259 卒業イベント 『終演』
「アリア……」
王城の壊れた会場の中で、エレーナが彼女の名を呟く。
王都の火災は幸か不幸か、激しい戦いの影響で建物が破壊され、もしくは一瞬で焼き尽くされることで延焼は一定以上広がらずに済んでいる。だが、それ以上に王都の端から立ち上る六つの火柱は、王都の上空で一つに纏まり始め、禍々しいまでの魔力を放って人々の恐怖を煽り立てていた。
カルラが仕掛けた巨大な火柱……それにどのような意味があったとしても、未曾有の被害が予想された。
本来なら王族であるエレーナは避難をするべきだろう。でも、エレーナもその父である国王や宰相であるメルローズ辺境伯、エルヴァンやクララでさえも避難をすることなく、遠くに見える少女たちの戦いを見つめていた。
城の文官や騎士たち。逃げ遅れた貴族や平民たちは足を止めて、頂上とも言うべき二人の戦いを魅入られたように見つめていた。
そしてエレーナは胸元で手を組み、信念のために決着をつけようとしている、信じる少女を想う。
「勝って、アリア……あなたが〝最強〟よ」
***
「――――っ!!」
私が振り下ろした〝黄金の短剣〟がカルラの守りを突き破り、彼女の白蝋めいた胸元から鮮血が迸る。
バキィイン……ッ!
その瞬間、心臓に突き立てられた黄金の刃は澄んだ音を立てて砕けて、精霊から渡された魔金の短剣は鍔も柄も塵となって消滅した。
ドンッ!
カルラの全身から膨大な魔力が放たれ、彼女の上にいた私を吹き飛ばす。
ズサァ……
「……何をしたの? アリア」
崩壊した貴族街で地面を踵で削るように距離を取った私に、胸元から血を零しながら目眩がしたように顔を手で押さえたカルラが、その指の隙間から私を睨む。
「言ったはずだよ」
私は【影収納】から出した小さな玻璃製の瓶に入った真っ赤な液体を見せつける。
「殺してあげる……って」
その言葉と同時に私はその瓶をカルラに放る。
それを彼女の視線が追うように揺れた瞬間に飛び出した私が、瓶ごと砕くように蹴りを放つと、カルラは私の蹴りよりも砕けた瓶から漏れた液体を躱すように跳び下がり、飛び散る液体の匂いにわずかに顔を顰めた。
「……厄介な毒を盛られたようね」
「…………」
半分だけ正解だ。心臓に突き立てられた短剣の傷は流れる血ほどは深くない。だからカルラは自分の不調を短剣に塗られた毒のせいだと判断した。
カルラの全身は癒しが間に合わないほどの傷を負い、彼女の身体を包む光魔術でかろうじて命を繋いでいるような状態だった。
私も愛用の武器に罅が入るほどの激闘で数カ所の骨に罅が入り、すでに左腕はまともに動かない。内臓にもダメージを受けているのか口内に溢れる血を吐き捨てる私に、カルラも血まみれの唇で微かに笑った。
ああ、そうだね……
ダァンッ!!
どちらともなく飛び出した私たちが同時に蹴り合い、互いを吹き飛ばす。
たとえ一欠片の命しか残されていなくてもカルラは止まらない。
たとえこの場に千人の騎士がいようと彼女は殺せない。
「お前を殺せるのは私だけだ」
「そうよ……来て。あなたの命と交換よ」
すでにカルラの防御は剥がれかけている。カルラの身を覆う黒い茨も枯れるように散り始め、薔薇のような黒い花びらが散っていた。
ドォンッ!!
カルラは魔術も体術も使う余裕がなく、命を削る膨大な魔力を衝撃波にする戦術に切り替える。私もすでに拒絶世界を維持できず、鉄の薔薇の身体強化とこれまでの戦いで鍛えた体術で迎え撃つ。
カルラの放つ衝撃波であばらに罅の入る音が聞こえた。私はそれに怯むことなく前に進み、勢いをつけた頭突きでカルラの額を打つ。
「「――っ!」」
同時に弾け合う私たちの額から零れ、流れた一筋の血に片目を赤く染めながらも、カルラは優しげな笑みを浮かべた。
「残念……時間切れよ」
「っ!」
カルラの全身から爆発するような衝撃波が放たれ、自らダメージを負いながらも私を弾き飛ばしたカルラは、その勢いさえも利用して再び夜空へと昇り、私を見下ろす彼女の背後で……巨大な炎の柱が夜空で一つとなろうとしていた。
「勝負は私の勝ちよ。だからあなたも一緒に死んで……、アリア」
愉しげで……少しだけ寂しげに笑いながら、カルラは両手を天に掲げた。
レベル8の火魔法――それで決着をつけることは望んだ形ではないのだろうが、それでも目的は果たしたことになる。
カルラは最後にまだ炎が燻る王都を見回し、両手に込めた魔力を振り下ろした。
「――【神怒】――」
カルラの発動ワードに王都の上空で巨大な魔力が龍のごとく渦巻き、そして――
「――え」
巨大な魔力が夜空で飛び散り、霧散してしまう。
魔力が消えた衝撃でわずかに残っていた雲も消えて、満天の星空の中で唖然とそれを見上げていたカルラが静かに私へ顔を向ける。
「……アリアっ!!」
カルラと私が空と地から睨み合う。
「私はお前を殺す。でも……」
ダンッ!!
