279 長寿の秘訣?
メルローズ様よりレビューをいただきました! ありがとうございます!
「お、お前はっ!?」
盗賊の男は突然目の前に現れた〝白い少女〟に混乱する。
この女が配下である山賊たちを殺したのか。この行為に何の意味があるのか?
少女は真っ白な髪をしていたが、まだ若く成人したばかりのようにしか見えない。着ている物も上質なもので、一見しただけならどこか良いところのお嬢様にしか見えなかっただろう。
こんな細い小娘に人など殺せるはずがない。
だが、その白い髪や白い肌を穢すように飛び散った赤い血と、その白魚のような繊手が血塗れであることが、男の思いを裏切る。
それ以上に……。
血塗れで、それが日常であるかのように笑う少女が、自分たちとは根本的に違う存在だと知らしめた。
ヒュッ――
「ひっ」
脅えていたせいか、男が微かな気配に身を竦めた瞬間、その顔すれすれを何かが通り過ぎ、何か濡れたものを頬に感じた。
「……外れたわ」
男は少女の言葉と、触れてもいないはずなのにべっとりと頬についた血が、それを少女の攻撃だったのだと気づいて、転がるように距離を取る。
「お、お前ら! 敵だっ! こいつを殺せ!!」
ここまで来てようやく〝敵〟だと認識した盗賊の男が騒ぎ立てると、唐突に仲間が死んで状況さえも理解できなかった山賊たちは、ようやく仲間を殺したのがこの白い少女だと分かり、怒りの形相で動き始めた。
その少女が〝何者〟かも知らず。
その行為がどのような結果をもたらすとも知らずに……。
「では始めましょうか」
その中で白い少女だけがまるで花を愛でるように笑っていた
***
まだ慣れていないせいか手刀を外してしまったわ。
せっかく私の都合に付きあってもらうのだから、せめて一撃で死なせてあげようと思っていたのに……希に親切にしようとしても、上手くいかないものね。
まあ、いいわ……。
簡単に死なせたせいで仲間がどうやって死んだのかも理解できず、せっかくやる気になってくれたのだから、ありがたく使わせてもらいましょう。
「女ぁあああ!」
一人の男が武器も構えず飛びかかってくる。まあ、下品な顔……。
本当に理解できていないのね。
「――かひゅ」
わずかに下がりながら撫でるように手刀で喉を掻き切ると、その男は私の横をすり抜けるように進んで頭から森の大地に倒れ込む。
「おい、なにやってんだ!」
「俺がやってやらぁ!」
まだ理解もできずに倒れた仲間に文句を言う男たち。私は次々と襲いかかってくる男たちを、身体強化の思考加速で緩やかに躱しながら、彼らの目に見えない速さで喉を裂き、首を折り、その命を刈り取っていく。
「な、なんだぁああああ!?」
そこでようやく自分たちが狩られる側だと理解できた男たちに、私はニコリと微笑んだ。
「大丈夫よ」
サマンサが私へ教えた延命手段。簡単に言うと彼女が今も実践している長生きの秘訣は、ある意味単純なものだった。
それは普通の魔術師が行わない身体強化を鍛えること。
思考加速に必要だから私も身体強化は使えるわ。そのために得意ではない体術も魔物相手に練習したから。
でも私の《体術スキル》はレベル3が精一杯。それでも三割は思考を速くできるし、魔術の補助とするにはそれで充分だった。
でもお婆ちゃんは違ったわ。彼女はレベル4の体術を使いながら、それより1レベル上の思考加速ができていた。
それを可能にしたのが魔力制御だった。
魔術を効率よく使い、消費を抑え、効果を高めるには必須の技術だけど、それで身体強化を制御して、手足の筋肉だけでなく内臓まで強化するみたい。
「な、なんだ、この女!?」
「く、来るなぁ!」
私は逃げ惑う山賊たちの倍の速さで追いかけ、追い越し、回り込み、すれ違うように殺していく。
別に身体強化だけで殺してあげているわけじゃない。今の私ではどれだけ魔力制御で強化しても限度がある。
でもお婆ちゃんはそれを効率よく鍛える術を知っていた。
それは、生活魔法を使うこと。
心臓に魔石が生成されない微弱な魔力を使う生活魔法。それを精密に扱うことで身体強化の制御鍛錬となり、それ自体が立派な〝武器〟となる。
「ぎゃぁああああああ!?」
「た、助け……」
手袋のように風を纏わせて防御力を増し、大気の塵から鋭い土の爪を作り、微細な水が光と闇の霧で私の姿を霞ませる。
でも、〝火〟は使わないの。
アリアとの約束だから……。
最後に私の一撃を躱した、脅える運の良い男に、この世の最期に優しい言葉をかけてあげる。大丈夫よ……安心して。
「死ぬのって、そんなに怖くないわ」
***
山賊を退治して、私たちは冒険者ギルドから幾ばくかの報酬を得た。
いくらランク5が全滅させたと言っても、ギルドか兵士が確認しないとすぐに報酬が出ることはないのだけど、アリアの名前を聞いた領主がすぐに了承したらしいわ。
街の広場では、その領主様と奥方の若夫婦が、山賊騒ぎは収束したと大々的に宣言して、住民は歓喜の声をあげていた。
ふぅ~ん……。
やっぱりあなたたちは、そのぐらいの地位のほうが幸せそうね……。
「それじゃ、儂は帰るぞ!!」
「……は?」
事が済んでたらふく蜂蜜酒を呑んだサマンサの唐突な発言に、私も思わず聞き返してしまったわ……。
「修行は? 授業はしないの?」
思わずお人好し闇エルフのセレジュラを思い出して問い返すと、逆に不思議そうな顔をされた。
「白い小娘!! お主は実践で学べ! 儂が使っておるのはあくまで自己流じゃ! これから研鑽して自分の技とするが良い!! では、さらばじゃ!! 儂は早く玄孫と遊ぶんじゃ!!」
まるで通りの向こう側にいるような大声でそう言うと、お婆ちゃんは私が止める間もなく、砂煙を上げてあっと言う間に見えなくなった。
思わず眉間に皺を寄せてアリアを見ると、彼女は気にしたふうもなく自分の荷物を纏め始める。
「蜂蜜酒も呑めて満足したのでしょ?」
「好き放題ね……私たちが言えたことではないけど」
思わず溜息を吐く私に、アリアの肩のネコちゃんが呆れたように欠伸をしていた。
いつも通りですね……。
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