96 虹色の剣
「断る」
「はぁあっ!?」
私がキッパリ断ると、私が断るとは思っていなかったヴィーロが唖然とした顔で裏返った声をあげた。
『虹色の剣』――確か、この国でも数少ない、ランク5の冒険者パーティーだったはずだ。
ヴィーロがどうしてそこに私を誘ったのか分からない。けれど、サマンサの後釜なら正当な魔術師が入るべきで、ヴィーロもずっと魔術師を捜していた。
それにずっとソロでやってきた私は、パーティー戦をあまり理解していない。できないとは言わないが、私の隠密や暗殺を使う戦闘スタイルなら、オーク戦のようにソロのほうが有効な場面が多いと判断した。
「ヒャッハッハッ、キッパリ振られたのぅ、坊主っ!」
「婆さん、俺が女にフラれたみたいに言ってんじゃねぇよっ! 俺にだって女の一人くらい居るんだよっ!」
「また貢がされておるのか? 懲りん奴じゃのぅ……」
呆れと憐れみの入り交じったサマンサの視線に、ヴィーロが何故か慌て出す。
「いやいやいや、今度は違うんだってっ! アリアっ、お前も婆さんの戯言信用すんなよっ! いや、話はそうじゃねぇんだ」
ヴィーロはようやく本題を思い出したのか、いきなり私のほうに向き直る。
「いいか、よく聞けよ、アリア」
ヴィーロが私を誘った理由を色々と説明してくれる。
魔術師であるサマンサの後継のことは抜きにしても、斥候であるヴィーロも自分の後釜を探しはじめていたらしい。
一般の冒険者は四十にもなれば引退を考える。でも、魔力が多い高ランクの冒険者は老化が遅く、五十代まで現役も珍しくない。ヴィーロも三十代の後半とはいえ、見た目は三十代前半でまだまだ現役だ。
「俺だってすぐに引退はしねぇが、長い歴史がある『虹色の剣』は特別だ。後継なら誰でも良いわけじゃねぇし、ノウハウを伝えるにも数年はかかる。それにな……俺の女がちゃんとした給金のある仕事についてほしいって言うし、暗部からも正式に誘われているし……」
「…………」
だんだん話が変な方向にズレてきた。
「小娘っ、坊主の女の話は話半分に聞いておけっ! 数年に一度はそんな話をして、すごすご戻ってくるからのっ!」
「わかった」
「今回はマジなんだって。いや、本題はそこじゃねぇ。要するにお前なら俺の後も任せられると判断した。それに、王女の護衛に就くにはただの冒険者じゃダメだ。あくまで冒険者『虹色の剣』への依頼だから、いくら王女がお前を信用しているとしても、周りはそう思わない」
確かに私の立場は元孤児の冒険者だ。ランク4になっても社会的な信用があるわけじゃない。
「パーティーに加入すると考えずに、クランに入ると考えろ。お前だって俺が個人で仕事を受けているのは知っているだろ? 俺たちは個人の技量が高いから単独でも依頼を受けるし、大きな仕事の時だけパーティーになるだけの話だ。それにどうせ、お前は気に入らなければ勝手に抜けるだろ」
私のことを知っているヴィーロの言葉に私も静かに頷く。
「……なるほどな」
“虹色の剣”のような信用のある冒険者パーティーでしか、国家の仕事は受けられないのは理解した。
以前は信用のあるヴィーロから紹介した“子供のメイド”だったから、あまり警戒もされずに見逃された。でも今の私ではエレーナに近づくこともできないだろう。
暗部は、離反したグレイブの代わりにヴィーロを誘うほど、人手が足りていないのだろう。同様に怪しい人間を入れるのは前よりも厳しくなっているのだと推測する。
サマンサの後継の話も、魔術師は冒険に必要だが、パーティーに必須というわけでなく、『虹色の剣』としても数少ない若手の高ランクを捜して長期間休止していると依頼関係で問題が出るらしく、今回の王族の護衛を機に、ランク3程度の光魔術師を入れて活動を再開することにしたそうだ。
裏社会への牽制の話も、百年以上の歴史がある『虹色の剣』の名は伊達ではなく、かなりの抑止力になると思われる。……だけど、
「面白くないな。最初から断れないようになってるじゃない」
「そこら辺が大人の汚さよ。だがな、それを理解できる頭があるからこそ、断れないと気づくんだ。お前なら気づいてくれると信頼していたんだよ」
憤然とする私の肩を、自称汚い大人であるヴィーロが笑いながら軽く叩いた。
まぁ……仕方がないか。王家にも護衛がいるから私一人がいなくても変わらないとは思うが、それでも私が護ればエレーナの帰還率は高くなる。
「了解だ、ヴィーロ。私は『虹色の剣』という“パーティー”ではなく、“クラン”に参加させてもらう。それでもいいか?」
「もちろんだ、アリア。期待してるぜ」
「ヒャッハッハッ」
ランク5の冒険者パーティー、『虹色の剣』へ入ることが決まった。
私にとってパーティーへの参加はメリットもデメリットもあるが、今回はメリットが多いと判断する。
今回のように年に一度程度はパーティーとして動くこともあるそうだが、普段はヴィーロのように個人で動けるのなら、そう悪い話でもない。
「軽く予定を話しておくぞ」
エレーナを含めた王族の若手がダンジョンに赴くのは今から四ヶ月後。
本来の予定なら一年ほど時間があったらしいが、護衛対象のうち二人が来年の頭より魔術学園とやらに入るので、急遽年末に前倒しになったそうだ。
その彼らが潜ることになるダンジョンとは――
「フーデール公爵の直轄する離島にある、この国の三大ダンジョンの一つだ」
この国の三大ダンジョンとは、私がカルラと低層階に潜った王家直轄地のダンジョンと、国の南西にあるラクストン公爵領のダンジョン。そして今回のフーデール公爵直轄地の離島ダンジョンになる。
大規模ダンジョンは王家と公爵家という国家の要である貴族家が管理をしている。おそらく、そこまでするほどに大規模ダンジョンには重要なものがあるのだろう。
……それを次代の王族に渡すのが目的か?
