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治癒魔法使いアレスタ  作者: 一天草莽
第一章 治癒の英雄、あるいは不死者の王
12/85

12 ニックとサラ

 村を悩ませる山賊のアジトはあれど、まさかアレスタたちだけで討伐に行けるわけもなく、温泉以外に観光名所はないという村に滞在する間は特に何もすることがなかった。

 故郷に似た田舎の風景に居心地の良さを感じて、将来住むならこういう村がいいと一度は思ったアレスタだが、仕事の面でも娯楽の面でも住む場所は重要だ。他にもいろんな場所があるんじゃないかと思って考え直した。

 あまりに退屈なので仲良くなった村人の畑仕事や村周辺の見回りなどを手伝いもしたが、これではほとんど仕事だ。このまま一週間くらい滞在するのを覚悟していると、村に到着して数日後の朝に二つの異変が起きた。

 一つ目はニックだ。


「ごほごほ、ごっふぉん! うぐぐ……」


「ああもう、こっちに近づいて来るなよニック。俺たちにも風邪が移るだろ。お前は部屋でおとなしくしていろ!」


「げふげふ、げっふん! でも護衛と監視を領主様に頼まれた僕が君たちのそばを離れてしまうなんて、そんなことできるわけが……ごっふぉん、げっふん!」


「あはは……」


 朝から隣でなにやら騒がしいと思ったアレスタが起きてみると、どうやらニックが体調を崩して風邪を引いてしまったらしいのだ。見るからに顔色が真っ青で、発熱もあり、咳もなかなか止まらない。とてもじゃないが出歩ける状態ではなかった。

 だが騎士としての誇りや意地があるのか、それでも本人は己に与えられた職務を遂行する気でいるらしい。ひどい風邪だというのに無理をして部屋を飛び出してきて、冗談で置き去りにしようとしたアレスタたちに追いすがってきた。

 村で手に入れた薬を飲ませても、なかなかおとなしくなってくれない。

 そして異変の二つ目はサツキの手の中にある。


「ベアマークにいる情報通から、魔法で調教された一羽のハトが飛んできて連絡が来たんだ。俺たちがずっと会いたがっていたアレスタの育ての親が、ようやく街に入ったらしい。しばらく滞在するとは思うから慌てて顔を見せに行く必要はないかもしれないが、だからってすることもない村にとどまり続ける理由はない」


 そう言って手紙をちらつかせる。すぐにも街に戻りたいという意志の表れだ。

 本当に置いていかれると思ったのか、すがるようにニックは手を伸ばした。


「せ、せめて僕の病気が治るまで待ってくれたまえ……」


「待ったっていいが、治るまでにどれくらいかかるんだよ? その様子だと数日は寝込むんじゃないのか?」


「うぐぐ……。だからね? アレスタ君の治癒魔法で僕の風邪を吹き飛ばしておくれと」


「俺の治癒魔法で? そりゃ可能なら治してあげたいけど、さっきも試してみて駄目だったじゃないか」


 悲しいことにそうなのだ。

 ニックが風邪を引いたと知って一応は心配もしたが、同時にアレスタとサツキは治癒魔法の力を確かめてみるチャンスじゃないかと考えた。残念ながら他人の怪我を治癒することはできなかったが、もしかしたら風邪などの病気なら治せるかもしれない。

 そこでアレスタは精神果樹園を開いて、布団に横たわったまま苦しそうに咳き込むニックに右手をかざしてみたのだが、結果は芳しくなかった。いつものように魔力は消費するものの、いつまでたっても治癒魔法の効果は見られなかったのである。

 いかにも具合が悪そうな青い顔のまま、納得がいかないニックは不思議そうに顔をゆがませる。


「やっぱり君の魔法は治癒魔法とは違うものなんじゃないかな?」


「自分の怪我は治せたから、治癒魔法じゃないってことはないと思うけど……」


「ゴホゴホ、たとえそうだとしても、自分にしか使えない治癒魔法って……」


 そんなものは役立たずだとしか言いようがない。

 本当に助けたい人が目の前で苦しんでいるとき、その人のために使うことができないのなら力があったって意味がないのだから。


「アレスタ、あまり深刻に考えるな。前にも言ったが、どんなに低級な魔法でも繰り返して使っていくうちに上達していくもんだ。それより今はベアマークに向かって出発しよう。ほらほら、今日のうちに街まで行くんだろ?」


「待ってくれたまえよ、サツキ君。まさか本当に僕を見捨てていくのかい?」


「うるさいな。お前が勝手に風邪を引くからだろ? 用事もないのに村に滞在する意味がわからないとか、退屈だから早くベアマークに帰りたいとか言っていたのはどこの誰だよ? そんな奴が風邪を引くな」


