ランクSSSという考え方
冒険者ギルドなるものが存在する多くのファンタジー世界において、組織はその在籍者ないし対処すべき脅威、あるいはその両方に格付けをする。大抵の場合、E~G辺りを最低とし、Aに近づくほど優等、その上にSを持ってくる。しかしそれすら超える逸材、Sの枠には収まらない真に優れたる者が現れた場合はSS、それでもなお足りない場合にはSSSなどと表記している。
最初にこの表記を考えた人は、とても頭の悪い天才だと思う。あるいはすごく賢い馬鹿だ。
SよりすごいSS。もっとすごいSSS。大変わかりやすい。説明されるまでもなく理解できるし、簡単に受け入れられる。その意味でこの考え方は秀逸だ。誰もが真似するし、すでに広まりきっている。このアイデアが優れていることは認めざるを得ない。と同時に、常態化してくると不便極まりない不合理なものである。
では、試しにA以下をすべて繰り上げ、Sを重ねる表記法だけで表現してみよう。
登録したてで清掃や荷運びをするS。町の外で薬草を摘み野兎や野鳥を狩れるSS。小鬼など魔物討伐をし始めるSSS。護衛など任務の幅も広がるSSSS。中堅の風格を漂わせるSSSSS。大多数の成長が頭打ちになるSSSSSS。一流として名が通るSSSSSSS。国内に指折り数えられる程しかいないSSSSSSSS。そして伝説とも言える、現存しない幻のSSSSSSSSS。
……実に読みづらい。
口頭においても、「お前ランクは?」「やっとこさBだ」これなら一瞬で済む。
「お前ランクは?」「ようやくSSSSSだ」これだと相手が言い終えるまで情報が完成しない。
時間もかかるし、数え間違うこともある。まるで昔の柱時計である。ボーンボーンボーンと鐘が三つ鳴れば三時だが、十も十一も鳴られると結局何時かよくわからない。
コンピューターの世界には0と1しかないと初めて聞いた時、「え? それでやっていけるの?」と思った覚えがある。1の次は10。10の次は11。11の次が100。どんどん桁が増えていく。二進法とはなんと不便なのだろうか、なぜ十進法を使わないのかと疑問を覚えたものだ。だがよく考えて欲しい。Sを並べる表記では、文字はSただ一つしか存在しない。これは二進法を下回る、驚きの一進法なのだ。そりゃ不便に決まっている。
とは言え、現実にその不合理極まりない一進法を貫いている実例がある。例えばカウボーイハットの品質だ。最低のものがXで、高級品ほどXXXXやXXXXXと重ねていくという。もっとも明確な基準があるわけではなく、同じ会社の製品同士であればXの数で比較もできるが、メーカーを跨ぐと大して参考にならないのだとか。
同価格帯の他社製品より良いものだと消費者に錯覚させたければ、XXXXXXXXXXXXXXでもXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXでも好きに言えるからである。実際に一部の製品は帽子の内側に誇らしげに
XXXXXXXXXX
XXXXXXXXXX
XXXXXXXXXX
とXを並べ立てて高品質を謳っているのだとか。
もっと身近な例では、服のサイズなんかもそうだ。Lの上はXLと書く場合もあるが、それより上は3Lだの4Lだのとされている。つまりはLLLやLLLLだが、要はその記号の個数を数字で書いちゃえば別に困りはしないのである。つまり、Sの上は2S。さらに上の伝説の英雄は3Sにしてしまえ。
……なんだか鉛筆の濃さみたいで、ありがたみが薄れた気がする。
しかし仮にも二十数種もある文字を用意しておきながら、途中からSの個数で表現を始めるのはなんとも不合理だ。
思うに、Aを優、Zを劣に設定したのがそもそもの間違いなのではなかろうか。逆にしたらどうだろう。初心者の実力なんて高が知れている。仮にそれを下回るやつが出たら、そいつは不適格として冒険者にしなければいい。だから、駆け出しをAにする。そこから成長するにしたがってB、Cと格を上げていく方式にすれば無理がない。
人類最強と謳われていたFランク冒険者が勝てない怪物が出た? 脅威度はその上のGを与えれば済む話である。その脅威度Gを単騎で屠れる異能持ちが見つかった? ではHだ。アルファベットは幾らもある。文字数を増やさなくても対応可能だ。実に合理的である。
それに、このAを最も下とする表記法にもすでに前例がある。女性のバストサイズ、正確にはブラジャーのカップサイズである。小さい方のサイズなんて知れている。アンダーバストとの有意差が認められなければそもそもブラジャーで支える必要がない。なのでAを最低とする。そこから大きくなる度にB、Cと表記を変えていくのだ。
Wikipediaによれば、1980年には日本人はDカップまでしか居なかった。ところが今や「Dカップなど所詮巨乳界では一番の小物、我々の面汚しよ」と言わんばかりの勢いだ。E、F、Gカップも珍しくない。Aを最低と設定して大正解である。どんな規格外が現れても表記可能だ。話がややこしくなるのでAA、AAAの件には目をつぶるとして、筆者としてはこのブラ方式のランク表記を提唱していきたい。
……という結論で締めようと書き始めたのだが、ほんの2~3行前で重大な欠陥に気付いてしまった。
賢明な読者諸氏は言語として結実しないまでも、おそらくもっと前の段階からモヤモヤと「それは違うんじゃないか」という思いを抱いていたものと思う。問題はここだ。
>どんな規格外が現れても表記可能
>規格外
そう、Aより上の人々は規格外なのである。ランクを表記する上でも規格に収まってはいけないのだ。想定し得なかった場当たり感、急造っぽさが必要なのだ。サイズなんてS・M・Lの三つで充分と思っていたのに、規格外にでかくなった奴が出ちゃったからLLなのだ。この特別感を演出せずして、SSSに替わる表記などあり得ないのである。
かくして、筆者のランクSSS表記撤廃運動は開始する前に頓挫した。
世の中に普及してるものには、なにかしら理由があるものなのだなあ。
余談だが、「A級の魔物とは人類に討伐可能な範囲内での最上位であり、それ以上はすべてS級である。便宜上同じS級に分類されていても当然強さに差はあり、同じS級を捕食するS級なども居るかもしれないが、倒せたことがないのでどのくらい強いかを算定するのは不可能。」と設定した昔の漫画は賢かったなあとしみじみ思う。