247 卒業イベント 『開幕』
乙女ゲーム最後のイベントが始まります。
王立魔術学園では、年度始めである冬の終わりに始業式が行われ、年の終わりが迫る冬の初めに卒業式を迎える。
本年度の卒業生は、六千家を超える下級貴族を含めれば五百名近くにもなり、卒業の式典において国王陛下より祝辞が贈られ、その後に彼らの親族や関係者を含めて数千名規模の立食パーティーが行われることになる。
その中で数の少ない一部の卒業生たちは、学園の大講堂で行われるパーティーではなく、王城で催される『卒業パーティー』に参加することが、貴族としての誇りとまでなっていた。
そこに参加できるのは、中級貴族家以上の卒業生とその関係者のみであり、貴族として成人した若者たちは、婚約者のお披露目をして次代にも家が続くことを他家へ示し、婚約者のいない卒業生は、家格の合った貴族家と繋がりを持つことを目的とする場となっていた。
参加できるのは関係者だけである。だが、例外も存在する。
この場でも祝辞を贈る国王陛下と王族。
有能な新人を求める各省庁の幹部たち。
そして、聖教会の代表として新たに成人する若者たちを祝福する司祭である。
聖教会の代表は、例年ならば王都にいる法衣男爵でもある神殿長が祝福のために参加することになるのだが、今年、聖教会の代表となった者は、卒業生より年下である一人の少女だった。
「聖教会、アーリシア・メルシス様がご入場なされます!」
執事の声と共に大広間の扉が騎士たちによって開かれ、二人の神官騎士を伴い、一人の男性にエスコートされた暗い金髪の少女が会場へ足を踏み入れると、周辺にいた者たちの視線がその少女――〝聖女リシア〟へ注がれた。
メルシス子爵家の令嬢で、聖教会によって〝聖女〟に認められた少女。
元平民という噂もあり、無作法にも学園において王太子エルヴァンに纏わり付き、複数の男性とも繋がりがあると囁かれる〝聖女様〟に、早めに会場へ訪れていた中級貴族の親族たちから訝しげな視線が向けられたが、一目彼女の〝姿〟を見た瞬間に怪しむ気持ちは消え去り、その瞳が憧憬へと変わっていった。
リシアの【加護】――『魅惑』の能力――。
彼女に対して敵愾心や強い疑念を持つ者にはほぼ効果はなく、対象に好印象を抱かせるだけという微妙な力だが、その替わり、範囲や人数に制限がなく、吸血鬼などが持つ魔術的な『魅了』と違い、魔術の精神防御で防ぐことはできない。
(これが〝主人公〟の力なのよっ!)
あの女が知る『乙女ゲームのヒロイン』が自然に行っていた好感度上昇。
架空の物語ではなく現実の世界なら起こるはずの、言葉遣いや態度、見た目の好みなどで起こるはずの好感度減少が存在せず、普通なら顔を顰められるはずの異性に対するリシアの過度な接触も、すべてが好意的に受け取られる、最もリシアが求めていた能力だった。
その対価は魔力値が減少するというもので、すでに聖女と呼ばれながら【回復】すら悪魔の補助がなければ満足に使えない状態で、このまま減少が続けば身体機能にも影響が出るはずだが、リシアは〝最高の幸せ〟のためならそれでも構わないと考えている。
「――リシア様、私は挨拶をしなければいけないところがあるので、エスコートを神殿騎士たちにお任せしてよろしいでしょうか?」
「ハイラム様、リシアは寂しいです……」
ここまでエスコート役をしてくれた初老の男性にリシアが蠱惑的な瞳を向けるが、ハイラムは優しげに微笑んでリシアの手を自分の腕から離す。
「騎士たちよ、聖女様のことは頼みましたよ」
「「はっ!」」
「…………」
ハイラムの態度にリシアはわずかに目を細める。
元々ファンドーラ法国より『聖女』を見極めるためにクレイデール王国まで来ていたハイラムは、最初からリシアを丁重に扱っていたが、『魅惑』の効き目は薄かったように思える。
そんな彼がまだ王国に残っているのは、自分をまだ懐疑的に見ているのだとリシアはわずかに口元を歪めながらも、嬉々としてエスコート役を代わった神殿騎士たちにニコリと微笑んだ。
「それではお願いしますね」
リシアとしては、エルヴァンにエスコートされてこの場に来たかった。でもその〝お願い〟は、エルヴァン本人から内密の書簡にて断られている。リシアとしては残念ではあったが、それも仕方のないことだと飲み込んでいる。
元々の『乙女ゲーム』でも、ヒロインは攻略対象の婚約者としてではなく、祝福を与える聖女として参加している。そして、エルヴァンが王太子という立場を捨てるのならともかく、彼が王太子として卒業パーティーに参加するには、『王太子の婚約者』という三人の少女を連れていく必要があった。
その時のエスコート役は、好感度に関係なく聖女の側近となるナサニタルになるはずだったが、死んだ者にそれをさせることはできない。
唯一、セオの単独ルートのみ彼がエスコート役になるのだが、リシアから見たセオは〝幸せ〟となる度合いが低いので本気の攻略はしておらず、好感度が足りなかったせいかリシアが『魅惑』を得る前に本家に呼び戻され、一切の姿を見せなくなった。
(……まあいいわ)
