の警備が厳しくなっているんだ。明確な理由も教えてくれないのに君たちを捕縛しろと命じられたこともおかしいけど、みんな人が変わったように領主様の命令に疑問も抱かず従っている。しかも肝心の領主様がどこにいるのか僕に教えてくれないんだ」


「城にいる騎士の連中が何を考えているのかは知らないが、人が変わっちまったようなそいつらとは違って、お前は命令に疑念を抱いているんだろ? 何か普通じゃないことが発生しているっていう予感があるんだろ? だったら自分の判断で鍵を開けろ」


 すべての騎士に対して無差別には使用していないのか、それともたまたま街の外にいたから無事だったのか、サツキが入った地下牢の見張りを命じられたニックにはカーターによる暗示魔法がかけられていない。

 なので他の騎士と違って彼にだけは自分本来の意志があり、命令に反した行動をとることができるのだ。

 けれどニックはサツキの言葉に対して首を縦に振らなかった。


「だから無理だってば。信じられないことに、中に入っている囚人が脱獄を企てた場合には打ち首にしろという命令が出ているんだ。残念だけど僕以外の騎士をなめたらいけないよ。数人がかりで挑んでも、たった一人の騎士を相手に負けることだってある。頑張ったって僕らには勝ち目がないよ」


 それが絶対の事実であるかのように断言する彼が指摘する通り、失敗ばかりしているニック以外の騎士は強いだろう。剣の腕が立つだけでなく、それぞれに得意な魔法を駆使して全力で襲いかかってくるはずだ。

 しかし騎士を引き合いに出されたところで動揺しないのは、かつて帝都に反旗を翻した経験を持つサツキである。

 すっかり諦め口調でいるニックを励ますように食いかかる。


「だけど、ニック、ここにいる俺たちのことは別にしても、このままじゃ領主や街が危険かもしれないんだぞ? 今この時に動かないで、お前はいったい何を守るつもりだ」


「そうは言われてもさ、肝心の反魔法連盟が何を考えているのかはっきりするまでは動くことも出来ないよ。少しでも逃げ出す素振りを見せたら囚人はその場で切り殺せなんて、こんな恐ろしい命令、普通じゃまず絶対にありえない。だから状況が沈静化するまで、今はチャンスを待つしかないよ」


「チャンスなんて自分の力で作るもんだろ。おとなしく待ったところでいつくるんだ?」


「それはまだわからないけど、でも僕は騎士なんだ。どんなに不服な命令であれ、それには従わなくちゃならない。自分勝手な意思で命令に抗うことが許されてしまったら、みんなで協力して街の平和を守ることなんてできないからね」


「ニック……」


「わかってほしい。騎士の名にかけて、僕は君もアレスタも、このベアマークも絶対に守る。いつものベアマークをね。だからこそ危険を冒すことはできないんだ。周りのみんながおかしいからこそ、せめて僕がしっかりしなくちゃ」


 状況がわからない以上、身勝手な行動は慎む。

 与えられた命令は疑わず、ひとまず事態の趨勢を見守る。

 そう言ってうつむくニックに、サツキは今までの流れを無視して声をかけた。


「ほら、ニック。いつまでも馬鹿なこと言ってないで早く牢の鍵を開けろよ」


「うう……。だからぁ、僕はこれでも騎士なんだってば。どんな状況であろうと、自分の判断や感情だけで上からの命令を破ることはできないんだ。もし見回りの騎士が来たとき、牢の中に誰もいなかったら?」


「そんなもん逃げちまえば関係ないだろ。地下牢の外にさえ出られれば、そのまま俺は自分の力で城の外まで逃げられる」


 全く臆することなくサツキが答えるので、そんな馬鹿なと驚いたニックは大声を上げた。


「逃げれば問題ないって、それじゃあ君を逃がしてしまった僕が大変な目に合うじゃん! それに君たちだって、このままだと自由に外を出歩けないんじゃないの? ここから逃げるだけじゃ解決にならないよ」


「だったらこの状況を作り出した反魔法連盟の策謀を止めりゃいいだろ。疑いを晴らせば何もかも解決する」


「かもしれないけどさ……」


 理屈ではその通りだ。けれど自分には何もできそうにないと、無力感に包まれたニックは悔しげに顔を歪める。

 そこへ、なにやら慌しく近づいてくる一人分の足音が聞こえてきた。


「おや、誰かと思えばニックではないですか。どうしてこんなところにいるんですか?」


「それは僕の台詞だよ。イリシア、どうして君がここに?」


「アレスタさんの仲間が捕らえられたと聞いて、一体どういうことかと様子を見に来たんです。ここに来るまでにも何人かに話を聞いたのですが、あまり要領を得なかったので。うまく言えませんが、みんなの様子がおかしいのです。まるで何者かに操られているような……」