エレーナ……大丈夫かな。
次の任務が流されるままに決まってしまった。あと四ヶ月もあるのだから一度師匠の所に帰ろうかと思ったが、私も一度、王都で他の『虹色の剣』のメンバーと顔合わせが必要らしい。
それもまぁ、もっともな話だ。それに武器の手入れをガルバスに頼む時間はないが、その弟のゲルフに防具の整備を頼みたいと思っていたところだ。
……最近、腰と胸辺りが動かしにくくなってきたから。
「それじゃまず王都に戻るか。俺とアリアなら三週間もあれば着けるだろ」
「サマンサはどうするの?」
「婆さんの報酬の話もあったな。討伐できていればギルド経由で金を振り込むんだが、婆さんはどうする? ドルトンに会っていくか?」
ヴィーロがサマンサに話を振ると、突然変なモノでも食べたように顔を顰める。
「今更、おっさんドワーフの顔なんて見たいと思わないよっ! 他の連中には坊主が適当に言っといてくれ。わしゃ、さっさと帰って玄孫と遊ぶんじゃ」
「わかった。報酬はどうする?」
「そんな、はした金はいらんわいっ。その小娘に装備でも買ってやりなっ! じゃあ、またの、坊主、小娘っ!! ヒャッハッハッ!」
サマンサは勢いよくそう言うと、初めて会った時と同様に、私が声をかける間もなく街道を駆け出し、土埃を残してあっと言う間に姿が見えなくなった。
「……本当にボケてるの?」
「自信が無くなってきたな……、言動は間違いなく“ボケ”なんだが」
人族なのに百歳超えているけど、あと百年は生きているような気がした。……本当に妖怪じゃないのよね?
「アリア、戦闘力の他に、お前がランク4であることを示すものはあるか?」
王都に向かう道すがら、ヴィーロがそう尋ねてきた。
「レベル4になったのは闇魔法だ。一応、レベル4の【幻覚】の呪文は覚えているから、少し練習すれば使えると思うけど?」
「ならばいい。お前は『虹色の剣』に入る前提として、王都の冒険者ギルドでランクの更新をしろ。前までは加入させてもパーティー登録は後にするつもりだったが、登録していたほうが、話が通しやすいからな」
「了解」
エレーナの護衛をするには虹色の剣に加入する必要がある。それでもランク3と4では受ける印象が段違いなので、私が直接護衛することを認めさせるためにも、更新はしておくべきだとヴィーロは考えたらしい。
私がランク3の更新をしてからまだ半年も経ってないけど、また面倒事でも起きるのだろうか……
私もヴィーロも王都に向かうのに変わりはないが、ヴィーロは各所に連絡を取るために、一度別れて別行動することになった。
私は一人で王都に向かい、到着するまでにレベル4の闇魔法を使えるようにする必要がある。
そうなると旅の間、街に寄る意味は食料の補充以外にあまり感じない。森の中を移動しながら、真夜中の森で【幻覚】の練習をしているとき、ふと何かの“予感”を感じて顔を上げた私の瞳に、遠くに見える山頂に掛かる月の中に“黒い獣”の姿が一瞬だけ映る。
「…………」
ネロ……お前はそこに在るの?
