272 魔術師の役目
お待たせしました! キマイラ戦決着。
《――……取引? 何を言っておる――》
精霊の世界……そこで放った私の言葉に、幼い精霊が不思議そうな顔をする。
《――其方が我に与えると申すか。そんなことをせずとも、〝人〟はただ望むだけでよい。一つだけ望みを叶えよう――》
「大いなる精霊ならそうなのでしょう。けれど、私の望みは大きいの。望みはたった一つだけど、大きいから申し訳がないのよ」
私がそう言ってニコリと微笑むと、精霊は静かに頷いた。
《――確かに過去、強欲な願いをした〝人〟もいた。だが我はその願いも叶えてきた。とある娘のすべてを手に入れたいと願う子には、様々な願いを叶える精神生命体と契約する機会を与えた――》
この精霊にとっては、人と悪魔を仲介したこともその程度のことなのね。
「私は幾つかの魔術属性を纏めたいの。けれど、面倒なことであなたの手を煩わせたくないわ。だから私の考えを聞いてくださる?」
《――その程度、造作もないこと。すべての属性を纏めて”混沌”の属性に――》
「それに及びませんわ」
言い切る前に精霊の言葉を切る。言い切ってしまったら確定するかもしれないし。
それに混沌の属性? それって悪魔になってしまうのではなくて? 少し興味もあるけれど、どうせ碌な事にはならないわ。醜いインプにでもされそうね。
「光と闇以外の属性を二つに纏めて、〝雷〟と〝氷〟にしてほしいの」
私が希望を述べると精霊はわずかに眉を顰める。
《――それは確かに強欲だな。其方は二つの願いを言っている。それはならん――》
「でも、混ぜすぎれば混沌になってしまうわ。それに〝雷〟だけにすれば〝土〟が余ってしまうの」
《――それでも属性は二つに纏まるであろう。それ以上、何を求む――》
「私の願いは纏めること。それでは〝土〟を捨てることになってしまうの。せっかくの属性を捨ててしまう私のために、何かが欲しいと願うのは強欲かしら」
……きっと強欲ね。
〝光〟と〝闇〟を捨てればもう少し楽な交渉はできるけど、その二つを失うと私は病んだ身体を維持できない。その二つを強化することも考えたけど、私ではアリアのように光と闇を合わせることはできなかった。
〝光〟と〝闇〟はアリアの力だから、私はそれを願わない。
《――それならば代わりに、其方が過去に封じた〝火〟をくれてやろう。一度封じた物はまた初めから鍛えねばならぬが、代わりとしてはちょうど良い――》
役に立たなくなった属性を戻して、心臓を圧迫するだけの申し出に、私はニコリと微笑み返す。
「それでしたらその〝火〟を加えたら、上手く二つの属性にならない?」
《――だがそれでも願いは二つだ。それはどうにもならん――》
「いいえ。私〝土〟を失って、新しい〝火〟も失ってしまうのよ?」
これが本当のことのように真摯に騙る。
でも問題はないでしょう? ルールなどあなた次第なのだから。
「この取引はあなたに何かを差し出すのではないの。失ってしまう私のために、あなたの慈悲が欲しいという、一つの願いを叶えるための〝取引〟よ」
***
「――【麻痺】――」
雷魔法レベル5の麻痺がキマイラを撃つ。さすがにこれだけ大きいと全部を止めることは不可能ね。
属性を雷だけにしたなら、もう少し強化も出来たかもしれないけど、そうなるとまた余計な物をもらって、命を減らしていたかもしれないもの。
でも、一瞬でも止まれば充分よ。
「――【氷の鞭】――」
まだ動いている部位を氷の鞭が茨のように絡みついて床に縫い付ける。
「――【氷の嵐】――」
二重詠唱で使う氷の嵐が範囲を増して巨大なキマイラを包み込み、その全身を瞬く間に凍らせていく。
でも――
バキンッ!!
『――ギィイガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
麻痺して凍り付いた体表が砕けるのも構わず、キマイラが内側から無数の腕を生み出して氷を打ち砕く。
ランク7……本当にバケモノね。アリアやネコちゃんは闇竜をどうやって倒したのかしら?
