265 ダンジョンの日常
コミカライズ2巻のネタバレ……オマケではっちゃけすぎ。
「そろそろいいわよ」
ダンジョンの襲撃者を撃退したあと、私たちは丸一日掛けて十五階層まで到着した。現在の冒険者の到達階数は二十とも三十とも言われているけど……まぁ、一般の冒険者はこの辺りが限界ね。
「ネロ」
もう人目を気にする必要もないでしょうと、そう感じた私が一声掛けると、アリアに呼ばれたネコちゃんが彼女の影から飛び出した。
『……グルゥ』
ネコちゃんが軽く唸ると周囲から魔物の気配が消えていく。
私やアリアの威圧でもこの階層程度の魔物は襲ってこないけど、やっぱりランク6のネコちゃんがいるとみんな逃げ出しちゃうのね。
――乗――
アリアを背に乗せたネコちゃんが嫌そうに……本当に不機嫌を隠さず、髭を使って自分の背を指し示しながら、少しだけ体高を低くした。
「乗れ」
同じことを言ってアリアが私に手を差し出した。私はアリアの手を握り、彼女は私を自分の後ろに座らせる。
本当に……この二人は不器用さがよく似ているわ。
私たち二人を乗せたネコちゃんが薄暗いダンジョンを駆け抜ける。
私がこの階層を通ったときは半日も掛かったけど、この速度で寄り道もしなければ半刻も掛からない。
魔物に襲われないだけで随分と楽ができるわ。数時間もネコちゃんの背に乗っていると徐々に身体の負担は増えていくけど……まぁ、苦痛も以前ほどじゃないわね。
やっぱりネコちゃんは速くて、半日もせずに二十階層まで辿り着けた。
予想はしていたけど他の冒険者には会わなかった。
「もう少し下へ降りたほうがいい」
「ええ、そうね」
私やネコちゃんの力を見せるなら、確実に冒険者のいない三十階層まで下りたほうがいい。でも、二十階層まではギルドにもある程度情報があったけど、ここから先は未知の領域だ。
私は知らないけど、きっとこのダンジョンにも王家が使う隠し通路があると思う。そうでないと元王太子ご一行が、一ヶ月や二ヶ月程度でこのダンジョンを攻略できるとは思えないもの。
「今日はこの辺にする」
私の顔を見たアリアがそう言ってネコちゃんから下りた。
自覚はないけれど、たぶん酷い顔色をしていたのでしょうね。魔石が少し小さくなって身体は楽になったけど、さすがに丸一日は堪えたわ。
「ここはどの辺?」
「二十八階層」
随分と下りてきたわね。二日程度でここまで下りてこられるなんて、新記録じゃないかしら?
私の【影収納】から出した軍用ランプでお湯を沸かし、ダンジョンに入る前に買っておいた食材で簡単な調理をした。
二人も【影収納】持ちがいると便利ね。アリアの【影収納】は衣装箪笥ほどの容量があり、私は馬車一台分の容量がある。中では物が腐らないし黴も生えないから、乾燥野菜や穀物も仕舞っておける。
野菜と豆と干し肉を煮た物を二人で食べる。ネコちゃんは食べてないけど、この子はこの子で自分の【影収納】があるから、私たちが分け与える必要はない。
「ネロは必要なら勝手に狩って勝手に食べる」
「まぁそうよね」
アリアとネコちゃんの関係は、ペットでも庇護者でもご主人様でもない。彼女たちは対等なのだ。
「それが属性竜の武器なのね」
アリアが武器の手入れをし始めたので私もそれを覗き込む。
彼女が以前使っていた『黒いナイフ』と『黒いダガー』は、私の戦いで壊れてしまった。修理は出来るけど強度は落ちるらしく、虹色の剣はアリアのためにパーティー所有財産である『闇竜の牙』を二本提供したみたい。
「見る?」
「いいの?」
持たせてもらえるとは思わなかったわ。
印象的には前のナイフやダガーと変わらない。でも、驚くほど軽い。それ以上に帯びている魔力が凄い。
これが魔物から採れる生体金属なのね……。アリアが精霊から脅し取って私に突き立てた魔金を除けば、魔力伝達率も強度も最高の物だと思う。もっとも、オリハルコンなんて人間じゃ加工は出来ないけど。
以前の武器と印象が似ているのは、刃の形が似ているせいだけじゃなくて、握りの部分を流用しているからだった。
武器には拘らないはずなのに……人からの厚意は無駄にしないのよね。
「以前の刃の部分はもう無いの?」
「そのままでは使えないけど、使えるように加工はしてもらっている」
「見るのが楽しみね」
その日はそのまま就寝する。でも何故かな……危険なダンジョンの中なのに、これまでで一番よく眠れた気がした。
次の日もネコちゃんの背に乗ってダンジョンを駈ける。
「魔物……少ないわね」
「うん」
ネコちゃんのおかげだけでなく、あきらかに魔物が少ない気がした。元王太子一行が通ったのはもっと深い階層のはずだけど、どうしてかしら?
