240 歪んだ聖戦 7
あけましておめでとうございます。
今年もお付き合いよろしくお願いします。
「――【斬撃】――っ!」
ついにフェルドの戦技がアモルを捉え、脇下から心臓を抉るように上半身を斬り飛ばした。だが――
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それでもアモルは死ななかった。
切り裂かれた心臓から半分に欠けた魔石が零れ落ちると、突然強い光を放ち、それに誘われた蟲が強引に身体を繋ぎ直し、魔石を覆い尽くした。
「私はぁああ! 負けないぃいいっ!!」
「なんだと……」
雄叫びをあげて姿を変えていくアモルに、フェルドが呻くように離脱した瞬間、巨大な豪腕がフェルドを叩き付けた。
「くぅっ!」
それをとっさに大剣で受け止めるフェルド。だが、豪腕から飛び散った蟲がフェルドに寄生しようと彼を襲う。
『ガァアアアアアッ!!』
その瞬間、ネロの髭が放つ電撃がフェルドを撃ち、無数の蟲を焼き殺した。
「すまん、助かった」
肌から白煙を上げて火傷を負いながらもフェルドが礼を言うと、ネロは視線さえも向けずに軽く髭を振ってそれに応える。
『わたしはぁあああ、生まれ変わったのだぁああ! 英雄にっ!!』
アモルの傷ついた身体を蟲が修復していく。だが、それはあきらかに【加護】の範疇を超えていた。
そして今、死を恐れぬ〝英雄〟として、【加護】によって強化された精神は人間の域を超え、悪魔に植え付けられた蟲はそれに呼応して彼を作りかえようとしていた。
アモル本人を再生するはずの蟲は数を増し、肉体を食い荒らすように数を増して膨張していった。
蟲の巨人――。半分になった頭部だけを残し、全身を蟲の集合体と化したアモル、その身体は四メートルを超え、人の身体を捨てて、人ではなくなった声で高らかに嗤っていた。
『ハハハッ、これがぁあ! 最強の力だぁああ!!』
【アモル・クレイデール(左)】【種族:――】
【魔力値:312/450】【体力値:――/――】
【総合戦闘力:3240】
【超再生】
――退――
「おいっ!」
フェルドに〝退がれ〟と言って、ネロが電気の火花を撒き散らしながら、アモルへ向かう。
『来るか、獣ふぜいがっ!』
『ガァアアアアアアアアア!!』
ドォオンッ!!
巨体と巨体がぶつかり合い、轟音が衝撃波となってその周辺にいた不死者を吹き飛ばし、巻き込まれた数人の不死者が潰された。
蟲はネロの毛皮を貫けない。目や口を狙われたら分からないが、それを電気で焼き殺せる自分が相手をするしかないとネロは理解していた。
だがネロも、無限に再生するアモルを倒せる決め手に欠けると気付いていた。
今のアモルを相手にできるのはネロとフェルドしかいない。だからこそ〝決め手〟を持つフェルドを一旦退がらせた。
「くそっ、すぐに戻る!」
フェルドは途中に第二騎士団の不死者たちを斬り裂きながら城門まで戻り、侵攻を抑えていたダンドール騎士の中に飛び込むと、わずかに開かれた門から中に入り込んだ。
「すぐに手当を!」
「【高回復】っ!」
すぐに駆けつけたダンドールの魔術師がフェルドを治療する。即座に体力と肉体を再生する【高回復】でも失った血までは戻せないが、フェルドは手近にあった消毒代わりの果実酒を流し込むように飲み込み、大剣を抱えて立ち上がる。
「フェルド殿!」
そこにダンドール辺境伯が駆けつけると、フェルドが険しい顔を城壁へ向けた。
「すまん。すぐに前に出る」
「だが、あれを倒せるのか?」
もはや人と人との戦いではない。魔物が多い北の辺境で生きてきたダンドールにとって、百程度の騎士など倒せずとも耐えるのなら訳はないと考えていたが、殺しても死なない相手は想定する敵の範疇を超えていた。
「だが、やってみる」
それに対してフェルドは、戦士として自分を鼓舞するように強く大剣の柄を握りしめる。
蟲という寄生生物に対してフェルドは攻めきれずにいた。だがフェルドはそれを人や怪物の違いではなく、自分の力が足りないからだと考えた。
いまだに使い熟せているとは言えない竜角の大剣。これを使い熟せれば今のアモルを相手にしても戦えると大剣の刃を睨む。
最初に斬り裂いたとき、アモルの胸に半分に欠けた魔石を見た。魔石は不死者の急所だ。だが、どうして半分なのか? フェルドはそれこそが不死の秘密だと考えた。
だがそれを直接斬るには力がいる。
「頼む……力を貸せ!」
