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おまじない

作者: 水瀬黎

――――――あなたは、幸せですか?


多くの人がこの問いに、一瞬ためらってこう答えるだろう。

幸せだ、と。

しかし、それは本当なのだろうか。

本当に心の底から幸せだと思っているのだろうか。

一方で口をつぐむ者もいるかもしれない。

幸せそうにみえるか、と。冷たく、暗い視線で訴えかけてくる。

そのために運命を呪う者。自分の境遇を嘆く者。人を妬む者。

そういう人は、少なくはないと思う。


これは、前述したふたつの考えをもつ者たちの物語――――




「あんた、幸せか?」

病院の窓ガラスを突き破ってきた人は、ごめんなさいやすみませんを省略して

そんな問いをなげかけてきた。


幸せ……。そんな言葉、ありましたね。


歩くこともできず、目に映る色彩も失い、身体を蝕む病魔に抗うこともできず、

ただ窓の外のモノクロの世界を眺める日々。

何の変化もない時間に慣れすぎて喜びも悲しみも感じなくなった気がする。

でも、しいて言うなら。


「幸せそうに、みえますか……?」


そう答えると、その人は、つらそうに顔をゆがめ、視線をそらした。


「そう、だよな」


自分で話をふったくせになんていう人なのだろう。

そんな顔をされると、わたしが悪いみたいじゃないか。


「しっかしマズそうな飯だな」


はい、前言撤回〜。心配して損しました。まあ、事実なのですけど。


「パン(がゆ)なんてもん食ってたら治るもんも治んねーぞ」

そう言って手に持っていた紙袋からほかほかのクリームシチューを出して手渡す。

「食え!」

満面の笑顔で差し出されました。

ひさしぶりに嗅ぐおいしそうな匂いに、思わず手をのばしたその時。


「き~み~か~ッ」


まがまがしいオーラを背後に感じてびくりと肩を震わせた。

オーラの発信源は、わたしの主治医である、院長さんだった。


「げ」

「窓ガラス割って三階に侵入したバカがいると聞き

なんとなく予想はしていたが、やはり君だったか」

「仕方ねえだろ、追われてたんだよ」

「ふっ、ついに騎士団に目をつけられたか」

くい、と銀縁眼鏡を押し上げて尋ねる。

「騎士団より厄介だぜ? 

