254 卒業イベント 『進化』
『アァリシァアアアアアアアアアアッ!』
悪魔の左腕から生えたあの女が、奇声をあげながら瘴気弾を撃ち放つ。それを屋根の上で翻るように躱すと、私の背後にある王都の建物が腐るように崩壊していった。
「っ!」
王都の被害も気になるが瘴気弾を受けるわけにはいかない。住民の避難は済んでいるの? 貴族街と聖教会から広がった火災も徐々に広がりつつあるが、逆にそれで退避してくれるのを祈るしかない。
『ァアリィシアアアアアアアアアッ!!』
再び奇声をあげるあの女を前にしてコレットが突っ込んでくる。あの女の狂気の後ろでコレットが悪魔の顔で満面の笑みを浮かべていた。
ドォオオオンッ!
あまりの速さに目で追うことを諦めた私が感覚だけで飛び避けると、あの女を生やした左腕を叩き付けられた三階建ての建物が一撃で消し飛んだ。
飛び散る破片をスカートの裾で打ち払う私をあの女が目で追い、コレットが飛び出そうとした瞬間――
『ギガァ!?』
ペンデュラムがあの女の頭部を撃ち砕く。
置き土産のように旋回させた分銅型のペンデュラムがコレットを襲い、コレットは躊躇もせずにあの女を盾にした。でも、そのダメージも瞬時に蟲がより合わせて再生していった。
『キァカカカカカカカカカカカッ!』
「ああ、契約者ドノ……カワイソウ」
奇怪な笑い声をあげるあの女の上半身をコレットが愛おしそうに見つめて、大事そうに抱きしめた。
「…………」
今となっては最初から悪魔だったのか、あの後に悪魔の依り代にされたのか分からないが、契約者であるあの女を武器として使い、盾として傷付けながら、それが可哀想と抱きしめるコレットの姿に、もう元々のコレットは存在しないのだと理解した。
ちゃんとお前も殺してあげる。でも、現実的な力の差があった。
上級悪魔の戦闘力は約5000。単純な一撃だけでも地竜に匹敵する。魔銀のフルプレートを着たドルトンなら耐えられるかもしれないが、私が受ければ身体が砕けてしまうはずだ。
鉄の薔薇と拒絶世界を使えば耐えられる。でも、私が奥の手まで使うことを躊躇しているのは、余力を残す意味もあるが、契約者でありながら取り込まれた〝あの女〟という不確定要素があるからだ。
ただの勘だ。でも、その勘で私はこれまで生き残ってきた。それに……
「カルラ……」
彼女の様子からして、あの向こうにカルラが決着をつけなくてはいけない何かがあるのだろう。止めるべきだったのかもしれない。でも、それを止めてはいけないような気がした。
カルラがそこでなんの答えを得るのか。
でも……いいよ。それまで悪魔は私が相手をしてあげる。
高い屋根の上でナイフを構えて目を細める私に、コレットが耳まで裂けるような笑みを浮かべ、あの女が歪んだ顔で口を開く。
『――――――――ッ!!』
魔力を高めたコレットが雨のように瘴気弾を撃ち放つ。
私も耐えられるギリギリまで体内の魔素を純化して、跳びはねるように躱しながらその攻撃を誘導する。
お前の攻撃も利用させてもらう。誘導された瘴気弾が延焼しようとしていた地域を撃ち抜いた。
私の意図に気付いたコレットが少しだけ目を細める。でも、誘導したのは私かコレットか。気が付けば神殿の上へ移動していた私にコレットが笑みを浮かべ、次の瞬間、燃えさかる神殿から数体の人影が飛び出した。
「ぁあああああああああああああああ!」
「きぁあああああああああああああ!」
蟲と悪夢に精神を侵された者たちが、あの女のように肉体の限界を外された異様な速さで襲ってくる。
私は咄嗟にそれを避けつつ、分銅型のペンデュラムを使って打ち払う。でもそれが最後の誘導だった。
「――――――――――――――ッ!!」
燃えさかる炎を囮に神殿の瓦礫に身を潜めていた数十名の人間が、もはや声も出せないほどに焼かれながら津波のように襲い迫る。
おそらくは悪魔やリシアと接触が多かった聖教会の信者たち。その中には老人や子どものような姿もあり、声にならない慟哭さえも聞こえたような気がした。
