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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第一章 治癒の英雄、あるいは不死者の王
13/85

13 話は長い、だが仕事

 なんとか無事に騎士たちの包囲から逃げ出せたアレスタ。まずはサツキに言われた通り、急いで雑貨屋へ向かうことにした。

 現時点では他に行く当てもなければ、のんびりと寄り道している場合でもない。あの場で気を失ったサツキがアレスタの代わりに捕まっているのだとしたら、窮地にある彼を助けるためにもなんとかしなければなるまい。

 単なる投獄で済めばいいが、最悪の場合には処刑もあり得る。

 間違っても道に迷ってしまわないよう、記憶を頼りに雑貨屋へと急ぐ。


「失礼します!」


 古びているせいで重く感じる扉を押し開けて中に入ると、やはり雑貨屋は昼間から薄暗く、何が出てきてもおかしくないような怪しい雰囲気に満たされていた。

 どうやら今は一人の客もいないらしく、やるべき仕事もないのか、店主のオーガンは奥にあるカウンターで暇そうに頬杖をついている。

 ここまで休むことなく全速力で走ってきたこともあってアレスタの呼吸は乱れていたが、それでも最後のひと踏ん張りだと気力を振り絞り、彼の前へと駆け寄った。


「あの、すみません! サツキさんから何か聞いていませんかっ?」


「は、サツキから? もしかして水なしで魚を育てられる空気水槽の話か? 面白そうだから高額でも買いたいって言っていたが、あれはあれで珍しい一品だから手に入れるのにはまだまだ時間がかかるな……」


「すみません、違います!」


 こちらの事情を知らないから無理もないとはいえ、やけに落ち着いている彼が無関係な話をしているうちにアレスタは息を整える。

 それにしても、まさかアレスタがそんな話をするために慌てて駆け込んで来たとでも本気で思っているのだろうか?

 だとしたらアレスタは相当の変わり者だが、あまり強く否定はできない。世間知らずなのは自分でも認めているのだ。


「じゃあ何だよ? ……自動でスイカの種を取ってくれる魔道具か? あれは便利だけど焼き魚の骨までは取ってくれないぞ」


「違います。あまりに違いすぎて落ち着いてきました。ずばりカーター、俺の育ての親に関わる話です!」


 その一言は彼に効力があったのだろう。

 今までふざけていたオーガンは突如として真剣な顔つきに変貌した。

 あまり大声では言えない話なのか、こそこそと周囲をうかがうように身をかがめて声を潜める。

 用心深く細めている目はきらめき、まさしく商売人のものだ。


「……ほほう。だがその情報、高くつくぜ?」


「か、金を取るんですかっ?」


 思わず声に出た。

 この雑貨屋へは助けを求めて、サツキに言われるまま逃げ込むようにやって来たアレスタである。

 もちろん手持ちの資金はない。


「アホだな、お前は。どうしてお金がいることに驚いているんだよ。何事にも相応の対価を支払う必要があるのは当たり前だろ? これでも俺は裏社会では有名な、ベアマークで一番の腕利き情報屋だぞ。サツキからの紹介がなけりゃ、お前には正体すら教えないような男なんだからな」


「あなたが、この街で一番の情報屋ですって?」


 つまり普段は切れ者であると必要以上に警戒されないように、わざと道化を演じているに過ぎないのだろうか。


「ただの情報屋じゃないぞ、一流の情報屋だ。特に変わった雑貨の情報には強く、あらゆる筋のコレクターから重宝されている。便利な魔道具にも興味はあるが……残念ながらそっち方面の在庫は少ない。便利だからといって違法なものを所有していると、危険人物として騎士に目をつけられてしまうからな」


 そう語る彼は楽しそうだ。裏の顔は非合法な情報屋であるようだが、表の顔である雑貨屋も本来の姿なのだろう。

 悪い人間ではない。おそらく情報は信頼できる。

 とにかくアレスタは話を先に進めることにする。


「お願いです、どうか協力してください。事情はよく分からないんですけど、俺を逃がしてくれたサツキさんも街の騎士に捕まってしまったんです。急がないと、どうなるか……」


「ふうん、サツキがねぇ……」


 あまり驚いた顔もせずに腕を組んで考え込んだオーガンだが、しばらくすると嬉しそうに口元をゆがめた。


「そうだな。ここで領主や騎士団に恩を売っておけば、今後は今まで以上に便宜を図ってもらえるかもしれん。それに、あのサツキに貸しを作っておくのは気分がいい。……今回だけは特別だ。アレスタ、お金はいらない。気が済むまで話を聞いていけ」


