278 山賊退治
Fine様よりレヴューをいただきました! ありがとうございます!
「儂も行くぞっ!」
山賊退治に向かおうとしたら、どこから現れたのか、いきなりお婆ちゃんがそんなことを叫んでいた。
正直、本気で驚いたわ。宿屋にいるのではなかったの? どうして私やアリアの探知を掻い潜れるのか本気で分からないわ……。
なんか悩むだけ無駄なような気がするから、それはいいとして、一応、釘は刺しておきましょうか。
「別に面白いことはないわよ?」
山賊に殺して面白い相手なんていなさそうだしね。
私が親切心でそう言ってあげると、お婆ちゃんは皺だらけの眉間にさらに皺を寄せて私を睨む。
「白い小娘……。儂がなんのためにここまで来たと思っておるのじゃ?」
「「蜂蜜酒?」」
「ちゃうわいっ!!」
私とアリアが声を揃えると、本人が最初にそう言ったくせに何故かお婆ちゃんは否定してきた。
「だって……」
「ねぇ?」
「ええいっ、五月蠅いぞ小娘ども! 蜂蜜酒はもう呑んだわいっ!!」
結局呑んでいるんじゃない。
「よいか小娘ども! 儂がお前らに同行する理由は、白い小娘……お主の身体のことじゃろが!!」
「「ああ……」」
すっかり忘れていたわ……ボケが凄くて。
幼い頃から全属性の魔石が心臓を圧迫していたせいで、私は大人になるまで生きられないはずだった。自分の少ない寿命を有効に使うために、私は『大人になる頃までに辿り着き、使えるはずだった高レベル魔術を前借り』する【加護】をダンジョンの精霊に望んだ。
そのせいでさらに寿命が減り、あの戦いでアリアに勝てたとしても、私は彼女の亡骸の上で死に逝くはずだった。
それが望みだった。それだけが希望だった。
でも……そんな私の儚い夢をアリアは踏み潰し、私に生きることを強要した。
そんなアリアのために私は、この命を彼女のために使うことにしたの。
でもアリアは強欲で、さらに生きることを望んだ。
本当に……意地悪な子ね。
「……それで、どうするの?」
正直に言って本気にしていなかったのよ。たとえ高齢で呆けていなかったとしても、人間の魔術師に出来ることには限度があると知っていたから。
今もお兄様たちと一緒に地獄で暮らしている素敵なお父様も、何代もの研究成果をさらに娘の身体で実験するほどに高みを目指そうとして、結局自分の代で辿り着くことは諦めていた。
私は勤勉ではあったけど天才ではなかったから、生きることは望んでいなかった。
でも……この〝天才〟なら。
「儂に任せい。小娘どもの身体を弄り回して最強にしてやるぞ。ひっひっひっ」
……大丈夫かしら?
「小娘っ、儂の蜂蜜酒がないぞ! どこへやった!?」
「はいはい、終わったら宿屋で呑もうね」
まるでお婆ちゃんの孫娘を真似するように、アリアが慣れた感じでお婆ちゃんをあしらう。
本当に大丈夫かしら……。
***
山賊の大部分は最初から犯罪者だったわけではない。
そのほとんどは元はただ村人であった。
温暖な気候で生きやすいクレイデール王国でも、人が増えすぎれば新たな土地を求めて魔物が住む領域を開拓し、人が住む場所を広げていく。
その場所が農地となり税を納められる農村となるには、魔物や野生の動物を退けながら、根気よく開拓しなければならない。
大人たちは外敵を退けながら開拓と農作業を両立させなければならず、多くの村では働き手として幼い子どもの手も必要とした。
子どもが多ければ働き手が増える。だが、子どもが成長してもそれに見合うだけの農地があるわけでもなく、さらなる開拓を諦めた農民の次男や三男は、大きな村や町に働きに出ることが多かった。
だが、農耕しか教えられずに碌な教育も受けられなかった者にとって、単身、村から出ることは〝勇気〟が必要だった。
勇気があれば……せめて好奇心が強ければ、街の労働者でも冒険者でも日銭を稼ぐことはできたはずだ。だが新しい道へ踏み込む勇気がなかった者たちは、心が楽なほうへと逃げ続け、他者から奪うことを覚えるのだ。