「ケホッ、ケホッ、あ、あれは僕の知らない寝言であってだね……」


「へえ、ニック。お前の寝言はずいぶん威勢がいいんだな。今度からは魔物が出てきても寝たままでいるほうが腰を抜かさずに済むんじゃないか?」


「まあまあ、サツキさんもニックも、喧嘩はそれくらいにして……」


 こんなところで仲違いされても困るのでアレスタが仲裁に入ると、さすがにアレスタと言い争うつもりはないらしく、あきらめて懐に手紙をしまったサツキも諦めた。


「護衛のニックを振り切って逃げたと領主たちに勘違いされても厄介だ。わかったよ。出発は明日の朝に変更だ。今日は一日ゆっくりと寝て風邪を治せ」


「ありがとう。助かるよ……」


「いつかはお前が俺たちを助けてくれるといいんだがな」


 そして追加の一晩を宿で過ごし、迎えた翌日の朝。

 普通の人よりも身体が頑丈にできているのか、それとも村で手に入れた風邪薬の効き目がよかったのか、寝て起きたころにはニックの風邪は完治していた。うらやましい回復力である。

 咳が止まり、熱が引いて、すっかり体調が戻ったことがよほど嬉しかったのか、まだ薄暗い早朝のうちからニックは騒々しく目を覚ました。

 そのせいで睡眠を妨害されたアレスタたちのことなど配慮の外だ。


「そうそう、僕が一人で寝込んでいる間にね、かわいらしい小さな妖精が見えたんだよ! 風邪に苦しんでいる僕を心配しているみたいだった!」


「本当におめでたい奴だな、お前は」


「熱に浮かされて幻覚を見たんですね、きっと」


「ひどい言われようだね、僕は。相変わらずのようで安心したよ」


 二人からそろって馬鹿にされたはずが、怒るでも悲しむでもなく、かえって嬉しそうに胸をなでおろすニック。付き合っていられない。


「……ん、なんだ?」


 心配していた天気も良く、一日遅れで出発の準備を整えていると、にわかに村が騒がしくなった。

 いつも静かな村には珍しい騒ぎだ。何かあったのかと気になった三人が宿を出て様子を見に行くと、ベアマークから数人編成の騎士隊が到着していた。

 わざわざ声をかけるつもりはなかったものの、興味本位で野次馬をしにやってきたアレスタたちの姿が目に入ったのか、遠目にもわかる軽快な足取りで見覚えのある少女が近づいてくる。


「おや? 村人らしくない人影が見えたので誰かと思えば、あなたたちでしたか」


 その少女とは、記念祭の日にヴァイオリンを弾いていた騎士のサラであった。

 友達というほどの関係ではないものの、決して知らぬ仲ではない。

 たまたま先頭に立っていたアレスタが代表して頭を下げる。


「魔物騒ぎの時はお世話になりました。ええと、俺の記憶が確かならサラさんでしたよね?」


「はい、そうなのですが……。どうして私の名前を?」


「あれ、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。俺たちがサラさんのことを知っていたのは理由があって、この前の記念祭の日に、あなたの名前をニックが呼んでいたからなんです」


