268 最奥の魔物
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
せっかく元旦なので0時更新しました!
私とアリアとネコちゃんは大型ダンジョンの攻略を続けている。
攻略自体は順調……と言ってもいいかしら。
大型ダンジョンは深く潜るほど複雑になって、順路が分からない限り攻略速度は下がるはずなのだけど、逆に進行速度は上がっていた。
魔物の数が実感できるほどに減っている。たぶん、私たちの予想通り下層の魔物が最下層へ向かっているのだと思う。
「スノー」
「……死体が残っているわね」
一瞬、自分のことを呼ばれていると気付かず、返事が遅れてしまったけど、アリアの言いたいことは理解できたわ。
ダンジョンでは魔物の死体は残らない。ダンジョンが取り込んでいるとか、そんな話もあるけど、実際は他の魔物が骨さえ残さず食べているからではないかしら。
奥へ進むほどに魔物の姿を見なくなり、その替わりに私たちは魔物の死体を見るようになった。
でも、どうして魔物の死体があるの? どうして魔物の死体が食われずに残されているの? それは……
「やはり淘汰が始まっているわね」
魔物知識のお復習いをしましょう。
魔物は魔素を多く取り込みすぎて変異した動物のなれの果て。それでも元が一般の動物とは思えないほど変異した魔物がいるのは、魔物化したまま世代交代を繰り返し、進化したのだと言われている。
中には古代エルフの魔法によって変異したものや、魔素の濃い妖精界などの生き物なんかもあるけど、それらは別にして、一般の魔物は生まれつき気性が荒く、他の生物を襲って食らう。
魔物が人間を襲うのは、数が多くて魔素を多く取り込んでいる人間を捕食するのが効率的だからと言われているけど、私は人間が確率的に〝魔石〟を持つ者が多いからだと思っている。
その推測を肯定するように、ダンジョン中に転がっている魔物の死体は、そのすべてが心臓辺りを貪り食われていた。
おそらくは心臓にある魔石を食らうことで、魔物は自己進化しようとしているのではないかしら?
「それだと人間も魔物の魔石を食べると強くなる?」
「それは無理だと思うわ。人は動物であって魔物ではないし、魔物は心臓から抜き出した死んだ魔石には見向きもしないもの」
いくらなんでも悪食が過ぎるわ。まだ動いている心臓ごと魔石を貪り食わないと、力を取り込めないのだと思うのよね。でも……。
「……ウサギ程度の魔物ならいけるかしら?」
「…………」
『ガア』
――止――
――愚――
あらあらネコちゃんに怒られてしまったわ。私たちならやりかねないと思ったのかしらね。やはり魔物でないと直接取り込むのは無理そうね。
ただ、人間でもまったく取り込んでいないとは思わない。
死んだ魔物の心臓から抜き出した魔石はすでに死んでいる。その違いが何か分からないけれど、魔物が死ぬことでその〝何か〟が霧散して、それを倒した者が無意識に取り込んでいる可能性がある。
そうでないとランク5になった人間が、グリフォンや飛竜と互角に戦える理由にならないもの。
まぁ、あくまで私の推測。日々の食事と同じで適量を摂取しないと意味がないのだと思うから。
適量を間違えたら……もしかしたら、オーガやオークはそうして人間種から魔物化した変異種かもしれないわね。
――愚――
その日……たまたま遭遇した魔物を生きたまま解体しようとして反撃を受けてしまい、またネコちゃんに怒られてしまったわ。
その翌日も私たちはネコちゃんに乗ってダンジョンを駆け抜けた。
もう魔物と出会うことはない。多少罠があったり、迷路になっていたりと面倒にはなっていたけど、ネコちゃんの身体能力だけで通り抜けていった。
でも、魔物と遭遇しないということは、食料も調達できないということになる。
私とアリアの【影収納】にはまだ食料は余っているけど、ネコちゃんはそうはいかない。私たちは、これまで狩って残しておいた魔物の肉をすべてネコちゃんに渡して、豆や乾燥野菜、少量の干し肉だけの簡素な麦粥にだいぶ飽きてきた頃、ようやくダンジョンの終わりが見えた。
「ここが最奥?」
「おそらくそうね」
長い階段を降りて、少しだけ広い空間に出る。
おそらく準備のためだけの広場の先に、金属で出来た巨大な両開き扉があった。
私もアリアも必要以上に言葉数が少ない。ネコちゃんも目を細めるだけで、その体毛がわずかに帯電するように逆立っていた。
扉の奥から感じる威圧感……。私たちがネコちゃんの背から降りて歩いて近づきながら、その巨大な扉をどうやって開こうかと考えたその瞬間――
ドォオンッ!!
轟音と共に扉の向こう側から何かがぶつかり、扉がこちら側に突き出すようにひしゃげる。
「「――っ」」
私たちが飛び下がると同時にひしゃげた扉が軋みながら開き、中から巨大な人型の影がその姿を現した。
身長で私たちの倍以上。重量なんて何十倍あるか分からない、それは……。
「ゴブリンキング……っ!」
ゴブリン系の最上位種。ミノタウラス・マーダーに匹敵するランク6。
戦闘力3000を超える巨体のそれは、扉の暗がりから血走った目で私たちをギロリと睨めつけ、一歩前に踏み出した。
だけど……。
『――グァアアアアアアアッ!!』
すでに血塗れのゴブリンキングの腹を向こう側から貫いた黒い槍が、〝蛇〟だと気付いた瞬間、救いを求めるように私たちに手を伸ばしたゴブリンキングの巨体を、釣り上げるように易々と奥へ引き摺り込む〝何か〟がいた。
一本釣りの如く宙に舞い、引き寄せられたゴブリンキングが、巨大な複数の顎に噛み砕かれて絶命する。
「……スノー」
アリアの知識にはないのでしょう。呼ばれた私は通常の知識から思い出すのを早々に諦め、幼い頃から読み込んでいたレスター家の禁書の内容を思い出す。
魔物同士の淘汰の結果、元々いた人型魔物から生き残ったゴブリンが共食いの末に進化してゴブリンキングとなった。
でも、それと同時に獣系の魔物も淘汰して、おそらくはダンジョンの介入によって、通常生まれないはずの歪な生命が誕生してしまった。
鱗が生えた熊のような胴体に、様々な獣の六本の脚。
歪な形状の黒い翼に黒い角。
長く伸びた蛇の尾に獅子と狼と猿のような複数の頭部。
自然に生まれるはずのない生命への冒涜……それは……。
「……キマイラ……」
【キマイラ】【種族:魔獣】【魔獣種ランク7】
【魔力値:307/350】【体力値:1034/1180】
【総合戦闘力:7306】
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
最奥の魔物はキマイラです。
イメージとしては夢枕獏先生のキマイラ・吼みたいな感じです。
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