第拾肆幕の拾弐
出て来るだけで雰囲気を変えるオーラを持つ人っているよね。
突如サングラスをかけた黒服の集団が数人現れ、土のグラウンドの上にレッドカーペットを敷き始め、通り道を形成する。そのうちの二人が壇上に上がっている校長を取り押さえ、彼女を強引に壇から引きずり下ろす。その直後、グラウンドのスピーカーから「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」、通称「パッヘルベルのカノン」が流れ始める。誰もが知っているクラシックの有名な曲であり、普通であれば卒業式や結婚披露宴といった場で流れる楽曲であるこの曲が体育祭の開会式で流れるという異様さから、校長の長話に辟易していた生徒、野次を飛ばしていた生徒、その両方に怒りを感じていた生徒、そして事態の鎮静化を図るために必死だった教師たちはいずれも水を打ったかのように動きが止まる。カバンの中にいたイナリも、なぜか背筋が伸びて気が付くと綺麗な姿勢になって座っていた。
だがその中でただ一人、百合だけは音楽が流れ始めるのとほぼ同時にグラウンドから逃げるように屋内の隅っこに小走りで足を進めていった。その光景が目に入った桃香は、事情を把握している顔で彼女が逃げ切れることを心の中で祈っていた。
「あなたたち、いったい何なの! やめなさい! 私はこの学校の校長よ、こんなことしてただで済むと思うんじゃ……!!」
無表情且つ何も言葉を発さずに仕事をこなす黒服に怒りをあらわにしながら強制的に退場させられる校長とすれ違うように、レッドカーペットの上を一人の熟年男性がゆっくりと、そして威風堂々と歩みを進めていた。校長はレッドカーペットの上を歩く熟年男性の姿を見た途端あれだけ反抗的な態度を取っていたのが嘘のように無抵抗になり、そのまま黒服に拘束されながら屋内へと姿を消していった。
彼の登場に、司会進行を務めていた教頭がアドリブで進行させる。楽曲は誰もが聞いたことのある有名なフレーズに突入していた。この曲を初めて聞いたイナリは、本能的に旋律の美しさに魅了される。人類史に刻まれている名曲は、キツネにとっても素晴らしいと感じる曲のようだ。
「ら、来賓を代表いたしまして、高砂ホールディングス総帥、高砂総一郎様より式辞がございます」
「高砂ホールディングス」という名前を耳にし、その場が更なるどよめきに包まれる。それもそのはず、高砂ホールディングスとはかんなの父が会長を務めている金丸ファウンデーションよりも規模が大きく、日本はおろか全世界でも指折りの誰もが知っている大企業グループだからである。
その総帥である高砂本人も世界的に名の知れた人物であり、社会的な地位だけでなく、国内外の恵まれない子どもたち、紛争地の戦災孤児や天変地異における被災者、難病患者などに対する慈善事業家としても有名である。
もちろんかんなも金丸ファウンデーションの令嬢として彼と会食をしたことがあるため高砂とは顔見知りではあるのだが、多忙であるはずの彼がこんなところに顔を見せるとは夢にも思っていなかったようで、クラスの列に並びながらも驚きを隠せないながらも背筋が伸びて直立不動になってしまっていた。
「(た、高砂さん……!? なんでこんなとこに来ちゃってるの……!? マジヤバいですけど……)」
高砂が壇上に上がりきると同時に、音楽が止まる。黒服たちは一斉に人目に付かないところに撤収する。そして彼は、生徒たち一人一人の目を見ながらまず一言優しく語り掛けるところから話を始めた。
「皆さん、まずはその場に座ってください」
パッヘルベルは世界初にして最大の一発屋。




