284 邂逅
聖都ファンドーラ法国への国境へと向かう街道にて、私たちの乗る馬車は野盗の待ち伏せを察した……のだけど、その野盗の気配が消えていくわ。
大物の魔物でも現れて襲われているのだったら愉しいのだけど、そうでもなさそうなのよね……。
街で聞いた話によれば、このサース大陸にある聖教会の総本山、ファンドーラ法国の周辺は沢山の神官騎士が巡回して、強力な魔物を駆除しているみたい。
……まぁ、信者を集めるために、ただ肌の黒いだけの闇エルフを人型の魔物と決めつけて、人類の敵とした聖教会だから、魔物を認めるわけにはいかないわよね。
ただ、繁殖力だけは強いゴブリンのような低級獣亜人種や、逃げ足だけは速い魔狼なんかは駆除仕切れていないし、ほぼ自由に国境を越えられる神官騎士でも、国境の隣国側に出る山賊までは手が回っていない。
そうだとしたら、今回は神殿騎士がこちら側まで出張ってきたのかしら……。
「……見えてきたわね」
正確にはまだほとんど見えてはいないけど、大勢の生き物が動いて空に舞った土埃と、叫び声のような声が聞こえてくる。
でも、人同士が争う剣戟は聞こえない。それに叫び声と言うよりも……
「悲鳴……かしら?」
そう気づいた私の口元が自然とほころび、脚が急く。
ああ……楽しみね。
『――ぎゃぁあああああっ!!』
豚を引き裂くような悲鳴が聞こえて、濃厚な血の香りが周囲に満ちる。
まだ生き残っている者はいるようだけど、私が近づくとすでに地面には野盗らしき男たちの死体が転がっていた。
「山賊ではないのね」
幾つかの死体を足で仰向けにしてその装備を確認する。
近隣の農民が食うに困って山賊行為をするような、着の身着のままの服装ではなかった。でも、暗殺者ギルドのような偽装のための装備をする連中とも違う。まるで全員が統率されているように同じ装備を纏っていた。
もしかしてこれは貴族が使う暗殺部隊かしら……。
暗殺者ギルドのような誰かの依頼で個人を暗殺するのではなく、主人の政敵を亡き者とするため、集団をもって犠牲を厭わず、護衛のいる相手を確実に殺すための貴族などのお抱え部隊。
この装備と人数なら、私たちが標的だと言われても納得できそうだけど、政治と関わらない私たちには狙われる理由がない。
聖教会の内部に、勇者の仲間が増えることを望んでいない勢力がいるのかもしれないけど、それなら、彼らを殺している存在はなんなのか……。
もしかしたらその人物こそが――
「――っ!」
突然森の向こうから〝殺気〟と共に風の魔術が放たれ、その途中にある木々を切り裂きながら迫るそれを、私は氷を盾にして防ぐ。
「へぇ……」
強い存在に思わず漏れてしまった私の〝殺気〟を察して、遠くにいた〝誰か〟がいきなり攻撃魔術を放ってきた。
問答無用で攻撃をしてきたその〝敵〟に私は外套を脱ぎ捨て、魔力を纏うと、昔とは違う真っ白な髪がその余波で翼のようにたなびいた。
「――【浮遊】――」
私の身体がふわり浮かび、魔術の放たれた方角へと飛ぶ。
挨拶も無しに魔術を撃ってきた無作法な奴。私が挨拶がてら《殺気》と《威圧》を森の奥へ叩きつけると、それに呼応するような威圧と共に、今度は巨大な岩が木々をへし折るように飛んできた。
「――【氷槍】――」
ドゴォンッ!!
轟音を立てて巨大な岩と柱ほどもある氷がぶつかり、大量の岩と氷の破片を周囲に撒き散らす。
「互角……?」
私の魔力と互角と見て、俄然その相手に興味を持った。
「殺せたら愉しそう……あら?」
その相手の〝気配〟が猛烈な勢いで迫ってくるのを感じる。
少し、プライドを傷つけちゃったかしら? 分かるわよ。レベル4の【岩砲弾】をレベル3の【氷槍】に相殺されたと気づいたのでしょ?