「なるほど」


 アレスタの簡単な説明でサラはすんなり納得してくれたらしい。その反応を見るに、あまり雰囲気は似ていないけれど、ニックの妹というのは本当なのかもしれない。

 確認しようと思って後ろにいたニックに顔を向けてみるアレスタだが、慌てて追いかけてきたせいか呼吸が上がって咳き込んでいた。これでは話しかけられない。

 アレスタが振り返ってしまったからか、サラと二人で向き合う形になってしまったサツキが彼女に声をかけた。


「とても農作業を手伝いに来たとは思えないが、こんな平穏な村にまで騎士がやってくるとは何事だ?」


「あ、はい。それはですね――」


 街の騎士を完全には信頼していない様子のサツキの問いかけで村へ来た用事を思い出し、答えようとしたサラ。

 そのとき横からニックに乱入された。


「もしかして僕を心配して追ってきてくれたのかい!」


「そんなわけないでしょ! もう、お願いだから役立たずな兄さんは黙っていて! 話の邪魔なんだから!」


「い、妹に言い捨てられてしまった……」


 じっとしていられない子供を叱る母親のように一喝したサラはニックをぞんざいに扱っている。とても兄に対する態度とは思えない。

 妹の冷たい対応に傷つきを隠せなかったニックは風邪がぶり返してきたのか、彼女から顔を背けてゴホゴホと苦しそうに咳き込む。

 そんなニックに同情しつつも呆れながら、アレスタはサラに尋ねる。


「記念祭の日にニックの口から聞いてはいたけれど……。本当にサラさんはニックの妹なんですね」


「ゲフゲフ、そうだよ? サラは僕の妹だ。どこか変かな?」


 苦しそうに喉を整えながら言ったニックにサツキが口を挟む。


「お前はまだ咳き込んでいてくれ。本当かどうかは彼女に聞いているんだ。……で、どうなんだ?」


「はい、そうなのです。恥ずかしながら私の兄なのです……」


「ちょっとサラ、よりにもよって恥ずかしいってなんだい! これでも僕は兄として一生懸命に生きているってのに!」


「いいからニックはちょっと静かにしててよ。どうしてもしゃべりたいなら、そこの木にでも語りかけていていいからさ。それよりサラさん、騎士が村に来た理由って何なのですか?」


「あ、はい。うっかり忘れてしまうところでした」


 普段の行いが原因で誰にも相手にされないニックはともかくとして、サラは場を仕切りなおすようにコホンと咳をする。

 改まった話かもしれないので、聞くアレスタも姿勢を正す。


「実は山賊のアジトが壊滅したという報告が入ったので、それを確認するために来たんです」


「え、アジトが壊滅した?」


 真実であるとすれば喜ばしい知らせだが、にわかには信じがたい話だ。

 あまりにも想定外の情報に驚いて目を丸くしたアレスタに代わり、どこか疑っているような目をするサツキが身を乗り出す。


「壊滅したという報告が入ったって、まるで他人事みたいな言い方だな。騎士団が何かしたわけじゃないのか?」


「はい。この件については騎士団の功績ではなく、旅の冒険者だという男性の手柄です。指名手配されていた山賊の幹部たち数人の遺体を馬車に乗せて街に現れ、たった一人でアジトを壊滅させてきたと言うのです」


「たった一人で?」


 いつかは討伐する必要性があると認識していたにも関わらず、長らく騎士団も手こずっていた山賊のアジト。被害に苦しんでいた村人たちには対処のしようがなく、アレスタたちは三人いても戦力に不安があると判断したのだ。

 それを一人で壊滅させたという冒険者の男。

 得体は知れないが、腕は立つに違いない。

 心の底から疑っているというわけではないにせよ、ある種のきな臭さは感じているのか、気を引き締めた表情のサラが答える。


「それが事実かどうか確認するためにも、領主様は一刻も早く現地へ向かうようにと命令されたんです。様々な罠の可能性も含めて、いくつかの部隊が派遣されているのですが、私たちは村の警備のためにこちらへ」


「なるほどな。冒険者の男によってアジトが壊滅したという話が事実だとしても、逃げ延びた山賊が近隣の村を襲う可能性はあるから警戒しておく必要はあるだろう」


 そこまで言ったサツキはアレスタへと顔を向ける。


「村で馬車を工面するか、数日前のように動物の背に乗っていくか、最悪の場合は歩いて向かうかとも考えていたが、アジトを追われた山賊が出てくる可能性があるとすると、俺たち三人だけで街へ向かうのは不安だ。予定を変更して、出発を延期するのも一つの手だな。おそらく連絡や補給のために街へ戻る騎士がいるだろうから、少し待って彼らに同行していくことにしよう」


「ですね」


 と答えたアレスタに続いて、異論がないのかニックがうんうんと頷く。


「その意見には全面的に賛成だね。もうすっかり風邪は治ったはずだけど、なんだかサラに冷たくされて体調が悪くなってきたから僕は先に宿に戻って休んでおくよ。出発の日時が決まったら呼んでくれたまえ」


 つらつらと一人で言い残したニックは本当に宿へ戻っていく。妹に邪険にされて体調が悪くなってきたのは嘘でもないらしく、宿でゆっくりと休めることが嬉しいようだ。

 それを見届けて、ぼそぼそと独り言のようにサラが呟いた。


「まったくもう、兄さんがもうちょっとでもしっかりしていてくれれば……」


「サラさんも気苦労が絶えなさそうだね。ニックって昔からああなの?」


「いえいえ、昔は私も兄さんのことを誇らしく思っていた時期があったのですが……」


 とても悩ましげな様子でサラは深々とため息をつく。昔のニックってどうだったんだろうかと思いを馳せながらアレスタが声をかけあぐねていると、冗談を半分ほどにじませながらサツキが声をかけた。