「よかった、おかしいと感じているのはイリシアもだったんだ。それは僕も感じたよ。どうやら何か大変なことが起きているのはわかるんだけど、何がどうしたんだろう? みんなはアレスタ君を捕らえるように領主様が命じたっていうけど、その領主様には会わせてもらえないし……」


「そのことですが、私は領主様を探しにきたんです」


「え? どういうこと? ここは牢獄だよ?」


「あなたじゃないんだから知ってますよ。うろうろしていて、ここが地下牢と知らずに迷い込んできたわけではありません」


「じゃあ、なおさらどうして? 僕より先に領主様が来ているなんて聞いてないけど……」


「……だから、そのことですが」


 自信なさげにニックが問いかけると、キョロキョロと周囲をうかがいながらイリシアは声を潜めた。どうやら他の人間に聞かれてはまずい話らしい。


「領主様は地下牢に閉じ込められている可能性があります」


「……え?」


「あくまでも可能性の話ですが。私にも会ってくれないのはおかしいです。執務室にいないからと探してみれば誰も行き先を知らず、どこに行ったかの書き置きもなく、領主様専用の呼び鈴を鳴らしても反応がありませんでした」


 あまりのことに絶句したニックが返事をできずにいると、どちらも言葉を継げずに会話が止まってしまった二人の横からサツキが口を挟む。


「事情があって具体的には言及できないが、俺もその意見には賛成しておくぞ。すでに殺されていると想像するよりは希望が持てる見解だ」


「安心してください。少なくとも殺されてはいないはずです。各地の領主はその地位に就く際に特別な魔法を施されていて、離れていても帝国政府が生死を把握できるようになっているそうですから。犯人が誰であれ、いたずらに帝国政府を敵に回したくはないでしょう」


「今はまだ、な」


「……否定はできませんね。だから私も急いでいるのです」


 わざわざ地下牢にまで足を運んできた彼女が本来の任務を離れて独自の行動を起こしているのも、不測の事態に直面して焦っているからこそだ。冷静に見えて、その実は感情が先走りつつあるのを否定はできない。

 本来なら自分の行動を支持してくれる味方を集めたい場面であるものの、どういうわけか他の騎士は誰一人として状況に違和感を抱いておらず、どれほど熱心に事情を説明しても彼女の話が通じない。

 なのでイリシアも独断行動をとらざるを得なかったのだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ! それが本当なら緊急事態じゃないか!」


「こらニック! 騒がない! 緊急事態だからこそ私がこんなところまで来たんです。……そういえばあなたはアレスタさんたちとずっと一緒にいたんですよね? 何か原因に心当たりは?」


「う、うーん……」


 ニックは何も答えられずに首をかしげているが、まず間違いなく、街に入ったカーターが動いているのだろう。

 世界規模の犯罪組織として活動する反魔法連盟の幹部であり、かつては帝国で一番精強な騎士団が守る帝都で大規模な反乱を起こした人間だ。十年の潜伏期間を経て魔力を完全に回復したカーターが本気を出せば、こんな地方の都市一つ、簡単に落とせるだろう。

 そう考えるサツキだが、魔法とともに一部の情報について口にすることを制限する刻印があるため、教えたくても声に出すことはできない。

 もどかしくも冷静に、牢獄の中からイリシアたちの行動を見守る。


「私としても何か確証があるわけではないですが、城にいた人間や騎士団の関係者を対象として強力な魔法が使われたのは確実でしょう。いつもとは違う皆の様子を見る限り、おそらく精神操作系の魔法だとは思いますが、誰が何のために使っているのかまでは……」


「精神操作か……。もしそうだとして、イリシアは大丈夫なの?」


「こうして自由に動けていることから考えれば、おそらくは大丈夫なのかと……。実を言うと、私の精神果樹園に何かが入ろうとする気配を感じたんです。とっさに魔法を使用して追い払いましたが、間に合わなければ私も操られていたかもしれません」