己の大剣に語りかけて強く柄を握りしめると、その握りしめた拳に満ちた魔力に刃が微かに輝いた。
『ガァアアアアアアアアア!!』
咆吼をあげるネロが爪でアモルを切り裂き、髭から放たれた電撃が蟲を焼く。
【ネロ】【種族:クァール】【幻獣種ランク5】
【魔力値:212/280】【体力値:361/510】
【総合戦闘力:2136(身体強化中:2704)】
戦闘力はほぼ互角。わずかにネロがアモルに劣るが、戦闘経験から考えればわずかにネロが有利に見える。
『うがぁあああああああっ!!』
だが、ネロが与える傷など瞬く間に再生するアモルに対し、蟲の寄生を警戒するネロは最大の武器である〝牙〟を封じられ、徐々に体力を削られていた。
新たな〝力〟が欲しい。ネロは切実に思う。
獣は力を求めない。獣は存在そのものが〝力〟であり、求めるものではないからだ。
戦いに敗れるのは、敵が勝っていただけ。自分が相手より弱かっただけで、それを受け入れ、相手を恨むことはない。
だがネロは、生まれて初めて負けることを忌避した。その時、ネロの中に初めて怒り以外の負の感情が生まれつつあった。
「ネロっ!!」
呼び声が聞こえ、ネロが視界に一瞬それを入れると、一旦下がったフェルドが城門の上で漆黒の大剣を構えていた。
けれどその様子は先ほどとは違う。彼が纏う身体強化の強さは変わらない。だが、その魔力の一部が大剣に流れ込み、彼の魔力を吸い尽くさんばかりに大剣が唸りをあげていた。
「ぐぅう!!」
その力を抑えようと柄を握るフェルドの筋肉が膨れ上がる。魔力が吸収されるたびに竜角の大剣が放つ力が増すように感じられた。
『ガァ……』
フェルドはそれを抑えるために動けない。でもフェルドの瞳を見たネロは、彼の言わんとすることを理解した。
あれは〝闇〟の力だ。大剣の素材となった闇竜の角が、本来の力を取り戻そうと使用者の魔力を欲していた。
人に囚われていた地竜は、怒りと憎しみで闇竜と化した。
感情を司るのは〝闇〟の属性だ。ネロは自分の中にもそれを感じている。不甲斐ない自分自身に憤り、強さを得る強い情念に身を焦がす。だがそれは、自分に刃向かう愚かな者への怒りではない。
――〝月〟―― 夜の暗闇を照らす光。光と闇を操る少女。
天空にある手を伸ばしても届かなかったもの……。でも彼女はネロを相棒と呼び、共に戦うことを選んだ。
共にあると願った少女への強い〝想い〟があった。
その強い想いが闇の精霊さえ呼び寄せ、ネロの身にもアリアと同じ〝闇〟の力を宿らせた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
『なにっ!?』
ネロの姿が消えてアモルがそれに驚愕する。
『ぐあっ!?』
次の瞬間、ネロが現れてアモルの腕を破壊する。
『おのれぇええ!!』
叫ぶアモルがもう一つの腕で殴りつけるが、ネロの姿はアモルの〝影〟に消えて、周囲にいた不死者の影から飛び出したネロが、その爪でアモルの背を引き裂いた。
闇魔法、――影渡り――。
だが、人の身でない〝幻獣〟であるネロの闇魔法は、周囲にあるすべての影を繋げてアモルを囲う結界となった。
【ネロ】【種族:クァール】【幻獣種ランク5】
【魔力値:320/330】50Up【体力値:520/520】10Up
【筋力:20(30)】【耐久:20(30)】【敏捷:18(27)】【器用:7】
【爪撃Lv.5】1Up【体術Lv.5】【防御Lv.4】
【無属性魔法Lv.5】【闇魔法Lv.5】New【魔力制御Lv.5】
【威圧Lv.5】【隠密Lv.4】【暗視Lv.4】【探知Lv.5】
【毒耐性Lv.4】【斬撃刺突耐性Lv.5】【異常耐性Lv.4】
【総合戦闘力:2541(身体強化中:3210)】405Up
『ケモノがぁあああああああああああっ!!』
瞬時に消えて現れては攻撃をするネロに、アモルはただ叫びながら〝影〟を消そうと配下である第二騎士団を攻撃する。
「お、おやめください、殿下!」
不死者といえど今のアモルに潰されれば致命的な傷となる。少なくともまだ意思のあった騎士さえも意思のない死人になり、そんな光景に第二騎士団の騎士が暴れるアモルを止めようと声を張り上げるが、アモルはギロリと睨んで怒鳴り返す。
「貴様らが、ぐずぐずしているからだろう! さっさとダンドールを落とせっ!」
「……ハッ!」
