273 久しぶりの王都
朔月蓮さまよりレヴューをいただきました! ありがとうございます。
「お前さんは……」
目の前にいる巨漢の山ドワーフが、私を見て戦慄の表情でソファーから腰を浮かしかけた。……まぁ、心中お察しするわ。冒険者パーティーのリーダーは大変ね。
私とアリアとネコちゃんは、大規模ダンジョンをクリアした。
キマイラを倒してあの精霊に文句でも言われるかと思ったけど、人間と違って過ぎてしまった事に興味はないようで、アリアとネコちゃんは特に願いがあるわけでもなく、無事にダンジョンの出口から出ることができた。
でも〝無事〟……とは言い難いのかしら? アリアも宿で二日ほど動けなかったし、ネコちゃんもアリアの影から出てこなかったもの。
あの二人でさえそうなのだから、私なんて五日以上も寝込んでしまったわ。……またアリア特製の薬を飲む羽目になっちゃった。
六属性から四属性になって、これから私の中の魔石は小さくなっていくはずだけど、私の感覚だと普通の四属性よりも少し大きくなるんじゃないかしら。
属性を合成したのだから仕方ないわね。それでも五属性より小さくなるはずだから、アリアと居られる時間が少し延びたと喜んでおきましょう。
「ダメ? ドルトン」
アリアが山ドワーフ……〝虹色の剣〟のドルトンにそう訊ねると、彼は腰をソファーに戻し、難しい顔をしながら彼女を睨む。
それも仕方ないわね。どう見ても厄介ごとだもの。
私たちの……主に私の体調が動けるほどに回復して、まず私たちは王都にある〝虹色の剣〟のリーダーであるドルトンの屋敷へ向かった。
他のメンバーはいなかったけどドルトンは在宅していて、アリアは私を『パーティーが探していた高ランクの魔術師』としてドルトンに紹介したの。
ドルトンも驚いていたけど、私も驚いたわ……本気だと思わなかったから。
「アリア……言いたいことは分かる。だがなぁ……」
そう言ってドルトンは、アリアを睨んでいた目を私へ向ける。髪の色が変わって、目元の隈も随分と薄くなったけど、やはり、知っている人間には疑われてしまうようね。彼と私はさほど面識があったわけじゃないけど、私の顔を知らないからこそ関連性を感じてしまうのかしら?
王都での戦いのあと、アリアが私の遺体を持って消えて、それから数ヶ月後に高ランクの魔術師を連れてきたら、勘の良い人間なら気づくと思う。
「ヴィーロが辞めれば戦力が偏る。私が遊撃に回れば、ミラだけだと魔術師が足りなくなるんじゃない?」
「確かに魔術師は探していたんだがなぁ……しかもランク6だと? それで二人で大規模ダンジョンを攻略? 何を考えているんだ、お前ら」
「二人じゃない。ネロと三人だ」
「……なんだ、そのメンバー……」
大ぶりのソファーを軋ませながら天を仰ぐドルトンは、困っているのもあるけれど、それ以上に呆れている感じがするわ。
「私もどうかと思う」
「スノー?」
私が発した言葉にアリアとドルトンが視線を向ける。
アリアは色々と考えて、その末に出した結論なのでしょうけど、彼女は言葉が足りない。私もそうだけど、その辺りがずっと個人で活動してきた私たちの欠点ね。
「まだ王都は復旧していない。その犯人である私が生きていたら、あなたの仲間にも迷惑がかかるわ」
今更私が死者を悼むとか柄じゃないし、敵対者を殺したことに後悔なんて欠片もないわ。だからこそ極悪人である私が、アリアのパーティーに入るなんてあり得ない。
「私は〝悪人〟だから、それに相応しい〝生き方〟があるの」
命を救ってくれたことには感謝しているけど、アリアに迷惑をかけてまで側にいたいわけじゃない。
でも――
「逃げるな」
アリアは表情を変えることなくじっと私を見る。
「やったことの責任は取れ。復讐だけの人生は終わった。あとはお前の好きに生きればいい。でも、その前にケジメはつけろ。このパーティーならお前の力を活かすことができる」
裏社会で殺すことでしか生きられなかったセレジュラのようにならず、表世界に出ろとアリアは言う。彼女はソファーから立ち上がり私の前に立つと、屈むように私の瞳を覗き込む。
