264 大規模ダンジョン
Phil.様と斉藤さまより、レビューをいただきました。ありがとうございます。
レスター家が管理をしていたダンジョンがある街。
新しいレスター伯が管理するダンジョンのある街。
領主が変わっても人の営みは変わらない。でも、統治に興味のなかったお父様の頃と違って、街で見る衛士の数が増え、ダンジョンの入り口を守る騎士の顔が優しくなっていたことで、時の流れを感じた。
「お嬢さん方、中では我らの目が届きませんので、あまり奥には……」
「ありがとう。でも大丈夫。慣れているから」
若い騎士たちが優しいのは別の理由かしら……?
暫定的だけど冒険者登録をした私は、アリアと二人で大規模ダンジョンへと入った。
『……ニャア』
訂正。ネコちゃんもいたわ。
冒険者ギルドでは姿も見せなかったのに、迷宮に入った途端にアリアの肩に飛び乗った黒猫……まぁ、どうでもいいけど、〝ネコ真似〟とは芸が細かいわ。
迷宮の中とはいえ地下一階の入り口近くなら、それなりに冒険者の姿も見える。
もっとも実力のある冒険者ならさっさと下の階層へ降りてしまうから、こんな場所にいるのはどうしようもない連中でしょうけど。
女二人の私たちに、そんな連中からあまり良くない視線を感じるわ。
魔力が多い子どもは早く成長する。魔力の多い大人は老化が遅くなる。
体内に発生する魔石が身体の負担にならないよう早く成長する説や、エルフの亜人に近くなったことで老化が遅くなる説などあるけど、とにかく今の私たちの外見は、実年齢より一つか二つ上の十六歳くらいになっていた。
幼い頃より成長率が下がっているのは、成長促進と老化遅延の切り替わる年齢が、男なら二十歳前後。女なら十七歳前後と言われているので、私たちがその年齢に近づいてきたからね。だから……
「アリアは綺麗ね」
無駄に男どもの視線を集めるくらいには。でもやっぱり、あなたは血塗れのほうが綺麗だわ。
「馬鹿なことを言ってないで、攻略ルートを決めるよ」
「はいはい」
『ニャァ……』
呆れたような目を向けるアリアとネコちゃんに適当な返事をして、私はいつの間にか消えていた視線の幾つかを確認しながら、クスリと笑う。
ああ……今度は誰の血で染まるのかしら。
今まで貴族の財力によるゴリ押しでしか攻略されていない大規模ダンジョン。
それを私たち二人と一匹で攻略すると言ったアリアが、どのように攻略するのかと思っていたら……
「結局、ただのゴリ押しじゃない」
「私たちなら問題ないでしょ?」
私の愚痴にアリアは事も無げにそう返す。
冒険者が攻略できないのは、最下層まで辿り着くまでに必要な物資と戦力を持たせることが出来ないから。
貴族がゴリ押ししかできないのは、戦力を残して最奥まで辿り着くのに数を揃えることしか出来ないから。
でも、私たちは違う。私たちは根本から〝条件〟が違う。
私たちは寄り道をせずに、とりあえず下を目指す。
十階層辺りまでなら一般の冒険者も辿り着けるので、危険も少なく情報も多い。特に私たちは魔物から素材や魔石を獲る必要もないので、ネコちゃんの軽い威圧だけで、一回も戦うことなく三階層まで降りることができた。
「少し休みましょうか」
「……分かった」
半刻ほどして私がそう告げると、アリアは訝しげな顔をしながら了承する。この子ったら、私が病み上がりだと覚えていないのかしら?
まぁ、実際休憩が必要なほど疲れてはいない。私の魔力量だと歩く程度の身体強化なら、消費と自然回復がほぼ釣り合ってしまう。
喉が渇いたら水筒を出すまでもなく、生活魔法の【流水】で手から直飲みすればいい。
それでも休みたかったのは、進みが速すぎたら追いついてこられないでしょ?