恋は盲目とかどっかのおっさんがほざいてたけど

あいつにいたっては目が腐り落ちて脳みそまでいかれてるぜ、きっと」

「ほう、それは物好きな。しかし異常性愛者とは興味深い」

「よくわかったな、異常だって」

「君は最初は衝突するもののたいていの者と調和する。

しかしその君が苦戦しているとは、並大抵の者ではないのだろう」

「まあな。ってそんなことはどうでもいいんだよ!なんだよこの飯。

ほぼ水みたいな粥じゃねーか。これじゃ治るもんも治んねーぞ」

「……最近治療代を払える者が減っている。国の補助もな」

「まじかよ」

「だから窓の修理代すらあやういのだが」

「わーったわーった。直す。作ってやるから」

そういってガラスの破片に向き合う。

「?」

いったい、何をするのだろう。

ああ、きっとこの人はガラス職人なんだ。だから破片を集めて溶かしてまた窓をつくるのだろう。


目を、疑った。

破片がオレンジ色の光を(まと)って窓枠へと戻っていく。

「え……?!」

驚くわたしの顔をみて、その人は得意げに笑った。

「オレ、魔法使いだから」

 その日から、毎日その人(以下、魔法使いさん)はわたしのもとを訪れるようになった。毎回様々なものをもって。



「よっ、今日は花束もってきたぞ。

 この部屋殺風景だしな。

 ピンクとかオレンジとかカラフルにしてもらったぞ」

花の名前とかよくわかんねーけどキレイだろ、と大きな花束を渡す。

「……ピンク、なんですか」


きっとかわいらしい色をしているのだろう。

けど、わたしの目には灰色の塊にしか映らない。


「あ」

わたしが色を認識できないということを思い出したらしく

ばつが悪そうに頬をかりかりとかく魔法使いさん。


「いえ、お気になさらないでください」

「すまん」

「………………」


そんなつらそうな顔をしないでほしい。

魔法使いさんのおかげで毎日野菜たっぷりのお料理を食べられるようになり

車椅子でなら一人で移動できるようになった。

二年間ずっとひきこもっていたわたしにとっては、大きな進歩だと思う。

ただ、視力は全くもどらないのだ。

昨日持ってきてくれた色とりどりのマカロンも白と黒にしか見えなくて、すこし残念だった。


はぁ、とため息を吐く。


「なあ、おまじない、教えてやるよ」

「へ?」

「そんな難しいもんじゃねえよ。

オレがあんたに『幸せか』って聞く。

んで、あんたは幸せだろうがそうでなかろうが『幸せだ』って答えろ」


「それは、『嘘』になるのでは?」

「え?」

「幸せでないのに、幸せだというのは『嘘』なのではないですか。

兄様に、嘘はいけないと教わりました」

「嘘もホントになったら嘘じゃなくなるぜ」

「……詐欺師みたいなこと言いますね」

「詐欺師じゃねーっつの。

 いいか、言葉には不思議な力があるんだ。

 悪いこと言ったらホントに悪いことが起こるし、いいこと言ったら倍になって自分に返ってくんだよ」

「……」

「なんだよ、そのうさんくせえ目は。

 騙されたと思ってやってみろよ。

 マジ効くから」


そんなこと言われても。

いくらあなたが魔法使いさんだとはいえ、信じられません。


「ほらほらそんな目すんじゃねえよ。『幸せですか?』」

期待に満ちた目でみつめられ、動揺する。

有無を言わせないような笑顔です。

しかも言わなきゃ殺されるんじゃないかっていうくらい迫力があります。

「し、『幸せです』っ」

そう答えると、魔法使いさんは満足げにうなずきました。

こんなので幸せになっていたらみんな幸せになってるでしょうに。

まったくおめでたい人です、この人は。



「幸せか?」

何回このやりとりを繰り返しただろうか。ばかばかしいけど繰り返しているうちに慣れてしまった。

「『幸せですよ』」

そう、いつもどおりに返す。

がたん、と扉の外で何かが落ちた音がした。

「?」

二人そろって扉の方をみる。

そこには、卵のように鮮やかな金色の髪の(わたしには灰色の髪にしか見えませんけど)青年が立っていた。足元には着替えや装飾品(アクセサリー)などが入った木の箱が転がっている。


