271 幼い精霊
6/10 書籍6巻、同月コミカライズ3巻発売します! 予約も始まってますのでよろしくお願いします。
『ギィイアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
祭壇を守るとすり込まれたキマイラが凄まじい速さで私の背後まで迫り、新たに生み出した熊のような巨大な腕が、私に振り下ろされた瞬間――
「……早くしなさい」
不機嫌そうに呟いた私の声に反応するように祭壇から光が溢れ、最奥の間のすべてを覆い尽くした。
「……ごほっ」
何処かへ転移した瞬間、これまでの無理がたたったのか私は血を吐き出す。
あの子の前では平気を装っていたけど、属性がひとつ減ったくらいじゃ無理はできないわね……。
でも計算通り精霊の領域へと来ることができた。賭けに出たわけだけど死ぬ前に辿り着けて良かったわ。
領域に辿り着けた証拠に先ほど吐いた血も消えて、ボロボロになっていた身体や、減っていたはずの魔力も徐々に回復している。
「……さすがに襤褸になった服までは直してくれないのね」
襤褸になった外套を脱ぎ捨て、アリアの真似をして、脚に絡みつく破れたスカートを縦に裂く。これで動きやすくなったけど……まだ脚は細いわね。
顔色はアリアの劇薬でだいぶ良くなったみたいだけど、生っ白くて肉がないからもう少し食べないとダメかしら?
「さて……」
辺り一面、濃霧のような乳白色の世界。気分を落ち着けようとする奇妙な空気を不快に思いながらもじっと目を凝らすと、目の前に〝力〟が集まるのに気づいた。
レスター家が管理をする王家直轄の大規模ダンジョン。
このダンジョンの精霊は、クレイデール王国所有の大規模ダンジョンの中では、比較的『人間に優しい』と言われている。
それは攻略難易度が比較的容易いことと。そして他のダンジョン同様、一般兵士には加護を与えずに意思の強い者に加護を与えるけど、このダンジョンの精霊は加護を与える人数が他のダンジョンの精霊より多かったから。
私は幼い頃から、このダンジョンへ潜り続けた。
それは、攻略が容易いなら加護が得られるかもしれないことで、レスター家の禁書にもあったこのダンジョンの精霊に関する文献を調べたとき、ここの精霊の在り方に疑問を持ったから。
殺す覚悟と死ぬ覚悟を生きる希望として強くなれた私は、その疑問を晴らすために魔術師ギルドの文献も調べ、何度かダンジョンへ潜り、一つの推測を導き出した。
このダンジョンの精霊は、〝優しい〟ではない。
このダンジョンの精霊は、〝易しい〟のだ。
《――其方が我に暴言を吐いた〝人〟であるか――》
力が集まったその空間にそれは現れた。
孤島のダンジョンの精霊とも、魔族砦の精霊とも違う、古い時代の民族衣装を纏った〝子ども〟の姿をしていた。
一言で言えばとても幼かった。男とも女とも分からないその見た目も、私の暴言に反応してここへ呼び寄せたその言動も、すべてが〝幼く〟見えた。
「その辺りは謝罪いたしますわ。脆弱な人の身ですもの、あのような場面では仕方ないのではなくて?」
私が形ばかりの謝罪を述べると、その精霊は上から見下ろすように頷いた。
《――か弱い人のことゆえ仕方なきことか……。人はすぐに死んでしまうからの。だからこそ、矮小の身で力を欲する――》
その精霊はそう言って自分で勝手に納得する。
話し方でも声でも男か女か分からないわね。それとも性別そのものが無いのかしら。
《――では、人の娘よ。力を与えても我が姿を見せるのは希なこと。我を呼び寄せた褒美として、そなたに〝加護〟を与えよう――》
私はこのダンジョンの精霊を調べて推論を立てた。
ここの精霊は、まだ『幼い』のだ。年齢の意味ではなく、その核となった残留思念の大部分がまだ幼い子どもなのだと推測した。
古い禁書には、まだクレイデール王国が一つになる前、南のメルローズ公国と北のダンドール公国に対抗するため、当時の王は多くの妻を娶り、多くの王族をこのダンジョンへ送り込んだみたい。
その当時のダンジョンはまだ七十階層しかなく、精霊も生まれたばかりだったのでしょう。加護を与えると知られ、この国を守ろうとする希望と、他国を併合しようとする野望を抱いた、多くの幼い王族がここで命を散らしたようね。
その結果、生まれたばかりの精霊は、幼い王族の思念を取り込み、今のような大人になりきれない姿と精神を持った精霊になってしまった。
……この推測が正しいなら、本当に表に出せない禁書だったわね。
そして今、この精霊と会ったことで、私は自分の推測が正しいことを確認した。
