97 王都での再会
今回は珍しい息抜き回です。
「あんた、俺を知って……」
突然諍いを止めにきたフェルドは、彼の名を呼んだ私の顔を見て数秒後、ハッとしたように手を打った。
「ああ、あんた前に王都で会った若いのに強い冒険者かっ! 久しぶりだなっ、というかあの時より随分強くなった。もう俺が戦ってもヤバいんじゃないか?」
初めて会った時、彼はどこででも買えるような革鎧に大剣を背負っていた。
二度目に会った時は、街中での護衛途中で、身なりのよい軽装鎧を纏っていた。
三度目である今日は大剣こそ背負っているものの、着ている服装はどこにでも売っているような吊るし物だったが、その全身から溢れる覇気は誰からでも分かるようで、その発言に周囲の冒険者がざわつき始めた。
「まだフェルドには及ばない……」
あの夕暮れ時に去っていく大きな背中は、私の目標だった。ランク4になって少しは強くなれたと思っていたけど、その背はまだ遠い。
【フェルド】【種族:人族♂】【ランク5】
【魔力値:215/225】30Up【体力値:357/370】20Up
【総合戦闘力:1494(身体強化中:1908)】116Up
彼も三年前よりかなり戦闘力が上がっている。上昇値から判断すると魔術系のレベルが上がって、戦闘継続力とステータスの平均値が上昇したのだろう。
フェルドの見た目は三年前と変わらない。元から年齢より上に見えていたけど、そういえば三年前に二十歳だったのだから、年齢を考えれば順当に強くなったのだと考えるべきだ。
「そんなこともないと思うが……それで諍いの原因はなんだ?」
「それについては、わたくしから説明いたします」
倒れた冒険者と私を見てフェルドが少しだけ険しい顔になると、私の担当になった受付嬢が割り込んできた。
「アリア様はそちらの男性に絡まれ反撃をしました。確かに先に手を出したのはアリア様ですが、煽るような発言もありましたし、ギルド内での揉め事は冒険者同士での決着を推奨されていますので、ギルドとしてはアリア様に注意ということで、それ以上の問題はないと判断します」
「そうか……」
戦闘力の高い冒険者の揉め事は衛兵では対処できないので、どちらも冒険者なら当事者同士の決着が望まれる。
もちろん、あきらかに格下の冒険者に絡んで傷を負わせたり、集団で罠に掛けたりと悪質な場合はギルドが対処して、登録の抹消をして罪に問うが、登録上の私はまだ十代前半なので、絡んだほうが悪質だと判断されたらしい。
私も少し短慮だった。ちゃんと手を出されてからの反撃なら、この程度なら注意もされずに許容されていた。
そんな風にまだ立ち上がれない男に冷めた視線を向けていると、フェルドが私の名を呟いた。
「アリア……どこかで聞いたことがあるな…」
「ああ、それは、」
「あ、あんたっ! 『虹色の剣』の剣士だろっ! こんな小娘があんたらと関わりがあるなんて嘘だよなっ!」
フェルドの疑問に答えようとした受付嬢の言葉を遮って、意識を取り戻した斥候の男が声を荒らげた。
虹色の剣……? フェルドが?
「ああ、思い出したっ! 俺たちのパーティーに加入する予定のヴィーロの弟子って、あんただったのかっ。あいつが弟子自慢なんてするから、どんな奴かと思ったが、その戦闘力なら納得だ」
「なっ、」
フェルドの言葉に絶句する男に、彼は笑いながら私をチラリと見る。
「あんた、鑑定が使えないなら鑑定水晶でも使って、彼女を視てみろ。そうしたら絡もうなんて思わないはずだ」
「そんな……」
フェルドが悪気もなく言葉でトドメを刺す。おそらくこの斥候は虹色の剣に憧れていたのだろう。見た目だけで判断した私が、自分より強いとフェルドに宣言されて落ち込んでいた。
「フェルドが仲間になるの?」
「どうやらそうみたいだな。よろしくなっ」
*
フェルドはヴィーロの仲間である『虹色の剣』のメンバーだった。
その他のメンバーは斥候のヴィーロ。そして以前会ったエルフの精霊使いであるミラと、リーダーであるドワーフのドルトンになる。この二人は、サマンサと一緒に虹色の剣を創設した初期メンバーらしい。
やはり魔術師がいないと戦術の汎用性に欠けるな。その辺りを精霊使いと私の闇魔法でどう補えるかが問題になる。
「それでも、光魔術を使えるメンバーがいれば、活動はできるとドルトンは判断した。それで俺もレベル1だった光魔術と火魔術を2まで鍛えたが、まだ使えない呪文もあるし、正直に言うとアリアが来てくれて助かっている」
「そうなんだ……」
「ヴィーロの弟子にしては戦闘スタイルが特殊に思えたが、アリアは魔術系も師匠がいたんだな。レベル4の闇魔術はサマンサも使えなかったので楽しみだ」
「うん……」
私は今、フェルドと王都の街を歩いている。
意図せずメンバーの一人と会えたことになったけど、ヴィーロから追加情報が来ているかギルドに確認に来たフェルドは、目的の一つである新メンバーの私と出会えたことで、私のランク更新にも付きあってくれた。
やはりと言うべきか、フェルドは王都で私に会ったことは思い出しても、その前に街道で出会った浮浪児が私だとは思い出さなかった。
あの時は少年だと偽り、今は外見年齢もまるで違うので仕方ない部分もあるし、私も言うつもりはない。