ゴブリンやコボルトのような低ランクの魔物が逃げているのは分かるのだけど、ここまで下りたらランク3の魔物と遭遇してもおかしくない。
楽ができるからいいのだけど……まぁ、考えても仕方ないわね。
でも、その日の終わり……四十階層手前でその異変は目に見える形で現れた。
このダンジョンはあの孤島のダンジョンと同じ人型魔物……獣亜人系のダンジョンだ。でも、このダンジョンに入って最初に遭遇した魔物は〝鹿〟だった。
おそらくはランク3程度かな? 角が刃のようになってあきらかに巨大化している。それでも私たちの敵ではなく、【氷槍】とネコちゃんの爪であっさりと倒すことはできたけど……
「何か分かったの?」
「考察なら……」
斬り飛ばされた魔物鹿の頭部を検分していたアリアが教えてくれる。
「魔物が下層に移動している」
元王太子一行は第二騎士団という数のゴリ押しでダンジョンを攻略した。
魔物は敵が弱ければ際限なく襲ってくる。きっと彼らは沢山の魔物を沢山の犠牲を出しながら倒したはずだ。
ダンジョンの魔物がどこから来るのか分かっていない。ダンジョンで繁殖しているとも、ダンジョンが伸ばした根に捕らえられてくるとも言われているけど、どちらにしてもすぐに補充できるわけじゃない。
下層で強大な魔物が死滅したので、その穴を埋めるように中層の魔物たちが下層に下りていったとアリアは考察した。
だったらこの鹿はなんなのか? 獣亜人系のダンジョンでも中にいるのは魔物だけではない。ダンジョンは魔物が人を襲うように飢えさせているけど、共食いさせるほど飢えさせたいわけじゃないからだ。
だから少数ながら餌となる動物が放たれている。普段は冒険者が目撃する前に食われてしまうが、魔物が移動したために生き残り、その個体がダンジョンの魔素で魔物化した。
ランク6のネコちゃんがいて襲ってきたのは、きっと肉食化したせいだ。
草食動物でも魔物化すれば肉食になる。本能的に魔物は強くなるため、魔力の大きい人間を襲うようになるからだ。
きっと突然肉食化した影響で凶暴になり、魔物の本能が生存本能を上回ったのだとアリアは言った。
ダンジョンが攻略された影響で生態系が崩れている。新たな魔物同士の淘汰が始まって進化する個体もいるのでしょう。これからは人型の魔物だけじゃなくて獣系の魔物も出てくることになる。まぁとりあえずは……
「ダンジョンでも肉が手に入るな」
「……そうね」
やっぱりアリアは魔物でも食べるのね。
特に血抜きもせずに火で炙られただけの鹿の肉は……以前この顔ぶれで森を進んでいたときの懐かしい味がした。
日常回(白目)でした。
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