「ありがとうございます!」


「よし、だったらまずは最初に確認しておきたい。お前はカーターについてどれくらい知っているんだ? 知っていることを繰り返しても仕方がないだろう。俺の口が疲れるし時間の無駄だ」


「カーターについて、ですか……。えっと、今から十年前、身寄りのない捨て子だった俺を引き取ってくれて、それ以来ずっと二人で暮らしてきたんです。特に語るようなこともない、平凡だけれど幸せな毎日でした。だから、カーターについて知っていることと言っても……」


「それ以前の記憶は?」


「十年以上前のことは覚えていないんです。事故にでも遭ったのか、俺にはカーターに拾われる前の記憶がありません。興味があっても教えてもらえなかったから、カーターの過去も知らなくて」


「だろうな」


 納得した様子でオーガンは深く頷いた。なんでもお見通しと言いたげな雰囲気だ。

 何か知っているなら教えてほしいと、アレスタは首をかしげて説明を求めた。

 すると、本当に知っているのか彼は少しだけ話しづらそうにする。


「……アレスタ、どうか驚かずに聞いてくれ。お前の育ての親であるカーターは今も反魔法連盟の一員であり、お前と出会った十年前には組織で幹部を担っていたほどの男だ。こういう言い方をすると語弊があるかもしれないが……。はっきり言えば世界レベルの悪人だよ」


「反魔法連盟の幹部ですって? カーターが? そっか、そうだったんだ……」


「いや待て、本当に驚かずに聞いてどうする。こんな場所で取り乱されても困るがな、すんなり納得されても教えてやった甲斐がないだろ。裏社会で活躍する情報屋として、そこはもっと驚いて欲しかったぞ」


 期待した反応ではなかったらしくオーガンは不服そうに肩をすくめるが、衝撃的であったとしてもアレスタにとっては納得のいく事実だったから驚きようもない。

 ひょっとすると、そうなのではないか。

 ここ最近は誰に問われるでもなく、自然とそう思っていたくらいだ。

 思えば昔からカーターは異常なほどに魔法を嫌っていた。一緒に暮らしていたアレスタの目から見ても、魔法や魔法使いの存在を必要以上に憎んでいた。

 だからこそ世界から魔法を消し去ろうと考えるのも、人の道を踏み外して反魔法連盟の一員になっていたのも、残念ではあるが不思議なことではなかった。もちろん過激で非合法な活動を実際に行っていたとすれば、義理とはいえカーターの息子として育てられたアレスタとしても、絶対に許容できるものではないが。


「だけど俺には反魔法連盟のことなんて何も教えてくれなかったんですが……」


「事情が事情だったからな。お前には隠しておこうと思ったんだろう」


「隠すような事情があったんですか?」


 それはなんだろう。ゆっくり考えようとしたが、その時間はない。

 隠されていた事実をかみ締めるための時間がほしいと思ってしまったのは、たぶんアレスタの甘えだろう。


「アレスタ、お前は単なる捨て子じゃない。誰かに捨てられたんじゃなくて、カーターが帝国から奪い取ったのさ。帝国政府に対する人質として、すなわち取引材料としてな」


「え……」


 突拍子もない話だ。

 意味がわからず沈黙してしまったアレスタの思考は停止した。

 当たり前だろう。すんなり理解できるほうがどうかしている。

 アレスタはさらなる説明を求め、オーガンもそれに答える。


「少しばかり長くなるが、話は十年前にさかのぼる」


 わざとらしく前置きした彼の言葉に意識を集中させ、アレスタは耳を傾けた。

 ひとまず今は最後まで聞いてみることだ。物事を深く考えるのは、すべての話を聞いた後からでも遅くない。

 少しばかり長くなるとの前置き通り、ゆったりと椅子に背を預けた彼は腰を据えて口を開く。


「お前に最近かかりっきりのサツキにも表沙汰にならない過去がある。カーターを中心とした反魔法連盟の急進派とともに行動した過去がな。魔法使いを滅ぼすなんていう危険思想を持っている彼らとは別の理由だったが、帝国政府に対して攻撃を仕掛けたことがあるのさ。十年前の帝都襲撃事件だな」