私の外見が平民の成人近くにまで成長して、正式に彼と仲間になったことで、フェルドは私を子供としてではなく大人と同様に扱ってくれている。
フェルドは知らない子供に、他意もなく生きるための手ほどきをするほどのお人好しで、師匠と同様に“人”として信頼もしている。
だからだろうか、もしかしたら私は、あの時の子供が私と知られることで、また子供扱いされるのが嫌なのかもしれない。
レベル4の闇魔術である【幻覚】を使って室内に雨を降らせたことで、私は問題なく【ランク4】になり、冒険者ギルドのタグがほぼ真っ黒な魔鉄製に変えられた。
本来なら魔鉄製のタグを作るには数日はかかるそうだけど、ヴィーロが事前に連絡をして作らせていたらしい。……本当にヴィーロは有能だね。子供視点だとダメな大人なのに。
ランクの更新が済めばもう用は終わりなのだが、その後、防具の調整をするためにゲルフの店に行くと告げると、フェルドはまだ王都の地理が不案内な私を案内してくれることになり、三人で向かうことになった。
「そう思うだろ、ミラ」
「うん、アリアが入ってくれて、これからが楽しみ」
エルフの精霊使いであるミラが、私とフェルドにニコニコした温和な笑顔を見せて頷いていた。彼女も気になってギルドに来たらしいが、ギルドの外でバッタリと会ってそのままゲルフの店まで付きあってくれることになった。
プライドの高いエルフでありながら尖った感じがせず、二十歳ほどの美人であるミラに道を歩く男性たちが目を奪われている。
きっと、こういう女性が男性に人気があるのだろう。
「どうした? アリア」
「うん? ミラって綺麗だよね……ヴィーロの彼女ってミラじゃないよね?」
「ないない、それはない」
妙な顔をして否定したフェルドは、30センチ以上低い私に顔を寄せて、こっそりと教えてくれた。
「ミラはエルフだから見た目は若いけど、中身はサマンサと同年代だ。はっきり言って中身は普通の“おばちゃん”なんだよ。俺どころかヴィーロまで小さい子扱いしてくるし、すぐに飴とかポケットにねじ込んでくるし、外見で言い寄ってくる男は多いんだが、大抵三日で離れていくな」
「……そうなんだ」
どうやら彼女の性格が温和なのは、百年近く人間社会で暮らして丸くなったのではなく、“おばちゃん化”してしまったせいらしい。
そういえば師匠も見た目は若いのに、自分を“婆”って呼んでたな……
「そんなところで考え込んでいると、はぐれるぞ」
「うん……」
考えていたら足が止まっていたみたい。王都は他の街とは比べものにならないくらい人が多いので、はぐれると言われて反射的にフェルドの服の端を指で摘まんだ。
「お、おい?」
「うん?」
どうしたのだろうと首を傾げると、何故かフェルドの視線がわずかに泳いだ。
「……いや、なんでもない」
そのまま何故か口数が少なくなったフェルドに掴まったまま、ドワーフの防具屋ゲルフの店に到着する。
「ゲルフ、いる?」
「あ~ら、アリアちゃんにミラちゃんじゃない。それにいい男も一緒なのね」
いつものように肌色面積が多いピッタリとした革の服を着たゲルフが、綺麗に整えられた長い睫毛で片目を瞑る。
「ゲルフ、腰と胸が動かしにくい。なんとかなる?」
「……相変わらず反応が淡泊ね、この子は。まぁいいわ、そろそろ成長する頃だと思って新しい服を作っておいたわ。着て見せてね」
どうやらゲルフは私の成長を見越して、新たな防具を作ってくれたようだ。また奥に引っ張り込まれて、今の装備を回収されて新しい装備を渡される。
「こっちのは手入れはしてあるけど、随分とキツい戦いをしてきたのね。防具も万能じゃないから身体を大切にしないとダメよ」
「うん、ごめん」
「この新しい装備は、あなたの外見に合わせて、さらに“守備力”を上げてあるわ。形状はあまり変わらないけど、大人っぽいデザインにしてあるの」
……なんの守備力?
新しい防具は形状は、詰め襟になった黒のノースリーブワンピースのままだが、過酷な環境に適応できるように、耐火性と耐水性を上げているそうだ。
形状としてはスカートの左側についていたスリットは深くなり、スカート自体の丈も膝上から膝下の長さになって、動きやすいように翻りやすくなっている。
「うん、いいわねっ!」
「うん、動きやすくて軽い」
何故かゲルフと私と褒めている部分が違う気がしたけど、どちらも気に入っているのだから問題ないだろう。
着替え終わって店内に戻ると私を見たミラが目を輝かせた。
「さすがゲルフねっ、アリア、可愛いわっ!」
「そう?」
自分ではよく分からないけどミラが言うのならそうなのだろう。使い勝手を確かめるように、深くなったスリットからナイフを取り出していると、フェルドがわずかに視線を逸らした。
「フェルド?」
「ああ…うん、いいんじゃないか?」
フェルドに言われるとなんとなく安心する。彼の服を思わず掴んでしまったのも、彼なら大丈夫だと何故か無条件な安心感があった。
あ、そうか……と、私はふと気付く。
「フェルドって一緒にいると安心する」
「そ、そうか?」
「うん、“お父さん”みたい」
私が素直な気持ちを口にすると、フェルドが硬直してゲルフとミラが笑っていた。
……何か違った?
残念! まだ早かった!
アリアはまったくの無自覚です。
次回はダンジョンのあるフーデール公爵領に向かいます。
早くできたら明日も更新します。