235 歪んだ聖戦 2
今回も三人称です。場面が切り替わり多少読みにくい面があるかもしれないので、ごめんなさい!
微調整しました。
カークランドが勝利を確信した瞬間――〝声〟と共に闇を切り裂くように一人の少女が現れ、黒い刃を振り下ろした。
(なにっ!?)
どこから現れた? いや、その正体に気付けばどんな不条理でも納得するしかない。
カークランドも彼女のことは知っている。遠くからなら実際に見たこともある。王女殿下の懐刀。ランク5の冒険者。そして……この国で少しでも裏社会を知る者ならば彼女のことは知っていた。
〝灰かぶり姫〟――。
暗殺者ギルドと盗賊ギルドを敵に回して幾つもの支部を壊滅させ、魔族の手からたった一人で王女を救い出した、竜殺しの少女。
敵対は〝死〟と同義と言われる、最強の暗殺者……。
彼女が行方不明になったからこそ第二騎士団も動いた。多くの者は灰かぶり姫が簡単に死ぬはずがないと思いながらも、その身に授けられた〝不死〟の力に酔いしれ、それを真の脅威だと考えなかった。
カークランドもそうだった。見た目はたおやかな美しい少女だったからこそ、その威名を知りつつも、彼や多くの騎士が誤認した。そして、王弟アモルの自信に満ちた言動もあり、カークランド自身がその力の一端を得ることでそう思ってしまった。
この力があれば負けるはずがない。二百人という数字は、戦場に出る騎士団としては少なすぎるが奇襲を行うのならば良い数だ。
特に市街地戦の場合は、大規模な戦場のように数千人が一度に動けるわけではない。一度に矛を交えるのは数十人程度。その規模の戦闘なら軍隊の規模よりも個人の戦闘力が優先され、疲弊や損耗をすることなく、わずかな食料と予備の武器さえあれば永遠に戦い続けられる自分たちは、まさしく無敵の軍隊であった。
だが、カークランドもこの国の騎士であり、誰よりもこの国を愛していると自負している。一般的に考えれば、自分たちのしていることは国家に弓引く行為だと理解していた。国家の在り方がもどかしく思えても政治的にそれを正すのは簡単ではないと、分からないほどカークランドも子どもではなかった。
だが、第二騎士団が王弟アモルと関わるようになり、彼を通じて第二騎士団の慰問に訪れた聖女の〝姿〟と〝声〟を聞いた時からすべてが変わってしまった。
その姿を見て声を聴くことで、カークランドたちは自然と彼女の存在に〝好意〟を抱いた。
好意を抱けばその言葉も信じられるようになる。その言葉を疑わなくなる。そしていつしか、王弟アモルが関わった第二騎士団駐屯地にいた数百名の騎士たちは、王弟アモルと聖女リシアの信奉者へと変わっていった。
たった二百名による〝聖戦〟が始まった。この国を牛耳る旧体制……旧王家であるダンドールとメルローズを制圧できれば、この国は大きく変わる。
その二家が動かなければ、王都にいる近衛以外の騎士団はまともに機能しなくなり、王都にいる中立派の貴族も積極的な介入を控えるようになるだろう。
〝正しい〟行いをしている自分たちが負けるはずがない。当初にあったわずかな葛藤も、〝聖女〟を愛したことで、それが正しいと信じるようになった。
懸念があるとするなら、最強最悪と呼ばれる『茨の魔女』と『灰かぶり姫』の介入だったが、聖女によって真の力を手に入れた王弟アモルさえいれば勝てると、疑いもなく信じるようになった。
だが、その〝灰かぶり姫〟が現れた。どうやって気付いた? どうやってこの場に辿り着けた? 〝灰かぶり姫〟は暗部とも関わりが深いと聞く。たとえ城で王女の侍女長から今回宰相が通る道順を知れたとしても、そこからここまでどれだけの距離があると思っているのか。
カークランドはあらためて〝灰かぶり姫〟に危機感を覚えた。この女は危険だ。絶対に王弟殿下と聖女様の障害となる。
『――ぁあああああああああああああああああああああっ!!』
頭頂部から両断されながらも、カークランドは声にならない叫びをあげて剣を振りかぶる。
死にすぎれば意思は消える。それが生者から死者への変貌とは知らずとも、カークランドは精神の強さで立ち上がり、〝聖女〟の障害となり得る〝敵〟に対して無意識に剣を振るっていた。
それに対して〝灰かぶり姫〟はわずかに目を細め、踏み込みながら心臓にダガーを打ち込み、その頭部を真横に引き裂いた。
『――が……』
カークランドの意識が消え、その間際に自分は本当に〝自分の意思〟で何をしようとしていたのか自問したが、その答えは得られることなく、彼の意識は永遠に常闇へと消えていった。
一瞬の猛攻に血煙が舞い、それを跳ね飛ばすように外套を翻した少女の髪から灼けた鉄のような光が消え、月の光に桃色がかった金髪が煌めく。
その場にいたメルローズ家の人間――特に古くからメルローズ家に仕えている者たちは、その『月の薔薇』の如き輝きに魅入られたように、懐かしき過去に思いをはせた。