その瞬間、まだ残っていた【浮遊】を使い、一瞬で空へと舞い上がった私はカルラの顎を蹴り上げた。
「お前の望み通りには、してやらない」
神怒の不発――いかにカルラがとんでもない魔術師であっても、火属性がなければ火魔術は発動しない。
それが精霊に求めたカルラのための〝対価〟だった。
「くっ!」
私の言葉に目を見開いたカルラから黒い茨が襲いかかるように放たれ、私は肩や腕を茨に切り裂かれながらも、回転するように茨をいなして右の肘をカルラに叩き込む。
それをカルラが茨を巻いた腕で受け止め、そのまま茨を使って後ろに回転しながら私を投げ飛ばし、そこに魔力を衝撃波として撃ち放つ。
「――!」
あまりの衝撃に一瞬気が遠くなる。でも私はそれでもカルラの茨を掴み、その勢いのままカルラを引きずるように城のほうへ飛んでいった。
「アリア!!」
エレーナの声が聞こえた。破壊された会場へ一瞬視線を向けると、彼女だけでなくまだ多くの人影が見えた。だが、その一瞬で体勢を立て直したカルラが、蹴り飛ばすように私を会場の床に叩き付ける。
「まだ終わらないわ!!」
バァン!!
空気が破裂するような音がして、自分の背に衝撃波を放ったカルラが血まみれになりながらも、もはや凶器と変わらないミスリルのヒールを、倒れた私へ渾身の力で蹴り放った。
ガキンッ!!
「っ!」
私はそれを真正面から受け止める。胸元に仕込んだ〝逆鱗〟にカルラのヒールが弾かれ、大きく体勢を崩したカルラのドレスを右手で掴んだ私は、肩越しにカルラを床に叩き付けた。
「アリアぁああ!!」
「カルラぁああ!!」
互いを呼ぶ声が戦場に木霊する。
素早く踵を打ち鳴らし、私は身を起こそうとするカルラに、前回転して馬乗りになるように飛び込みながら、踵の刃で彼女の両手を床に縫い止めた。
「くっ!」
カルラの顔が歪み呻きを漏らす。私は【影収納】から出したペンデュラムの糸をカルラの首に巻き、糸の端を歯で噛み、残った右手で糸を引くと、カルラの目が大きく見開かれた。
「「――――っ!」」
カルラの細い首に糸が食い込んでいく。彼女の両手は私の両脚で封じられ、脚は動かせてもこの体勢では蹴ってもダメージにならない。
カルラの放つ魔力の衝撃波が私の身体を前後左右から打ちつける。私はそれに耐えながら歯と右手を使い、渾身の力で糸を引く。
この場にいる者たちは誰も手を出さない。
それがたとえ神や精霊でも、誰にも手出しはさせない!
すべてを拒むように私たちから殺気と威圧が迸り、ふと衝撃波が止んだ瞬間――カルラが目を閉じて眠るように微笑んだ。
『――アリア――』
カルラの唇が……そう呟いた気がした。
出会ったのは六年前――。
あの頃からカルラは私の手に掛かることを願っていた。
そしてようやく……彼女の願いが叶う。
ギシィ……ッ!
静まりかえった会場で骨が軋む音が響く。私は口から糸を放し、力が抜けたように倒れ込みながら、震える手でそっとカルラの頬に触れた。
【カルラ・レスター】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:――/――】【体力値:――/――】
「カルラ……」
完全に蒼白となったカルラが微笑むように死んでいた。
誰も声を出せず、動くこともできない空気の中で、私はまだ動く右手をカルラの腰に回すと、そのまま彼女を抱き上げた。
そのまま静かに歩き出した私は、ある人物の前で足を止める。
「依頼は完了した」
「アーリシア……」
祖父……メルローズ辺境伯は私の言葉に息を呑む。
お祖父様やお祖母様には悪いけど……彼女の死のためにも、私はメルローズのお姫様として一生を生きるつもりはなかった。
そして一瞬だけ視線が合ったエレーナは、すべてが分かっているように静かに頷いてくれる。
「待て、どこへ行くっ!」
「アリア!」
カルラを抱いたまま壊れた窓のほうへ歩き出した私に、国王陛下の声が響き、それだけではなく駆けつけたミハイルやセオの声も聞こえて窓際で足を止めた私は、彼らにそっと振り返る。
「依頼があるなら、いつでも駆けつける」
私はカルラを抱いたまま窓から飛び出し、それを背で受け止めたネロが放つ咆吼の中で、私たちは夜の闇へと消えていった。
カルラとの決着。
最後は派手な必殺技でも友情も勝利でもなく、死力を尽くした泥臭い決着を目指しました。
カルラを連れ去ったアリアの心にあるものは……
次回、本編最終回!
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