276 サマンサ・サマンサ
華様にレビューをいただきました。ありがとうございます!
「サマンサ・サマンサじゃっ!」
「知ってる」
「儂を知っておるとは何者じゃ、小娘っ!」
「アリア」
「うむ。飯はまだかのう?」
さすがアリアね。まったく動じていないわ。それどころか慣れた様子で【影収納】から干し肉を取り出した彼女に、お婆ちゃんは難色を示す。
「乾き物はのぅ……もっとシャキシャキとした肉がいい!」
あら、意外と贅沢ね。でもそれなら……
「私が凍らした山賊でも持ってくれば良かったわね」
「鬼嫁じゃ! 鬼嫁がおる!」
私、いつの間に嫁になったのかしら……?
でも、本気で呆けているのかしら? 〝ボケ〟と判別がつかないわ。ネコちゃんなんてそもそも相手をする気がないようで、アリアの肩で黒猫のまま丸くなっているし。
「――おばあちゃん!」
そのとき遠くからそんな声が聞こえて、とんでもない勢いで土煙を立てながら誰かが近づいてくると、躱そうとしたお婆ちゃんに横っ飛びで飛びついて取り押さえた。
「儂を捕らえるとは、何者じゃ!?」
「急に走り出したと思ったら、こんな若い娘さんたちに何をしているの!?」
「予感がしたのじゃ!」
「どういうことなの!?」
その二十代と思しき女性は、私たちに振り返るとペコペコと頭を下げる。
「うちのおばあちゃんが、本当にごめんなさい。大変だったでしょ?」
すでに何かやらかしたことを前提のような言い方をする女性に、お婆ちゃんは突然、思い出したように手をポンと叩く。
「そうじゃ! 飯の時間じゃな!」
「ご飯はおととい食べたでしょ」
「鬼嫁じゃ! 鬼嫁がおる!」
「はいはい、あなたの曾孫ですよ。ほら、玄孫も居ますよ~」
「ばっちゃん」
本当にどこに居たのか、曾孫と名乗る女性の背後から小さな男の子と女の子が現れ、お婆ちゃんによじ登るように纏わり付く。
「ばっちゃん、ごはん」
「ごはん、ごはん」
「良し! 行くぞ玄孫ちゃん! 小娘どもも、うちで飯を食っていけ!」
そう言うが早いか、お婆ちゃんは玄孫二人を背に乗せて、またとんでもない勢いで走り去り、土煙を残してあっという間に見えなくなった。
「本当にすみません!」
「了解した。ご飯だって、スノー」
アリアも動じないわね……。
『イタダキマスッ!!』
そのかけ声と同時に数十人が一斉に食事をし始める。この場に居る老人から赤ん坊まで、この人たち全員が家族なんですって。
お城みたいなお屋敷にサマンサ一族が全員住んでいて、これだけ広いのに使用人は一人もいなくて、やるべき事は若い人たち……じゃなくて、動ける人や得意な人がやるみたい。
まあ、ようするに……とても騒がしいわ。
「小娘、其奴が例の小娘だね?」
対面で食事をしていたお婆ちゃんが、鋭い視線で私を見る。その眼光も威圧感も、正に歴戦の冒険者『砂塵の魔女』の名に恥じないものだった。
……その全身に三歳以下の幼児たち数人がよじ登っていなければ。
「サマンサ。分かる?」
羊肉の腸詰めを切り分けながら、問われたアリアがお婆ちゃんに問い返す。
「歪だねぇ……。しかも相当無茶を繰り返したのじゃな。〝戦鬼〟が診たのじゃろ? ある程度はマシになっているが、いくら命を延ばしても、そう長くはないよ」
「そう……」
アリアはサマンサの言葉に少しだけ眉を顰めて、切り分けた腸詰めをネコちゃんにあげているけど……幻影のネコちゃん、食べられるの? それより本体は巨大なのだからその程度で足しになるのかしら?
「後悔はしていないけど?」
私の軽い口調にアリアがジロリと睨む。……バカね。あなたが私の寿命を気にする必要はないのに。
それはそれとして……
「私のお皿に大量にあるブラッドソーセージはなんなのかしら?」
そんなに鉄分が足りないように見えるの?