精霊が幼いからこそ、暴言を吐かれて私を呼び寄せた。
精霊が幼いからこそ、元王太子やその仲間……あの聖女もどきまでもが加護を得ることができた。
精霊が幼いからこそ……その願いは都合よく曲解されてしまう。
大事な人を守りたいと力を求めて、悪魔と契約させられた神殿長の孫のように。
力に対抗する強い身体を求めて、虫に寄生されてしまった王弟のように。
ほんっとうにっ、碌でもないわね……。
でも、この精霊は邪ではない。ただ無邪気なだけ。欲にまみれていない純粋な願いなら、相応の加護が得られると歴史書がそれを示している。
だからこそ私は……
願わない。
「私が望むのは……〝取引〟よ」
***
「スノーっ!」
現実に戻った私にアリアからの声が聞こえた。
良かった……二人ともまだ無事ね。でも、無傷とまではいかなかったみたい。
どうしてアリアがあの精霊に呼ばれなかったのかと思ってはいたけれど、庇い合うように戦う二人を見て理解した。アリア……あなたは拒絶したのね。
願いがないからじゃない。ここと向こうでは時間の感覚は違うけど、こちらで一人残されるネコちゃんのためにあえて残ったのだと、私はそう思った。
あなたらしいわ……本当に。
私が消えてからどのくらい経ったのか。
十を数える間? それとも百? その間、アリアとネコちゃんは私の時間を稼ぐために戦ってくれていた。ううん、それだけじゃない。このダンジョンに来たのも、死にかけていた私のため……。
アリアの願いは、私の身体が癒えること。
でも、魔族砦のダンジョンで貰ったような属性を消す『黄金の短剣』は、報酬を放棄した私のために使うという制約と、二人分の願いとしてアリアが願ったから、それを得ることができた。
だからこそ私は、今度こそ自分の意思で身体を癒やす選択肢を選ばないといけない。
キマイラを倒すため、このダンジョンの精霊にただ力を願うこともできた。でもそれはアリアを裏切ることになる。ここまで来た意味が無くなる。
だから私は、幼い精霊の思考を誘導して、そのどちらもできる道を導き出した。
完全に身体が癒えるわけじゃない。
完璧にキマイラを倒せるわけじゃない。
でも、いいじゃない。先が見えた〝人生〟なんて、つまらないわ。
『ギィイイギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
私に気づいたキマイラが、二人を放ってでも私のほうへ向かってくる。
半端に知能が高いから、私に裏をかかれたことと祭壇を守るという命令のため、怒りの咆吼をあげて全力で襲いかかってきた。
「……それでいいわ」
全身の新たな魔力が漲り、二つの属性が両腕に集まる。
「――【氷の嵐】――」
指向性の氷の嵐が突進してくるキマイラを押し止め――
「――【狩猟雷】――」
放たれた幾つもの雷が的確にキマイラの手足や頭部を撃ち抜く。
『――ギガアアィアアアアアアアアアアアア!!』
ほぼ同時に放たれ、さらに威力を上げた〝レベル5〟の魔術に、キマイラが苦痛の悲鳴をあげる。
以前の私では難しかった、レベル5魔術の同時発動。
私は以前の〝私〟を超えてみせる。
【スノー】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:432/640】20Up【体力値:34/48】3Up
【筋力:7(9)】【耐久:4(5)】1Up【敏捷:14(18)】【器用:10】
【体術Lv.3】
【光魔法Lv.5】【闇魔法Lv.5】1Up
【水魔法Lv.0】5down【火魔法Lv.0】5down
【風魔法Lv.0】5down【土魔法Lv.0】5down
【氷魔法Lv.5】New【雷魔法Lv.5】New
【無属性魔法Lv.5】【生活魔法×6】【魔力制御Lv.6】1Up
【威圧Lv.5】【探知Lv.2】【異常耐性Lv.3】1Up【毒耐性Lv.3】
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:1920(魔術攻撃力:2880)】35Up
スノーが得た新たな力とは?
次回、その中身が明らかに。
そして、スノーはさらに超える。
※後日譚です。
追記
書籍はTOブックスオンラインストアでご購入の場合は、短編小冊子?がついてきます。毎回ゲームの本編を書いているのですが、今回はナサニタルルートです。本編との酷い落差をお楽しみにw
コミカライズは書籍1巻の短編を、書き下ろしでコミカライズしてもらいました。凄く良いので必見ですよ!