「げ、いつのまに……」

いつ入ってきたんだ、とつぶやく魔法使いさん。


「チェルシー、この男はいったい誰だい?」

笑顔。だけど全身から湯気のようにたちのぼる殺気。


「に、兄様、おひさしぶりです……」

「うん、ひさしぶり。一か月ぶりだね。

 ……ずいぶん顔色がよくなったみたいだ。僕嬉しいよ」

くしゃり、と大きな手が頭をなでる。

「けど、この男は誰かな」

そう言って魔法使いさんに視線を向ける。


「怖えぇっ怖えぇっつの、兄さん」

どす黒いオーラをよけるため、枕を盾にする魔法使いさん。

「きみに義兄さん呼ばわりされる覚えはないよ?」

「呼んでねーよッ!」

「ぼく、ちょっと彼と話をしなきゃいけないから」

そう言ってがしっと腕を掴んで部屋の外へひっぱっていく。


「ヘルプ!ヘルプ!」

「いってらっしゃいませ」

「あんたは悪魔か!」

「マイスイートエンジェルになんてこというんだい?」

「いてっ痛いっつの、腕放せ~!」


十数分した頃、魔法使いさんはぐったりとして帰ってきました。

なんとか、わたしにちょっかいを出しているという兄の誤解を解いてきたようです。

「……あんたの兄さん、変わってるな」

「あなたも相当変わっていますけど」

三階の窓を蹴りとばして侵入したり、窓ガラスを妙な力で直すひとは、この人以外に知らない。

「オレはまだいい方だっつの。

得体のしれない長ったらしい数式を一瞬で解いたり、氷の槍降らしたりするヤツとか

一瞬でナイフを二十本投げて全部の的の中心に当てるヤツとか

やけにあたる予言をするヤツとかいるぜ」

「……世界は広いんですね」

信じがたいけど、こんな人がいるのだから予言者やナイフの達人がいてもおかしくはないと思う。








「なあ、前から思ってたんだけどよ」

いつになくまじめな表情になって言いかける。

「あんた、なんでそんな目してるんだ?」

そんな目?いったい何のことですか。

ああ、色彩をとらえないこの目に同情しているのでしょうか。


その旨を伝えると魔法使いさんは首をふった。

「違ぇよ、そのことじゃねえ。あんたの目の光のことだ」

「はい?」

意味がわからない。

「身体は回復してんのに、なんで目は死んだままなんだっつってんだよ」

「!」

動揺した。一瞬だけ。

目が、死んで……。

まあ、そうでしょうね。

否定はしません。驚きもしません。だって、わたしは。


――――――もうすぐ、死ぬんですから。


「は?」

呆然とする魔法使いさん。

やっぱり、兄様からは聞いてませんでしたか。

「どういうことだよ……?」

「わたしの身体の中にはたくさんの腫瘍ができているんです。

 安心してください、感染はしないので」

そう告げておく。

一昔前、黒死病に悩まされてからというもの、みんな病の感染の有無をとても気にするから。

「感染の有無はどうでもいいんだよ、どういうことか説明しろ」

「わたしが患っているのは、腫瘍が徐々に身体を蝕んで、やがて死にいたる病だそうです。

手術で取り除くことは不可能らしいです。

厄介なことに、特効薬もありません。

院長さんに、二十歳の誕生日は迎えられないだろうと宣告されました」

ちなみに、今日からちょうど一か月後がわたしの二十歳の誕生日です、とつけ足しておく。


「すまん」

 魔法使いさんは、そう言って黙りこくってしまった。



 翌日も、そのまた次の日も、その次の次の日も魔法使いさんは病室を訪れた。それもとびきりおいしいケーキをもって。もうすぐ亡くなるわたしを憐れんでいるのだろうか。それとも、世界に失望し幸せを知らないまま消え去っていくわたしを不憫に思っているのだろうか。

「不快です」

「え」

いつになくとんがったわたしの言葉に動揺する魔法使いさん。

「どうせ死ぬんだから、放っておいてください!」

「死なねーかもしんねーじゃねえか」

ひるまずに言いかえしてくる。

持ってきてくれたフルーツのタルトが目に入る。

それをテーブルの上から払いおとしてやった。

かたん、と金属音が響く。

タルトは黒い汁や白く濁った物体を床に散らしてぐちゃぐちゃになった。


「こんなの、偽善だ。あなたの自己満足にすぎない」

「――っ」

表情が凍りついた。

魔法使いさんは黙ってぐしゃぐしゃのタルトを拾い、出て行った。


これで、よかったんだ。きっと。

ううん、絶対。


もう、大丈夫。

魔法使いさんがココを訪ねてくることは二度とないだろう。

あの人は、とても優しい人だから。

よかった。これで、あの人を悲しませなくてすむ――。



はずだった。

はずだったのに。

「……んで……」

視界が滲んで、ぐにゃりと歪んでいく。

今日も来てしまった。

昨日あんなにひどいことをしたのに。

「よっ、今日はガトーショコラもってきたぜ」

変わらない笑顔で言う。

「あれ、ガトーショコラ泣くほど嫌いなのか?」

ふるふると首を振る。

「何で、あなたはそこまでわたしにしてくれるんですか……?」

「なんでって」

生きて、ほしいから。


今までみたことないような、柔らかい表情で答える。


世界は、あんたが思っている以上に綺麗な色をしているから。

見てほしい。他の誰でもない、あんたに。

ほら、綺麗だろ。


 限りなく高く澄み渡る蒼。

  注ぎ込む金色。

   消え入りそうな銀色。

     


セピア色に褪せた世界が、色彩をおびていく。

鮮やかなピンク色の瞳から透明な雫があふれ、頬をつたっていく。

「あ……」

見える。世界が。色彩(いろ)が。光が。

リンゴの赤も、木々の緑も。花の紫も、オムレツの黄も。

「どうだ、あんたの目に映る世界は?」

朝焼け色の目の魔法使いが尋ねる。


――わたしにはもったいないくらい、きれいです。


「あんたは、幸せか?」

「幸せです」

ひまわりが咲いたような笑顔で答える。

そう聞くと、魔法使いは白い歯をだして、にっと笑った。


End.



6年ほど前にシリーズものの一片として書いたものの残骸です。

過去作の鬼や竜のいる世界と同じ世界のはなしです。

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