289 出会うモノ
勇者クラインとの会談から数日後、私たちはファンドーラ法国聖都ファーンから、火竜の被害があるというゼントール王国へ向かうことになった。
……結構遠くまで来たわね。さすがに飽きてきたわ。
法国から途中にあるヤーン王国に入ったけど、ただの旅ならそのまま東に行きたいところよね。ヤーン王国は漁業の盛んな国で、鮫のヒレを使った料理が有名らしいわ。でも私たちは王都にも寄らずに北へ向かうことになるのよね……。
ゼントール王国。岩石地帯と湿地帯、そして魔物生息域に囲まれた土地で、常に魔物の脅威に曝され、各地の領主が肥沃な土地を求めて争ってきた国らしいわ。
そのせいとは言えないけど気性の荒い武人が多くて、肥沃な草原地帯を求めて〝竜の狩り場〟に手を出して……まぁ、お察しね。
自業自得だから隣国に協力を求めても難色を示されるし、手を貸しても得をするのはゼントール王国だけだったから、誰も求めに応じなかったのだけど、それを今回、勇者に利用された形になるわ。
「あと数日でゼントール王国に入る。魔物も多くなるので各自警戒しろ」
馬車の一番奥の席でどっしりと腰掛けたドルトンが、腕組みをしながら注意を促す。確かにここ数日、徐々に魔物の気配が増えている気がするわ。
もっとも私たちの他に、神殿騎士ヴィンセントの騎士隊十数名が騎馬と馬車で同行しているから、並の魔物なら簡単に片付けてしまう。それに……。
――コンコンッ。
「魔物だ……あいつらが出るみたいだぞ」
御者をしていたジェーシャが小窓からそう教えてくれた。
ヴィンセントが出るまでもなく、並の魔物なら〝勇者〟の気配を恐れて近づいてもこない。知能が高い魔物ほどそういう傾向がある。けれど、それでも襲ってくるような魔物となれば、よほど頭の悪い魔物か不死者……もしくは相当自分の強さに自信のある魔物だ。
「見てくる」
「私も行くわ」
立ち上がるアリアに私も後に続く。一瞬アリアがフェルドを振り返る。剣士として彼は見ないのかと考えたみたいだけど、フェルドは首を振る。
「大勢で行けば警戒される。それに見るだけなら馬車からでも見えるさ」
「……了解」
確かに私たち二人のほうが、相手も力を見せてくれるかもしれないわ……色々な意味でね。
〝あいつら〟――ジェーシャがそう呼んだ人たちは、勇者のことじゃない。
勇者クラインも含まれてはいるけど、その人たちは出発前のついでのように紹介された、勇者パーティーのメンバーだった。しかし……仲間を連れてきていたのね。勝手に動いて勝手に交渉してきたから一人だと思っていたわ。
「あれか……」
「そのようね」
バキバキと音を立て、街道沿いの木々をへし折りながら現れたのはトロールだった。
単体でランク4。冒険者ギルドの難易度ランクで5にもなる。知能が低く、ただ単純に図体がデカくて力が強いだけの魔物だが、一番の脅威はその再生能力だった。
あれは吸血鬼や不死生物のように魔力で再生しているのではなく、体質で死ににくいのが厄介なのよね。
粘性のある分厚い脂肪が刃を阻み、その脂肪が瞬く間に傷を塞ぐ。知能が低いせいか痛みで退くことなく、逆に怒りを漲らせて襲いかかってくる。
私なら凍らせて砕けるし、アリアならすべての攻撃を掻い潜って脳を一突きできるでしょうけど、ランク2や3だとほとんど打つ手がない。
そんな厄介な敵が一体だけでなく三体もいた。
『ウゴォアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
私たちの身長の倍近くもあるトロールが、ほぼ丸太のような棍棒を振り回す。そんな相手に前に出ようとした神殿騎士のヴィンセントを止め、代わりに前に出た男がいた。
「ダグラス殿っ!」
「任されよ」
ガァアンッ!!
大盾を構えたフルプレートの戦士が棍棒の一撃を受け止め、片手で振るった広刃のロングソードが棍棒を半ばから斬り飛ばす。
【ダグラス】【種族:人族♂】【ランク6】
【魔力値:252/270】体力値:423/455】
【総合戦闘力:2410(身体強化中:3110)】
【特殊能力:不明】
ダグラスはトロールの攻撃を完璧に受け止め、その度に繰り出される斬撃はトロールの分厚い脂肪を切り裂き、血が噴き上げた。
『ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
それでもトロールは怯みもせず、他の二体もダグラスに襲いかかる。
そこに――
「――ふん」
片刃のバスタードソードを持った剣士が飛び込み、振り上げた棍棒ごとトロールの両腕を斬り飛ばした。
「ナイトハルト……」
「この程度の相手に何を手間取っている、ダグラス」
【ナイトハルト】【種族:人族♂】【ランク6】
【魔力値:256/280】【体力値:403/415】
【総合戦闘力:2630(身体強化中:3417)】
【特殊能力:不明】
「あれが勇者の仲間……」
見極めるように鋭く目を細めたアリアが静かに呟く。
三十代の前半でブルネットの短髪をした大柄な重戦士、ダグラス。
長い銀髪で神経質そうな二十代後半の剣士、ナイトハルト。
どちらも推定ランク6……。本気でやれば倒せない戦闘力ではないけれど、勇者の仲間であり、精霊に認められた〝英雄級〟なら、きっと〝奥の手〟がある。
私やアリアと同じように……。
『グゴォア……』
……ズズンッ。地響きを立てて最後のトロールが倒れる。
ダグラスが攻撃を防ぎ、ナイトハルトが蹂躙する。それだけで難易度ランク5の魔物三体を危なげなく倒してしまった。
……面倒ね。今の私で殺せるかしら?
微かに漏れた私の殺意に、ダグラスとナイトハルトがチラリと私を見てすぐに視線を外す。その様子に私たちと同じように見物をしていた勇者クラインは、一瞬だけ私を見て、肩を竦めながら意味ありげな笑みを浮かべた。
「……なるほどね」
「スノー?」
確かにこれなら、アリアが欲しいのも理解できるわ。
「ううん、くだらないことよ」
だって男三人は暑苦しそうだもの。
突発的に現れたトロールとの戦いは、私たちが出る幕もなく勇者の仲間たちだけで終わりを告げた。
一般の神殿騎士や彼らの世話をする従士たちは、聖教会が認める勇者たちの強さを目の当たりにして興奮したように、辺りには弛緩した空気が流れていた。
そのとき――
――……ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
風を切る轟音が響き、私たちの頭上……城の高さほどの低空を巨大な鳥のような影が飛び越え、一瞬の停滞もなく飛び去っていく。
ビリビリと震える大気。その一瞬あとに吹き荒れる暴風で脅える馬たちが嘶く。
……その中で私は瞬きもせずに飛び去っていく、炎のように美しいその真っ赤な姿を見つめ続けた。
あれが……。
「……炎の属性竜……」
勇者の仲間、そして火竜。
勇者の思惑は?
次回、竜の狩り場へ。