でも、それでいい。
「アリアっ!!」
私は、もう一人じゃない。
「ハアァアアアアアアアッ!!」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
私を信じて力を溜めていたアリアとネコちゃんが、左右から飛び出して渾身の攻撃を仕掛ける。
「――【拒絶世界】……【兇刃の舞】――っ!」
戦技である鉄の薔薇に戦技を重ねる捨て身の一撃。
拒絶世界の光が刃を伝わり、〝剣〟となった黒いナイフが、その素材となった竜の牙の如く、新たな手足を薙ぎ払うように切り飛ばす。
そして、ランク6であるネコちゃんの戦技が、守りを失ったキマイラの身体を深々と引き裂いた。
『ギィイイギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
断末魔のようなキマイラの咆吼が響く。でもまだ死んでいない。
あと一押しで勝てるとしても、その一押しが足りていなかった。キマイラは無数の獣の集合体。たとえ死んでも、生きている部位がある限り死にはしない。
その生きている部位が攻撃を行った二人を狙う。戦技を放ったばかりのネコちゃんは動けない。
アリアは戦技に戦技を重ねてもう戦える状態じゃない。
その攻撃を受けようとしているアリアの瞳が、敵であるキマイラではなく〝私〟を映していた。
私は一人じゃない。一人で戦う必要はもうなくなった。
私は冒険者となった。そしてこれが冒険者のパーティーなら、斥候のアリアは遊撃役だ。ネコちゃんはたぶん戦士になるでしょう。
二人ともパーティーでの役割は〝削り役〟だ。
では私は何? 私は〝魔術師〟だ。パーティーの危険を減らすために知恵を巡らし、魔術を使い分ける。魔術師の一番重要なことは何か?
それは……圧倒的な〝破壊力〟だ。
自分を信じろ。出来ると信じろ。ここで出来なければ、アリアのために生きると誓ったあの想いも、アリアの心も無駄になる。
レベル5じゃ足りない。でも、私は攻撃を雷と氷に絞り、そのためかずっと止まっていた魔術制御のレベルが6になった。
自分の力しか信じていない私が【魂の茨】を得たのは、レベルより上の魔術を使うため。いずれ自分の力でその域まで辿り着けると、命の残りが少ない私はその力を〝前借り〟できる能力を望んだ。
そして今、そのときが来た。
私なら……出来る!
「――【雷の檻】――っ!」
雷の茨がキマイラの巨体を絡め取り、消えることなく激しい稲妻でダメージを与え続ける。膨大な魔力消費に初めて魔力が少なくなるのを感じながら、それでも私は最後の一撃を撃ち放つ。
「――【凍結】――っ!」
キマイラが真っ白に凍り付き――
ピキィイン…………
雷の戒めが凍結したキマイラを塵のように砕いて、氷の結晶が粉雪のようにダンジョンに舞う。
「これで……終わりよ」
【スノー】【種族:人族♀】【ランク6】1Up
【魔力値:34/660】20Up【体力値:15/48】
【筋力:7(9)】【耐久:4(5)】【敏捷:14(18)】【器用:10】
【体術Lv.3】
【光魔法Lv.5】【闇魔法Lv.5】
【水魔法Lv.0】【火魔法Lv.0】【風魔法Lv.0】【土魔法Lv.0】
【氷魔法Lv.6】1Up【雷魔法Lv.6】1Up
【無属性魔法Lv.5】【生活魔法×6】【魔力制御Lv.6】
【威圧Lv.5】【探知Lv.2】【異常耐性Lv.3】【毒耐性Lv.3】
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:2376(魔術攻撃力:4688)】456Up
ようやくキマイラと決着しました。微妙に長かったです。
なんでこれを後日譚で書こうとしたのか……
でもラストはもっと凄いことになる予定……
それはともかく、六月には書籍第6巻と、コミカライズ3巻が同月発売です。
詳しくは表紙の画像と一緒に活動報告に載せていますのでご覧ください!
今回は珍しいアリアの笑顔挿し絵付きです!
いつも誤字報告や応援、ありがとうございます。





