81 オーク攻略戦 ⑤
読みにくかったので修正しました。
『グボォガァアアアッ!!』
毒矢を受けた〈弓〉のオークソルジャーが、顔面を押さえながら絶叫を上げて崩れ落ち、矢が刺さった左目を中心に顔半分が青黒く染まると、すでにその生命は失われていた。
そのあまりの死に様に騒いでいたオークたちが静まりかえる。この毒は一度師匠の所に戻った時に厳重注意付きで貰った物だが、この威力ならそれも頷ける。
下手な使い方をすれば敵が死ぬ前に私のほうが死んでしまうかも。
『グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
雄叫びをあげて怯え始めたオークたちを正気に戻すと、オークジェネラルは屋根の上に立った私と睨み合う。
裸の上半身に鎧の代わりに無数の金属輪を身に着け、下半身に巨大な昆虫の殻を使った鎧を着た、3メートルを超える巨大オーク。
上位種を殺したことで“オークジェネラル”は私を“敵”と見なした。
【オークジェネラル】【ランク5】
【魔力値:173/190】【体力値:347/710】
【総合戦闘力:883/1457(身体強化中:1234)】39%down
【状態:衰弱】
スカートを翻して腿のホルダーからナイフを抜き撃ちして、まだ混乱しているオークを狙うと、目と喉を貫かれた二体のオークが悲鳴を上げる。
『ガアアアアアアアアアアッ!!!』
配下を攻撃した私に、即座に反応して突っ込んできたジェネラルは、手に持つ黒い六角棒で下から薙ぎ払うように屋根ごと私を吹き飛ばした。
2メートルもある真っ黒な六角棒。この感じだと魔鉄製か……これだと武器破壊どころか受け流すことすら不可能だが、悪いけどお前とまともに戦うつもりはない。
突っ込んできた瞬間に離脱を始めていた私は、粉砕されて宙を舞う瓦礫の上に乗るようにして廃屋の向こう側へ飛び、脚の筋力と関節をクッションにして着地する。
ドゴォオオオンッ!!!
『グォオオオオオオオオオオオオッ!!!』
そのすぐ後に、残った壁を粉砕しながらジェネラルが追ってきた。
だがそこに“私”の姿はない。【幻影】を囮にしてその場から離れた私は、ジェネラルと入れ替わるようにオークたちが居た場所へと駆け戻り、その勢いのまま恐怖に顔を引きつらせたオークの顔面を黒いダガーで突き刺した。
――四十二体目。
強力な毒は対象を殺すだけでなく、それを見た者たちを恐れさせる。私が〈弓〉を最初に狙ったのは上位種だったからだけでなく、その強い個体を無惨に殺すことで恐怖した者たちを縛る“見せしめ”だ。
オークからダガーを抜き取ると同時に、側転しながら隣にいたオークの顎を蹴り飛ばして、がら空きになった顎から脳を突き刺して殺した。
そのまま最初にナイフを投げて目を刺されたオークを見つけた私は、その後頭部に黒いダガーを投擲して首に刺し、そこに飛びつくようにして深く刺してトドメを刺すと、その頭を踏み台にしてさらに飛び上がり、首を刺されて怯えた目を向けるオークの頭頂部にダガーを根元まで突き刺す。
――四十五体目。
『グガアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
地響きを立て、レベル5の威圧を撒き散らしながらジェネラルが戻ってくると、その声に混乱から抜けた一体のオークが石斧を振り上げて襲ってきた。
距離は違うがタイミングがほぼ同時だと感じて、私は隠密を使いながら闇魔法を唱える。
「――【幻影】――」
【幻影】は相手の目を誤魔化すのではなく、暗視を騙す闇魔法だ。ジェネラルの攻撃を跳び避けると同時に後退させた“幻影”を追って飛び出したオークは、ジェネラルが振り下ろした六角棒に頭を打ち砕かれた。
――四十六体目。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
次々と配下を殺され、ジェネラルが怒りの叫びを上げた。だけど私は、その時すでに障害物のある集落の家屋密集地帯へと走りだしている。
オークの集団は単独で戦ったり足止めをするような相手ではない。どんな状況であろうと冒険者ギルドが招集をかけるか、領主の軍を待つのが正解だ。
でも単独なら単独の戦い方がある。捕捉されれば確実に嬲り殺しにされる恐怖を無視できるのなら、私のような隠密系なら単独ならではのやり方があるのだ。