「最近は兄への愛想が尽きたのか?」


「はい。兄さんの顔を見るとひっぱたいてやりたくなります。こう、右手で」


 もちろん彼女も半分くらいは冗談なのだろうが、実の妹であるからこそ他の人よりも積み重なった思いがあるのか、失敗ばかりの兄に対しては容赦がないようだ。

 ひっぱたきたくなるという言葉に異論なく同意して、サツキは言う。


「よくあれで騎士になれたというか、してしまったよな、お前らって」


「まあ、そうですね。帝国内にある他の地域の騎士団とは違い、領主様の方針もあってベアマーク騎士団の入団試験は変わっていることで有名ですから……。ともかく、兄さんも人を思う気持ちだけは騎士にふさわしいのかもしれません。ですが、やはりそれ以外は妹の目から見ても力量が不足しているといいますか……」


 そこまで言って、サラは苦々しい顔を見せる。

 馬鹿にするにも兄のことだ。身内の話だけに並々ならぬ苦悩があるのだろう。

 あまりニックの話題を引っ張るのは彼女に悪い気がしてきた二人だ。


「それでは、私は部隊のところへ戻ります。お二人も気を付けてください」


 そう言ってサラは去っていく。

 走ってはいないが早足なのを見るに、やはり騎士の仕事で忙しいようだ。


「俺たちはどうする? ニックと一緒に宿で休んでおくか?」


「そうですね……。運動がてら散歩でもしてから戻りましょうか」


 どうせ他にすることはないのだと思って二人で歩き始めてしばらく、さらなる異変は突如として発生した。


「魔物だ! 魔物が出たぞ!」


 と、どこか遠くの場所から村人たちの声が聞こえてきたのだ。

 まさか嘘や冗談で騒いでいるのではあるまい。さすがに放っておけずアレスタたちが駆けつけると、逃げる村人たちの向こうに魔物の姿があった。

 全身が針のように鋭くとがった毛に覆われた白いイノシシが数頭、鼻息を荒くして暴れまわっている。障害となっていた木の柵や石を積み重ねた塀を壊し、何種類かの作物を育てていた畑を荒らし、数頭がかりで小屋や家屋を破壊しては、逃げ遅れた村人を追い回す。

 思わずアレスタが飛び出そうとすると、その腕をサツキがつかんで止めた。


「おい、アレスタ! お前は下がってろ! ベアマークみたいな人間で溢れかえっている街とは違って、この村でなら低級の魔法が俺にも使える!」


「はい!」


「ありがたいことに相手も低級の魔物ばかりみたいだからな! 魔法の威力が制限されていても俺一人で十分だ!」


 そう言って一歩前に出たサツキは右手を地面に叩きつける。

 直後に指先から放出された魔力が大地を走り、一直線に向かった魔物の足元で魔法となって炸裂する。一頭は突如として開いた落とし穴に落とされ、一頭は槍のように伸びた岩に貫かれ、一頭は出現した土の壁に押しつぶされる。

 それらとは別、遠く離れていた魔物には無数の石くれが飛んでいく。


「す、すごい……」


「こんなのは序の口のはずなんだがな……くっ」


 たった一瞬で魔物たちを黙らせたサツキ。

 圧倒的のようにも見えたが、しかし魔法を使用したサツキも無事ではないらしく、魔法封じの刻印が赤く染まる。焼けるような熱さと痛みがあるのか、息も荒い。

 人間が少ない農村とはいえ、そう何度も連発はできないようだ。

 そこへ、新しく出現した魔物の群れの奥から村人には見えない男たちが姿を見せた。


「さあて、お前ら! 可愛い魔物たちに遅れず村を荒らせ! この退屈で辺鄙な村を俺たちの新しい根城にするぞ!」


「くそ、なんだこいつら! 人間じゃねえか!」


 これ見よがしに剣や斧を持っているので、ただの旅人ではない。

 明らかに悪意を持った人間たちだ。


「気を付けてください、山賊です!」


 魔物の襲撃とともに騎士たちも対処に動いていたらしく、大声で二人に呼びかけたのは慌てて駆けつけてきたサラだ。事態が呑み込めていない雰囲気のアレスタたちをかばうように前に出る。

 堅牢なる騎士の鎧を着込んでいても中身は少女、頼りがいのある背中というよりは守ってあげたくなるような華奢さを感じずにはいられなかったが、サラは心配無用とばかりに横に出した手でアレスタとサツキを下がらせた。

 余裕をにじませた彼女の態度に怒りを刺激されたのか、革製の防具に身を包んだ山賊は怒号を飛ばす。


「悪くは思うなよ! 昨日アジトへ帰ったら焼け落ちていて、俺たちの帰るとこがなくなっていたんだ! だから仕方なく村を襲撃することにしたのさ! てめぇらみたいな騎士の応援部隊が到着する前に、こちらから先制攻撃を仕掛けないとな!」


