237 歪んだ聖戦 4
「――貴様ら!」
「邪魔だ」
メルローズ辺境伯を捜索していたのはカークランドだけではない。幾人かの騎士が三人態勢の小隊として街道を見張り、その中の一人の騎士が街道でメルローズ一行の馬車を目視した瞬間、その先頭を走る桃色髪の少女に首を刎ねられた。
「――っ!?」
共にいた二人の騎士もそれに気付くが正に暴風の如く吹き荒れる少女と、高速で飛び抜けるペンデュラムの刃に翻弄され、瞬く間にダガーで心臓を貫かれた。
それでも不死者は死なない。時間を掛ければ再生することも出来るだろう。
だが、首を刎ねられれば味方を呼ぶための声をあげることも出来ず、心臓を破壊されれば数十秒は動けなくなる。
「ぐがっ――」
その次の瞬間、後続の騎士が駆る軍馬が倒れた騎士を踏み砕く。その死に栄光も誇りもなく、ただ魔物として滅せられることに、同じ国家に仕えるかつての同僚を思い、メルローズの騎士たちは黙祷するように一瞬だけ目を閉じた。
『…………』
メルローズの騎士たちは前を走る〝少女〟を複雑な心境で見つめる。
自分たちがたった三人に圧倒された〝不死者〟という怪物を、真正面から殺していく少女……。
城勤めの者なら、彼女のことを『王女の懐刀であるランク5の冒険者』であると知っている。実力のない者ほど彼女を侮っていたが、ある程度の力量があれば鑑定などしなくともその実力を測ることができた。
まだ成人前の少女が、〝竜殺し〟と讃えられるほどの力をどうやって手に入れたのか?
だが、メルローズ家の騎士……特に古くからいる、辺境伯の末娘を見知っていた者たちは、その実力に畏怖するよりも、その髪の色と顔立ちに既視感を覚えずにはいられなかった。
その中の最も古参の騎士は何かに突き動かされ……かつて主の愛娘で、いなくなってしまった女性の背を追うように、不意に彼女の所まで馬を進ませ、桃色髪の少女に声を掛ける。
「……レイトーン嬢、この先にメルローズ家の屋敷が見えて参ります。侍従の話ではすでに反乱軍は迫っている様子。ご注意なさいませっ!」
アリアはそんな騎士の言葉に頷くように応え、彼らの主人と同じ翡翠色の瞳を前方に向けた。
「障害物は排除する。あなたたちは真っ直ぐに屋敷へ向かって」
「ハッ!」
王女の側近とは言えただの男爵令嬢。ただの冒険者。ただの少女……だが、その古参の騎士は、自分の娘よりも幼いその少女に自然に敬礼を返してしまったことを、不思議とも思わなかった。
***
「見えた!」
夜を見通す私の〝眼〟が遠くに屋敷を見て、それと同時に微かな剣戟の音が聞こえてくる。
「先行する!」
「ご武運を!」
先ほどの騎士が掛けてくれた声を背に、私はさらに速度を上げてすでに戦闘が始まっている場所へと駆けつけた。
そこは『屋敷』と言っているが小さな城のような物で、その城門を破ろうと複数の騎士が押し寄せていた。その数、騎馬が五十ほどか……。聞いていたより数が少ないのは、おそらく辺境伯がどこから戻るか分からないので、兵を分散させているのだろう。
五十は多いが……今のうちに少しは減らせるか。
私は気配を消して全力の身体強化で距離を詰めると、最後尾にいた騎馬の背に飛び乗り、ダガーとナイフで脳と心臓を突き刺した。
「がっ――」
「……【火花】っ」
内部の虫を焼き殺すように生活魔法の【火花】を刃の先に灯し、内部を抉るように刃を引き抜く。
「貴様は!?」
さすがに周囲の騎士に気付かれる。私はすかさずペンデュラムを天に放り、振り下ろすように叫んだ騎士の脳天を分銅型で兜ごと撃ち抜いた。
不死者であろうと頭で判断しているなら脳を揺らせば動きは止まる。でも、その騎士にとどめを刺す前に他の騎士が割り込み、複数の槍が私を襲う。
「――っ!」
息を吐き、殺した騎馬から飛び上がるように宙を舞って穂先を躱す。
「現れたな、〝灰かぶり姫〟っ!」
私を知っているのか、そこに前線から駆けつけてきた騎士がいた。推定ランク3の上位……おそらく中隊長クラスか。
その男は流れるように複数の矢を撃ち放つ。宙を舞う私はその矢を躱せない――普通なら。
「なに!?」