セオはもちろん、ナサニタルもアモルも、結婚しても羨望を向けられない、リシアから見て〝幸せ〟の低い、切り捨ててもいい駒だった。
リシアが〝幸せ〟になるとすれば、旧王家の辺境伯家であるミハイルやロークウェルでも良かったが、その二人は一年間しか攻略期間がない難易度が高いキャラクターで、彼らが卒業する昨年度の卒業イベントまでに好感度を上げることができなかった。
その分、二人に距離を置かれて気落ちしたエルヴァンを、簡単に籠絡することができたので、そのおかげで【加護】も得ることができた。
(もっとも……あの二人を攻略できなかったのは、あれのせいね)
エルヴァンの障害となる王女が魔族に攫われるまでは良かったが、あの桃色髪の少女が一緒に攫われたせいで、ミハイルとロークウェルが希望を持ってしまった。そのせいで二人の心の闇を突くことができず、彼らと関わる機会も失われた。
桃色髪の少女――アリア・レイトーン男爵令嬢。
まるでヒロインを彷彿とさせる髪色と美しさに、ヒロインとは程遠い冷徹さと強さを持った少女。
実際、一番の障害となるのはアリアだった。聖女としての肩書きが政治的な盾にはなっても、彼女が本気でリシアを暗殺に来たら悪魔でも防げていたかどうか分からない。彼女を警戒するあまり、策略のために護衛である悪魔を側から離すことができず、アモルを捨て駒として使うしかなかった。
あの黒髪の伯爵令嬢カルラ共々、乙女ゲームという〝舞台〟を力業で破壊しようとする〝イレギュラー〟をリシアは最も警戒していた。
(それも、もう終わるわ……)
悪役令嬢のクララが断罪され、悪魔の集めた情報で王女エレーナの評価を下げれば、次期国王となるエルヴァンはリシアを選ぶしかなくなる。聖女の肩書きと民の信頼は、王家が最も欲しいものだからだ。
立場的に距離ができたが、エルヴァンには念入りに『魅惑』を使い、確実にリシアを選ぶように虜にしている自信はある。
そうしているうちに、会場には卒業する中級貴族とその関係者が集まり、本番前の歓談に勤しんでいた。リシアにも聖教会を信奉する貴族たちが挨拶に来て、霞が掛かったような顔で熱望の瞳を向けてくる。
数の少ない上級貴族家の者たちも会場入りし、参加者のほぼ全員、数百名が集まった頃を見計らったように、奥にある別の扉から声が響いた。
「エルヴァン・フォン・クレイデール殿下、クララ・ダンドール様、カルラ・レスター様、パトリシア・フーデール様がご入場なされますっ!」
王宮から続く王家専用の扉から、美しいドレスを纏った三人の婚約者を伴ったエルヴァンが入場してきた。
クララは原作通りの真っ赤なドレス。
パトリシアは年上らしく紺色のシックなドレス。
一人だけやたらと派手な〝白銀〟のドレスを纏い、死人のような顔色で愉しげに微笑んでいるカルラは、原作通りならクララの断罪後〝死ぬため〟に暴走を始めるはずだ。
乙女ゲームの内容通りなら、好感度の高い攻略対象者全員でカルラを倒すのだが、それができないリシアは〝夢魔〟の力で聖女のために命懸けで戦ってくれる貴族の信者を増やしていた。
足りない分はわざわざカルラ自身が残してくれている。
「ラインハルト・フォン・クレイデール陛下、エレーナ・クレイデール殿下がご入場なされます!」
トリを飾るように国王陛下が王女エレーナをエスコートして入場してきた。
だが、どうして国王陛下は正妃ではなく王女をエスコートしているのか? その後に王族の側近たちも入場してくるが、その顔ぶれが、宰相や総騎士団長、筆頭宮廷魔術師もいて、王女の側近としてミハイルやロークウェルだけでなく、黒いドレスを纏った桃色髪の少女までいた。
乙女ゲームの原作では国王の入場シーンなど省略されていたが、その顔ぶれの異様さにリシアはわずかな違和感を覚えた。
国王陛下の入場に貴族たちは、パーティーということで跪きこそしないが全員がその場で貴族の礼を取る。それを見て頷いたラインハルトは片手をあげてそれに応え、静かに頷いて口を開いた。
「皆の者、よくぞ来てくれた。未来ある若者たちを、新たな大人として迎えることができて、大変嬉しく思う」
実年齢は四十近いはずだが、魔力の多い貴族らしく三十前半の美丈夫の姿に、何も知らない貴族の女性たちが熱い視線を向けていた。
その横にいる王女と彼女の側近である少年少女たちも皆美しく、とくに若い貴族たちは挨拶が済み次第、彼女たちの下へ向かおうと待ち構えていたが、ラインハルトの言葉はまだ終わらなかった。
「其方たちには、すぐにでも楽しんでもらいたいところではあるが、我が子エルヴァンより、この場で知らせておきたいことがあると聞いている。エルヴァン!」
「はっ、場を与えていただき、ありがとうございます、陛下」
一人前に出るエルヴァンに貴族たちの視線が集まる。その中で緊張からか紙のように顔を白くしたエルヴァンは、何かを飲み込むように覚悟を決めると、ゆっくりと婚約者たちに振り返った。
「……すまない。私、エルヴァンは君たちとの婚約を解消したいと考えている」
唐突にエルヴァンが放った言葉の意味は?
次回 『本物』
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