296 誰のために
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反撃はアリアから始まる。横手に移動しながら撃ち放ったクロスボウの矢を、クラインは目で見て躱しながら詰め寄ってきた。
「最初は何処かな、アリア! 手かっ、足か!」
戦闘力9000を超えるステータスから繰り出される暴威がアリアを襲う。
――ギンッ。
「ちっ」
その瞬間、真横から襲ってくるペンデュラムをクラインが剣で弾くと、アリアは【影収納】から取り出した小袋を投げつけた。
「毒か!」
小袋から漏れた粉末。普通では躱せない攻撃をクラインは剣を振り回すという、膂力による力業だけで吹き散らした。
でも――
「――っ」
クラインが一瞬顔を顰める。なるほど、あれは毒ではなく砂鉄ね。
比重の軽い毒物や刺激物ならともかく、金属粉を簡単に吹き散らすことはできない。それがわずかでも眼に入れば一瞬……そのほんのわずかな隙をアリアが見逃すはずがないでしょ。
「ハァアッ!」
気迫を込めたアリアの黒いナイフがクラインを狙う。
――ギンッ!
「その程度で僕を斬れると思うなっ!」
それでもクラインは自分の剣でナイフを受けて、クラインの持つ魔剣とアリアの竜牙のナイフが魔力の火花を散らす。
アリアの戦闘力は身体強化込みで3300ほど。三倍もの戦闘力がアリアの軽い身体を吹き飛ばした。
「終わりだっ!」
私が手を出す隙もない速度で詰め寄ったクラインが剣を突き出し、その切っ先がアリアを狙う。でも……それでいいの?
――ヒユン。
「なにっ!」
その瞬間、アリアが宙に置いたペンデュラムの糸が、巻き付くようにクラインの首に絡みついた。そして――。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
そこに待ち構えていたネコちゃんがクラインに飛びかかり巨大な爪を振るう。でも、それさえもクラインは目で見てから余裕を持って躱してみせる。
「その程度――」
そのとき、嘲るように囀り続けていたクラインの声が一瞬止まった。
ピンと張られる赤黒い糸……。ネコちゃんが狙ったのはクラインではなく、その首に巻き付いた糸だった。
強靱な魔物の糸は魔力を通すことで鋼の強度になる。首が締め付けられ、さすがのクラインも文字通り顔色を変える。
「――【鉄の薔薇】――」
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:333/410】【体力値:251/310】
【総合戦闘力:2484(特殊身体強化中:5133)】
そこに〝鉄の薔薇〟を発動させたアリアが黒いダガーでクラインの腹を斬り裂いた。
これまでの一連の流れを二人は視線の合図だけでやってみせた。ここまでしなければ〝勇者〟に刃は届かなかった。
あなたは油断しすぎたのよ、クライン。
飛び散る血……。驚愕に彩られるクラインの顔……。
でもっ!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
クラインは自分の首を締め付ける糸を掴むと、そのまま力任せに引き寄せる。
〝勇者〟とは、どれほどの力を秘めているのか、クラインはネコちゃんの巨体ごと振り回し、糸を引き千切りながらアリアと私のいる方向へ投げつけた。
「ネロっ!」
そう叫びながら、アリアの視線が一瞬私を捉える。
ええ……アリア。分かっているわ。
私はこのときを待っていたのだから。
「――【狩猟雷】――」
私の両手から放たれた二重撃の稲妻がアリアとネコちゃんを避けるように飛び交い、ネコちゃんの巨体を死角としてクラインを撃ち抜いた。
「――ぐぉおおおおおおおおおぁああああああああああっ!!」
堪らず悲鳴をあげるクライン。でも、まだよ!
「アリアっ!」
私が声をあげるとアリアとネコちゃんの二人が飛び退いた。
「――【凍結】――っ」
単体最強の凍結魔法。二人が時間を作ってくれたおかげでたっぷりと魔力を乗せることができたわ。
十を超える稲妻に撃ち抜かれ、崩れかけたクラインが真っ白に凍り付いていく。
「スノー……」
「……ええ、そうね」
本当に面倒だけど、〝勇者〟はまだ殺せない。
勇者を殺すことは聖教会との全面的な敵対となり、この大陸すべての国家から罪人となるだけでなく、クレイデール王国まで孤立するかもしれない。
お姫様ならなんとかするかもしれないけど……。とりあえず、手足を潰してそれから考えましょうか。
『――ガアッ!!』
そのとき光線が迸り、私たちの盾となってくれたネコちゃんを貫いた。
「ネロ!」
――ピシィ!
