286 聖都ファーン
氷河の一輪さまからレビューをいただきました!
ありがとうございます!
「冒険者アリア様とお仲間の方々でいらっしゃいますね。お迎えに上がりました」
聖教会の総本山、ファンドーラ法国内へ入って数日、最初の宿場町……巡礼の入り口とでも言えばいいのかしら? その街に到着すると聖教会の迎えと名乗る神官騎士に出迎えられた。
「冒険者〝虹色の剣〟のドルトンだ。〝お仲間〟で申し訳ないが、話は俺を通してもらってもいいか?」
「失礼、ドルトン殿ですね。私はヴィンセントと申します。なるほど……英雄殿はまだお若い方のようだ」
戦闘力千前後のランク4……と言ったところかしら。
神官騎士の代表らしき壮年の男は、ドルトンが前に出て庇うようにした人物が英雄級である〝アリア〟だと見抜いたようね。
目端が利く……と言いたいところだけど、仮にも『勇者のお仲間候補』を迎えに来た人物なら当然よね。でも……。
「スノー」
隣にいたアリアが私の名を呟く。
……分かっているわ。ちょっと侮られた程度で殺したりしないわよ。こんな証拠が残る場所でするわけないじゃない。失礼ね。
それでも、このヴィンセントほど失礼ではないけど。
勇者を暗殺しようとする派閥があり、勇者もそれを分かって罠にかけたように、聖教会の内部は一枚岩でないわ。噂だと法国の貴族社会はクレイデールよりも泥沼の争いをしているそうだけど、この男はどちら側かしら?
アリアを侮るような発言をしたのは、勇者に心酔して冒険者の小娘が相応しくないと思っているのか、それとも勇者という存在を邪魔に思って、勇者パーティーを結成させたくないのか。
どちらにしても勇者の意図には叛しているわね。
それが勇者と会ったときにどう働くか……少し楽しみが増えたわ。
勇者が待つという聖山の麓にある聖都ファーンまで一ヶ月ほど。
案内役の神殿騎士がいるから途中で止められることはないけど、人数が多くなるとそれなりに面倒ね。野営をする必要がほぼ無くなったのはいいけど、宿屋を使う分だけ行程が遅れるからそれほど早く着かないわ。
それに、街道での食事も冒険者と違って時間が掛かる。まぁ、ほとんどやってくれるので面倒はないのだけど、そういう時間があると、それ以外の面倒もある。
「英雄級であるアリア殿に、是非一手ご指南いただきたい」
そんなことを言ってきたのは、ヴィンセントの部下らしき若い神官騎士だったわ。
まぁ仕方ないわね。アリアも私も魔物革の外套を着ているので、よほどの実力がないと鑑定は難しいから。
そもそも《鑑定》スキルがないのかも。私たちのような生活をしていると鑑定は必須だけど、冒険者でも役割分担で覚えない人もいるしね。
「……了解した」
アリアは面倒な顔ひとつせずにそれに応じる。
ドルトンやフェルドが隠していたから、彼らにはアリアをまだ成人したての少女としか見えていない。
それが音もなく流れるように歩み出たことで、若い神官騎士の言動を止めることなく見ていたヴィンセントの目付きが鋭く細められ、アリアが外套を脱ぐとその容姿に感嘆の溜息が漏れる中で、数名引きつった悲鳴のような声が漏れた。
鑑定を持っているのはヴィンセントを含めて三人……。
「では行きますよ、アリア殿!」
挑んできた神官騎士はそれらに気づくことなく、剣を鞘のまま振りかぶった。
ゴッ――
「――ぁ」
若い神官騎士は剣を振り下ろす間もなく崩れ落ちる。
「…………」
「仕方ありませんな……」
アリアの無言の視線にヴィンセントがそう答え、他の部下に倒れた神官騎士を回収させた。
本来なら請われた以上、ある程度の実力をみせて〝指南〟をしないといけない。
