241 歪んだ聖戦 8
場面はアリアとメルローズから。
「城を落とせっ!!」
外からアモルの声が聞こえてくる。
王都郊外にあるメルローズの別邸は名目上『屋敷』となっているが、クレイデールが旧公国であるメルローズを併合する際に、メルローズ側家臣の不満を抑えるため与えた『城』でもある。
その意味は、クレイデール王家が腐り国家の危機となった時、メルローズやダンドールのような旧王家がそれを討って鎮めるという、旧クレイデール側から出さざるを得なかった約定によるものだ。
王族であるアモルはそれを知っているからこそ、この屋敷を陥落させるべき『城』と呼び、己の異能ではなく軍による攻略に拘っているように思えた。
だからこそ、わずか数十名しかいないメルローズの戦力でも落とされず耐えることが出来ていた。
「戻ってきおったなっ、冒険者の女っ!」
「…………」
城壁の上に姿を見せた私にいち早く気付いたアモルが吼える。
アモルが私に執着するのも城攻めが進んでいない理由だ。私が現れてからアモルの標的がメルローズよりも私へ向けられているように感じた。
冒険者と下に見ていた私がダンジョンの中で敵を殲滅したのが切っ掛けか……。
だがそれは、アモルが抱えていた劣等感の裏返しだ。抑圧されてきた彼にとって力とは正義であり敵なのだろう。
それ故に指揮官としての勝利に拘り、力を見せつけた私に執着した。
それをくだらないとは言わない。でもそこがお前の弱みとなるのならそこから付け入らせてもらう。
「かかれっ!」
アモルの号令に第二騎士団から矢が放たれ、不死者たちが押し寄せる。
彼らも私がいない間、手をこまねいていたわけじゃない。壊された梯子の代わりに周囲の木を切り倒し、破城槌を作り上げてそれで門を破ろうとしていた。
それを見た兵士や使用人たちが矢の雨に盾を傘のように使いながら、上から庭石やレンガを投げつける。だが不死者たちも、頭蓋が砕けようと首が折れようとお構いなしに迫ってきた。
でも、私たちもただ時間を潰していたわけじゃない。短い時間だけど対策はさせてもらった。
「第一陣っ!」
「「「はっ!」」」
私の号令に数名の兵士が桶に入った泥水をぶちまけた。それによって数名の不死者が足を滑らせるがそれで止まるはずもない。
もう少し……あと一秒――
「今だっ!」
ドォオオオン!!
破城槌が城門に当たり激しい音を立て、アモルがニヤリと口元を歪めた。だが、配下たちの様子に違和感を覚えてわずかに顔を顰める。
「どうした!?」
門に破城槌を当てたまま動かなくなった不死者たちにアモルが声をあげるが、彼らは動かないのではなく〝動けない〟のだ。
「うぉおおおおおっ!」
次の瞬間、閉じられていた門の扉が破城槌を押しのけるように開かれ、飛び出したメルローズの精鋭が鈍器をもって動けない不死者の頭部を内部の蟲ごと粉砕していく。
「と、止めろっ!」
「戻れっ!」
アモルが叫ぶと同時に門の中からもミハイルが指示を出す。騎士たちが深追いもせずに門の中へと戻り、遅れて放たれた矢が閉じられた扉に突き刺さると、それを見たアモルが見開いた目を私へ向けた。
「貴様ぁあ、何をした!」
私がしたことは単純だ。兵士の報告から破城槌が使われることを知った私は、泥水を破城槌に被せ、それが扉に当たる瞬間を狙って内側から【硬化】を使わせた。
【硬化】は土属性を一定時間硬化させる生活魔法で、泥水に使えば鉄の硬度を持つ拘束具となる。これまで何度も【硬化】に助けられたことから、今回も利用する案を思いつけたのだ。
問題は【硬化】が接触魔法という点だが、同じく土属性である扉の金具にあらかじめ魔力を通しておけば、破城槌が当たった瞬間になら【硬化】をかけることができた。
だが、それは簡単なことではない。下手をすれば魔法の行使が遅れて破城槌が扉を破壊する可能性もあった。
屋敷に【硬化】を使える者も多くなかったが、志願してくれた平民のメイドもいて、メルローズの結束と士気は高い。
「おのれっ! 者ども数で押せ!」
アモルの命令に不死者たちが複数の破城槌をもって飛び出した。その後ろには門から現れる騎士を警戒したのか、槍を持った不死者たちが続く。
メルローズ側も即座に上から泥を落とすが、今度はその瞬間を矢で狙われて数名の兵士が撃ち抜かれた。
「怪我人を下がらせろ! ……っ」
ドォオオオン!!
