253 卒業イベント 『父娘』
カルラ回。
今更かと思いますが残酷な表現があります。
「カルラ……っ、なんのつもりだ!!」
夜空の月を背に浮かぶ娘の姿にレスター伯爵が驚愕する。
父が娘に叫ぶ憎しみの声を受け、カルラは小鳥の声に聞き惚れるように朗らかな笑みを浮かべた。
悪魔に対抗し、攻撃を放とうとした魔術師団の魔術師たちをカルラが焼き殺した。父と娘は反目していても、その部下に対する攻撃は国家に対するあきらかな反逆だ。自分がしたことを棚に上げ、彼はレスター家の名を持つ者がそれをしたことに憤る。
だが、それが当然のように娘を批難した父の態度に、カルラは嘲るように空から父を見下した。
「あら、わたくしにまで火の粉がかかりましてよ? てっきり、わたくしと〝遊び〟たいのだと思いましたわ」
「貴様……っ」
あの弾幕の中で生き残ってみせたカルラの軽口に、レスター伯爵――イグナスは歯ぎしりを抑えることができなかった。
戦場とはまた違う異様な空気に、仲間を殺されたばかりの魔術師たちでさえ身動きできずに息を呑む。
空に浮かぶ少女の、穏やかに微笑みながらも全身から発せられる禍々しいまでの殺気は、死人の如き蒼白い肌もあって、まるで幼い頃絵本で読んだ〝死神〟を思わせた。
「…………」
その中でイグナスは、片手を隠すように後ろへ向け、配下である一部の宮廷魔術師たちに指示を出す。
その指示を受けた数人の男たちが音もなく動き出し、その中の一人……黒髪の青年がカルラの視界から外れた位置で、震えながらも歪んだ笑みを浮かべていた。
(……カルラっ)
その青年はカルラの存在を許すつもりはなかった。レスター家の管理下にある宮廷魔術師である以上に、彼にはカルラを殺さなければいけない理由があった。
レスター家には三人の息子がいた。だが彼らは娘を実験に使った父の考えに追従し、妹に反撃をされて殺された。もし彼らが生きていたなら、今頃は青年と同じ宮廷魔術師となって栄光への道を歩んでいただろう。
魔術師とは単なる攻撃力や派手さを競うものではない。知略や謀略、駆け引きでさえも魔術師としての力であり、魔術師の目的は知識の深淵を知ることにある。
宮廷魔術師とは総合的な智の力を信奉する者たちだ。特に貴族の魔術師はその智の力を求める者が多かった。それがただ暴力的なだけの力だけを求めたバケモノが、次代の宮廷魔術師を殺すなど許せるものではない。
だがそれ以上に、自分に恐怖を与えた〝妹〟の存在を許せなかった。
王家の婚約者となったカルラがどんな暴挙に出ようと、宮廷魔術師である彼らが王家に関わりのある彼女に直接手を出すことはできない。出来たのは暗殺ギルドや毒殺などの暗殺だけだったが、そのすべてにカルラは生き残った。
だが今は違う。王太子は失脚し、カルラは王家の庇護を失った。
ここは戦場だ。誰が誰の手にかかって死のうとそれを罪に問うことは難しい。特にカルラの場合は彼女を庇う者はいない。
悪魔を押さえていたカルラがここで死ねば被害も増えるかもしれないが、青年にとっては悪魔の被害よりも、カルラを殺すことが重要だった。
カルラを事故死させるために、黒髪の青年を中心にレスター家配下の宮廷魔術師たちが空に浮かぶカルラに狙いを定めた。青年は他の宮廷魔術師たちと合わせるように、一般魔術師の陰に隠れてカルラに魔術を撃ち放つ。
「――【火炎槍】――」
彼が撃つと同時に、周囲からも十数もの攻撃魔術がカルラに放たれた……が。
『――!?』
すべての攻撃魔術がカルラをすり抜け、空に浮かぶ【幻覚】が揺れるように消えた。
「――あら、こんな所にいらしたのね」
「なっ!?」
突然背後に現れたカルラに黒髪の青年が青い顔で飛び下がろうとしたが、それよりも速くカルラの手が青年の腕を掴んだ。
「……ぅぁあぎゃぁああああああああああああああああああああああああっ!」
白い手の内側から溢れる炎が青年の腕を焼く。泣き叫ぶ青年を愛おしげに見つめたカルラは、もぎ取って炭となった腕をひらひらと揺らして、自分の父に見せつけた。