その子爵領に現れた山賊たちは、勇気もなく、ただ隠れて馬車を襲うだけの山賊とは少し違っていた。
その山賊たちには〝知恵〟があった。衛兵や兵士に見つからないように襲撃地点を変え、人数を数名ごとに分けて頭を決め、その少人数の纏まりを、さらに上の者が管理して命令を徹底させた。
そんなことは農村しか知らない山賊にはできないことだ。
それをしたのは〝元村人〟の男だった。
男には向上心も夢もあった。街に出て冒険者となって大成し、いずれ英雄と呼ばれるようになりたいと願っていた。
仲間を作り、日雇いの日銭で最低限の武具を揃え、害獣退治や村を襲うゴブリンを倒して感謝され、文字を覚えたことで世界の広がりを感じ、そしてダンジョンへ挑戦して……挫折した。
男はランク2までしかなれなかった。ただの戦士。身に纏うのはサイズの合わない中古の革鎧で、振るう武器は一番安い棍棒だけ。
仲間の一人はランク3になってダンジョンへ挑むために他の冒険者の仲間となり、また別の者は冒険者を諦めて文字や計算を勉強して商店に雇われ、ある者は農耕の知恵を学んで村へと戻っていった。
男はどこにも行けなかった。大見得を切った手前村に戻ることもできず、得意なこともなくただ貧困の中で喘いでいた。
そのとき、それでも心配して元仲間が会いに来てくれた。もう一度頑張ろうと言ってくれた。だが男は、まともに生きることに成功した元仲間の姿を見て……財布を盗んで逃げ出した。
男は〝盗賊〟となった。
この山賊騒ぎの裏にいたのは盗賊になった男の仕業だった。
元より盗賊ギルドはダンドール家の新産業に目を付けていたが、ダンドール家が目を光らせていたため、産業に割り込み利権を得ることは難しかった。
しかし、それを聞き及んだ男は〝知識〟や〝伝手〟が必要な利権などに目もくれず、ただ直接奪うことだけを考えた。
元村人の男が思いついたのは、山賊を使うことだった。
悪事をすることを理解して殺さない盗賊ギルドと、悪事が発覚することを恐れて殺す山賊とは相容れない。盗賊にとって山賊とは何も考えない動物と同じで、同一視されることを殊の外嫌っていた。
だが男は元村人の思考からそれを忌避せず、村々で燻っていた若い男たちを集めて、二つのギルドで覚えた『他者を使う』ことで利を得ようとした。
「お前ら、今日は〝谷〟だっ! 急げよ!」
男は山賊たちに指示を出す。根城は数カ所準備しており、襲撃場所から離れた場所で休むことで衛兵の目を逃れ続けてきた。
奪った商品を盗賊ギルドの裏ルートに回し、ギルドで買った情報を基に買い付けにきた商人を襲う。山賊の維持に必要な物資も、近隣の村や町で商人を装い買い付けていれば衛兵も男のところまで辿り着くことはない。
冒険者や盗賊として上から使われ続けた男の経験が役に立った。
問題は領主の衛兵や兵士ではなく、高ランクの斥候が少人数で追跡してくることだったが、ランク4や5の高名な冒険者は山賊騒ぎ程度に出てくることはないだろう。
だが……。
そんな〝利〟にもならないことをする高名な冒険者がいることを、冒険者から逃げ出した男は知らなかった。
「……ん?」
昼でも暗い森の中……小隊ごとに痕跡を消しながら移動していた山賊の一人が、不意に倒れた。
声もあげずに倒れたことで小隊の仲間が不審に思って近づいていくと、不意に土埃が舞い上がり〝白い影〟が踊る。
「――ぎゃあああああああああああああっ!」
そこで初めて悲鳴が聞こえ、瞬く間に数名の山賊が血しぶきを上げた。
「何が起きて……」
男は目の前の光景が理解できなかった。
手下の山賊たちが何もできずに死んでいく様を呆然とみているしかない男の背後から突然〝女〟の声が聞こえた。
「死ぬには良い日和ね。そう思わない?」
振り返るそこに〝白い少女〟が、血塗れの手のままで優しく男に微笑んでいた。
サマンサ「小娘! 妖怪じゃ! 雪女がおるぞ!」
アリア 「…………」
次回、サマンサの教え。