「ドルトンの奴は、おぬしら……特にその白い小娘に、冒険者の魔術師としての動きを教えてやれと言っておった」
お婆ちゃんは骨付きの羊肉を骨ごと噛み砕きながら、折れた骨で私を指さす。
「じゃが、おぬしらにそんなものは必要ないじゃろ? まだまだ荒いが、強さだけならこの国どころか、このサース大陸でも勝てる奴はそうはおらん」
「それならどうするの?」
属性を整理したことで少しは命が延びた。それなら妙な教えを受けて時間を無駄にするより、アリアのために出来ることをしたい。
そんな私にお婆ちゃんは、ワインをラッパ飲みをしながらニタリと笑う。
「だからドルトンは儂に任せたのじゃ! 直々に鍛え直して、生命力を根本から整えてやるぞ! 少なくとも儂より先に死ぬことは無くしてやるわい! ウヒャヒャ!」
「……それ、喜んでもいいのかしら?」
百歳超えの人より後に死ぬって、何年後の話?
するとそれを聞いていたアリアが、お婆ちゃんの話に感心したように深く頷く。
「スノー、あと百年生きられるって」
「…………」
冗談よね?
「それでは行くぞ、小娘ども!!」
『おばあちゃん、行ってらっしゃい』
食事のあとすぐに、サマンサ一族総出のお見送りで出発となったわ。
私も魔力制御は鍛えたつもりだったのだけど、お婆ちゃんに言わせればもっと繊細な操作が必要なんですって。
今までは膨大な魔力を操作することだけに集中してきたけど、繊細な操作をすることで魔力の流れを滑らかにして、血流そのものを操作すると言っていたわ。
「小娘、おぬしもじゃ! 腹は減らんか!?」
「了解。食事はさっき食べた」
おばあちゃんはアリアも鍛えるみたいね。魔力の流れが滑らかになれば消費魔力も減るみたいだから、損はないわ。
「ところで、これからどこに行くのかしら?」
旅に出たのは良いけど目的地を聞いていなかったので訊ねると、おばあちゃんは一瞬険しい顔をする。
「どこに行くのじゃ!?」
「修行ができるところでしょ」
お婆ちゃんのボケにアリアが素で答える。まさか本当に修行という言葉だけで、とりあえず旅に出たの? 思わず同じ目をしているネコちゃんと一緒にジト目で見つめると、お婆ちゃんはポンと手を叩く。
「そうじゃ! ダンドールへ行くぞ!」
「ダンドール?」
アリアが首を傾げると、お婆ちゃんは当然のように胸を張る。
「最近、蜂蜜酒の新製品が売り出されたからじゃ!」
本当に〝とりあえず〟だったみたいね。
そのダンドールの寄子である子爵領へは、また三週間程度の旅になる。……ここまでも旅をしてきたのだから、ちょっとくらい休んでも良くはない?
でも、アリアは気にもしないし、おばあちゃんも百歳を超えているとは思えないほど健脚なので、私のそんな感想はアリアの作る薬の量が増えただけだったわ。
「歩くのも必要なのじゃ、白い小娘っ!」
長時間歩くことで血流の流れに身体を慣れさせ、魔力を含んだ血液を魔力制御で操作して、心臓の負担を抑えるみたい。
それを聞いたアリアも、血中脂肪? 初めて聞く言葉だけど、それを抑制することで血の流れが良くなるらしく、私の食事メニューや薬も増やすことにしたようね。
お婆ちゃんは三属性の魔術師。健康的には問題のない属性数だけど、それはあくまで魔術師としての話であって、戦士系だと長時間の戦闘で息切れする程度の体力しか得られないと言っていた。
お婆ちゃんは走り回る戦闘スタイルなので、幼い頃からそれを魔力制御を鍛えたことで、結果的に寿命が延びたそうよ。
「でもお婆ちゃん? あなた、お肉大好きよね?」
「鬼嫁じゃ! 鬼嫁がおる! 好きな物を食わせい!」
……まあ、あれだけ走り回っていれば脂肪分は消費されるのかもね。
それからアリアが作ってくれる私の食事は、薬草みたいな葉っぱと、脂肪分を抜いた赤身肉とか鶏肉だけになったのだけど、目的地に着けば私もまともな食事や蜂蜜酒を飲めるのかしら?
思わずそんなことを呟くと、アリアが何かを思い出したように口を開いた。
「ゲルフが言っていたけど、ダンドールの新しい物は、ダンドール家の人が考案したらしいよ」
「儂も聞いたぞ! その考案した小娘が、新しい領主の小僧に輿入れしたそうじゃ!」
「へぇ……」
どこかで聞いたような話ね。
ダンドール家で、新しい領主に輿入れ?
それって……
元王子様とお嬢ちゃんのことかしら?
次回、例の人たちがいる子爵領
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嬉しいけど、新作が書けない……