私は空を蹴り上げ、その反動で体勢を変えて身体を捻りながら矢を躱し、避けきれなかった一本の矢を掴み取る。
「返すよ」
掴み取った矢を投擲ナイフのように投げ返す。だが、その状態で投げた矢など肉を貫く威力もない。それでも〝声〟を掛けたのは、人間だった名残を思い出させるためだ。
中隊長が反射的にそれを躱すと同時に、真横から飛び抜ける斬撃型のペンデュラムが彼の両目を斬り裂いた。
「ぐぉおおおおおおおお!?」
それでも不死者は止まらない。私の攻撃はどれもこれも致命傷に近い傷を与えているが、ほとんど痛手になっていない。
「こいつを〝逃がすな〟っ!」
中隊長が命令を叫ぶと、まだ意思のある騎士たちに代わって意思をなくした騎士たちが前に出る。死にすぎれば意思を無くすと知っている騎士たちの代わりに、中隊長は死にすぎた彼らを使って私の逃げ場を潰そうとした。
もう傷が治りかけているのか、中隊長が再生の終わった片目で私を睨む。
「我らでは貴様を殺すことは難しいが、アモル様が戻られるまで、この場に留めさせてもらうぞ!」
「……アレもここにいるのか」
ダンドールかメルローズか。そのどちらにいるかと思ったがアモルはこちらにいたようだ。それならちょうどいい。私の手で確実にとどめを刺してやる。でも……それは今じゃない。
意識の一部を割いていた私の聴覚がその物音を捉え、私は迫り来る騎士たちに向けて指先を向けた。
「――【幻痛】――」
実体のない痛みだけを与える闇魔法……でも、アモルとその信奉者たちも障害になる私のことを調べていたのか、中隊長が血塗れの顔でニヤリと笑う。
「意思のない者たちにそんな魔術が――」
その瞬間、彼の言葉を遮るように、訓練された軍馬が一斉に暴れ出した。
最初から〝痛み〟が効かないことなど分かっている。だからこそ私は威力を弱めた【幻痛】を彼らが駆る複数の馬に撃ち込んだ。
「――開門っ!!」
そこに街道の闇からメルローズの騎馬と馬車が迫り、御者台に立ったミハイルが城門に叫ぶと、彼を見た城門の上にいた兵士たちが慌てて門を開き始めた。
そこからすかさず機を窺っていたメルローズの騎士たちが飛び出し、門周辺にいた第二騎士団の騎士を馬から落とす。
「お早くっ!!」
包囲された城門を通るにはこの機会しかない。
「――【幻痛】――っ!」
私もそちらにいる第二騎士団の軍馬に【幻痛】を撃ち放ちながら、混乱の中から飛び出した。
「行かせるかっ!!」
中隊長が矢をつがえて矢を放つ。その矢は真っ直ぐにミハイルを狙い、ペンデュラムの糸を絡ませて馬車の屋根に飛び乗った私はその矢をナイフで切り捨てる。
「アリアっ!」
「ミハイル、突っ込め!!」
私の叫びに御者台にいた兵士が馬に鞭を入れ、馬車はまだ混乱している軍馬が暴れる脇をメルローズの騎馬に守られながら門に飛び込んだ。
「閉門! 急げ!!」
ミハイルの声に、飛び込んできた騎士が馬から飛び降りるようにして門に飛びつき、その場にいた兵士や侍従たちが協力して門を閉じる。
それと同時に向こう側から何度も重い物がぶつかる音が響き、その場にいた騎士や兵士が武器を手に城壁の上に駆け上がった。
「中へ入れるな!」
壮年の騎士がそう叫ぶと、騎士や兵士だけでなく戦いのできない者でさえも、庭石やレンガを抱えて城壁の上に向かっていった。
どうやら本当にギリギリだったようだ。私もそれに続いて城壁に上がろうとしたその時――
「ベルト様、ミハイル!」
屋敷のほうから女性の声が聞こえ、そこに数名の侍女を伴った上品な貴族女性が駆け寄ってくるのが見えた。
「お祖母様っ!」
ミハイルもそう声をあげて彼女へ駆け寄り、ミハイルを抱きしめたその女性は辺境伯の姿を見留めると安堵したように息を吐き、視線を巡らせた先で硬直するように目を見開いた。
「シェリル……」
「…………」
私を見つめる真っ直ぐな瞳……。
その〝名〟は……亡くなった私の〝お母さん〟のものだった。
祖母はアリアの中に娘の面影を見る。
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