それを見てコレットが嘲笑う。無垢な人間を操り意識を残したまま他の人間を殺させる。それこそ正に悪魔の所業だ。
私は黒いナイフと黒いダガーを構えて戦技の構えを取る。腕に魔力熱はまだ少し残っているけど……コレット、お前のそのニヤついた顔ごと断ち割ってやる。
迫り来る犠牲者たちに向け、私がナイフを向けたその瞬間――
「――無理をするな」
その時、聞き慣れたその声が聞こえ、漆黒の大剣から放たれた戦技が私へ迫っていた数十名の人間を一瞬で神殿の屋根から吹き飛ばした。
黙祷するように一瞬目を瞑り、怒りに満ちた視線をコレットへ向ける彼に私は思わず声をあげた。
「フェルド!」
***
聖教会の神殿を挟んだ反対側では、アモルの魔石を核とした巨大蟲とネロが激しい戦いを繰り広げていた。
『ガァアアアアアアアアアッ!』
『ウゴォオオオオオオオオオオオッ!』
ネロが爪を振るい、巨大蟲がその巨体でネロを押し潰そうと暴れ回る。
『――――ッ!』
巨大蟲がすり鉢状の牙を剥き出し、食らいついた周囲の建物を瓦礫の炎弾として撃ち放つ。ネロはそれを自らの〝影〟に潜んで回避するが、炎の巨人を取り込み進化した巨大蟲の炎弾は容易に建物を粉砕し、いたずらに火の手を広げていった。
ネロは思う。少女に任された敵を取り逃がしただけでなく、とどめを因縁のある黒髪の少女に取られた。その敵が復活して自分の前に現れたとき、ネロは自らの誇りのためにもその相手を買って出た。
戦闘力ならわずかに巨大蟲が上だが、戦いの経験ならネロに分がある。だが、互角の戦いをしながらもネロには巨大蟲を倒す〝決め手〟に欠いていた。
ドゴォオオンッ!!
強大な力を持つ二つの巨体がぶつかり合い、鋼を打ち鳴らすような轟音を響かせる。
『ウゴァアアアアアアアアア!!』
巨大蟲はその巨体で破壊した瓦礫を食らい、炎弾を撃ち放つ。
『ガァアア!』
ネロも闇のブレスを撃ち放ち、炸裂した二つの威力が周囲を炎の海に包み込んだ。
そこに〝影〟を渡ったネロがその爪で巨大蟲の背中をざくりと斬り裂くが、深手に見えるその傷も無数の蟲が瞬く間に埋めようとしていた。
『ゴォァアアアア!』
そこにネロが至近距離から闇のブレスを撃ち放つ。【腐食】の効果を持つブレスに暴れる巨大蟲の背から飛び降り、追撃するべく身構えたネロの前で巨大蟲の全身に罅が入る。
『ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』
奇声をあげた巨大蟲の身体が崩壊する。だが、そのひび割れた表皮を突き破るように無数の触手が飛び出し、半径百メートル以内で暴れていた、悪魔に侵された犠牲者を槍の如く貫いた。
『ガァアア!』
その意図を察したネロが闇のブレスを撃ち放つ。だがそれが一瞬遅く、釣り上げられた犠牲者が巨大蟲に取り込まれ、崩壊する巨大蟲から膨大な魔力が放たれた。
ネロのブレスが巨大蟲の表皮を焼き、それが剥がれ落ちると、その内側からさらに大きさを増した新たな巨大蟲が姿を現した。
【巨大蟲】【種族:――】
【魔力値:678/710】80Up 【体力値:――/――】
【総合戦闘力:4325】469Up
【超再生】【狂乱】
『……グルゥ』
犠牲者の命を取り込んだ巨大蟲にネロが静かに唸りを漏らす。負けるつもりはない。だが、巨大蟲の再生能力はネロの攻撃力を超えていた。
――月――
ネロは少女を想う。闇魔法に目覚めたからか、それとも一時的とはいえ彼女の影に入っていたからか、今のネロには彼女の存在が間近に感じられた。
アリアの居る位置がおぼろげながら分かる。今までのただ互いを相棒として戦うのではなく、何か〝繋がり〟のようなものを覚えた。
ネロは戦いの中で一段階強くなった。
でも、まだだ。
ネロは自分の中で何かが育ち始めていることを自覚し、その成長の一部として闇魔法を覚えた。
ネロはクァールの中でも若い個体で、幼体ではないが成体でもない。幼体と成体とでは何が違うのか? 幻獣は人間のように時間が経てば育つのか?