「ほら、お兄様、大好きなお父様とお揃いですわよ」
黒髪の青年は、唯一生き残ったカルラの二番目の兄であった。
九年前、兄と弟を殺された青年は、異常な妹を恐れて家に近寄ることもできずに心を病み、それからずっと復讐の機会を窺っていた。
彼の焼かれた腕は数ヶ月前に父イグナスがカルラに焼き潰されたものと同じ部位であり、その腕を玩具のように揺らして無邪気な顔で嗤う娘の邪悪さに、イグナスはまだ再生できていない左腕を押さえて、怒りの形相で目を剥いた。
「カルラを殺せぇえええええええええええええええええっ!!」
もはや外聞も気にすることなく娘を殺せと叫ぶイグナスに、宮廷魔術師たちは恐怖を感じて魔術の詠唱を始めた。
彼らとてカルラの強さを知らないわけではない。だがそれと同時に彼女の脆弱さもよく知っていた。一撃さえ当てればカルラは死ぬ。だからこそ脅威を理解しつつも躊躇なく攻撃することを選んだ。
カルラは強い。だがそれは彼らの信奉する知恵ある魔術師とは違う、戦うだけの傭兵の強さであり、彼らは心の奥底でカルラを見下し、侮っていた。
だが――単独で多数を殺すために鍛え抜いたカルラの強さは、彼らの理解を超えていた。
「――ぎっ」
悲鳴をあげる間もなく盾にした魔術師ごと【稲妻】に撃ち抜かれ、その後ろにいた数人が内臓を焼かれて崩れ落ちる。
「う、撃てっ!」
それを見た宮廷魔術師の一人が狼狽えた声をあげて【旋刃】を撃ち放ち、それをカルラの【氷の鞭】に捕らわれた魔術師が氷像の盾になって受け止め、その背後から放たれた電撃が広範囲に魔術師たちの心臓を止める。
「こちらも電撃を!」
「それでは他の者に被害が出るぞ!」
混乱した宮廷魔術師の言葉をまだ理性が残る魔術師が躊躇した。常に人のいる場所に移動するカルラに範囲魔術は使えない。
「おのれっ!」
もはや恨みではなくただの憎しみで吐き捨てたその宮廷魔術師は、近くに現れたカルラに短剣を抜いて襲いかかった。
だが、カルラはただの魔術師ではない。独りで戦い続けるために体術と身体強化を覚え、高度な魔力制御によって思考加速を得たカルラは、その攻撃を軽く躱して鷲掴みにした男の頭部を焼き尽くす。
「攻撃の数を増やせ! 当たれば死ぬ!」
次々と殺されていく魔術師たちは怒りに任せた高威力の魔術を諦め、レベル1の魔術に切り替えた。
立場的に逃げ出すこともできなかった貴族に近い一般魔術師たちも加わり、小規模な攻撃魔術が雨の如くカルラに降りそそぐ。
「――【竜巻】――」
だが、そのことごとくがカルラの周囲に渦巻く竜巻に弾かれ、巻き込まれた運のない者たちが天に巻き上げられ、それでも潜り抜けてきた攻撃魔術は、カルラの纏う白銀ドレスの裾で防がれ、その白銀の生地に焼け焦げ一つ残すことはできなかった。
「ふふ」
本命と踊る前に下手な相手はいらないと、カルラは人々の血と死の中で一人舞う。
片手でドレスの裾を摘まんで火矢を打ち払い、差し出された誘いの手を振り払うように稲妻が撃ち払う。
「退けい! 【火球】――っ!」
「閣下っ!?」
イグナスが【火球】を撃ち放ち、それを見た魔術師たちが悲鳴をあげる。
声は掛けた。だが、タイミング的にもカルラの周囲にいた者たちが逃げられる時間はなかった。
イグナスはランク5の炎魔術師であり、自分の火魔術に絶大な自信を持っている。この距離でこのタイミングならランク5の魔物でも殺せる自信さえあった。
それでもわざわざカルラに聞こえる位置であえて声に出したのは、逃げようとする魔術師たちが壁となってカルラの逃げ道を塞ぐことが目的だった。
我が子だけでなく自分の配下でさえも道具とする非道さに、薄い笑みを浮かべたカルラは、飛び下がりながら竜巻の被害を免れた蹲るソレを掴み、身体強化と【重過】を用いて、全力で放り投げた。
「そぉれっ♪」
「――――!?」
投げられたカルラの兄が声にならない悲鳴をあげ、迫り来る火球と空中でぶつかり合って、花火のような爆発と炎を撒き散らす。
ドォオオオンッ!!