「なるほど、最低ですね」


 山賊の言葉など聞く必要がないと、端的に言い捨てたサラは首を横に振る。


「けっ、だったら最高のやり方って奴を見せてくれよ! お前ら騎士は特権階級のための抑止力だ! このくそったれみたいな世界の変革を邪魔する『剣』でしかない! どうして世の中には格差なんてものが存在して、どうして俺たちみたいな山賊が出てくるか知ってるか? それは世の中を牛耳ってる人間がみんな傲慢で無能だからさ!」


「……だからといって、あなたたちのやり方を認めるわけにはいきません。山賊退治に村の防衛、それらはあなたたちが嫌っている特権階級の人間に命じられたものではありません。この村で普通に生きている人々が、あなたたちに苦しめられている民衆が求めているのです」


「ま、こんなところで頭のいい騎士様と議論をしたって、まともに計算もできない馬鹿な俺たちに勝ち目はないだろうさ」


「なら……」


「そうだとも、これで話は終わりだ! 俺たちにはやっぱりこれだぜ! つまらん言葉よりも力だよ! 存分に痛い目を見るがいいさ、やれ!」


「わかりやした、兄貴! あっしが先陣を切りやす!」


 言葉の代わりに武器を手に取った彼ら。いくら和平を呼びかけようとも、武器を捨てて投降する気のない彼らが相手では、平和的な話し合いで解決することは難しい。

 望むと望まざるとにかかわらず、村を守ろうとするなら戦いが待っている。

 魔物相手とは話が違う。人間相手の殺し合いだ。

 無論、その覚悟を持ち合わせた者たちこそ騎士だ。武器を手にした悪人を前にして、今さらためらいはない。


「剣を抜くことをお許しください……」


 手馴れた手つきで鞘から剣を引き抜くサラ。

 その刃は細く、光を受けて輝いている。


「へへっ! あっしに剣が届くと思ったら大間違いだ! それ、影縫い!」


 精神果樹園を開いて魔法を使ったのか、地面に落ちていた男の影がニュルニュルと音もなく彼女に向かって伸びていく。

 生きた蛇のように細長くなった影は途中から幾筋にも枝分かれして広がり、まるで実体のあるロープのように彼女を縛り上げた。

 それを見届けた男がすでに勝負あったと判断して勝ち誇る。


「あっしの影縫いを食らった人間は動きたくても動けず、全身の動きが封じられてしまうのさ。このまま魔法の力を強めれば――」


 すっかり得意げになっている男が魔法の効果を説明し終わる前に、目を閉じて精神果樹園を開いたサラが小鳥のようにささやき始める。

 すると、手にした剣がまばゆい光の粒子を放出し始めた。


「光よ――。輝きよ――」


「なに? なんだそれは? むむ、もしや光魔法かっ!」


「はい。そしてこれが、あなたを懲らしめる剣の輝きです」


 言い終わって眼を見開き、光輝く剣の切っ先を男に向けるサラ。

 影縫いの魔法など関係なく、彼女の手足は自由に動いた。


「あっしの影縫いが通じていない? ……いや、そうか! その光魔法で影を消したのか!」


「お察しの通りです!」


 答えると同時に踏み込んだサラはためらうことなく剣を振り下ろす。

 影縫いが通じず、避ける間もなく攻撃を受けた男は短い唸り声とともにその場に崩れ落ちた。

 肉弾戦は得意ではなかったらしい。


「さて、次はどちらですか?」


 再び精神果樹園を開いて追加で魔法を使用したのか、剣だけでなく、身にまとった鎧も輝きを放ち始めたサラ。

 キラキラと光の粒子を周囲へ振りまきながら、残る二人の山賊をにらみつける。


「ご指名でないなら、俺は最後に相手をしよう。おい、お前が行け」


「お任せください!」


 三人のうちでリーダー格らしい男に背中を押され、ここが出番だと腕まくりをして気合を入れた山賊。

 次の相手を値踏みするように見たサラは右足を軸にくるりと一回転して、剣の切っ先を男に向ける。

 ほんの一瞬の、舞い踊るような動き。

 演武でもないだろうが無駄がなく洗練されており、周囲に魔法の光を振りまいた。

 それを挑発と受け取った男は肩を怒らせる。


「ふん、貴様の動きは見切った! どこからでもかかってくるがいい!」


 そう言った直後、突如として男は気を失って倒れた。


「どこからでも、と言うのなら、こちらにも意識を払っておくべきだったな」


 笑ったのはサツキだ。これ見よがしにターンをしてみせたサラに気を取られた男の隙を狙い、魔法で吹き飛ばした小さな石を男の側頭部にぶつけたのであった。