まだ幼かったアリアがあそこまで強くなった理由は何か?
『ウゴロァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアア!!』
人間を取り込み力を増した巨大蟲が、大量の火炎弾を吐き出した。
『ガァアア!』
ネロも即座に闇のブレスを放って正面から来る炎弾を打ち払うが、払いきれなかった炎弾がネロの周囲に降りそそぐ。
人間なら焼け死ぬ炎でもクァールならば耐えられる。だが、そんなネロにさらに追撃を仕掛けようと巨大蟲が迫り、それを躱そうにも一面で燃えさかる炎が影の存在を許さなかった。
『グルゥ……』
ダメージを受けるのなら反撃することを決め、ネロが身構えた瞬間に〝それ〟は起こった。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
突如発生した竜巻が、まるで意思を持つかのようにネロの周囲だけでなく、延焼していた近隣からも炎を天に巻き上げる。
その風の中に顔を顰める精霊の姿がネロの瞳に映った瞬間、その視界に割り込むように風で飛ばされてきた〝岩〟のような塊が飛び込んできた。
「――【大地粉砕】――ッ!!」
炎をものともせず飛び込んできた、岩のような巨漢の山ドワーフがレベル5の戦槌戦技を放ち、砕かれた大地と衝撃波が風の精霊の力と合わさり、炎の竜巻を巨大蟲へ叩き返した。
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
苦悶か驚愕か、叫びをあげて炎に巻かれる巨大蟲に玉のような物が投げつけられ、さらに爆炎が包み込む。
「一個大金貨五枚だぞ、もったいねぇ!」
「しゃーねーだろ、おっさん! さっさと投げろ!」
建物の上から人族の男が自棄になった声で喚き、それに怒鳴り返した山ドワーフの娘が魔術を封じた玉を投げつけ、稲妻を発して内部から巨大蟲を焼く。
その光景にネロがわずかに目を見開いた。
アリアの仲間たち……。姿は見えないが精霊使いである森エルフの女もいるはずだ。一度闇竜との戦いで共闘したが、あくまでアリアを通じての共闘であり、ネロは彼らに対してそれ以上の興味を持たなかった。
人族、エルフ、ドワーフ、獣人などの人間種の中で、ネロが対等とするのはアリアだけだ。だが、アリアの仲間たちはそんなネロを援護した。再び共闘しようとこんな危険な場所に姿を現した。
その力は脆弱な人間だと理解していたネロからしても強い〝何か〟を感じた。
その差はなんだ? ネロと人間である彼らとの差はなんだ?
――絆――
それはネロがアリアと出会うまで求めていた何かだった。彼らとアリアの絆、ネロとアリアの絆が彼らをここへ呼び、ネロを救った。
――ネロ――
ネロの中で曖昧な何かが形となったその瞬間、より強く繋がりを求めた少女の姿が思い浮かび、ネロの脳内に〝声〟が響いた。
自分を呼ぶ少女の声にバラバラだった何かが一つとなり、出口を求めて増大するその力をネロは咆吼と共に解き放つ。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
【ネロ】【種族:クァール】【幻獣種ランク6】1Up
【魔力値:215/360】30Up【体力値:342/580】50Up
【総合戦闘力:3829(身体強化中:4747)】1288Up
ネロが放つレベル6相当である爪撃の戦技が、炎に包まれた巨大蟲を背後の神殿まで吹き飛ばした。
ネロがついにランク6になりました。
なりたてながらも戦闘力は悪魔に迫り、アリアと肩を並べるようになるでしょう。
次回、悪魔戦決着。
書籍作家として一年が経ちました!
今作もまだまだ本は出ますし、悪魔公女も出るのでこれからもよろしくお願いします!