少し時間をかけて、約一月後に問題なく王都に到着した。
途中で少し噂を聞いたが、幻獣の討伐隊を出した公爵は、特に戦果もなかったらしいが、道中の安全は確保したと発表して事件を収めたそうだ。
王都には何回か来たけど、そういえば王都の冒険者ギルドに顔を出すのは、初めてのような気がする。
大通りの商業ギルドの真裏にある貴族の館ほどの大きさもある建物が、王都の冒険者ギルドだった。商業ギルドの近くにあるのは、設立に出資した商業ギルドが効率よく素材を買い取るためだが、どこの街でもその位置関係が伝統になっている。
ギルドの中に入ると、ダンスホールほどの石床のロビーに商談用の幾つかのテーブルと椅子が並べられ、吹き抜けになった天井には魔術の灯りが輝き、奥には十個ほどの受付カウンターと、他の街ではあまり見なかった綺麗どころの受付嬢がずらりと並んでいた。
規模と豪華さは別にして、造り自体は一般的なギルドと変わらない。到着したのは昼を少し回った頃だったが中には十数人の冒険者がいて、入ってきた年若い私にジロリとした視線が向けられた。
軽く見渡しただけだが、年齢的な意味でも実力的にも“若手”はほぼいない。
王都に来るような冒険者は各地で腕を上げて、貴族や富豪との繋がりを求めてくる者が多いので、必然的に年齢もランクも高くなる。
中には王都生まれの新人冒険者や、移動途中でただ立ち寄っただけの者もいるはずだが、後者はともかく、王都では高ランク者用の依頼がほとんどと聞いたので、新人はすぐに王都を離れることになるのだろう。
必然的にここにいる冒険者のほとんどはランク3以上になるが、私を見て驚いた顔をしたり、露骨に顔を逸らす者は、おそらく私を【鑑定】した人たちだろう。
ギルドの受付嬢たちも当然のように鑑定スキルを持っているらしく、私を“視た”数人が席を離れて、一番奥から二十代後半の受付嬢が真っ直ぐ私のほうへ歩いてきた。
「冒険者ギルドへようこそ。もしや、“灰かぶり姫”でいらっしゃいますか?」
「……名乗ったことは無い」
「失礼いたしました、アリア様。お噂は王都にも届いておりますが、ここまでお若い方だとは思いませんでした。『虹色の剣』の方より伺っておりますので、わたくしがアリア様のランク更新の件など、担当をさせていただきます」
「うん」
各ギルドのような大きな組織には『遠話の魔道具』があると聞いたことがある。
それらを使って各地の情報を集め、ヴィーロもそれを使って連絡を入れていてくれたのだろう。
それにしても、裏社会で勝手に広まった“二つ名”が、冒険者ギルドで普通に呼ばれるほどに広まっているとは思わなかった。
この受付嬢にしても、その名を口にしたのは、一般の二つ名で呼ばれる高ランク冒険者と同じように呼んだだけで他意はない。
でも、“灰かぶり姫”という名は、表の世界よりも裏の世界で轟いており、冒険者の中にも“裏寄り”の人間がいることを失念していた。
「おいおい、こんな小娘が“灰かぶり姫”だって?」
私と受付嬢の会話が聞こえていたのか、二十代後半のチャラそうな斥候がニヤついた顔でそんな声をかけてきた。
「アリア様はわたくしが担当になっております。話は後にしていただけますか?」
「そう時間はとらせないよ。この見た目が良いだけの小娘が、どんな良い手を使って、暗殺者ギルドを潰したことにしたり、『虹色の剣』に取り入ったんだか、是非とも聞きたいと思ってね」
「…………」
なるほど、このランク3らしき男は“私”を見た目で判断して、私が実力ではなく、何かしらの手段でヴィーロに取り入ったのだと考えたみたいだ。
「何とか言ったらどうだ? その腕前を見せてみろよ」
「アリア様、どうか……」
私の戦闘力を“視て”いる受付嬢は、私ではなく彼の身を案じて私に訴える。
私も別に初日から流血沙汰を起こしたいわけじゃない。
「大丈夫。コイツは私の腕前が見たいだけだから」
「……え」
私が勢いよく右手を掲げると、男の顔が一瞬だけ警戒する。だがもう遅い。その時点で回避なり防御なりをしなければ、私の攻撃を防げない。
「――がっ!?」
手を上げると同時に【影収納】から出した【分銅型】のペンデュラムを、そのまま男の脳天に叩き落とした。
手加減をしたので、それでもまだ生きている男の足を払って倒すと、それを冷たく見下ろしながら、私は黒いダガーを静かに引き抜いた。
「そこまでだっ! 決着はついたっ」
ギルドの入り口から暴風のような巨大な圧力を感じて、瞬時に身体強化をかけて距離をとると、割り込んできたその大男の顔を見て私の口から思わず声が漏れた。
「……フェルド?」
再会です。
久しぶりに会ったフェルドは、アリアに気づくのか?
ネロはアリアとは別れましたが、近くにいると決めたようです。
次回、王都での再会。
登場人物紹介にサマンサを追加しました。