299 英雄の力
「――ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
スノーが放つ天より落ちる巨大な稲妻に打たれた勇者クラインが、断末魔の如き苦悶の叫びをあげる。
雷に抗おうと、クラインの身体に帯びた対魔術と思われる護符が雷と相殺するように弾け飛ぶ。
すべての護符が効力を失い、クラインの全身が精霊の加護による光に包まれるが、レベル7相当の雷魔法は、ついに光の加護を突き破り、クラインの全身を焼き貫いた。
「――――ッ」
雷が飛び散り全身黒焦げになったクラインが、口から黒い煙を吐いて崩れ落ち――
「まだだっ!」
アリアの叫びと共に、崩れ落ちかけていたクラインの足が大地を踏みしめる。
「……貴ぃ様ぁらぁああっ! 許さんぞぉおおおおおおおおっ!!」
焦げた皮膚が剥がれ落ち、怒りの雄叫びと共に瞬く間に新たな皮膚が再生され、髪さえも生えそろう。
これが光の加護。これぞ勇者。世界の脅威となる魔王級に対抗するための、選ばれた英雄の力。
そのあまりの出鱈目ぶりに誰もが一瞬唖然とする中、いち早く動き出したスノーがとどめを刺すべく魔力を練るが……。
「――ごほっ」
急激な魔力増加の過負荷に咳き込み、スノーの口元を血で汚した。
「――【鉄の薔薇】……【拒絶世界】――ッ!」
それに代わるようにアリアが鉄の薔薇を使い、まだ体勢が崩れたままのクラインに向けて飛び出した。
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク6】
【魔力値:141/420】【体力値:238/320】
【総合戦闘力:3356(特殊身体強化中:6649)】
【戦技:鉄の薔薇【Iron Rose】 /Limit 282 Second】
【虚実魔法:拒絶世界――《銀》】
アリアから強い戦闘力と共に銀の光が迸る。
魔力が減ったことで制限時間は近い。だがアリアの力量なら、今のクラインにとどめを刺すことも可能なはずだ。
ドォオオオオンッ!
大地が破裂するほどの踏み足で飛び出したアリアが黒いダガーを振るう。
「ぐぉおおおおおっ!」
ガキンッ! と、クラインが雷に打たれても手放さなかった魔剣が、アリアの一撃を受け止め、激しい魔力の火花を散らす。
クラインの傷は表面上は癒えたように見えても、アリアやスノーの攻撃を受け続けたことで瀕死に近い。どれだけ光の加護が彼を癒そうと、身体の芯に残るダメージは簡単に癒えるものではなく、二人の攻撃でクラインの手足は震え、顔からは大量の脂汗が流れ落ちていた。
だが、押し切れない。アリアの目がそれを鋭く見据える。
「……邪魔だな。あの〝魔剣〟」
闇竜素材の武器のように人が創った人造魔剣ではなく、おそらくダンジョン産の魔剣だろう。
ダンジョン産の魔剣は、所詮は人ならざるモノが〝人〟のために創ったものだからか、大抵のものは人が使うには適さない物が多い。だが、その中で極まれに人では到底作れない本物の〝魔剣〟が出ることがある。
高純度の魔銀に魔物の魔石を生きたまま取り込んだそれは、〝聖剣〟や〝神剣〟と呼ばれ、大抵はそれを見つけた高位の冒険者が自分で使うか、名誉を求めて王や権力者に献上された。
その一つが、おそらく聖教会に献上され、勇者の扱う武器となった。
まるで意思を宿すかのように勇者を護るあの〝魔剣〟が在る限り、クラインにとどめを刺すことは難しい。
仲間さえ斬り捨てたクラインを仲間のように護る剣……。〝人〟のためではなく世界のために戦う勇者にとって、ある意味相応しい〝仲間〟であろう。
だが……。
スノーは口元の血を乱暴に拭い、それを冷ややかな目で見る。
「護ってくれる仲間がいるのは、あなただけじゃないのよ」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
その瞬間、重傷を負って尚、力を貯めて機を覗っていた影が疾風の如く吹き荒れ、アリアに意識を向けていたクラインの左腕を食い千切った。
「ぐああああああああああああああああああああっ!!」
鮮血が飛び散り、クラインが悲鳴をあげて、初めて敵対者から距離を取るように飛び下がる。
いかに光の加護があろうと千切られた腕は戦闘中には治らない。そして――
『ガァオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