 低級の中でも低級の魔法を使ったのか、魔法封じの刻印もほとんど熱くなっていない。

 だが効果は抜群だ。

 これで残る山賊は一人となった。

 あしらうように肩をすくめたサラは剣を払い、さらなる光を身にまとう。


「さて、残るはあなた一人ですね」


「ほほう。さすがベアマークの魔法騎士といったところか。いつまでもアジトに攻めてこないから臆病者の集まりだと思っていたが、さすがに見くびっちゃいけないな」


「当たり前です」


 騎士団を馬鹿にした言い草に腹が立ったのか、サラは挑発的にあごを上げ、スッと差し出した鋭い剣が山賊の胸元に向けられる。

 今にも斬りかからんとして、剣を握る手にも力が入っているようだ。

 それを見て男が笑う。


「だが騎士よ、山賊だからと俺を見くびってもらっては困るな」


「いいでしょう。では、私も本気を出させていただきます」


「ああ、そうしろ! お前の本気を引き出させるくらい俺は強いからな!」


 魔法を使うためか、身構えて精神果樹園を開いた山賊は腰をわずかに低く落とす。

 だが、その一瞬のことだった。

 わずかに見せた隙をついて即座に地を蹴ったサラは光速のごとき素早さで、大きく切り込んだのだ。

 あるとすれば、一度まぶたを落とす程度のまばたき、そんな刹那の余裕のみ。


「葉舞う風よ――うぐっ!」


 目にも留まらぬ初速で襲ってきた攻撃。自分の懐に迫られてなお反応することのできなかった男は魔法を発動させることさえままならず、残像に揺らめいて見えたサラの鋭い突きを受けて片膝を付くしかなかった。

 それでも命までは奪わないためか、サラは剣で突き刺す直前に手首を内側へとひねり、刃ではなく柄の部分を用いて男のみぞおちを狙った。

 おかげで山賊は死にこそしないが、呼吸が止まって立ち上がることも出来ない。


「あなたの負けです。どうか観念してください。後はお縄につくだけで命は助かります」


「……お断りだ!」


 素直に投降することを要請したサラの申し出を当然のごとく断った男は今度こそ魔法を発動させようとした。

 しかしそれを察したサラに腕を斬られ、魔法の発動は阻止される。骨まで切断されることこそなかったものの、軽傷では済まない程度に走った傷口に沿って血が噴き出した。

 腕に力が入らず、これでは武器を握ることもできない。

 反撃に失敗した男は背後に回り込んだサラによって後ろ手に縛りあげられ、頑丈な手錠をかけられると、今度こそ身動きが取れなくなった。

 そこへ、他の場所で対処に当たっていた援護の騎士たちも駆けつけてくる。

 先に倒れていた二人を含め、彼らに山賊の対処を任せるサラ。

 魔法の光を消して剣を仕舞ったサラが振り返ったところで、アレスタは賛辞を送る。


「サラさんはすごいですね。失敗ばかりのニックとは全然比べ物にならないくらいです」


「いえ、普通の騎士ならこれくらいできて当然です。ですからただ単純に兄さんが駄目なだけですよ」


「そうだな、一理ある」


 妹にまで落第者の扱いをされたニックを責めるわけではないけれど、それは否定できない意見だとしてサツキも頷いた。

 騎士としての頼りなさには同意しつつ、こういう事態に活躍できず、ある種の無力感を抱きつつあるアレスタにはニックに対する共感や同情も生まれてくるが……。

 自分から話題に出しておいて、さすがにニックに悪い気がしてきたアレスタは話を変えようと努める。


「それにしても助かりました。サラさんが来てくれたおかげで山賊たちをおとなしくさせることができましたから。俺たちだけじゃ危なかったと思います」


「いえいえ、こちらこそ助かりました。いきなりのことにもかかわらず、魔物や山賊の対処に協力していただけて。おかげで村への被害も最小限にとどめられましたから」


「いえいえいえ。俺たちは何も」


「いえいえいえいえ。何もってことはないでしょう」


 などと二人が謙遜しあっているので、これでは話が進まないとサツキが間に入る。


「感謝されるのも悪い気分じゃないが、わざわざ改まって礼を言われるようなことでもないな。自分たちの身を守るついでに、やることをやっただけだ。それより、もしベアマークへ向かうことがあったら俺たちも一緒に連れていってくれないか? 帰り道で別の山賊に襲われたら面倒だからな、騎士団の馬車に乗せてくれると助かる」