 それがカーターとサツキを繋げていた縁らしい。

 ただの知り合いではなく、かつて、ともに帝都を襲撃した仲間同士だという。

 しかし純粋な仲間というわけでもないらしく、二人の目的はそれぞれ別にあったようだ。

 あの優しそうなサツキが帝国政府に対して攻撃を仕掛けたというのは信じられない話だったが、ここではアレスタも相槌を打つにとどめる。

 何を判断するにも、まだ情報が足りない。


「戦場となった帝都では市街地を含めて激しい戦闘があったものの、直接衝突した騎士や主義者以外に犠牲者はなく、無関係な市民は事件に巻き込まれなかったようだな。とはいえ帝都襲撃など打ち首も当然の反逆行為であって、法律的にも人道的にも決して許されることじゃない」


「それはそうでしょうね」


「だがアレスタ、カーターたち反魔法連盟の人間はともかく、俺は少なくともサツキには同情しているんだ。もしあいつと同じ境遇にあったなら、俺も……」


 何かを言いかけたオーガンだったが、本筋には関係ないと思ったのか、中途半端なところで口を閉ざす。

 やがて、サツキに対する同情はなかったように淡々と説明を再開した。


「その後、帝都襲撃事件は公式的には騎士団の勝利で終結した。ただし、とある密約のおかげでサツキの罪が問われることはなかった。罪の代償としてサツキの魔法と、あいつが知っている機密事項に関する発言を魔術刻印によって封じられはしたが、それだけで許されたのさ。同じく帝都襲撃に参加した反魔法連盟のメンバーは、幹部であったカーターをはじめとする全員が指名手配されたにもかかわらず」


 故に、と言ってオーガンは続けた。


「帝都の騎士団に魔法封じの刻印を施されたとはいえ、結果的にサツキは一人だけ無罪放免となったわけだ。ともに戦った反魔法連盟の主義者たちからしてみれば、裏切られたようなものだろう。サツキが彼らに恨まれていたとしても無理はない」


 それがカーターとサツキにまつわる因縁。

 しかしカーターはサツキのことを頼れる知り合いだと言っていた。結果的に裏切られるような形になってしまったが、必ずしも憎しみや恨みだけが残っているわけではないのだろう。

 もっと詳しい説明を求めたが、彼は気まずげに答える。


「残念だが、十年前の帝都襲撃に関しては説明も以上だ。裏では名の知れた情報屋である俺も、この件について詳しいことは何も知らないことになっている。でなければ国家機密、情報隠滅のため命を狙われてしまいかねないからな。特別に許されたサツキと違って俺は帝都の騎士に殺されても不思議じゃないのさ」


 申し訳なさそうに付け加えたオーガンではあるが、口ぶりから判断する限り、実際には詳しい事情を知っているに違いない。

 とはいえ、ここで無理に口を割らせて彼の命が狙われるようになってほしいとまではアレスタも願わない。

 彼の言い分を信じて、十年前の件について深く尋ねるのは我慢した。


「ともかく、十年前に帝都を襲撃した反魔法連盟には甚大な被害が出た。早い話が、主義者の大部分が騎士に殺されたんだ。かろうじて生き残った主義者は再起を狙って国内外の各地に逃亡したが、そのうちの一人であったカーターは帝国政府の目が届きにくい辺境まで逃げたのさ。そしてカーターは次なるテロ計画が実行される日まで、おとなしく身を潜めることにしたらしい」


「おとなしく辺境で身を潜めることにしたって、つまりそれは……」


 言いかけて、アレスタは最後まで言い切ることが出来なかった。

 なぜならアレスタが帝国の片田舎で過ごしてきた十年、つまりカーターと二人で穏やかに暮らしていた今までの十年間は、次なるテロ計画のための潜伏期間でしかなかったと言われたに等しいのだから。

 すなわちそれは、まやかしの平穏に過ぎない。

 またそれは、偽りの親子関係だったとさえ言える。


「アレスタ、お前は帝都の地下にあった研究施設に匿われていた子供だったんだ。十年前の襲撃の際、それをカーターが発見して確保したらしい。襲撃者から隠すほどだから、帝国にとって重要な存在であるに違いないと考えたのだろう」


「帝都の研究施設から……」


「そうだ。ところが眠りから覚めても記憶はなく、魔法も使えず、お前が帝国政府にとってどういう意味を持っている人間なのかわからなかった。しかし、そうは言っても政府が隠してまで守ろうとした少年だ。きっと何か重大な秘密があるはずだと考えたカーターは自分に従順な子供として育てることで、しばらくは手元にとどめておくことにした」


