ロボット売りの老人
青年Aはくたびれたようだった。何をする訳でもなくひとり歩き、タバコをふかしていた。
そしてタバコの最後の火が消えるかどうかのときに、「あぁ今日も家に帰るだけか…」と事務所の中で小さく呟いた。
青年は今日もひとりで帰宅の途に向かう。青年にフィアンセはいないのだ。何年も仕事が忙しくてコンパなどに顔を出す時間もなかった。お金はだいぶたまったが、長く女の人と接する機会がなかったせいで、(自分と気の合う女の人などいない)という考え方になっていた。
その日もマンションに帰ってテレビを横になって見ていた。隣にいてくれる女性もいなく、机にはビール缶と少々贅沢なつまみで晩酌をしているだけだが、まぁアルコールも入り良い気分になっていたところだった。
すると唐突にマンションのチャイムが鳴った。普段ほんんど誰かが訪ねてくることがないので、居留守でやり過ごす事も多いが、青年はいつもより多めに飲んだビールの勢いもあり、すぐに「はーい」と声を出し扉を開いた。
そこには1人の白髪頭のおじいさんと1人の美しい女性が立っていた。そしてすぐに青年に向かっておじいさんは話かけてきた。
「婚活応援会社のHと申しますが、Aさんのお家でしょうか」
「A は私ですがそんな会社の事なんか知らないぞ。登録したこともないし。さては君たちは今流行ってる詐欺とかじゃないだろうな。」
「とんでもございません。私たちはお客様が安心して納得していただいて、初めて出会いをお勧めしていく会社でございます。なので今日お金を頂く事は一切ありません。ただお話だけさせていただきたく参りました。」
「そうかい。お金を取られないのはわかったが、出会いなんてそう簡単に見つかるものでもないだろう?それに確かにフィアンセが欲しかったときもあったが僕も30歳にもなり、いなくてもしょうがないと思えるようになっているんだ。人に応援される筋合いもないしね。」
ビールの力もあり青年は大きな声で話した。
白髪頭のおじいさんも声の大きさに少し驚いた様子だったがすぐににこやかにこう続けた。
「おっしゃる通りでございます。しかし…」
そして驚いたことに隣の美しい女性のお尻を何度も叩きながら、
「しかしこの商品があれば、簡単にフィアンセを作るとことが出来るとおもいますぞ。」
青年はしばらく(なんだこの変態老人は)と理解出来ずポカーンとしていたが、隣の女性ががお尻を叩かれても全くリアクションしない事に気がつき顔をよくよくみると、とても良く出来たロボットであるようだった。
「なんだこの女性は良く出来たロボットじゃないか、美しい顔してるが。出会いとなんの関係があるんだよ。」
青年は先ほどよりもさらに少し大きくなった声でおじいさんに聞いてみた。するとおじいさんは周りに人が通らないかを確認すると、わざとらしく声を小さくしながら話始めた。
「この子このロボットはね、人になっていくんですよ。あなたと生活して行くなかでね。」
「あなたの好きな顔はもちろん、体型、性格、声。話し方。それらを常にアップロードしてあなたにとっての完璧な女になるんです。」
青年はすぐに(でもそれはロボットであって、人間ではないじゃないか)と声を発しようとした時におじいさんがそのセリフを途中で遮った。
「違うのです。この子はクローンなのです。そこにロボットの技術を搭載し変化できるクローンが誕生したのです。」 「あなたの望みの人物と一致した時にそこからは変化をやめて完全な人間となる事が出来る、それがこの子なのです。」
青年は急な話で驚いた。クローンの話なんて到底理解しがたいし、そんな高価そうな物そもそも買えるのか。そこから少し無言の時間が続いていた。
その間におじいさんが女性に優しく話しかけ始めた。すると全く動かなかった女性が、なんとすぐに喋り出し顔の表情も豊かになり、喋るとさらに見た目ではほとんどロボットかはわからなくなった。
「最初に話したように今お金を取ることはありません。三ヶ月であなた好みの女性に仕上がるはずです。そのとき伺いますので、返却されるのならお代は結構です。そこから必要ならフィアンセ代としての報酬を頂くという形でどうでしょう。」と、おじいさんは言った。ちなみにフィアンセ代を聞くと安くはないが、何ヶ月か節約すれば青年の給料なら買えないこともなかった。
興味を持ってきた青年はそのロボットをレンタルする事にした。(まぁ三ヶ月はタダだし仕事ばかりもつまらないしと。)
一緒に過ごし始めるとすぐに凄さに気がついた。どんどん性格は一緒に過ごしやすい感覚になる。顔や声もいきなりではないけれど、徐々に徐々に青年の好みに変化しているのを感じた。全く違和感がないのである。
見た目でもロボットだとわかるようなところはひとつもなかった。出来るものかと不安だったが、夜の営みさえ出来そうだ。ただこれはまだ時間がかかるようで、その雰囲気になると僕の好みの断り方で断られた。
彼女が僕のことが好きになるように教育したので絶対裏切る事のない最高の美人なフィアンセだった。(こんなロボットなら絶対に他の人にも気づかれない。)
そう思った青年は彼女を買い取る事にした。
約束の三ヶ月後。
青年は白髪頭の老人を家に呼んだ。
「あなたの言ってた事は本当でした。私は最高のフィアンセを手にいれることが出来ました。彼女の買い取りを進めたいの…
ドン。
不意に背中に痛みを感じて振り向くと彼女が私の血にまみれた包丁を持っていた。
なにがなんだかわからない私の意識がゆっくりと消えて行くなか、微かに白髪頭のおじいさんと彼女の会話が聞こえていた…
「この三ヶ月でしっかり金目のものや、通帳などの場所は把握しているか。ずっと仕事しかしていない男だ。結構たまってるはずだ。」
「当たり前よ。しかし男ってほんとに間抜けね。ロボットとクローンが合成したら人間と区別がつかなくなるなんて嘘を信じて。顔や声も好みの女になんてなれっこないし、せいぜい化粧くらい。
結局、私みたいな美人を好きに扱えてるってう思い込みで、全て自分のために変化してると勘違いしちゃうのね。お気の毒だわ。」