第零幕 「伝説」
令和の初日に日本らしい和をモチーフとしたバトルヒロインの物語が始まります。
彼女たちの活躍に魅了されてください。
それでは、ご覧ください。
ある春の昼下がり。暖かな日差しが降り注いでいる神社の境内に設置されたベンチに、二人の幼い少女と一人の幼い少年が神主とともに座っていた。神主は、優しい口語りで物語を聞かせ始めた。
「昔々、日本のあるところに一人の女の子がいました。和尚さんとお寺に住んでいる女の子は、優しくてかわいらしい街の人気者でした」
女の子の姿がどんなものなのかは想像するしかないが、話を聞いている三人はそれぞれ彼女を頭の中で思い浮かべる。初恋すら未体験の彼女たちだが、それぞれの理想としている近い将来の姿、あるいは憧れる異性を思い浮かべていた。
「しかし、女の子が住む町は毎日のようにどこからともなく妖怪が現れていました。妖怪は現れるたびに好き放題大暴れして、家を壊し、食べ物やお酒、宝石を奪っていきました。妖怪たちはとても強く、お相撲さんや町の力自慢に刀の名人、そしてお侍さんが妖怪退治に向かいましたが全く歯が立たず、返り討ちに遭ってしまいました」
妖怪が暴れる姿を想像し、少女二人は恐怖する。少年は自分が二人を守ると宣言し、彼の勇気に神主は目を細める。
「女の子は困っている人たちのための力になりたい、でも自分には何ができるのかわからず悩んでいました。そんなとき、女の子の前にボロボロの服を着た若い男の人がお腹をすかせて倒れているのを見かけました。女の子は旅人だという男の人をお寺に連れて行き、和尚さんに相談して食べ物を分けてあげました。男の人は、『助かった、ありがとう。あなたたちは命の恩人です』とお礼を言って、虹色に光る不思議な着物ときれいな色をした勾玉を女の子にくれました。実は、男の人は魔法使いだったのです」
「魔法使い」というワードにわくわくする一同。物語に登場する魔法使いの魅力に、洋の東西は無関係だ。
「魔法使いは、この着物はただの着物ではなく、開花と叫ぶことで着ることができることと、火、水、土、木、金の力を使って悪い妖怪を退治することができる魔法の着物だと教えてくれました。さっそく着てみようとした女の子に、魔法使いは着物の重要な決まりを教えました。それは、着るときはその勾玉を一緒に身に着けるようにというもので、それだけ言い残したら魔法使いはどこかへ旅に出てしまいました。女の子は、言われた通りに勾玉にひもを通して首飾りにしてから、着物を着てみることにしました。すると、女の子の全身から力がみなぎってきました」
二人の少女のうち、赤い髪をした少女は虹色の着物が本当にあったらいいなと思いさらに話の主人公に自己投影していく。
「虹色の着物を着た女の子は、妖怪退治のために町に向かいました。町ゆく人たちはみんな女の子が着ていたきれいな着物に釘付けになっていました。妖怪たちは、町のはずれにある洞穴に集まって奪った食べ物やお酒でどんちゃん騒ぎをしていました。今まではすごく怖いと思っていた妖怪たちも、今は全然怖くありません。女の子は妖怪に勝負を挑みました」
遂に妖怪と対決、子どもたちの頑張れという声が神社内にこだました。
「着物の力で出した熱い炎を浴びた妖怪は丸焦げになり、湧き出てきたきれいな水を浴びた妖怪は力をなくし、地面に少し手をつくと、そこから地面が割れて妖怪を吸い込んでいき、強い風を起こすと妖怪たちは吹き飛ばされ、そして鋭い刃で切られた妖怪たちはたくさんの傷を負ってしまいました。お相撲さんや町の力自慢に刀の名人、お侍さんでも勝てなかった悪い妖怪たちを女の子が一人で次々と退治していきました」
主人公の強さと着物の力のすさまじさに話を聞いている三人のボルテージは青天井。話はここからクライマックスだ。
「いよいよ妖怪の親分との一騎打ち。親分は今までの妖怪とは違って手ごわかったですが、着物の力をひとつに合わせて女の子は戦いました。さすがに着物の力にはかなわないと親分も降参、町から奪った食べ物やお酒、宝石は返すと約束して謝りました」
活躍と勝利に、少年少女は喜びの声をあげる。視覚的情報がないにもかかわらずここまでの熱狂が起こる、神主は子どもたちの想像力は無限大だと改めて感心させられていた。
「妖怪から取り返した宝石や食べ物を町に持って帰り、持ち主に返して回った女の子は、人々から感謝され、振袖小町と呼ばれて町の英雄になりました。そして、女の子はそれからずっと幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」
これにて終幕。少年少女からの拍手が上がる。
「どうだい、面白かったかな?」
「うん! すごくおもしろかった! わたしもふりそでこまちになりたい!」
「わたしも! ふたりでいっしょになろうよ!」
振袖小町の物語は大好評、彼女たちはすっかり振袖小町のとりこになっていた。神主から振袖小町は女性であることを聞いた少年は、こう答えた。
「なら、ぼくはつよくなってふりそでこまちをたすける! ぼくもいっしょにわるいやつをやっつけるぞ!」
少年少女にとって、振袖小町は単なるおとぎ話ではなく、本当にあった話として解釈されており、彼らはその日以降振袖小町のことが大好きになっていた。その姿を見た神主は優しく彼らを見守っていたが、どこか不安が見え隠れしていた。春の日差しは暖かく、子どもたちの無邪気な笑顔を照らしていたが、少しずつではあったが雲がかかってきていた。
子どもたちが神主の心の内を知る由はなく、物語の主人公に思いをはせながら明るい笑顔を振りまき続けていた。
序章・完
今回は前日譚ということでこのような形になりましたが、次回の第壱幕で本格的なスタートとなります。
それでは、お楽しみに。