クラインに倒され、瀕死で地に伏せながらもまだ命を繋いでいた火竜が、この機を狙い竜の息を放ち、炎がクラインを包み込む。
「……この、弱者どもがぁあああああああああああああああっ!!」
光の加護で再び癒されながらも、外も内もボロボロになったクラインが炎から逃げ出した。
初めて覚える生命の危機。追い詰められたその事実に、クラインの顔に焦りの色が浮かび、まるで怒りをぶつけるように天に吠える。
「光の精霊っ!! この僕を殺す気かっ! お前は嘘をついたのか! 力を寄越せ! すべての力を寄越せ!!」
自分を勇者に選んだ光の精霊への怒りと恨みの言葉。人ならばそんな彼を蔑みもしようが、人と違う理を持つ精霊は、勇者が望むまま敵を滅ぼすための力を与える。
空より光が降りそそぎ、荘厳とも言える光景の中、それを受けたクラインが高らかに声をあげる。
「まだだっ! もっとだ! 出し惜しみをするんじゃねぇ!!」
退屈と快楽だけを追い求めた勇者が初めて覚えた〝畏れ〟が、強欲なまでに際限なく〝力〟を求めた。
さらなる光がクラインへと降りそそぎ、光の柱の中で光の魔素が翼のように広がる。
「ハハハッ! これだっ! これで僕は無敵になった!!」
クラインの全身からスノーを超えるような膨大魔力が噴き出し、吹き荒れる。
精霊の加護は新たな力を基礎から与えるのではなく、脅威に対するため、即座に戦える完成した力を勇者に与えていた。
「――【完全治癒】――ッ!」
クラインが光魔術を使う。しかもそれがレベル6の魔術だと気づいてアリアが目を見開き、隈の浮いたスノーの目が睨むように細められる。
治癒魔術では身体の芯に残るダメージは消えない。だが、完全治癒と光の加護の力はクラインの食い千切られた腕さえも再生しようとしていた。
「――【狩猟雷】――」
それをさせじと茨から膨大な魔力を噴き上げたスノーが、構えた両手から複数の稲妻を放ち、魔力の無理押しした通常の数倍にもなる数の稲妻がクラインへと襲いかかる。
だが――
「――【空間転移】――ッ!」
その姿が闇に包まれ、無数の稲妻が空を切る。消え去ったクラインが背後からスノーを蹴り飛ばす。
「ッ!」
「スノーっ!」
咄嗟に茨でガードしても吹き飛ばされるスノーにアリアが飛び出すが、クラインはニヤリと笑って魔剣を持った右手と、再生した左腕を向ける。
「――【氷の嵐】――」
放たれた二つの吹雪がアリアとスノーを襲う。
『ガァアアアアアアアアアア!』
『――――ッ!!』
そこに割り込んだネロがアリアを庇い、火竜が翼を広げてスノーを守る。
火竜の翼が凍り付き、ネロがアリア諸共吹き飛ばされた瞬間、そこにアリアが落としていた闇竜の牙のナイフが呼び寄せられるように浮かび上がり、咆哮するように魔力を放ってその威力を軽減した。
「ハハハッ! 弱いモノどもが力を合わせて勇者に抗うかっ! 見たまえ、これが僕の力だっ! この力があれば誰にも負けることはないっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――……は?」
***
「ネロ……【高回復】――」
『ガァ……』
高笑いをあげていたクラインが口元を押さえ、私は〝鉄の薔薇〟を解除して庇ってくれたネロに治癒魔術を使う。
ネロはもう動けない。でも、私ももう沢山の魔力は必要ない。
「なんだ、これは……ごほっ」
クラインが咳き込み、まるで、これまでの蓄積されたダメージが突然襲ってきたように血を吐き出した。
当たり前だ。光の精霊はダンジョンの精霊と違い、〝勇者〟が長く戦えるように、完成された対価のない力を与えてきた。魔法の力、剣術や体術……正にそれは世界を救うために必要な〝力〟なのだろう。
でも、蓄積のない力は厚みがなく、それが私たちに付け入る隙となった。
だからお前は、更なる力を求めた。
精霊がその身を削って対価を肩代わりする、安定した力ではなく、魔王のような敵にとどめを刺すための、限界のない力を求めた。
勇者でも、息を吸い、水が無ければ死んでしまう生き物だ。傷が癒えるとしても傷を受ければ血を流すこの世の生物であり、精霊のような精神生命体とは違う。
完成された全属性の魔術……。
その生物的な対価は精霊で肩代わりすることはできず……心臓に出来た〝魔石〟は決して癒えることはない。
「お前に、スノーのような覚悟はある?」
苦痛と死を受け入れて生きる覚悟はあるのか?