 そして導かれる一つの結論。


「だからアレスタ。十年間お前を育てていたのはカーターの愛情ではなく……」


 柄にもなく、アレスタの心情を思いやってくれているらしいオーガン。おそらく憐憫の情から来るであろう気まずげな表情は優しさでもあり、悲劇的な真実を聞かされて胸が苦しくなったアレスタには救いにもなった。

 けれどアレスタは自分の口で答えなければならないだろう。

 それを受け入れ、そして、乗り越えるために。

 毅然とした口調を意識して、無感情で事務的のようには聞こえないくらいの調子でアレスタは答えた。


「俺を育ててきたのは、きっと、失敗した襲撃作戦の首謀者としての責任から来る罪悪感と、帝国に対する復讐心」


「……そういうことだ。そしてその責任と復讐は、ようやく最近になり、ついに果たされることになっていた」


 それは、いかなる行為によって果たされようというのか。

 嫌な予感がしてはっきりと尋ねることが出来ずにいると、精神的にショックを受けたアレスタが動揺して言葉を失っているとでも思ったのか、気難しい顔をしながら彼は答えた。


「ベアマークでは数日に渡って記念祭が開催されているが、本来はそこに合わせて帝国内の主義者が示威的なテロを実行する予定だったらしい。何よりも魔法の存在を憎んでいる反魔法連盟にとって、ベアマークが政策によって高度に魔法化されること、そしてこの街の領主が帝国でも名の知れた魔法推進派だったことが気に食わなかったんだな」


 思い出すのは記念祭の最中に発生した大通りでの出来事。パレードを襲った魔物騒動だ。

 ならばあれは偶然発生した事故ではなく、反魔法連盟によって仕組まれた事件だったとでもいうのか。

 本来ならば主義者により、もっと過激なテロ行為が計画されていたのか。


「アレスタ、ついでに教えておこう。カーターはベアマークでテロを実行するのに先立って、お前のことをサツキに引き渡すつもりだったらしいぜ。なにせ反魔法連盟では十年前の襲撃に失敗した時点から、帝都の研究所で育てられていたお前を憎んで生かしておくことに反対する人間も多かったようだからな。それを危険視していたサツキが新しいテロ計画を察知して、お前を引き取ることを申し出たらしい」


「……サツキさんが?」


「あいつはひねくれているから本人は否定するだろうがな。ともかく、それは成長したお前のことを持て余していたカーターにしても都合のいい話だった。かつてともに戦ったサツキを今回のテロ計画に誘う手土産にするつもりもあったんだろう」


 ところが、水面下で秘密裏にテロ計画を進めていた彼らにとって予想外のことがあった。

 それはつい最近の出来事。アレスタにも関係のある話だ。


「だがカーターにも誤算があった。他の主義者と計画のために連絡を取っていたところを察知され、帝国辺境の隠れ家を特務部隊に襲撃されてしまったわけだ」


「つまり森で俺を追っていた帝国軍の特務部隊の本命は、どちらかといえば俺ではなくカーターだったってことなんですか?」


「そうさ。帝国にとっての敵はあくまでカーター。お前は単に極秘の研究施設から盗まれた子供だ。しかも今じゃ身寄りもない。ちなみにここ数日、お前がのんびりと過ごせていたのには当然ながら理由がある。帝国政府と密約を交わした辺境魔法師であるサツキが保護者になったことも理由の一つだが、一番には治癒魔法を使った痕跡が認められたからだ。つまり性急に殺すよりも、しばらく生かして様子を見ることを優先したのさ。特務部隊を指揮していた帝国中枢の判断によってな」


「サツキさんに助けられたことはもちろん、治癒魔法を使えたから俺が追われなくなったと言うんですか?」


「そうだな。反魔法連盟を取り締まるために組織された特務部隊だが、本来なら彼らは十年前に奪われたお前のことも殺すつもりだった。事情は知らんが、お前には俺にさえうかがい知れない重大な秘密があるんだろう。だから情報が漏洩するくらいならばと、お前を殺して証拠を隠滅しようと企んでいた」


「証拠隠滅……」


「しかし世界でも珍しい魔法である治癒魔法を使えたおかげで、お前には存在する権利と理由が与えられたらしい。現時点では効果が限定された低級の治癒魔法であれ、いつか上級魔法も使えるとなれば、世界の覇権を確かなものにしたい帝国政府にとっての重要度が増したのさ」