でも、若い神官騎士は、アリアとの実力差も測れず、まるで手加減をするように鞘のまま振りかぶった。
そんな実力差も分からない相手にまともな指南などやっても無駄ね。
だからアリアは、彼が振りかぶるその一瞬に、たった一歩の踏み込みで顎を打ち抜いて終わらせた。
それからは冒険者だからと下に見られることはなくなった。ドルトン、フェルドなどのランク5の存在もあるけど、やはりアリアの並外れた戦闘力とその可憐な容姿のせいね。年齢の若い神官騎士たちはそれだけで敬うような雰囲気を漂わせているわ。
ただ……あのヴィンセントだけはずっと値踏みするような視線を向け続けている。
この『私』にも。……随分と面倒な男ね。
そうして聖都ファーンに到着する。聖都などと言っても他の町とそこまで大きく変わらないわ。ただ、白い漆喰の家が多いわね。
それと一番の違いはこの景色……。
「あれが……」
「〝聖山〟だ」
アリアの呟きにフェルドが答える。
白い雪を被る高い山……。途中でも見ることはできたけど、この街に入ると何も遮ることなくこの大陸の主峰、聖山キュリオスを臨むことができた。
街にはほとんど用がない。ヴィンセントもそのつもりのようで、街の宿屋に一泊だけして、素通りするように聖山にある聖協会の本殿へ向かうことになった。
聖都ファーンは聖山の麓、二合目にあり、本殿は聖山の四合目辺りにある。
朝早く出てきたけどこの分なら到着は昼くらいになりそうね。クレイデールより北だから仕方ないけど、標高も上がって、砂漠育ちのジェーシャは寒そうに身を震わせている。
「開門っ! 英雄アリア殿をおつれいたしたっ!」
先頭を馬で進むヴィンセントの声に、高い外壁にある大扉が軋みをあげて開いていく。真っ直ぐに続く並木道と信徒の住居らしきエリアを抜けると、ようやく本殿らしき大きな建物に到着した。
本殿は城ほどの大きさがあったが、中にいるのは王ではない。
ファンドーラ法国に王はいない。王が治める国ではなく〝法〟が治める国だから。
法国を自治しているのは法衣貴族たちね。ここの最上位者は枢機卿から選ばれた教皇になるけど、私たちは枢機卿の一人と会うことを許された。
「ようこそいらっしゃった。お客人」
荘厳な一室で私たちを迎えた枢機卿は見た目五十ほどの男だったわ。魔力の大きさから実年齢はもっと上だと思うけど、朗らかな口調とは裏腹に値踏みするような視線を向けてくる。
実力はランク3程度だから、政治的に枢機卿となった人ね。
たぶんこの人が『勇者派閥』の人だと思う。
室内には私たちと枢機卿の伴をする女性神官、そして護衛の神官騎士ね。
でもそこに〝勇者〟はいない。
「話を始めてもらっても?」
「もう少し待ってほしい。すぐに――」
……来たわね。扉越しにも感じる強い気配。それに気づいた者たちが顔を上げ、視線を向けた扉が開いた。
「やあ、待たせたかな」
その男は真っ赤な瞳でにこやかに微笑むと、ソファーに腰掛けたアリアの姿に目を細め、ゆっくりと枢機卿の隣に立つ。
「遅いぞ、クライン」
「それは失礼をした」
勇者クライン。他の大陸からやってきた本物の勇者。
こうして間近にいても、いまだにまともな鑑定ができないなんて、結構なバケモノね。
「それでは――」
「待って。まず僕に話させて」
勇者は枢機卿の言葉を遮り、黒髪を揺らすように動き出すと、アリアの横まで進んで膝をつく。
「なに……?」
訝しげな顔でクラインを睨めつけるアリア。クラインはそんなアリアの圧をものともせずにその手を取って、そっと唇を落とした。
「まどろっこしいことは言わない。どうか私のものとなってほしい」
唐突な勇者の言葉。
その言葉にアリア、スノーはどう動くか。





