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301 エピローグとプロローグ

物語の終わり そして始まり



 勇者死亡。その事実は公には隠されつつも、衝撃を以て聖教会の本殿があるファンドーラ法国の上層部を揺るがした。

 世界に災厄が訪れしとき顕れるという〝勇者〟は、人類の希望であり、決して敗れてはならない存在だからだ。

 だが〝人〟は、勇者が倒すべき邪悪を畏れるよりも、その死による責任を恐れた。


「……私が辿り着いたときにはクラインは死んでいた。いまだに信じられん……。光の加護を持つ勇者は不死身のはずだっ。それを……あの〝魔女〟めっ!」


 そのあと唯一無事だった勇者パーティーの一人、ナイトハルトはそう語る。

 勇者クラインの遺体は心臓を抉られていたが、その他にも通常ではあり得ないほどの打撃痕、裂傷、刃物傷、凍傷、火傷などの痕跡があった。

 遺体に残るほとんどの傷は戦闘中に治癒したのか治りかけ、戦場の岩肌が焼け焦げていたことで、直接の死因は不明のままだ。

 不死身の勇者を殺したのは誰か?


 勇者殺しの第一容疑者は、ナイトハルトが目撃した〝魔女〟だ。

 光を反射しない漆黒の髪に目元を覆う深い隈。

 その存在は英雄クラスであるナイトハルトをも圧倒し、属性竜である火竜を従えているように見えたという。


 今回の遠征による死亡者は八名。そのうち行方不明者は三名。

 ナイトハルトの到着が遅れたのは、その岩山に棲む火竜の眷属と思しき飛竜(ワイバーン)の妨害があったからだ。

 総数は定かではないが五十は下らないはずだ。実際、神殿騎士やランク5パーティーである〝虹色の剣〟でも、全滅する可能性が高く、英雄クラスであるナイトハルトが戻ったことで立て直すことができた。

 だが、その戦闘の中でも神殿騎士の中に七名もの犠牲者が出た。しかも亜竜と言えども野生の竜種は獲物を持ち帰る習性があるのか、二人の騎士の遺体が飛竜によって持ち去られた。


 そしてもう一人の犠牲者は、他国より招集した冒険者の一人であった。

 その者の名はスノー。白い髪の魔術師の少女だ。

 見目の良い少女で、クラインに気に入られて火竜退治に同行させられたが、その死を目撃したものはなく、勇者殺しの〝魔女〟が少女だということで、聖教会の上層部が疑問を持つが、生存者の一人……アリアはそれを黙して語らなかった。


 スノーはどうなったのか? 死んだのか。それとも生きているのか?

 岩肌が焼け焦げ、融解するほどの竜の炎に焼かれたのなら、死体が残らない可能性はある。飛竜が死体を持ち帰ったのなら、火竜もそうしたのかもしれない。

 仲間の一人がそんな目に遭ったのならアリアが黙するのも仕方がない、と同情を向ける者もいたが、その遺体がない以上、スノーと〝魔女〟の関連性は疑われる。

 しかし、それを否定したのは、唯一その〝魔女〟と戦ったナイトハルトであった。


「人間風情で〝勇者〟を殺せるものかっ! あれこそ、我らが戦う敵……勇者の戦うべき〝邪悪〟に他ならないっ!」


 勇者は世界の危機に選ばれる。そしてクラインは光の精霊より神託を受けて、このサース大陸へと赴いた。

 ならば勇者の戦うその敵こそ、あの黒髪の〝魔女〟ではなかろうか。

 直に戦ったからこそナイトハルトは、あの〝魔女〟が人間だとは思えなかった。間近に触れて感じた微かな瘴気。そしてこれまで属性竜を従えたのは、遙かな昔に光の聖竜を従えたという真の聖女のみ。あれが聖女ではない以上、邪悪な人外であるというのがナイトハルトの見解だった。

 その正体は悪魔か死霊か……。

「……あいつが人間程度に負けてなるものかっ」


 ナイトハルトとクラインは友になることもなく、人間として好きにはなれない男だったが、その強さだけは何よりも信じていた。

 幼き頃より聖教会より勇者の話を聞かされて育ったナイトハルトは、クラインの仲間ではなく、〝勇者〟の信奉者として共に戦っていたのだ。

 その〝勇者〟が人間如きに負けるなどあり得ない。

 だからあの〝魔女〟が人間ではあり得ない。

 あのときダグラスではなくナイトハルトが勇者についていけば、クラインをみすみす死なせることもなかったと今でも思う。フルメンバー(・・・・・・)であったなら負けるはずもない戦いだったのだ。

 無敵である勇者が死んだ原因が必ずあるはずだ。あの〝魔女〟の正体を暴き、その原因を調べ上げてクラインの仇を討つ。

 そうすれば、きっと――――


「な、ナイトハルト殿、どちらへっ」

 尋問官の一人である枢機卿クロフォードが、途中で席を立ったナイトハルトに慌てて声をかける。

「こんな尋問など時間の無駄だ。その桃色髪の女は外に出すな。忌々しいが〝魔女〟と戦うには”英雄級”の力が必要になるからな」

 こんなことならばあの二人も連れてくるのだったと、ナイトハルトは内心で独り言ちる。大陸から来た船には数名の神殿騎士と二人(・・)の戦力がいた。だがその二人には問題があり、神殿騎士はその見張りとして神殿ではなく街で待たせていた。