 それが一体どういう意味を持つのか、今のアレスタには知りようもない。

 ただ、漠然とした不安がアレスタの胸を覆ったことだけは隠しようのない事実である。

 そんなアレスタの心配を加速させるように、情け容赦のないオーガンの言葉が続く。


「かつて世界に計り知れない影響を与えたように、人の生死すら左右してしまう治癒魔法は反魔法連盟がもっとも嫌っている力だ。魔法という不平等な力を認めたがらない奴らは、きっと治癒魔法の存在を許せないに違いない。気をつけろよ、アレスタ。もう帝国軍の特務部隊に命を狙われることはないだろうが、お前は反魔法連盟にとって忌まわしい存在なんだ」


 彼の説明が事実なら、アレスタの命が反魔法連盟に狙われる可能性は高いというわけだ。

 つまりそれは、育ての親であるはずのカーターに命を狙われてもおかしくはないという話だ。


「……カーターは今、何をやろうと考えているんだろう? 俺たちが捕まりかけたってことは、もう何か行動を起こし始めているのかな?」


「よし、アレスタ。なら話はこれからのことに変えよう」


「お願いします」


 覚悟を決めて頭を下げると、再び説明が始まった。

 全部を一度に覚える必要はない。ある程度は聞き流したって構わないだろう。


「カーターは反魔法連盟の幹部だが、世の中の魔法使いを憎んでおきながら、当の本人は魔法が使えるらしい。しかもその魔法が強力で、他者を操ることが可能な暗示魔法だという」


「暗示魔法……」


 もしもカーターの使える魔法が他者を操る暗示魔法だとすれば、ベアマークの南門で騎士に捕まりかけたのも理解できる。

 領主さえも操られているのか、あるいは、騎士たちが領主の命令を受けたと思い込まされているのか。

 どちらにしても脅威だ。立ち向かおうと思っても一筋縄ではいかない。


「ただし、カーターの暗示魔法には弱点が二つある。一つは自分よりも魔力が高い人間には暗示魔法の効果が出ないというもの。しかしカーターは世界規模の犯罪組織で幹部にまで成り上がったほどの優れた魔法使いだ。ほとんどの人間は抵抗することなどできないだろう」


 それは理解できる。

 理論上は同じ魔法でも、使う人間によって威力や効果は大きく変わることがある。使う側だけでなく魔法を受ける側にしても、人によって効き目が大きかったり小さかったりする。

 カーターが使う暗示魔法もそうなのだろう。

 すなわち暗示が効きやすい人間と効きにくい人間がいる。

 もっとも、世界規模で暗躍する反魔法連盟の幹部だったというカーターの魔法が通じない相手は相当に限られているようだが。


「もう一つの弱点は、相手の信念をねじ曲げてしまうほど強い暗示魔法は効果が長続きしないってものだ。つまり、本人の意思に反した強烈な暗示をしたければ、一度だけでなく何度も定期的に魔法をかけ続けなければならないのさ。だから強力な暗示を不特定多数の人間に対して恒常的にかけ続けるのは不可能に近いと言える。誰だって魔力に限界はあるからな」


 そういえばアレスタはカーターと十年間も一緒に暮らしてきたが、一度として暗示魔法にかけられた記憶は存在しない。

 というと、アレスタはカーターよりも魔力が高かったのだろうか?

 いや、どうだろう。暗示をかける意味がないと判断され、無知な子供にすぎなかったアレスタには使われなかっただけかもしれない。

 あるいは、使われたことにすら気がついていないのか。


「で、ここからが本題なんだが、カーターはその暗示魔法を使って何をするつもりなのかってことだよな」


「はい、それです。それを教えてください」


「いいだろう。ずばり言おう、最終的なカーターの狙いは魔法主義者の一掃だ。そして運の悪いことに、ベアマークの領主は帝国でも有名な魔法主義者である。そのことを嫌っていたカーターは自分の暗示魔法を駆使して、どうやら騎士団にクーデターを引き起こさせようとしているらしいぜ」


「騎士団のクーデターを暗示魔法で引き起こす?」


「そうさ。そしてクーデターを起こした後、残った騎士団と役人たちをカーターが新しい領主として制御する。高度魔法科都市であるベアマークを内側から改造して本格的な防衛都市にして、反魔法連盟の本拠地にするという計画だ。ここを根城にして、帝国内の魔法主義者を消し去ろうとたくらんでいるようだな」