その瞬間を狙い三つの破城槌が扉に当たり、一度目とは比較にならないほどの轟音が響く。同時に内側から【硬化】を使うことには成功したが、その衝撃で一般人に負傷者が出たようだ。
門の扉は金属部にも【硬化】の効果があるので簡単に破れない。だが、外で待ち構えられている状況では中の騎士たちも扉から出ることが出来なくなった。
それに何度もこれを受ければ金属部はともかく木部が持たない。
再び破城槌を使うべく、第二騎士団の騎士たちが【硬化】に捕らわれた不死者たちに駆け寄るのが見えた。
彼らが【硬化】で拘束された不死者を解放するには、反属性の【流水】を使って【硬化】を解除する必要がある。
「網を!」
それを見た私は第二陣として用意していた騎士に網を投げさせる。
「なにっ!?」
それを見た意思のある騎士が槍を振るうが、剣ならばともかく槍では網を防げず絡め取られ、意思のある者を狙った投網は数名を捕らえて引き上げられた。
「容赦をするな!」
「貴様ら――」
投網を引き上げた騎士や兵士たちが動けない彼らの頭部を潰していく。
網は最初からこの屋敷にあった。メルローズは南方の海洋都市だ。王国でも最大の海軍を保有する彼らは休暇などに湖で漁をすることもあり、城壁の裏で干している網を見かけたので使わせてもらった。
だがこれも、門の強化と同様に何度も使える手ではない。
アモルも切羽詰まれば火矢を用いて網とそれを使う者を狙ってくるだろう。
だからその前に決着をつける。
「再度攻撃だ! 私も出る!」
後ろに下がっていたアモルが再び前に飛び出してきた。
「指揮官が出てきていいの?」
「ぬかせ! 貴様を倒せれば後は烏合の衆よ!」
私の煽りにアモルも煽り返す。でもそれでいい。お前を私の手が届くところまで引き寄せるのが目的だ。だからこそ意思のある不死者を狙わせた。
アモルもたった一人で百人全員に指示を出せるわけじゃない。アモルの大雑把な命令に対して、最初に見た中隊長のような意思がある騎士たちが細かな指示を出している。
それを狙われたアモルは煽りと知っても前に出なくてはいけない。煽り返したのはそれを私に悟らせないためだろう。
それと同時に意思のある騎士たちもアモルに続いて前に出る。
おそらくだが同じ不死者でも魔術を使えるのは意思のある騎士だけだ。生活魔法も同じだとすると、彼らはアモルが注意を引いている間に【硬化】に捕らわれた不死者を解放するつもりなのだろう。でも……。
「それをただ見ていると思う?」
「出てきたな、冒険者の女!」
城壁から飛び出した私にアモルが宙を舞うように襲ってくる。
「もう出し惜しみはなしだ」
アモルが繰り出した無属性の魔法を、宙を駆る反動で躱し、そのまま下にいた不死者の首を蹴り折るようにして空に舞う。
「――【浮遊】――」
空中にいれば地上の不死者に囲まれることはない。私も倒すこともできないが、不死者の攻撃手段は限られる。
「者ども、こやつを撃て!」
「はっ!」
アモルが下にいる中隊長に指示を出す。でもそのために私がいる。
ぐしゃっ!