その一つが最初から始めていた飲料に毒を流すこと。そしてもう一つがこのゲリラ戦になる。
廃屋の密集地帯に入ると同時に自分の魔素を大気に合わせて隠密を使い、私は暗闇の中に溶け込んだ。開けた場所ならともかく、視線が遮られる場所ではオークジェネラルと言えども簡単には私を見つけられないはず。
次の瞬間、隣家から轟音が聞こえて、窓から見える隣家の壁が横に吹き飛んでいく。おそらく私の気配を追えなくなったことでジェネラルが廃屋を破壊してるのだろう。
もう一度“幻影”を出して廃屋の屋根を走らせ、それを追って動き出したジェネラルの背後からナイフを投擲する。
わずかな風斬り音を捉えたジェネラルが振り向きざまに六角棒で弾くと、その影を飛ばしていたもう一本のナイフがジェネラルの肩に突き刺さる。
衰弱してステータスが下がっているせいか、ナイフでも刺さることは確認できた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
私が隠れていた廃屋の壁をジェネラルの六角棒が粉砕する。
その寸前に窓の外に飛び込むように回避した私は、地面で前受け身をして立ち上がると、そのまま向かい側の窓へと飛び込んだ。
ドォゴンッ!!!
次の瞬間、先ほどまで居た廃屋が六角棒に粉砕され、道に出てきたジェネラルは私を見失って、当たり散らすように周囲の家屋を破壊する。
やはり戦闘力は下がっていても技量や感覚は別物か。毒でなくても、微量でも薬品を使えば、匂いですぐに位置を特定されるだろう。
私は暴れるジェネラルから離れて、単独で私を捜していたオークの背後に忍び寄り、首を真横に貫いて暗殺する。
四十七体目……
この状態なら無理にジェネラルを攻撃せずに他のオークを始末したほうがいい。
このまま少しずつオークを始末して、わずかでもジェネラルにダメージを与え続ければ少しでも勝機が見えてくる、と今は信じるしかない。
(っ!)
その瞬間、私は殺気と魔力を感じて廃屋の窓から飛び出した。
ドォオンッ!!!
巨大な魔力の塊が伏せた頭上を通り過ぎて、私自身も風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばされる。
「……くっ」
何が起きた……? 衝撃が通り過ぎ、暗視で見えるノイズのような土埃が晴れると、十軒ほどもあった廃屋が基礎を残してほとんどが吹き飛ばされ、まるで更地のように変わっていた。
……多分、私も知らない棒術レベル5の【戦技】だと思われる。レベル4までの知っている戦技は、通常攻撃を数倍に高めるだけの威力しかなかったはずだが、レベル5になるとここまで変わるのか……
『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!!!』
土台のみが残された場所で膝をつく私を、残り五体のオークが警戒するように間合いを取りながら、逃がさないように取り囲んだ。
そんな私に六角棒を肩に担いだジェネラルが悠然と近づいてくる。
これがランク5か……。グレイブ戦では逃げ回ることしかできなかったが、衰弱してさえ、まだこれほどの差があるとは思わなかった。
『ガァアアアアアア!!』
強者の余裕か、仲間を殺された恨みを晴らそうとしているのか、ジェネラルが配下のオークたちに攻撃の指示を出した。
『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!!』
『ブォオオオオオオオオオッ!!』
オークたちが一斉に襲いかかってくる。毒の恐怖も彼らの支配者であるジェネラルが間近に居ればほとんど意味をなさない。
突き出される錆びた穂先を黒いダガーで逸らし、背後から襲ってくる石斧を前転するように回避する。
「っ!?」
投擲ナイフを抜いた私に金属の塊が飛来して、ギリギリ避けた地面にめり込むように突き刺さり、その隙に背後から迫っていたオークの棍棒が私を弾き飛ばした。
「ぐっ!」
とっさに左手の手甲でガードできたが体力が1割ほども減っていた。
飛んできた物は……ジェネラルが着けていた金属の腕輪か。どうやらジェネラルは、私に攻撃をさせないつもりらしい。
闇魔法を使うか? でも、五感を騙す幻術を観察されている状態で使って、本当に騙すことができるの?