不死者といえどその元であるアモルが力を奪えば、どうなるか分からない。最悪は意思のない者たちはそのままかもしれないと、第二騎士団の意思のある者たちは決死の覚悟でダンドールの門へ向かっていった。
ネロはアモルの相手をして動けない。そのネロが隙を作ってくれると信じて大剣を抑えているフェルドも同じだった。
「くそ……」
ここで大剣へ流れる魔力を止めて第二騎士団を迎撃するべきか。だが、そうなれば再度大剣に込めるほどの魔力も足りなくなる。
そうしているうちに防御も無しに突っ込んできた第二騎士団の騎士が、城門前で待ち構えていたダンドール側の騎士に槍で胸を貫かれながらも、折れた剣を振るってダンドールの騎士を斬りつけた。
時間がない。すぐにでも判断しなければいけない状況で、フェルドが決断するため奥歯を噛みしめた瞬間――
「ごがっ!?」
闇から飛来した巨大な槍が第二騎士団の不死者を貫いた。
「――『水と風の精霊よっ!』――」
その〝声〟に、乙女の姿をした〝水〟と〝風〟の精霊が不死者を絡め取り、斬り裂いて吹き飛ばす。
フェルドやダンドールの騎士たちがそちらへ目を向けると。馬上で槍を放ったドルトンと、精霊魔法を放ったミラの姿があり、その横から二つの騎馬が戦場へと飛び込んできた。
「ようやく、オレの出番が来たぜっ!」
叫びながら飛び込んできたジェーシャの両手斧が、一撃で不死者を斬り飛ばし、その戦列の穴に馬ごと突っ込んできたヴィーロが、さらに戦列を乱すように駆け回り、その光景にダンドールの者たちが歓喜の声をあげる。
「――〝虹色の剣〟だっ!」
ランク5冒険者『虹色の剣』――フェルドから連絡を受け即座に行動を始めていた彼らが、第一騎士団から先行して到着した。
たった四人とはいえ、全員がランク4以上となる彼らに背後から襲撃を受け、まだ意思のある指揮をしていた不死者ほど浮き足立つ。
『貴様らっ!』
その光景に、アモルが一瞬気を逸らした瞬間――
『ガァオオオオオオオオッ!!』
自身の影に飛び込み、アモルの影から飛び出したネロの爪が彼を引き裂き、その衝撃波が城門のほうへアモルを吹き飛ばした。
「うぉおおおおおおおおおおっ!!」
それを見たフェルドが一気に大剣の魔力を解放して、砲弾のように飛び出す。
『フェルドぉおおっ!』
それに気付いたアモルが体勢を崩しながらもフェルドに豪腕と蟲を飛ばす。だが、その蟲はフェルドが纏う闇に腐食されて飛び散った。
「――【地獄斬】――っ!」
フェルドもネロと同じだ。自分の不甲斐なさを知って力を求めた。たった一人の少女を孤独にさせないため、自身がその場に立つために。
【フェルド・ルーイン(タングス)】【種族:人族♂】【ランク5】
【魔力値:94/240】15Up【体力値:317/370】
【筋力:17(26)】【耐久:15(22)】【敏捷:14(21)】【器用:8】
【剣術Lv.5】【槍術Lv.3】【斧戦術Lv.3】【投擲Lv.3】
【防御Lv.4】【体術Lv.5】【隠密Lv.1】
【光魔術Lv.2】【火魔術Lv.2】【無属性魔法Lv.5】【生活魔法×2】
【魔力制御Lv.5】1Up【威圧Lv.3】【探知Lv.3】
【異常耐性Lv.3】【毒耐性Lv.1】
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:1594(身体強化中:2035)】100Up
『ぐあああああああああああああああっ!』
フェルドのレベル5の戦技がアモルの腕を断ち割り、アモルの巨体を肩から腹にかけて斬り裂いた。だが――
「浅いっ!」
アモルの魔石が再び露出するが、彼の腕が邪魔をしたことでわずかに逸れたフェルドの斬撃は、魔石に罅を入れるに留まった。だがその威力は以前の比ではなく、闇属性の大剣は傷口から蟲を焼き殺して再生を阻害する。
それを見て、フェルドとネロが追撃をかけようと動き出す寸前にアモルは血走った目で泡を吹くようにして叫びをあげた。
『まだだ、まだだぁあああ! 悪魔よ! 私に力をぉおおおっ!』
アモルの心臓から赤黒い光が溢れ、アモルの魔石から蟲が溢れるようにして傷口を埋め、再び動き出した豪腕がフェルドとネロを弾き飛ばした。
『――がっ!?』
その瞬間、再び蟲に包まれようとする魔石を、背後から白い手が掴み取り、黒髪の少女が愉しげな笑みを浮かべた。
「つーかまえた♪」
クライマックス近し!
カルラさん、何を企んでいるのやら……
次回はアリアに場面が戻ります。
書籍三巻、漫画版一巻、予約受付中です。