「どうして突然そんなことを……」


「さっきも言ったとおり、先日のことが原因だ。帝国政府にテロ計画を察知され、特務部隊に隠れ家を襲撃されたからだろう。だから予定を早めて行動を起こしたに違いない。要するに焦っているのさ」


「そうだったんですか……」


 複雑な気持ちになったアレスタが目線を下げると、必要なことを語り終えて満足げなオーガンから問いかけられた。


「さて、お前はどうするつもりだ? このままだとカーターが暗示魔法を使用して騎士団のクーデターを引き起こす可能性が高い。そして騎士団の手で魔法推進派の領主を殺させたところで、さらに暗示魔法を使って自分の有利に事態を収拾させたカーターが新しい領主として名乗り出ていくぜ? そうなったらカーターのおかげでベアマークは大混乱だ。しかし事情を知らない市民は彼をありがたがるだろう。ここの領主は市民の人気だけは高いからな。領主の仇をとったカーターは英雄だ」


「どうしたらいいんです? どうやったらカーターの計画を止められますか?」


「さっきも言ったが、領主に対するクーデターなんてふざけたことを忠誠心の強い騎士団に強制するんだ。それほどまでに強力な暗示をかけるつもりなら、カーター自身も騎士たちのそばにいないと効果が長続きしないだろう」


「ということは?」


「城に乗り込んで、どこかに身を潜めているであろうカーターをぶっ倒すことだ。そうすりゃ奴の暗示で操られている騎士たちのクーデターを未然に防ぐことになる。本当なら一人でも多くの仲間が欲しいところだが、相手は暗示魔法を使うカーターだからな。騎士の人間さえ操られている以上、お前が一人で何とかするしかない。ほら、こいつを受け取れ」


「これは?」


 押し付けられるように手渡されたのでアレスタは言われるがままに受け取ったが、それは先端に小さな宝石がついている一本の杖だった。


「頼りなく見えるかもしれないが、一応は護身用の杖だ。剣を持ち歩いている騎士と違って俺たち一般人は街の中で武器を携行できないからな。しかもそいつには特別な魔道具が組み込まれていて、本来は避難用である城の内部につながる隠し通路を開くことができる」


「そうなんですか、ありがとうございます」


「礼なんかしなくていい。本来はもっと強力な武器を渡せればいいんだがな……」


「いえ、いいんです。……今の俺がたった一人でカーターを止められるかどうかはわかりませんが、とにかく城に向かうことにします。ところで一つ聞かせてください。そこまで事情がわかっていて、どうしてあなたは何も行動しないのですか?」


 これが街の危機であるならば、オーガンにとっても無関係ではないはずだ。

 何も知らない状態ならともかく、知っているのに行動しようとしないのはアレスタには不思議に思えた。


「おいおい、俺は情報屋なんだぞ? 自分から行動して計画を未然に防ぐようになったら、売るべき情報がなくなっちまうだろうが。俺が活躍する英雄譚を売り出したって、どうせ誰も買いたがらないだろ?」


「ははは……」


「けどな、お前を主人公とした英雄譚なら高く売れるかもしれないぜ。……治癒魔法が使える人間の情報を欲しがっている奴は一人や二人じゃなく、国内外に数え切れないほどいるだろうからな」


「……わかりました。俺はやってやりますよ!」


 最後の言葉は気にかかったが、今のアレスタには関係ないことだ。

 気前よく情報を教えてくれた彼に頭を下げてから力強く宣言すると、アレスタは店を飛び出した。

 ベアマークの領主が魔法政策に積極的であることを心から嫌う反魔法連盟。その幹部であったカーターは強力な暗示魔法を使って騎士団にクーデターを起こさせようとしているという。

 そして騎士によるクーデターが成功した後、カーターは反逆者となった彼らを制圧して新しい領主となり、制御下に置いたベアマークを反魔法連盟の拠点にするつもりであるようだ。

 だが、騎士の信念を曲げるほど強い暗示魔法は難しく、使用者であるカーターが騎士の近くにいて、魔法をかけ続けなければ効果がないらしい。

 暗示魔法に操られた騎士団のクーデターを防ぐために今のアレスタができることは、とどのつまり、首謀者であるカーターを止めることだけだ。

 たとえ血がつながっていなかろうとアレスタはカーターの息子だ。間違った親を止めるのは子供の責任でもある。

 色々な思いを胸に秘め、アレスタは城に向かうのだった。

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