「……そんな物まで持ってきていたの?」
「あら、アリア。潤いは必要よ?」
私が自分の【影収納】から取り出した、お茶を淹れる道具を見たアリアが呆れた顔をする。
街の露店で売っていた中古の軍用品で、小さなオイルランプの上に薬缶を載せて湯を沸かせる。それに直接茶葉を入れて【流水】で水を注ぎ、火をつけようとすると……。
「〝火〟は使うな」
それに気付いたアリアに手首を掴まれた。
私は火属性を失っている。その分だけ魔石が小さくなり、身体の調子は良くなっているけれど……火属性は再び得られないわけじゃない。
また最初からになってしまうけど、鍛え上げれば再び魔石は生成されるはず。
属性に関係ない生活魔法程度なら問題はないと思うけど、アリアはそれさえも許してくれなかった。
「それなら、火をつけてくださる?」
「了解」
私たちはしばらく二人で無言のままお茶を飲む。そうして少しの時間が過ぎて、ネコちゃんが暇になって焦れはじめたので、私たちはまた進み始めた。
さて……私の勘だとそろそろだと思うのだけど。
また少し経って四階層への階段が見えてくる辺りで、不意にアリアが振り返る。
「もしかして、これを待ってた?」
「ええ、もちろん」
不満げなアリアに満面の笑みでそう答えると、彼女は深く溜息を吐く。
そして、階段に近づくと……。
「嬢ちゃんたち、ここは通行止めだ」
階段の前に十人ほどの男たちが私たちを待ち構えていた。
二十代の半ばから三十代の半ばまで、全員が戦士系か斥候職の男たちは私たちを見て……特に顔を晒しているアリアを見て下卑た笑みを浮かべていた。
別に珍しいことじゃない。最初は夢と希望を持って冒険者となっても、年齢を重ねると共に自分の限界が見えてくる。
限界が来ても、複数のスキルを鍛えて色々なことが出来る人は『熟練者』と言われ、それさえ出来なかった人は『落伍者』となって、他者から甘い汁を吸うことを覚える。
その努力を強くなることに活かせばいいのに……でも無理ね。
男たちの半分はランク3だったけど、50程度の魔力値で鑑定さえなく、肌で敵の強さを感じられない連中には言うだけ無駄だから。
「退いてくれない?」
アリアが威圧さえせずに静かにそう言った。
「そうはいかねぇんだよ。最近は外で稼げなくなってなぁ……。大人しくしてくれよ。痛いのは嫌いだろ?」
リーダーらしき男が戯けたようにそう言うと、他の男たちも笑う。
なるほど。やっぱり常習犯なのね。初心者狩りではないけど、女連れや羽振りの良さそうな冒険者をこうして襲ってきたのでしょう。
でも、残念ね。
アリアの前で犯行を認めてしまうなんて。
「ネロ。もういいよ」
『ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
その瞬間、アリアの広がった影から飛び出した漆黒の獣が、真下から男たち数名を襤褸クズのように引き裂いた。
「なにっ!?」
リーダーが真後ろからの悲鳴に振り返る。でも……
「よそ見していいの?」
ビクッと肩を震わせまた前を向くリーダーの目の前で、一瞬で前衛二人を斬り殺したアリアが黒いナイフを振りかぶっていた。
「くそっ!」
腐ってもランク3。一人だけ戦闘力300を超えていたその男は、とっさに手甲でその攻撃を受けようとして――
「――ッ!」
堅革の手甲も肉も骨も、その先にあった首も一撃で斬り裂かれたリーダーの頭部が、驚愕の表情を張り付かせたまま飛んでいった。
彼女の技量もあるけど……あれが、アリアの新しい武器なのね。
「な、なんだ、あのバケモノはっ!?」
「ひぁああ!?」
正に瞬く間に仲間たちが殺されていく生き残りの男たちが、魔術師の姿をした私に向かってくる。
ああ、良かった……誰も来てくれなかったら、せっかく入り口からここまで呼び寄せたのが無駄になってしまうところだったわ。
私の口元に笑みが浮かぶ。
それを見た男たちの顔に恐怖が浮かぶ。
「――【雷撃】――」
私の全身から放たれた眩い雷光が男たちを絡め取り、硬直する男二人の顔面を両手で掴む。
「――【氷槍】――」
掌から放たれた氷の槍が口内から後頭部まで突き抜け、吹き飛んだ男たちをダンジョンの壁に磔にした。
……復帰のお試しにもならなかったわ。あなたたちも運がなかったわね。
だって……
「ここにいるのは、この国の最高戦力よ?」
スノーちゃんは楽しそうで良かったですね。





