236 歪んだ聖戦 3
※いつも通り血なまぐさいのでご注意ください。
カルラ対アモル 初戦
「……現れたな、カルラっ! 国に巣くう死に損ないの害虫が!!」
「ふふ……良い格好ね、王弟さん。どちらが〝蟲〟なのかしら?」
カルラの炎をものともせず、燃えさかる外套を脱ぎ捨てたアモルは侮蔑を含めたカルラの言葉に高らかに嗤う。
「フハハ! 貴様のような狂人には分かるまい! 私は大いなる力を得たのだ!」
アモルの身体は、身体の中心から切られたように右半身が蠢く蟲の集合体に変わっていた。だが、彼を以前から知る者はその精神も以前のアモルとは掛け離れていることに気付いただろう。
以前は王家に留め置かれるだけの自分に自信を持てず、自分の心を護るために、常に誰かのためになろうと空回りしていた。そういう意味でいつも誰かの顔色を窺っていたアモルは、ある少女によってすべてを肯定され、理性を汚泥に沈める肉欲に溺れ、脆弱な人間という〝殻〟を破る【加護】を得たことで、その性格は傲慢なまでに変容していた。
環境……導く者によって人はここまで変わる。あり得た未来では、彼は真の聖女に導かれ、次代の王を支える王兄……大公という道もあったのだ。
「そうだっ、私は以前の私ではない! 私は強くなった! 貴様を倒せるほどにな!」
ダンッ!!
焼け焦げた大地を蹴り砕くように飛び出したアモルが、〝蟲〟になった右腕を巨大化させてカルラを殴りつけた。
身体能力だけならランク5の戦士を超えている。元々ランク3の戦士であった技量もあり、その一撃は宙に浮かぶカルラを正確に捉えるが、カルラもただの人間ではない。
ゴォンッ!!
まるで重い鉄をぶつけ合うような音が響き、数名の騎士が思わず身を竦ませた。
魔術でも魔法でもない。命と引き換えに鍛えあげた魔力制御で、一瞬だけ〝魔剣化〟させた靴の裏でアモルの拳を受け止め、カルラはさらに天へと昇り――
「――【稲妻】――」
天の高みよりカルラの指先から放たれた稲妻がアモルを撃ち抜いた。
「うごぉおおおおおおおおおおおお!!」
だが、身体の中心を撃ち抜かれながらもアモルは死ななかった。獣のような雄叫びをあげると、焼け焦げた虫が零れ落ちて新たな虫が傷を埋めるようにアモルの身体を再生する。
「きっぇええええええええええっ!!」
アモルが血走った目で奇声をあげ、今度は鞭のように伸ばした右腕が蛇のようにカルラへ襲いかかる。
「――【嵐】――」
それに対しカルラは、レベル4の風魔術を使いその虫の蛇を砕き飛ばした。
「ハハハ! 甘く見るなカルラ!」
だが、嵐によって砕かれた細かな線虫のような虫たちが、風の中を泳ぐようにカルラへと向かう。
カルラとてその虫が身体に入り込めばどうなるか分からない。だがカルラは微かな笑みを浮かべると自ら生み出した〝嵐〟に向けて片手を振るう。
「――【酸の雲】――」
風によって拡散された〝酸〟が細かな線虫をすべて焼き殺して、嵐をどす黒く染めあげた。
だが、その只中にいてカルラは平気なのか? そんなはずはない。
「アハ♪」
酸の渦から焼け焦げたドレスを纏い、酸で焼け爛れた肌で、カルラはまるで花畑で踊る少女のように笑う。
【カルラ・レスター】【種族:人族♀】【ランク5】
【魔力値:472/630】【体力値:7/48】
【総合戦闘力:1827(魔術攻撃力:2740)】
尋常ではない。まともではない。即死でなければ〝死〟ではない。
カルラにとってその痛みでさえも〝生〟の証であり、〝殺す〟事と〝殺される〟事は生きる意味でもあった。
「――【火球】――」
カルラの周囲に一抱えもありそうな火球が四つ生まれ、そのすべてがまだ宙にいるアモルへと降りそそぐ。だが――
『――!?』
その周囲にはまだ殿を務めていたダンドールの騎士たちがいた。
その火球一つでも、騎士の小隊を丸焦げにする威力がある。四つすべてが炸裂すればダンドール総騎士団長さえも巻き込まれかねない。
だが、そこに割り込む者たちがいた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
〝獣〟の咆吼が大気を震わせ、星空を巨大な〝闇〟が切り裂いた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
漆黒の獣の背から一人の男が飛び出し、背にある漆黒の大剣を大きく振りかぶる。
「――【地獄斬】――っ!」
放たれた大剣技レベル5の戦技が荒れ狂う。その一撃はアモルを巻き込むように火球を炸裂させ、その威力を向こう側へと押し返し、ダンドール側へと迫る炎も黒き獣が巻き起こす巨体の衝撃によって防がれた。
『――おおおおおおおおおおおお!!』
そのあり得ない光景にダンドール側の騎士たちから感嘆の声があがる。