「そうなんだ? 僕の精神果樹園は闇に包まれていて真っ暗だから、何かが入り込んでいたとしても気付かなかったのかな」


 と、首をかしげてつぶやいたニックの声は耳に入っていなかったらしく、黙って聞いていられなくなったサツキはイリシアに問いかけた。


「ちょっと待て、今、お前は何と言った? 魔法を使用して追い払ったっていうのか? たまたま狙われていなかっただけじゃなくて?」


「そうですが、何か?」


「何かって、お前……」


 カーターの暗示魔法は強力だ。対抗できるとすれば、同じくらいに強力な魔法でなければならない。

 もともとの魔法適正が高ければ魔法で防御するまでもなくカーターの暗示魔法は通用しないが、それが可能なのは帝都の騎士団くらいだ。

 普通の騎士が暗示に抵抗できるとは思えない。


「あえて隠しているってんでなければ教えてもらいたいんだが、お前の魔法は?」


「高速化魔法です。ある程度は魔法の強さを変えられるので、決戦に備えて魔力を温存するため今は弱めていますが」


「……高速化魔法? ただの速度上昇魔法で?」


 微弱だが、よく見れば彼女の体は魔力を帯びたオーラに包まれている。

 魔法封じの刻印を熱くしながらサツキが目を細めると、確かに身体能力を向上させる魔法が発動しているのを感じた。

 ただ、それ以上はよくわからない。

 やはり単純に彼女が優れた魔力や魔法適正を持っているだけなのだろうか……と考えたサツキが難しい顔をしていると、ニックとイリシアはあまり時間がないことを思い出したらしく、会話を切り上げた。


「それより、どうなの、イリシア? さらに奥の階層へ続く扉が開けられれば、領主様から直接話が聞けるかもしれないけど」


「ううむ、駄目ですね。やはり普通の騎士には開けられないようになっています。幹部クラスの騎士でないと、これ以上は……」


「そ、そっか……。そりゃそうだよね」


 がっくりと肩を落とすニック。こうなっては手詰まりだ。何者かに操られている以上、他の騎士に尋ねても教えてはくれないだろう。

 一人で考えていても答えは出ないと諦めたのか、ふん、と鼻で笑ったサツキが自分の入っている牢獄の鉄柵を手の甲で叩く。


「なるほどな、それはなんとも警備が厳重で頼もしいことだ。願わくば今の状況にも予防線が張られていれば苦労せずに済んだんだがな」


「そう言わないでください。本来はベアマークに対する多種多様な魔法攻撃から市民を守るため、魔法的な防衛手段を強化するための高度魔法化都市計画でもあったのですから。この計画が認可されるまでは都市の魔法使用に大幅な制限があり、領主様の判断で勝手に魔法的な防御を高めるわけにもいかなかったのです。騎士に強力な魔道具を装備させたり、魔法の専門家を集めて研究施設を作るなどの行為も規制されていたのですから。それを少しでも破ってしまえば、帝国政府への反逆を準備しているんじゃないかと疑われかねなかったので……」


「それがこのざまか……。やはりどの国もでかくなった政府はろくなことをしないな。まあ、治安維持のことを考えれば魔法による反乱を防止することが国の方針として間違っているとまでは言えないが」


 なにしろサツキもまた十年前の反乱に参加した人間の一人である。彼なりの事情や目的があったとはいえ、魔法技能のある個人が徒党を組んで反旗を翻しただけでも帝都が少なくない打撃を受けたのだから、各地の都市が高度に魔法化することを帝国の中央政府が警戒するのは当然だ。

 ベアマークの領主であるヴェイルードは善人に見えるが、すべての領主がそうであるとは限らない。たとえ現在の領主たちが一人の例外なく帝国政府に忠誠を誓っていても、未来の彼らが変わらずそうである保証もないのだ。

 魔法に限らず、力を持てば野心は生まれる。

 反魔法連盟が誕生した根本の原因も、おそらくそこにあるだろう。

 自分以外の人間が持つ力を制限したいのだ。


「とにかく、こうなったら領主様が地下牢の奥に幽閉されているという前提で行動するしかなさそうですね。周りにいる騎士たちの助けを借りられない以上、この場にいる私たちで対処するしかありません」


「えっ」


「何ですか、ニック。あなた、まさか腕を組んで傍観しているつもりですか」


 またイリシアに怒られそうになったので、慌てて釈明するニック。

 地下牢で正座はごめんだ。


「そ、そういうわけじゃないけどさ、今は忠実な騎士として命令を守っていたほうがいいんじゃないかな。まだ何か致命的な問題が起きているわけじゃないじゃない? いつもみたいに失敗しないように、おとなしくしていたほうがいいと思うよ」


 実際に歩き出してみて違う道だとわかるよりも、どれが正しい道かわかるまでは分岐路で待っていたほうがいい。簡単には後戻りできない道ならば、なおさらだ。

 そうすることが正しいと思ってニックが答えると、イリシアは大きくため息をついた。


「ニック、あなたは自分の地位を守るために騎士となったわけではないのでしょう? 率先して街の人々を守らなければならないというときに、いつまで馬鹿げた命令に縛られているのですか」