「そうですね。それはもちろん構いませんが、今すぐには難しいかもしれません……」


 魔物や山賊への対処だけでなく、村の警備や被害箇所の見回りも必要だろうから、今すぐにベアマークへ向かうのが難しいのは当然だろう。

 しかしアレスタたちにベアマークへの帰還を急ぐ理由はない。たとえ何日後になったとしても、彼女たちの準備が整った時に同行することにしよう。

 そう考えるアレスタたちであった。





 数日後、街へ向かう騎士の馬車に同乗させてもらってベアマークに戻ったアレスタたちは、街の入口である巨大な南門の前で降ろしてもらった。魔物や悪人たちから街を守る責務の代わりに複数の特権がある騎士たちとは違い、単なる庶民であるアレスタたちは街の出入りに手続きが必要なのだ。

 もっとも、高度魔法化都市というだけあってベアマークのそれは魔法によって簡略化されており、門に設置された専用のゲートを通過するだけでいい。

 まずは監視役を兼ねている騎士のニックが二人を先導してゲートを通り、続いてサツキ、最後にはアレスタがゲートをくぐる。

 入り口から出口までの距離は短いものの、ちょっとしたトンネルのようになっているゲート。

 難なく通過し終えたニックが一足先に外へ出たとき、異変は起こった。


「な、なんだ!」


 凪いだ湖のような青色の光に満たされていたゲートが真っ赤に染まり、魔法のゲートが一瞬のうちに変形すると牢獄のような小部屋となった。その際、まだ中に残っていたアレスタとサツキが閉じ込められたのだ。

 緊急事態とあって、通過する人々を見守っていた係員だけでなく、周辺にいた警備の騎士たちが集まってくる。

 いきなり閉じ込められたアレスタとサツキは当然ながら驚きと焦りを隠せなかったが、事態の飲み込めなさについては騎士であるニックも負けてはいない。窓がない壁だけの小部屋となったゲートを取り囲む騎士たちに割って入っていく。


「ちょっとちょっと、何がどうしたって言うんだい、これは? 何か誤作動でも起こしたんじゃないの?」


「いや、私たちで確認してみたところ誤作動ではないようだ。彼らを捕まえるようにと上からの指令も出ている」


「つ、捕まえるって……」


 いつもなら邪険に扱われがちなニックだが、今回ばかりはそうもいかない。これでもニックは領主から直々にアレスタの監視と護衛を任されているのだ。

 よくわからないトラブルに巻き込まれてアレスタが危険な目に会うのはニックにとってもまずい展開だ。誰かの罠や、機械的なミスかもしれない。あっさり引き下がってしまっては領主の期待を裏切ってしまうことになる。

 だから抗議にも熱が入ったニックだったが、対応する騎士たちは冷静である。


「ニック、君の任務はここでおしまいだ。詳しい事情は説明できないが、この件については領主様からの命令もある。彼らのことは私たちに任せてくれたまえ」


「そうなんだ、とか言って簡単に任せられるわけないよ。僕が命令を受けたのは領主様なんだ。ちゃんと領主様に話を聞かせてもらうまでは納得できない」


「……それもそうだろうな。だったらニックも一緒に来ればいい」


「わかった。そうさせてもらうよ」


 ひとまず納得してニックが頷くと、アレスタたちが入った魔法的な小部屋はさらに変形して、地面と接する部分に四つの車輪がついて動き出した。

 警備の騎士に周囲を囲まれて、ゆっくりと大通りを進んでいく。

 どうやら向かう先は城らしい。


「捕らえた彼らはこのまま城の地下牢に入れる。ニック、言いたいことがあるなら領主様に直接言うんだな」


「地下牢に? 彼らが何かしたって言うのかい?」


「それも含めて領主様に聞けばいいだろう。命令を受けたに過ぎない俺たちが勝手にあれこれと教えていいわけじゃない」


「ふうむ……」


 ここで無理に話を続けようとしても相手の反応は変わらず、意味のない押し問答になる。彼らの言う通り、事情が知りたければ領主に話を聞いたほうがいいだろう。

 抗議や質問を諦めたニックはおとなしくついていくことにした。

 一方、抵抗を諦められないのは中にいるサツキとアレスタである。


「くそ、まさか俺たちが捕まるとはな。これほど強引な手段で俺たちを閉じ込めたということは、おそらく領主からの命令があったからだろうが、この数日で領主が心変わりしたとは思えん。つまり領主の他に俺たちを邪魔者扱いしている元凶がいるということだ」


「元凶……」


 何か確証があるわけではないものの、アレスタの脳裏によくない想像が走った。

 もしも何者かがアレスタたちの存在を邪魔に感じているとすれば、それは、まず間違いなくアレスタたちのことを知っている人物だ。

 山賊のアジトを、たった一人で壊滅させたという冒険者の男。

 あるいは、その人物とは……。

 アレスタが考え込んでいると、すぐ隣でサツキが舌打ちを響かせた。


「……まったく。この街で何か行動するにしても、しばらくは潜伏して同士を集めてからだと思っていたが、こうまで強引な手段に出てくるとはな。騎士団に代わって山賊のアジトを壊滅させたのも、奴がベアマークに入るための手土産のつもりだと思っていたが、騎士団を相手にする前の肩慣らしだったのかもしれない」