「フェルド殿!」
「ご無事か、ダンドール卿っ!」
以前より面識があったのか、その姿を見留め、声をあげるダンドール総騎士団長と騎士たちにフェルドが男臭い笑みを返し、そしてすぐに空にいるカルラを睨めつけた。
「……お前、なんのつもりだ?」
ダンドールを巻き込むように魔術を使ったカルラにフェルドが問い糾すと、カルラは焼けただれた白い肌を見る間に再生させながら、ニコリと微笑んだ。
「私がアリアと約束したのはダンドールへ向かうこと。敵を殺すことだけよ。それ以外のことを期待されても困るわ」
「なんだと……」
「そんなことより……まだよ」
『グァオッ!!』
その時、何かを警戒するようにネロが吼え、フェルドとダンドールの騎士たちがふり返るその先……炎の中でそれが蠢いた。
『――うごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ』
カルラの火球を食らい、フェルドの戦技を受けて尚、アモルはまだ死ねない。滅びることなく再生し、また立ち上がろうとしていた。
「……バケモノか」
ダンドール総騎士団長の声が微かに響く。アモルの背後でも巻き込まれた第二騎士団の騎士たちが立ち上がり、急速に再生を始めたアモルは目を見開いてカルラとフェルドを睨むと、配下の騎士たちに憎しみに満ちた声を張りあげた。
「貴様らぁああ! 攻撃しろ!!」
『アアアアアアアアアア……』
その声に応じて炎の中にいた騎士たちが幽鬼の如く動き出すが、数歩も進まぬうちに再び炎の中に崩れ落ちる。だが、炎の洗礼を免れていた第二騎士団の騎士たちは、そんな仲間の死に様に怯みながらも必死の形相で武器を構え、そんな彼らにフェルドが思わず呼びかける。
「お前たち、まだその男の命令を聞くのか! アモルの姿を見てみろ!」
どう見ても〝人〟ではない。アモルは再生してもその半身はまだ焼け爛れ、右半身も炎を嫌うように人の形さえ取れずに醜く蠢いていた。だが、第二騎士団の騎士たちはそんなアモルを見ても動じることなく、諭そうとするフェルドに胡散臭げな目を向ける。
「殿下は〝人〟の身のまま、人を超えたのだ!」
「冒険者風情が、〝勇者〟であるアモル殿下に何を言うか!」
彼らのその言葉はまるで〝現実〟が見えていないかのようだった。
実際、彼らにはアモルが、以前のアモルのままに見えているのかもしれない。
そんな事があり得るのか? 人の認識さえ変えるようなことが、アモルの【加護】で可能なのか? そもそも半身を〝蟲〟に置き換えるような事など【加護】の範疇を超えているように思えた。
こんな事は、人や精霊が行うことではない。
そんな彼らの様子を空より見下ろし、カルラがよく通る声で呟きを零す。
「あなた……〝悪魔〟と契約したわね」
その言葉が聞こえたフェルドがカルラを見上げる。カルラはそんなフェルドの視線を無視すると、膨大な魔力をその手に溜め始めた。
「待て、カルラ!」
全力でカルラが魔術を放てば、アモルはともかく第二騎士団の不死者には大きな打撃を与えられる。だが今度はフェルドでも魔術を逸らせるか分からない。
「――【竜砲】――」
止める間もなくカルラの大魔力で火魔術が放たれた。だが、その火線は第二騎士団ではなく再生を続けるアモルを巻き込み、真横に線を引くように炎で壁を作り上げる。
巻き上がる炎がアモルたちとダンドールを分断した。だがそれも彼らの進撃をわずかに留める事しか出来ず、第二騎士団はカルラの魔術を回避するように散開して回り込もうとしていた。
でもカルラは、そんなアモルたちを鼻で笑い、寒気のするような瞳をダンドール総騎士団長へ向ける。
「あなたたち撤退するのでしょ? 今なら下がれるのではなくて? 私もドレスを替えたいから、ちょうどいいわ」
「…………」
カルラが誰かを巻き込むことを躊躇するとは思えない。フェルドがその真意を探ろうと睨み付けるが、その答えを得るより先に、我に返ったダンドール総騎士団長が配下の騎士たちに声を張りあげた。
「総員、ダンドールの屋敷へ走れ! 余分な荷を捨てても構わん! 怪我人を全員連れ帰ることを優先せよ!」
『……ハッ!!』
その声に同じく唖然としていた第一騎士団の騎士たちも動き出し、フェルドとネロもカルラを訝しみながらもそれに続く。
「――ふふ」
カルラは炎に阻まれたアモルに紫色の瞳を向け、最後にフェルドたちの後を追いながら、その口元には悪魔よりも悪魔らしい笑みを浮かべていた。
カルラさん14歳。
なにか素敵なことを思いつきました(はーと)
次回は、場面がアリアへ変わります。
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