飛び散る炎と熱気に逃げ遅れた者たちが苦しみ悲鳴をあげる中で、風の結界に守られたカルラは、それでも吹きつける熱風で乱れた黒髪を手ぐしで直しながら、逆に自分の炎による熱風で肌を焼いたイグナスに微笑みかけた。
「あらあら、後継者がいなくなってしまいましたわ。またやり直しですね、お父様」
「巫山戯るなっ!!」
おどけるようなカルラの言葉にイグナスが叫び返す。
息子たちが全員亡くなり、自分の兄弟さえも謀略によって排除したレスター本家の血筋は、もはや彼とカルラしか残っていない。
伝統あるレスター伯爵家と魔術の資料を、分家などに一欠片さえも渡すつもりはなかった。だがイグナスは実験で使い捨てた娘の手によって自分の命とレスター家が無くなる現実感に、恐れと怒りが湧き上がった。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁあああああああああああっ!! この私とレスター家が、貴様のような実験動物に潰されるなど、あり得るかぁあああああ!!」
我を忘れてがなり立てるイグナスが残った右腕に膨大な魔力を溜めて天に向け、それさえも揶揄するようにカルラは魔力を溜めた両手を翼のように広げた。
「「――【火球】――」」
父と娘が互いに向けて同時に火球を撃ち放つ。
魔力量ではカルラが勝り、熟練度ではイグナスが勝る。二つの火球がぶつかり合うが今度は炸裂せず、互いの魔力で押し止められたすべての威力が二人の中間で渦巻いた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
イグナスが憎しみを込めるように魔力を注ぎ込む。年期の差か執念の賜か、わずかに威力がカルラのほうへ傾き始め、イグナスが汗まみれの顔でわずかに笑みを浮かべた瞬間――
「――【火球】――」
カルラが左手に溜めていた魔力で二つ目の火球を撃ち放ち、二つの威力と二倍になった魔力がすべての炎をイグナスへ向けた。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああっ!」
イグナスの悲鳴が夜に響く。おそらくはカルラと同様にミスリル製の防具でも着込んでいたのか、あの炎の中でもまだイグナスは生きていた。
だが守れたのは胴体と頭部だけで、彼は立ち上がることさえできずに苦痛の中でもがいていた。
ザッ……。
「さすがお父様。生きていてくれて嬉しいわ」
焼けた砂利を踏む音と共に近づいたカルラが瀕死の父へ朗らかな声を掛けた。
「……やめろ、やめてくれ。私はレスター家のために……」
「それは幼い頃から何度も聞いているので、もういいわ」
カルラはイグナスの言葉を遮り、ミスリルで出来たハイヒールの踵をそっとイグナスの頭部に乗せる。
「やめろぉおおお……」
そうしてカルラが脚に力を込めようとしたその時――
「お待ちください、カルラお嬢様っ」
「……何かしら?」
カルラが視線だけで微かに振り返ると、そこには最初にイグナスを諫めようとしてその配下に攻撃された魔術師の男が、仲間らしき者の肩を借りて近づいていた。
「その方は……レスター閣下は、お嬢様に酷いことをされたと噂に聞いております。ですが、悪魔との戦いの後、閣下のような人は必要となるはずです!」
国家の運営は清いだけでは行えない。王都が被害に遭ったとなればクレイデール王国の国力が低下したと見て、横やりを入れてくる国家が無いとも限らない。
それが政治的なことなら王家と宰相がなんとかするのだろうが、間諜や破壊工作などの問題は、暗部だけでなく宮廷魔術師団の謀略力が必要となる場面もあるだろう。
カルラを『お嬢様』と呼ぶからには、彼はレスター家の家臣か分家筋のような人間なのだろうか。そんな彼の発言はレスター家だけではなく、王国そのものを憂いているように感じた。
そんな彼に、カルラは視線だけでなく穏やかな顔を向けて微笑んだ。
「ふふ。面白い冗談ね」
ぐしゃ……っ。
悲鳴をあげさせることなく虫を潰すように事を済ますと、カルラは雨粒でも払うように裾に飛んだ血を払い、青い顔で立ち尽くす男の横を通りながら、彼に少しだけ声を掛けた。
「他人任せじゃなくて、あなたがやればいいじゃない」
何も言えない男の横を通り過ぎ、カルラは【浄化】で汚れを落とすと、再び彼女の〝舞台〟へと飛び出した。
「さようなら、お父様。地獄で会えたら、また遊びましょう」
レスター家の決着。
カルラの心情はあえて書きません。一言で言い表すのは無理なので。
次回は、ネロとアモルの戦いと、アリアと悪魔との戦い。
コミカライズ第6話は明日更新となります。
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