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銀色の髪をなびかせた少女が走っているとは思わせない歩き方で少年の元に急いでやって来る。
「━━、━━━━!━━様!!」
「カロリーナ、久しぶりだね」
嬉しい、嬉しいただただ嬉しい、という気持ちが表情いっぱいに表れている。彼に会えるだけで彼女の世界は鮮やかに彩られる。その日が普通の日ではなくなる。
「聞いて下さい!シャーリーったら可愛いんですよ」
まるで鈴がなるような声で彼女は貴方に話しかけだした。
「毎日聞いているぞ、それ」
呆れたように笑う貴方。
「ええ!シャーリーに可愛くない日はありませんからね。それで、私の後をついてまわるんですの、ねぇねと一緒にいるって聞かないんですよ。可愛いでしょう?」
なんとも幸せそうな顔で言うものだから貴方もつられて幸せそうに
「ああ」
と一言言っただけだったけれど、彼女はそれだけでも貴方が自分の話を聞いて、話を楽しんでいる事はよく知っていたからまるで花が咲くように微笑んだ。
「カロリーナ」
「はい」
「…起きていたのか?」
殿下は訝しげに聞く。
「いえ、たった今起きました」
本当の事だ。何となく部屋に入ってきた気配はわかって微睡んでいたが、名前を呼ばれた事で目を覚ました。外はまだ薄暗い。もう少しで夜明けなのだろう。
「そうか、起こしてすまなかったな。…俺の名前は思い出せたか?」
ほんの少し悲しみを混ぜて問う。
「申し訳ありません、ですが…今日懐かしい、夢を見ました」
「夢?」
「はい、シャーリーの話を殿下としていました。…とても、とても、幸せそうで懐かしいものでした。」
窓の外を見ながら私は言う。本当に懐かしい夢だ。だがなんとも不思議である。この夢は現実にあったと、あなたがとても好きだったと、確かに私は覚えているのに貴方の名前だけが思い出せない。
「…殿下、お名前教えていただけないのですか?」
「自分で考えろって言ったはずだぞ」
若干怒りを含んだ瞳がこちらを眼を見透かす。
私には分からない。何故あなたがそれほど怒るのかが。名前はそれほど大事なのだろうか。
「大事さ」
まるで心を読んだように殿下は呟いた。
「で、んか」
「眠れ」
そう言われた途端強い眠気に襲われた。
「またな、カロリーナ」
目を覚ますとそこは草花の上で私は寝ていた。
「…ここは…?」
前にも来たことがある。シャーリーがいた場所だ。
シャーリーは私の目の前で座って花を愛でていた。
「シャーリー…」
「あ、お姉ちゃん、起きた?おはよう」
にっこり笑ってまた花を愛でる。まるで昔に戻ったようだ。
「シャーリー…どうしてここに?」
「どうして?…どうしてって…ここはお姉ちゃんの夢の中でしょ?ここはお姉ちゃんが作った世界だよ。綺麗だよね。これこそ桃源郷ってやつだね」
そう言ってシャーリーは私の頭の上に花かんむりをのせた。
「お姉ちゃんにぴったり。とっても可愛い。…本当はこんな暮らしがずっと、ずっとずっと続くはずだったのにね…」
私なんかに可愛いなんて言うシャーリーこそ可愛いのに。…ほんとにいつから私たちは狂ってしまったんだろう。私達の普通が変わって、シャーリーが死んで私は生きてる。
「シャーリー…私…死にたいの、貴方と一緒じゃなきゃ嫌なの…」
「んー…だめだねぇ」
「どうしてだめなの!?みんなみんななんで殺してくれないの!死なせてくれないの!」
「そんなの決まってる。お姉ちゃんも気づいてるんでしょ?」
「わかんないよッ!……もう私は人間じゃないんだよ…誰とも生きれないし…誰も信じられない…」
「ほんとに?」
パッと上を向くとシャーリーがこちらをじっと見つめている。なぜだか決まり悪くなって私はそっぽを向いた。
「私はね、お姉ちゃんに生きていて欲しいの。生きているだけでいいの、それだけで私は幸せなの。もちろん辛い思いをさせるのは嫌だよ?でもね、本当に辛いだけなの?あの人に会って辛いだけだった?」
あの人と言われて思いつく人は1人しかいない。
けれど、名前さえ思い出せない人だ。そんなに大切だったのかな。
「思い出せないんじゃないよ、お姉ちゃんはもう思い出してるよ。ただ見て見ぬふりをしてるだけ。」
見て見ぬふり…?そんな事はしていない。本当に思い出せないもの。もう、分からない。何も、分からない。
「あ、もう時間だね。お姉ちゃん、辛くても考える事を放棄しちゃダメだよ。私、お姉ちゃんがいてくれたから幸せだったよ。あんな辛くて苦しい日々も、お姉ちゃんがいてくれたから耐えられたよ。だから今度は私の番。━━によろしく言っといてね。」