「か、かしこまった。ナイトハルト殿」

 ぞんざいな物言いに枢機卿であるクロフォードがかしこまる。そんな小物めいた姿にナイトハルトは侮蔑の表情を隠しもせずに外に出る。

 部屋を出たナイトハルトは、街で待つ仲間の許ではなく、そのまま今回の遠征での負傷者を収容する、重傷者専用の施設へ足を向けていた。


「アリア殿……お部屋を用意してございます。こちらへ」

「了解した」

 尋問が終わり、一人の神殿騎士が申し訳なさそうに、そう声をかける。

 英雄級のアリアに対して神殿騎士の態度は丁寧なものだが、アリアは勇者殺害の参考人であると同時に、いまだに容疑者の一人として扱われていた。

 このままクロフォードに任せておけば、アリアは囚人用の独房へ入れられただろう。だが英雄級である彼女をそんな場所には入れられない。その神殿騎士は勇者一行に同行して、〝虹色の剣〟と共に、彼自身も今尋問を受けている神殿騎士ヴィンセントから、アリアの話を聞いていたのだ。

 アリアがそうなっているのは、聖教会上層部の意見が纏まっていないからだろう。

 正確に言えば勇者と懇意になろうと、クラインに好き放題させていた枢機卿の一人、クロフォードが勇者死亡の責任を押しつける相手を探していた。


「くそっ」

 ナイトハルトの手前、勝手に審問するわけにもいかず、クロフォードはアリアを横目で睨みながら、床を蹴るように足音を立てて部屋を後にする。

 ファンドーラ法国では高司祭は貴族位が与えられる。さほど徳が高いように見えないクロフォードが枢機卿になれたのは、元々位の高い貴族だからなのだろう。

 政治力で地位を得たクロフォードは、政敵である他の枢機卿から失態を責められ、責任を取らされることを恐れていた。それ以上に他の大陸にある聖協会の総本山から責任者と断じられた場合、聖職者でいられるかどうかも分からない。貴族としての地位も怪しくなるだろう。

「なにか……何か、手を打たねば」


 アリアがあてがわれた部屋は貴人のための部屋ではなかったが、最初にここに来たときと同じ客室のような部屋だった。

 元々宗教施設なので質素な作りだが、アリアにとってはそれが何処であろうと同じようなものだ。食事などなくても数日なら問題ない。此処が極寒の地であろうと、高度な身体強化をできるなら耐えられる。

 たとえ此処が地下の牢獄であろうと、意識を奪われない限りアリアなら脱出できる。武器は没収されているが、【影収納(ストレージ)】にはまだ幾つかの武器を隠してある。

 それでもアリアが大人しくしているのは、二人の〝友〟のためだ。


 クレイデール王国の次期女王として今も励んでいるエレーナ。

 アリアは自分が死ぬことで勇者死亡の原因をクレイデール王国から逸らそうとしていたが、意図せず生き残ってしまい、死ぬことはできなくなってしまった。

 ここでアリアが死亡すれば、生け贄を探す枢機卿クロフォードは嬉々としてアリアに罪を被せ、クレイデール王国に責任を求めるだろう。

 だが猶予はない。ここでアリアが手をこまねいていれば、〝約束〟を護るために、エレーナはすべてを(なげう)ってアリアを救おうとするはずだ。

 でも、今のエレーナは一人の王女ではない。彼女が問題を起こして王太女を辞することになれば、クレイデール王国の国力と信用は低下する。

 アリアは自分が死ぬのならそのときだと考える。それなら〝国のため〟という死ぬ理由にもなる。

 しかし救われた(・・・・)アリアは簡単に死ぬつもりはなかった。だが、そうなる前にこの事態を収束させる必要があった。

 クラインが〝勇者〟に相応しい人物ではないと証明する。だがそのためには足りないものがあった。


「……これもあの子(・・・)の思惑か」

 アリアが死ねなくすることもスノーの思惑の一つだった。

 すべての罪を被り、アリアを救う。自分も死んだことにして〝黒髪の魔女〟を代わりとし、クレイデール王国の責任を回避させたのは、そのついで(・・・)だ。アリアはここで問題を起こして、彼女の思いを無にすることはできなかった。

 彼女を救いたい。だが、ここで死体さえも消えたはずのスノーが姿を見せれば、その関係性を疑われる。そうなれば、アリアが黒髪であった〝茨の魔女〟を匿っていたことさえ問題にされかねない。

 スノーがそれを望まない。そうなれば、死を覚悟したアリアと同様に、もっとも簡単な解決手段を選ぶだろう。

 それは、残しておいた勇者一行の一人、ナイトハルトに討たれて死ぬことだ。


「そうはさせるか……」

 誰もいない部屋の中でアリアは小さく呟く。アリアの影にいるネロもよほど傷が深かったのかまだ復活していない。

 すべてを救うためには強い共犯者(・・・)が必要だ。足りないものを見つけるためにアリアは独り動き出す。

 勝手なことをして、勝手に死のうとする〝友〟を救うため。

 その思惑通りにはしないことを、アリアは心に決意する。


「覚悟して、スノー……。私はしつこいから」




それぞれの思惑

皆の思いと決意

続いてしまった後日譚

迫る締め切り

貯まらないストック(´・ω・`)


10巻は、アリア視点を含めた大量書き下ろしで、10月15日発売です!


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後日譚?…新章の誤字かなぁ?
後日談延長入りました〜 嬉しいけど、嬉しいけど!!早く手放しで幸せになってほしい気持ちでいっぱいだぁ!!! 勇者の死体を跡形もなく消し飛ばせていれば、いまごろアリアとスノーのキャッキャウフフな百合ラ…
後日談とは…?
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