297 甘さと覚悟
「……【魂の茨】……」
その〝発動ワード〟を呟いた瞬間、私の内側に黒い炎が湧き上がるのを感じた。
血の気の薄い白い肌にその黒い炎が〝茨〟となって絡みつき、内なる炎が魔力となって溢れ始めた。
【カルラ・レスター】【種族:人族♀】【ランク6】
【魔力値:∞/660】20Up【体力値:17/48】
【総合戦闘力:2376(特殊戦闘力:6472)】
【加護:魂の茨 Exchange/Life Time】
「スノーっ!!」
アリアの悲痛な声が響く。怒っている? 怒っているわよね。
こいつを倒して私がまだ生きていたら、いくらでも怒られるから……だから、こいつを殺させて!
「――【狩猟雷】――」
無限の魔力に後押しされた稲妻が、以前よりも遙かに威力を上げてクラインに襲いかかる。
「ハハハハハハハッ! なんだそれは! それが君の真の力かっ!!」
獲物を追う雷の群にクラインが高笑いをあげ、手に持つ魔剣がそれを迎撃する。
「――【鋭斬剣】――ッ!」
レベル5の片手剣の戦技。一瞬で複数の斬撃を放つその戦技にすべての雷が打ち落とされ、眩いばかりの火花を散らした。
レベル5以上の戦技は、レベル4以下の戦技より一段上の威力と範囲を誇る。それは人間が作りだした戦技ではなく、精霊が大いなる敵と戦う〝勇者〟とその仲間のために作ったからだと言われていた。
でもね……。
「使用後の硬直は変わらないでしょ?」
ゴギュッ!!
「ぬっ!」
その一瞬……わずかな間に接近した私が繰り出した蹴りが、クラインを蹴り飛ばし、左腕の骨をへし折った。
勇者のために作られた戦技だから、硬直時間も短く、再使用も短縮されているのでしょう。でも、私の身体に巻き付いた〝黒い茨〟は、私の意思のまま強引に身体を操り、その刹那に対応できるほどの身体能力と強度を与えてくれた。
それでも限界以上の力に私の右足も折れてしまったけど、私は痛みには慣れているのよ?
「――【凍結】――」
「――チッ!」
硬直より立ち直ったクラインは右手で振るった魔剣で凍気を打ち払う。でも、たっぷりと魔力を乗せたレベル6の氷魔術は、払われてなお威力を減じることなくクラインの半身を凍り付かせた。
「くそがっ!!」
叫びをあげたクラインが皮一枚を凍らせた氷を内側から砕く。
ドゴォンッ!!
その瞬間に再び飛び込んだ私がクラインの右頬を左拳で打ち抜いた。
クラインの頬骨と私の拳の骨が同時に砕け、まるで巨大な岩をぶつけ合うような音を立てて互いに弾かれる。
その瞬間を狙い、私が指先をクラインへ向ける。でもクラインは折れた左手でスカートの裾を掴むと、引き裂きながら私を引き寄せた。
「終わりだっ!」
振るわれるクラインの魔剣。私はそれを避けることなくさらに近づき、茨を巻き付けた腕で受け止めた。
ギンッ!!
アリアのナイフさえ受け止めた茨が斬り裂かれ、腕の半ばまで刃がめり込んだ。
「ハァアアア!!」
その瞬間に私は全身から魔力を放出する。
無限の魔力が魔剣を押し戻し、互いの瞳に顔が映るほどの至近距離で魔力をぶつけ合う私の髪が、魔力を吸い上げるように黒く染まっていった。
バァアンッ!!!
空気が破裂するような音を立てて、今度はかなりの距離を弾かれた。
「……ふははははっ! 力は増したようだけど、所詮は〝英雄級〟! 〝勇者〟である僕を殺すほどではなかったようだなっ!」
離れた場所に舞い降りたクラインが、魔剣の切っ先を私に向けて高笑いをあげる。
クラインの全身を光が覆うと、折れた左腕も砕けて腫れ上がった頬も、見る間に癒されて元に戻っていた。
「……知っているわ。そんなこと」
そう返した私が、無詠唱で使った【完全治癒】により、折れた骨も裂傷も瞬く間に完治してみせると、クラインは露骨に顔を顰める。
善戦は出来る。それでも私の不利は変わっていない。
戦闘力は6000を超えて、戦力の差は縮まったけれど、クラインに光の精霊の加護がある限り、大きなダメージを与えられない。
レベル8の魔術はまだ使えない。レベル7の魔術はアリアやネコちゃんを巻き込むかもしれないし、そもそもそんな大魔術を使う間をクラインが許すとも思えない。
「……コホッ」
それでもやることは変わらない。
小さく咳き込み、こみ上げた血を吐き出すと、私は黒くなった髪を靡かせながらさらに魔力を高めた。
……気づいて。アリア。
***
――Side Alia.