「いらっしゃい。あなたのプライドを傷つけた相手は私よ」
強い気配と魔力が高速でこちらに向かってくる。
強力な魔術を使っていたけど、アリアと同じで魔術師ではないのかしら?
「――【雷撃】――」
私が魔術師だと分かって直接叩こうと思ったのかもしれないけど、私がそれに付きあう義理はないわ。
魔力を上乗せして範囲を拡大した電撃が森の一角を包み込むように放つと、森にはまだ暗殺部隊が残っていたのか、複数の悲鳴が聞こえた。
その悲鳴を掻き消すように向こうから大きな魔力が迸る。
ゴォオオオオオオオ!!
その瞬間、私の電撃を相殺して【竜砲】の炎が突き抜けてきた。
まさに竜の息のような巨大な炎に、周囲の森が燃え上がり、その余波でまだ残っていた暗殺部隊の声が途絶える。
せっかく燃やさないようにしてきたのに……。
「――【氷の嵐】――」
私の放ったレベル5の氷魔法が吹き荒れ、燃える森の炎を包み込んだ。
そのとき――
ザンッ!!
森が、炎が、荒れ狂う吹雪ごと真っ二つに切り裂かれ、その余波が魔力の刃と化して私へ襲いかかる。
「――っ!」
ギンッ!!
咄嗟に使った【氷の鞭】が……切り裂かれた。
うそっ!? アリアのナイフさえ止めたのよ。
おそらくは魔術ではなく高レベルの戦技。氷の鞭が斬られたその一瞬に跳び下がった私のドレスの裾が切り裂かれ、それと同時に切り裂かれた森から飛び出してきた〝影〟に向けて雷を撃ち放つ。
「――【狩猟雷】――っ!」
放たれた複数の稲妻が方向を変えて〝影〟を追う。
でもその〝影〟はさらに速度を上げることで、あえて私の懐に飛び込み、稲妻の範囲を突き抜けた。
高速で迫る〝影〟が私の心臓へ向けて剣を突き出す。
でもダメよ。私の心臓へ刃を突き立てるのはアリアだけと決めているの。
最悪臓器だけは避けられるように身を捻りながら、私は魔力を高めて相打ちを狙うように【凍結】を唱えた。
その瞬間――
ギンッ!!
「――アリアっ!」
その間に割り込み、切っ先を防いだのは、黒いナイフとダガーを構えたアリアだった。
戦いが激しくなったことで見に来てくれたのね……。
「下がれ」
二本の武器で敵の剣を弾いて互いに距離を取ったアリアと〝影〟は、離れると同時に飛び出し、二人同時に自分の得物を振りかぶる。
「――【兇刃の舞】――っ!」
「――【鋭斬剣】――っ!!」
アリアのレベル5の短剣技が放たれる。でも、それに合わされるように放たれた、若い男の声……そのレベル5の剣技が炸裂し、アリアの戦技を迎え撃つ。
八連撃と五連撃。それでも武器の長さの違いで完璧に打ち合い、相殺となった二人が再び弾かれ、大きく距離を取ることでようやく私たちはその〝影〟……相手の姿を確認することができた。
「へぇ……女の子だったのか」
そんな暢気な台詞を吐いたのは、まだ十代後半程度の青年だった。
さらりと流れる黒い髪に赤い瞳……。
幼くも見える顔立ちでニコリと笑った彼は、警戒するアリアと私を見て目を細め、抜き身のままの片手剣を下げる。
「もしかして、君が……いや、君たちか。敵をおびき出すつもりだったが、予定外に良い出会いがあったよ。まさか、一人じゃなくて、英雄級が二人もいるとはね」
そう言うと彼はふわりと飛び下がってさらに距離を取り、剣を鞘に納めて満面の笑みを私たちへ向ける。
「気は乗らなかったが楽しみができた。……待っているよ。聖都で」
そのまま彼が風のような速さで消える。
その姿が完全に消え去り、気配も消えたことを確認した私たちが同時に息を吐く。
「スノー……あれは」
「ええ、そうね……」
あの強さ。たぶんあれが……〝勇者〟だ。
ついに現れた〝勇者〟。その力はどれほどのものなのか。
次回、聖都へ。