「ぐがっ!?」
その命令を中隊長が意思のない不死者たちに伝える前に、私が振り下ろした分銅型のペンデュラムが彼の頭部を粉砕する。私はさらに陶器瓶を投げつけ、割れた中身の毒がそこにいた蟲を焼き殺した。
「くそっ、撃て撃て!」
それを見たアモルが私に剣を振るいながら雑な指示を出す。
でも、私とアモルを取り囲んでいた不死者たちは、その命令に弓や魔術ではなく、手にある槍を投げつけてくるだけだった。
いかに不死者の身体能力が筋肉の負荷を無視できるといっても、下から上に放つ重い槍など当たらない。
アモルの雑な命令を聞いて適切な指示を出していた意思のある騎士たちは、中隊長以外すべて城門へ向かっていた。
「第二の網を放て!」
『おおおおおおおおおおっ!』
私の声に城門から飛び出してきた騎士たちが再び網を投げ放つ。
「その程度で!」
彼らも私たちが魔術を使える者を狙っていることには気付いている。だからこそ彼らも鋭い片手剣や短剣などですぐさま網を切ろうとした。
でも、その網は〝泥付き〟だ。
「【硬化】っ!」
その網に付いたロープを握っていた者たちが【硬化】を使って網を檻と変え、それに乗じて門から飛び出してきたすべての騎士と兵士が意思のない不死者を牽制しながら、意思のある騎士たちを次々と倒していった。
ただの奇策だがこれで三割近く倒せた。でも、指示を出せる意思のある騎士を多く倒せたのは大きな意味がある。
こうなれば意思のある騎士たちは迂闊に前に出てくることはできず、そうなれば網に捕らわれた不死者を解放できず、迂闊に攻めることも出来ない。
後はそれを覆せるアモルを私が押さえて倒せばいい。
「私を舐めるなぁあああっ!」
外套を脱ぎ捨てたアモルが蟲となった左半身を肥大化させて殴りかかってきた。
でも、出し惜しみは無しだと言ったはずだ。
「――【腐食】――」
もう一つのレベル5闇魔法を撃ち放つ。
「ぐぉおおっ! なんだこれは!?」
闇の攻撃魔術で持続ダメージを与える範囲攻撃だ。使い所が難しい魔術だが、黒い霧に包まれたアモルの蟲でできた左半身から、死滅した蟲がぼろぼろと崩れ始めた。
「おのれおのれおのれぇええええっ!!」
アモルは剣を捨てた右手で爛れていく右半身の顔を押さえながら、肥大化した左腕で襲ってくる。
ボロボロと剥がれた蟲が飛んでくるが死んだ蟲に脅威はなく、黒いナイフで指を斬り飛ばすと、そこから崩れていく左手に初めてアモルの顔に脅えが浮かぶ。
「私は……生まれ変わったのだぁあああああ!!」
そう叫びをあげたアモルの右半身までもが蟲に覆われ、その蟲が左側の蟲を食らうようにして全身を巨人のように肥大化させた。
それがお前の奥の手か……ならば。
「――【鉄の薔薇】……【拒絶世界】――っ!」
私も切り札を解放する。桃色がかった金髪が灼けた鉄のような灰鉄色に変わり、全身から光の粒子が飛び散り銀の翼のように広がった。
「はぁあああ!」
『うがぁあああああああああああああっ!!』
人の名残を残す右の顔で、もはや人とも思えぬ叫びをあげるアモルの拳と私の光がぶつかり合い、光の粒子を巻き込んだダガーがアモルの腕を斬り裂いた。
アモルの腕は蟲が埋めるように再生するが、もはやアモルに最初の余裕はなくなっていた。
「弓を構えぇえ! アモル殿下をお助けしろ!」
後方にいた意思のある騎士たちが飛び出し、その命を受けた不死者たちが弓を構えだした。でも、味方がいるのはお前だけじゃない。
風切り音と共に飛来した矢が、指示を出していた意思のある騎士の眼に突き刺さる。
「あのお方を援護しろ!!」
メルローズの騎士や兵士も弓を構え、魔術師たちが火矢を撃って第二騎士団の牽制を始めた。
彼らの装備では網や奇策を使わなければ不死者は倒せない。でも、そこに留めておくのなら可能だ。
その間に私がアモルを倒す!
『ぐぅ……』
ようやく不利になったことを悟ったアモルが忌々しげに私を睨む。
ここからが本当の勝負だ。私の魔力が尽きるのが先か、アモルを削りきるのが先か……竜の血でできた丸薬を口に放り込み、私が攻撃を仕掛けようとした瞬間――それは起こった。
『なに……』
突然、アモルの胸元、密集した蟲の隙間から赤黒い光が漏れ出した。
心臓? そこにあるのは魔石か? 私が警戒してわずかに距離を置くと、その現象はアモルが意図したものではないらしく、わずかに狼狽したアモルは北のほうに視線を向け、憎しみを込めた叫びをあげた。
『カルラ、貴様ァアアア!!』
カルラ? どうして彼女の名前が?
だがその答えが得られることもなく、叫んだアモルが突然その方角へ飛び出した。
獣のような速度で走り出したアモルに一瞬唖然としていた私は、その方角が王都であることに気付いてその後を追う。
カルラ……お前が何かしたのか。
カルラさん、何をしたんでしょうね……
次回はアリアとカルラの視点が何度も入れ替わります。
アリアの奇策は、師匠に習ったものもありますが、大部分はあの女の知識です。
相当なオタクか妄想好きだったようです。