「サツキさん、その口ぶりだと何か知っているようですが……」


「何か具体的に知っているわけじゃない。実際、見てわかる通り今の俺は後手に回っているんだ。……いいか、アレスタ。俺たちを捕まえた騎士たちは全員操られている。下手をすると、この街の領主さえもな」


「操られているって、いったい誰に?」


「……俺の口からは言えない。それで察してくれるとありがたいな」


 右手で自分の左腕を抑えて何かを我慢するような様子を見せながら、悔しそうに口を閉ざすサツキ。

 言いたくないのではなく、何か事情があって言えないのだとすれば、全身に刻まれている魔法封じの刻印のせいだろうか。

 つまり、やはり……。


「もしかして、カーターが関係しているんですか?」


 これには明言せず、感情を隠したサツキは淡々と答える。


「だとすれば、奴にとって無関係な人間とも言えない俺たちはこのまま地下牢へ連れていかれて長い獄中生活が始まるだろうな。俺もお前も、あいつの計画を知れば止めようとするだろう。それをあいつは知っているんだ。だからこうやって真っ先に排除した」


「計画? どんな計画があるっていうんです?」


 こんな状況に追い込まれていることもあり、穏やかならぬ計画の匂いがする。

 アレスタが気になるのは当然だ。

 けれどサツキは首を横に振った。


「何度も言うが、たとえ何かを知っていたとしても俺の口からは説明できない。いや、説明できたとしても教えていたかどうか。本来なら、何も知らないであろうお前に説明する前に一度くらいはカーターと会って、奴の真意を確かめたかったんだ。田舎に戻って静かに暮らすなら、たとえ奴の根が悪人だろうと協力してやるつもりだった」


 そこまで言って、ため息を漏らしたサツキ。

 何か声をかけようとしたアレスタだったが、先に口を開いたのはサツキだ。


「アレスタ、お前の知りたいことを説明できる奴がこの街には一人いる。そいつを頼れ」


「そいつというのは……」


「名前を言うならオーガンだ。名前だけだと忘れていそうだが、この街に来て俺たちが最初に訪れた雑貨屋の店主だよ。変わり者だから本当は覚えてなくてもいいけど、さすがに顔くらい覚えているよな?」


「覚えてはいますけど……。彼がですか?」


 疑うわけではないものの意外ではあった。変わった雑貨ばかりを売っていた店の主人が、カーターについて何か知っているとでも言うのだろうか。

 確かに彼には秘密が多そうで、ただならぬ雰囲気はあったが。


「アレスタ、ひとまず俺やニックのことは心配せず、これから一人で雑貨屋に話を聞きに行け。カーターについて知りたいと言えば、刻印で発言を封じられている俺とは違って色々と教えてくれるはずだ」


「わかりました。でも、この状況で一体どうやって?」


「二人とも閉じ込められている状況で疑問に思うのは当然だな。……いいか? とんでもなく無茶をすることになるが、これから俺は今できる精一杯の魔法でこの牢に穴をあける。こんなに人の多い街の中で魔法を使えば魔法封じの刻印が暴走して即座に俺は意識を失うだろうが、おそらく殺されはしまい。気にせずお前だけでも逃げろ」


「ニックは……」


「頼りになると思うか? 他の騎士に居場所がバレる原因にもなりかねん。優しさだけで連れていくつもりなら考えを改めて置いていけ」


 そう言ったサツキは自分の両手を顔の前で握り合わせる。魔法を使おうとしているのか刻印が反応して両腕が赤く染まり、苦しそうに顔をゆがめた。

 精神果樹園を開いた気配もなく魔力を制御して目の前に赤い光の球体を出すと、それを壁に向かって発射して破裂させた。

 威力と方向が制御された小規模な爆発だ。

 壁に穴をあけた魔法の余波なのか、視界をふさぐ大量の煙が周囲に立ち込める。

 これなら姿を隠すことも可能である。


「よし! 行け、アレスタ!」


「はい!」


「え、ちょっと、何が起きたっていうのさ!」


 アレスタの背を押しながら叫んだ後で気を失ったサツキ、突然響いた爆音に驚いたニックを尻目にアレスタは駆け出した。

 うろたえるニックが多少の壁となり、なんとか時間を稼ぐことも出来たらしい。

 振り返ることをやめたアレスタはひたすら、わずかに残っている記憶を頼りに雑貨屋へと続く道を全速力で走り抜けた。

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