私は庇ってくれた黒いナイフを拾い、囮として使われたことを抗議するように反発するナイフを撫でて、黒いダガーと共に構える。
クラインにとどめを刺すのなら今しかない。でも、私には一撃必殺の力はない。
ならどうするか?
無いのならここで覚えればいい。
「お前たちの力を貸せ」
私の声に黒いナイフとダガーが震える。
その〝技〟は、冒険者ギルドや百年間冒険者をしていたドルトンさえも知らず、ただエレーナだけは、ずっと昔に読んだ、王家の書庫にあったという絵本に載っていた内容を教えてくれた。
どうして王家の書庫に絵本があったのか?
それは今なら分かる。破壊を求めたスノーのように、何を得ようとして探すのではなく、いつか必要となるときに王家の誰かが覚えていることが重要だったからだ。
昔々の物語。魔王に挑む勇者のため、英雄は最初に覚えた技を最強の一撃へと換えて、敵までの道を斬り裂いた。
だからその技に決まった形も、名称も存在しない。
それは私の内にだけ存在するのだから。
「なんだよ……これ。精霊! 嘘をつきやがったな! 世界さえ守れるなら好き勝手していいって言っただろぉおっ! こんな身体で好き勝手できるかっ!!」
クラインが癇癪を起こした子どものように吠えたてる。
それがお前の本性か……。勇者が救うのは世界であり、人間が生きる世界はその一部に過ぎない。だからこそ勇者はそういう人間でなくてはならなかった。
もし勇者がこの大陸に来た理由が闇竜だというのなら、もう必要ない。
もし何か新たな脅威があるとしても、私は〝人〟として抗ってみせる。
だから――
「お前が死んでいれば良かったんだよっ!」
武器を構える私にクラインが血反吐を吐きながら、酷く隈の浮いた目で私を睨みながら魔剣を振りかぶる。
「――【覇王撃】――ッ!!」
おそらくはレベル6の片手剣の戦技。光の加護を受けた魔力が剣に集まり、一閃の光となって迸る。
「見苦しいから、もう死んでいろ」
左手のダガーを真っ直ぐにクラインへ向けて、私は精製した無属性の魔素を両腕に集め、飛び出すと同時に引き寄せた黒いダガーを発射台にして、擦り合わせた黒いダガーを〝居合い〟の如く突き出した。
「――【竜牙撃】――っ!」
私が最初に覚えて一番多く使ってきたレベル1の戦技、【突撃】を基にした私だけのレベル6の戦技。
力を貸してくれた二つの闇竜の武器で染め上げられた黒閃と、クラインの白閃が交差して、互いに駆け抜け背を向け合った私の肩口から血が噴き出す。
「――がっ」
バキンッ!!
その瞬間、何度も私たちの攻撃を受けてきたクラインの魔剣が砕け、首筋から鮮血を噴き上げた。
油断、慢心、借り物の力……。
「お前の敗因は……お前が〝勇者〟だからだ」
信じられないような顔をして振り返り、ゆっくりと崩れ落ちるクライン。
それにとどめを刺そうと私が黒いダガーを振りかぶった、そのとき――
――ドスッ。
突如、その胸元が盛り上がると、黒い茨に覆われた血塗れの繊手が背中側から突き破って心臓を掴み出す。
そのまま素手で心臓を握りつぶした彼女は、事切れたクラインの陰から隈の浮いた目で病んだ笑みを浮かべた。
「ごめんなさいね、アリア。あなたにだけはとどめを譲れないの」
倒れた勇者。スノーの行動の意味は?
8月1日に『悪魔公女6』が発売となりました!
8月15日に『乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル コミック7巻』が発売です!
10月に『乙女ゲームのヒロインで最強サバイバル10巻』発売予定です!
よろしくお願いします!