たとえ“幻影”を数体出せても、入れ替われない状態では攻撃を全て躱しきれるか分からないだけでなく、少ない魔力を無駄に消費することになる。
再び襲ってくるオークたち。振り下ろされる棍棒を躱してダガーを向けると、その瞬間にジェネラルの腕輪が飛んでくる。
「っ!」
集中力が分散され、どちらも半端な避け方をしたせいで腕輪が脇腹を掠めて、背後から繰り出された槍が私の肩を掠めた。
「――【幻影…」
無駄になるとしても使うしかない。だが、魔法を使おうとした瞬間にジェネラルから腕輪が飛んでくると、それを躱した先で別のオークに蹴られて魔法の構成が霧散する。
さらに襲ってくる錆びた槍に地面を転がり、私は猫のように地を這って避け続けるしかできなかった。
オークたちが残酷な笑みを浮かべながらまた私を取り囲む。すでに攻撃どころか、立ち上がることさえ許されていない。
……そういえば、ヴィーロと最初に会った時も追い詰められて、四つん這いで大地を爪で掴んでいた。それは何のためだっけ……?
そうか……
「……二足に拘る必要もないか」
『ブモォオオオオオオオオオオオオッ!』
私が声を出したことで、警戒した一体のオークが槍で突いてくる。
でも、無理に立ち上がることはもう止めだ。
伏せた状態から片足で地面を蹴って、腰の重みで位置を変え、片手を中心に地面を滑るように回転して槍の穂先を躱した私は、猫が爪で裂くようにペンデュラムの糸をオークの足に巻き付けた。
『ボオオオオオオオッ!!』
私が見せた異様な動きに、一瞬動きを止めたオークの槍が繰り出され、ジェネラルから腕輪が飛んでくる。だけどもう遅い。
「――【重過】――」
わずかな一瞬の隙に魔法を使い、糸を足に巻かれて混乱したオークが足を引く、その勢いで飛び上がるように起き上がった私は、そのまま糸を巻かれたオークの眉間に黒いダガーを突き立てた。
――四十八体目。
以前戦った女盗賊は軟体を使って意表を突く回避と攻撃をしてきた。破壊力の乏しい斥候職では、敵を混乱させることは重要な意味を持つ。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
身を乗り出したジェネラルが私に腕輪を投げ放つ。それと同時繰り出されたオークの棍棒も伏せるように回避する。
その体勢のまま、蹴り足と腰の重みで回転するように位置を変えると、加重方向を変えた【重過】の効果で滑るようにオークの脚の間を潜り抜け、その脚に糸を巻き付けながらブーツに仕込んだ刃物でオークの股間を蹴り上げた。
『ガァアアアアアアアアアアアッ!!』
ついにジェネラルが六角棒を持って飛び出してきた。
鋭い六角棒の攻撃に後ろに倒れるようにして糸を強く引くと、蹴られたオークがよろめいて六角棒に頭を貫かれた。
――四十九体目。
地に匍う私を踏み潰そうとするジェネラルの足を、私は二体のオークに絡ませたままの糸を引いて滑るように躱す。
【重過】の効果と張り詰めた糸を使って全身の筋肉を弓のように引き絞り、一本の矢の如く高速で解き放たれた私の身体はジェネラルの動体視力を超えて、そのままジェネラルの顔面を斬り裂いた。
次回、オーク編決着。
顔とプライドを傷つけられたジェネラルの猛攻がアリアを襲う。