真っ白に凍り付いたクラインの表面に罅が入り、中から打ち砕くようにクラインが復活する。
……嘘でしょ? あれでまだ動けるとかどれだけ耐魔能力が高いのよ。
アリアがネコちゃんを庇うように前に出て武器を構え、魔力を高める私たちの前で、クラインは顔面を手で押さえながら私たちを片目で睨めつけた。
クラインの左目はまだ凍り付くように白く濁っていた。その、【治癒】をかけ続ければいずれ治るような傷が、私たち三人の全力で攻撃した成果だった。
〝勇者〟……なんて出鱈目な。
「……酷いな。世界を救う〝勇者〟である僕に、こんなことをするなんて」
そう呟くクラインの、稲妻に焼かれた肌が、アリアに斬り裂かれた腹の傷が、見る間に癒えて元の肌を取り戻していく。
こんな出鱈目な力が勇者の〝加護〟だって言うの?
「……もういいや。もう、お前たちは……いらない」
「スノーっ!」
アリアの声に咄嗟に魔力を前面に張り巡らせると同時に、強い衝撃を受けて吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられた。
「――ごふっ」
吹き飛ばされてそれがクラインの蹴りだと気づく。まったく見えなかった。咄嗟に魔力で防御したけど、動けなくなった私にクラインが剣を振りかぶる。
「消えろ」
「お前が消えろ」
ギンッ!!
光の粒子を翼のようにはためかせたアリアが、クラインの真横から斬りつける。
それをクラインは魔銀の手甲で受け止める。クラインの全身を光の魔素が覆い、それが鎧魔術のような効果を生んでいた。
ナイフを受け止めたままクラインは剣で斬りつけ、アリアもダガーで受け止める。
「くっ!」
あの軽い一振りにそれだけの威力があるのか、受け止めたアリアが反対側の岩壁まで吹き飛ばされた。
「――【火球】――」
岩壁に叩きつけられたアリアにクラインが火球を撃ち放つ。
私たちを生かして連れ帰ろうとしていたクラインは、これまで土魔術しか使っていなかったが、とうとう殺しにかかってきた。
『ガァアアアアアアアアアッ!』
そこに刺されたネコちゃんが自分を盾にするように火球を受け止め、そのまま魔術を引き裂くようにクラインへ襲いかかる。
「――【炸裂岩】――」
――ドドンッ!!
『ガァアアアアアアアアアアアアア!』
撃ち出された大岩がネコちゃんに当たると同時に炸裂して、ネコちゃんの巨体を弾き飛ばす。
「お前はさっきから邪魔だよ」
クラインがネコちゃんへ火球を撃ち放つ。高位幻獣だからまだ死んではないけど、連続して高位魔術を食らったら、いくらネコちゃんでも危ない。
「ハァ!!」
ドガァンッ!
その寸前にアリアが割り込み、黒いナイフで二つに切り裂かれた火球が左右の岩壁を破壊した。
「ハハッ、まだ動けるか!」
口から零れた血を拭うアリアをクラインが嗤う。
「――【竜巻】――」
アリアに向けてクラインが風魔術を放つ。
それを風に乗るように避けたけど、ダメ、アリア! まだ終わっていない!
「――【岩砲弾】――」
無数の岩の砲弾が撃ち放たれ、竜巻に巻き込まれ、衝突して砕けた岩がアリアに襲いかかる。
「ハアアアアアアアアアッ!」
アリアはそれをナイフとダガー、体術と蹴りを使って捌く。
「よそ見をするな!」
でもその上から、宙を舞う一抱えもする岩石を掴んだクラインが、そのままアリアへ叩きつける。
「――っ!」
アリアが咄嗟にブーツの底で受け止め、全身を細かい岩石に打たれながらも風魔術の領域を離脱する。
アリアは火竜さえも斬り裂いたクラインの魔剣が危険だと察して、その一撃だけは徹底して武器以外で受けないようにしていた。でも、そのために他の攻撃を受けすぎて、アリアの体力値が削られていく。
「さっさと消えろよ、この雑魚がぁ!」
クラインが剣を力任せに叩きつけ、アリアがナイフとダガーを十字にして受け止めた瞬間に、クラインの蹴りがアリアを打ちのめす。
「くっ!」
〝鉄の薔薇〟を使ってもクラインとアリアの戦闘力は倍近い開きがある。
もう殺す殺さないの話じゃない。クラインを倒さなければアリアが死ぬ。アリアはまだ諦めていないけど、このままでは先にクラインから嬲り殺される。
まさか、ここまで勇者がバケモノだとは思わなかったわ……。
アリアは死なせない。私が死なせない。
アリアのために死ぬことだけが、私が今も生きている理由だから。
だからアリア……。
ゴメンね。
アリアが死ぬくらいなら、私が死ぬわ。
「……【魂の茨】……」
予想を上回る勇者の力。
スノーは禁じられていた力に手を伸ばす。