「恐れるな。道を違えたら、私がまた殺してあげるから」
「……ええ。あなたに殺されるならいいわ」
以前と同じ約束。でも違うのは、私はあなたのために死にたいのだから。
「はぁ~~~~~~~~~……分かった」
私たちのやりとりを聞いていたドルトンが長い息を吐いて、眉間に皺を寄せた顔を向ける。
「スノー……でいいのか?」
「ええ、それで構わないわ」
「正直、お前さんのことは信じることは難しい。だが、アリアがそこまで言うのなら俺も腹をくくる。確かに目の届く所に置いたほうがいいからな」
「大丈夫よ。アリアを裏切ることはないわ」
私がニコリと微笑むと逆にドルトンの表情が渋くなる。
「アリアっ!! ちゃんと見ておけよ! それとゲルフの所で装備一式作っておけ! 他の連中はお前が説得……いや、捜してここに呼んでこい」
「了解」
「当面はランク6の魔術師というのは伏せておく。属性もだ。スノーはランク5の光と闇と水と風の四属性として登録する。いいな」
「それでいいわ」
ドルトンはなかなか苦労人ね。今までよっぽど変なメンバーしかいなかったみたいに慣れているわ。
パーティー登録には全員で行くみたい。色々誤魔化すために全員で行って威圧するのかしら。
「俺は一応貴族だから、まだ復興中の王都から離れられん。それでも俺たちには依頼が来る。今までは手の空いている奴を向かわせていたが、今回はお前らが受けて王都から離れろ」
「確かに私は、今はまだ王都にいないほうがいいわね」
私がそう答えるとドルトンはまた溜息を吐く。
「……なんで、うちの魔術師は問題児ばかりになるんだ? 依頼のついでにサマンサの所でパーティーの動き方でも教えてもらえ」
ああ、聞いたことがあるわ。引退した虹色の剣の魔術師、砂塵の魔女だったかしら。
「分かった。それじゃ、スノーのことはここに置いてもらっていい?」
ドルトンのことに頷いたアリアは、もう一度立ち上がるとそんなことを言った。
「あら、何処かへ行くの? アリア」
「エレーナの所へ行ってくる。説明しておけば悪くはしないはずだから」
ああ、確かに話しておいたほうがいいわね。
でも……彼女、怒っているんじゃないかしら?
***
アリアが王城の正門ではなく関係者用の門へ到着すると、すでに王女と宰相から最優先で通すように申し渡されていた門番は、慌てて彼女の顔を知っている者を呼びに行って、そのまま王女の下へ通された。
「アリア……言いたいことはある?」
「ごめん……」
最後に見たときより少しだけ痩せたエレーナの笑顔に、アリアは素直に謝った。
スノーの蘇生があったとはいえ、当事者がいなくなったことでエレーナや宰相であるメルローズ伯は相当苦労したそうだ。それ以上にかなり心配もしたのだろう。
「メルローズ伯にも素直に叱られていらっしゃい」
「そうする」
アリアの子どものような素直さに幾分か怒りを和らげ、周囲を見回し軽く手を叩く。
「人払いをしてちょうだい」
三年以上王女の警護をしていたアリアなので、特に問題もなく侍女のクロエや執事のヨセフといった、事情を知る側近だけが残された。
それからエレーナの愚痴に始まり、ところどころアリアを叱りながらここまでのことが話される。
エレーナが王太女になったこと。エルヴァンの婚約者がクララだけになり、二人はダンドール地方にある子爵家の領主となったこと。ミハイルやロークウェルが正式に側近になったことなどを話す。
そして、アリアの話になると……
「……とんでもないことになったわね」
エレーナは頭痛がしたように眉間を押さえると、とりあえず不問……というより公にできない案件として胸に仕舞ってくれることになった。
「ドルトンの言うとおり、しばらく王都を離れていたほうがいいわ。護衛はしばらく必要じゃないけど、暗部の依頼は受けてくれると嬉しいわ」
「了解」
それから二人はしばらく他愛のないお喋りをして、そろそろアリアの祖父である宰相が飛んできそうな時刻になると、エレーナはふと思い出したように言葉を続ける。
「アリア、暗部経由で噂が届いているのだけど、大陸北のメールズ国家連合に、他の大陸から〝勇者〟の船が到着したそうよ」