「スノーっ!!」
あの子が【加護】を使ってしまった。
私はそれに怒りを覚える。スノーが自分の命を粗末にしたことよりも、それをさせてしまった自分自身に怒りを覚えていた。
それをさせてしまったのは私の〝甘さ〟だ。私は力を得て強くなった。それと同時に何もかも失った私が大事なものを得てしまった。
世話になった人たち。信頼できる仲間。優しい家族。大切な友達……。
スノーの全身に入れ墨のように黒い茨が巻き付き、その命を代償として膨大な魔力が噴き上がる。
その力はランク6となったことで戦闘力が6000を超えていた。
それでも無茶だ。スノーが果敢に攻めていくが、スノーは自分の身を犠牲にして相打ちでしかダメージを与えられていない。魔術師であるスノーが単独で戦うにはそれしかないのかもしれないが、光の精霊の加護は、それさえも癒してしまう。
スノーの魔力を吸い上げて黒く染まっていく髪が、まるで彼女の命が吸い取られているように思えた。
「くっ」
立ち上がろうとした全身に痛みが走る。それでも無理矢理立ち上がろうとする私を一瞬スノーが見た気がした。
「ハアアアアアアアアアアッ!!」
私は気合いを込めて立ち上がると、二人の戦いに割り込むようにクラインへ黒いナイフで斬りつける。
ギンッ!!
「ハハハッ! まだ刃向かうんだね! 纏めて掛かってこいよ! ぶち殺してやるからさあ!!」
クラインが横薙ぎに魔剣を振るい、それを二本の武器で受け止めた私を軽々と吹き飛ばす。
私とクラインは同じ片手武器の軽戦士。戦闘力やステータスの差がそのまま戦力の差となる。それを埋めるにはどうするか……。
「――【麻痺】――」
その瞬間、麻痺の効果でクラインの動きが一瞬止まる。その隙を突いて全身から光の粒子を放ちながら飛び出した私が黒いダガーで目を狙う。
「チッ!」
だが再び光を纏ったクラインが麻痺を解除し、ダガーの一撃は瞼を浅く斬り裂くだけに留まった。
ドゴンッ!
その瞬間、横から振るわれた蹴りがクラインの肩を砕き、スノーの脚もへし折れる。
「あああああああああっ!! 邪魔だよ、お前!」
私の攻撃は躱され、スノーの攻撃は当たる。それは何故か。
黒い茨で強化しているとはいえ、スノーの速度は〝鉄の薔薇〟を使った私を超えるものではない。ならばその理由は何か?
スノーは戦いながら一瞬だけ私を見た。その意味は?
……ごめん、スノー。
もう迷わない。
「……ハッ!」
再びクラインへ向かう。それに気づいた彼が蹴りを放った瞬間、私は黒いナイフをクラインへ放り投げた。
「ぐがっ!?」
クラインの意識がダガーに向けられた刹那の瞬間に脇腹を削られながらも飛び込んだ私の掌底がクラインの顎を打ち抜いた。
私に甘さがあったからスノーは命を削るしかなかった。
仲間が……家族が……エレーナが……〝勇者〟を殺してしまうことで誰か大事な人たちに迷惑を掛けることに躊躇していた。
でも、そんなことは関係なかった。
こいつを生かしておけば大事な人たちの災いとなる。
大事な人に迷惑が掛かるのなら、そのときは私が死ねばいい。
死ぬ覚悟を忘れていた私に代わって、スノーは自分の命を懸けてくれた。
もう迷わない……。
戦い方は、スノーが思い出させてくれた。
「お前ぇええええええっ!!」
ほとんどダメージが無いようにクラインが吠える先に黒いダガーをチラつかせ、それを囮として踏み込んだ私の蹴りがクラインの顎を捉える。
これも碌なダメージにはなっていないだろう。それでもいい。
「お前はここで死ね」
言葉にする覚悟で私の全身から刃のような〝殺気〟が噴き上がる。
その瞬間、これまで停滞していた私の中で、何かが変わっていくように感じた。
今回はアリア視点も混ぜました。
次の書籍10巻ですがスノー視点だけでなくアリア視点も混ぜた半分以上書き下ろしとなっております!
まだ書き上がっていませんがw