「え、でも……」


「この期に及んで“でも”ではありません! あなたが守りたいものはあなた自身か、それとも違うものなのか、それを今ここで決めなさい!」


「僕が守りたいものか……。そんなの、もちろん街の人々に決まっているじゃないか」


「それでこそ騎士です。あなたの答えを聞いて安心しました。もちろんそのためには命令も大事でしょう。けれど、その命令がいかなるものなのか、それは毎回のように自分でも考えなければ駄目です」


「そりゃあ僕だって今回の命令は何かおかしいと思うよ。そもそも命令を出したはずの領主様も見当たらないしね。でもさ、だからって僕たちの一存で勝手な行動はできないんじゃないかな? もし何かの間違いだったとき責任が取れないよ」


 ためらいを隠し切れず、いつまでもうじうじするニック。

 しびれを切らしたのか、イリシアは自身の鎧に輝く騎士の紋章に手を当てた。


「だからこそ騎士としての職をかけるのでしょう! たとえ責任を取る形で騎士でなくなったとしても、誇りを胸に戦うべきときではないのですか!」


「え、けど、イリシアはいいの? だって、この街で何か悪事をやろうとしているらしい反魔法連盟を止めるためとはいえ、一時的にでも領主様や他の騎士たち全員を裏切ることになるんだよ? 彼らを敵に回して僕らが無事で済む保証なんてないのに……」


「ならばあなたは一生ここで! つまらぬ命令を守って地下牢の看守でもやっていなさい!」


「うぐぐ……っ」


 すでに覚悟を決めているイリシアに何も言い返せず、言葉に詰まるニック。

 悔しそうに下唇を噛んで三呼吸ほど悩んでいたが、最後には迷いを振り払った。


「わ、わかったよ。自他共に認める出来損ないの僕が騎士団に入れたのは領主様のおかげだ。だから僕は領主様に恩義がある。その領主様に危機が迫っている可能性がある以上、見て見ぬふりをして黙っているわけにはいかない。……イリシア、僕もやっぱり行く!」


 そう答えた瞬間、まさしくその答えを待っていたとばかりにサツキが手を叩いた。


「よし、だったら俺も連れていけ。あいにく城の中では魔法を使えそうにないが、お前たちを邪魔する人間の足止めくらいはできる。仲間は多いほうがいいだろ?」


「……あなたを?」


「不服か?」


「……いえ、そんなことはありません。わかりました。こんな状況ですから、あなたにも協力を頼みます」


 考えた末にイリシアはサツキが入っていた牢獄の鍵を開けることにした。積極的に手伝いこそしなかったものの、今度はニックも反対しなかった。

 今は仲間が必要だ。ほとんどの騎士が何者かに操られているとすれば、たった二人だけで立ち向かえるとは思えない。敵の強さも規模もはっきりとわかっていないのだ。

 もっとも、素性の知れなさでいえば閉じ込められているサツキも同じであり、無条件で協力してくれるらしい彼がどこまで信頼に値する人間なのか彼女たちは知らないのだが。

 領主様は確か、アレスタさんと一緒にいた彼のことを辺境魔法師と呼んでいたはずだけれど――。

 そう思いつつ彼を外に出した瞬間、地下牢の入り口から声が響いてきた。


「ほほう? これはこれは、何をしているのかね、君たちは?」


「マフティス隊長……」


「誰だ?」


「私の所属する部隊の隊長です。話を聞いてくれる相手だといいんですが」


 いつも偉そうにしていて、頭ごなしに命令を口にすることも多く、部下の話を真剣には受け止めてくれないタイプの人間だ。

 日ごろから積もり積もった不満や苦手意識が顔に出ていたのか、露骨な警戒心とともに反抗的な目をするイリシアの姿を見たマフティスは冷たく言い捨てる。


「ふてぶてしくも脱走を企てる罪人が一人、そして彼を手助けする反逆者が二人。見てしまったからには無視することもできん。合わせて三人、直ちに排除せよとの命令だ」


「それは誰の命令ですか?」


「もちろん領主様の命令だ」


「領主様が私を殺せと?」


「そうだとも。イリシア、悪く思うなよ」


 そう言ったマフティスはためらいなく腰の剣を抜いた。

 いくら彼が横柄なところのある騎士だとしても、さすがに部下を相手にいきなり剣を抜くことはしない。どうやら彼も正常な判断能力をなくしており、この事態を引き起こした何者かに操られているらしい。

 そう感じ取ったイリシアは覚悟を決めた。


「常々、思っていたんです」


「何を?」


「私の出世はもう少し早くてもいい、とね」


 実際、それはすぐに証明されることとなる。

 殺さずに彼を無力化したイリシアの実力によって。

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