「……アリアっ!!」
最初に我に返ったミハイルの声が響き、その声に他の者たちが現実に戻されるが、その少女――アリアはミハイルが動く前に自ら動き出す。
「ミハイル、まだだ」
その場にはまだ二人の不死者がいる。その騎士は死にすぎたせいですでに人の意思は消えていたが、それでもアリアを自分たちの敵と認めて襲いかかってきた。
だが、遅い――。
斬ッ! 騎士の攻撃が初動から最速になるまえに、アリアの霞むような速さで踏み出した足が地面を抉り、首の骨関節に突き刺すように首を斬り飛ばす。
たとえ元々の技能が使え、ある程度の自立行動が可能だとしても、頭部という命令系統が寸断されれば行動力は減退する。
そのまま最後の一体も首を飛ばして無力化したアリアは、その掛け離れた戦闘力に唖然としていたメルローズ家の騎士たちに『後は任せた』と言って、ミハイルの側にいるメルローズ辺境伯のほうへ足を向けた。
「宰相閣下。事態は把握しておられますか?」
「あ、ああ……」
ベルトは、アリアが颯爽と現れ、不死の敵を殲滅したことよりも、彼女が『孫娘』ではなく『王家に雇われた冒険者』として話しかけてきたことに微かな痛みを覚えた。
だが、それでもベルトはこの国の民を護る〝貴族〟であり、その痛みを顔に出すこともなくアリアと向き合う。
「アモル殿下が反乱を起こしたことは把握している。これほど行動が早いとは予想外だが、おそらくはメルローズだけでなくダンドールも同様に襲撃を受けているはずだ」
「城に通達はされていますが……」
アリアはベルトの表情に気付かなかったように顔色を変えることなく、あくまで関係者として報告を始めた。
ダンドール総騎士団長は手勢を率いて屋敷へと向かい、そちらには虹色の剣とカルラが向かったことを知ると、ベルトは『茨の魔女』が向かったことに一抹の不安を覚えるが、それでも宰相として安堵の表情を見せた。
「城から遠話で連絡が来ているのなら、ダンドールは虹色の剣と現地の騎士たちが持たせてくれているだろう」
「宰相閣下は城に戻るのが最善かと思いますが、どうなされますか?」
「っ……」
アリアの発言にベルトではなく、側で控えていたミハイルがわずかに息を呑む。
ベルトたちを発見したのはカークランドだけだが、襲撃隊が彼らだけのはずがない。ベルトが城へ戻るのなら、必然的にアリアが護衛に就くことになる。
宰相として行動するのなら城に戻ることが最善だ。アモルや彼らを煽動する貴族派の計画を挫くことにもなる。だがその場合は、屋敷にいるベルトの妻やこれまでメルローズ家に仕えてくれていた者たちを切り捨てることになり、辺境伯としての名に傷が残る。ミハイルもそう簡単に判断が下せないことも理解できていたからこそ発言を控えていた。
ダンドール辺境伯も同様の選択を迫られ、誇りと家を護るために屋敷へと戻った。彼らの場合は立場が騎士寄りであり、襲撃を許すという行為そのものが致命的となるからだ。
それは国家の総騎士団長としては最善でなくても、多くの寄子を束ねる辺境伯としては必要なことでもあった。
「……屋敷に向かう。城へ通達するのならそちらのほうが近かろう。陛下の許可を戴いて我らは騎士団の到着を待つ。アリア……」
ベルトはダンドールと同じ判断をして、政治的な決着よりも直接アモルの手勢を下すことで、王弟アモルと聖女派、貴族派に対してより強い弱みを握ることを望んだ。その本心は違うとしても、宰相という立場がそうした〝理由〟を必要とした。
だが、そのために必要なことがある。
「メルローズ辺境伯として、アリアに依頼する。手を貸してほしい」
「もちろん」
ベルトはあくまで〝宰相〟として孫娘を死地へと向かわせる選択をして、アリアはあくまで〝冒険者〟として祖父の依頼を承諾する。
「…………」
ミハイルは二人の関係を知らない。自分とアリアの関係も知らない。ただ彼女の側にいられたらいい……そう思っていた。
でも、それでも初めて出会ったときから何か通じるものを感じていた。おそらく祖父は何かを知っている。アリアもそれに気づいている。けれど二人は何も語らず、そんな不自然で不器用な二人にミハイルは微かに目を伏せた。
アリアは治癒魔術を受けていた騎士に【高回復】を使うと、全員に馬に乗るように指示して自分は徒歩のまま先頭に立つ。
『『…………』』
その姿に何を見たのか、年嵩の〝昔〟を知っている騎士がまるで『主家の家族』にするように姿勢を正した。
「私が先導する。ついてきて」
徒歩でありながら馬と遜色のない速度で走り出したアリアに、メルローズの者たちが慌てて馬を走らせた。
「…………」
ベルトはこれから死ぬかもしれない運命に孫娘を巻き込んだ事と、それでもメルローズの危機に駆けつけてくれたアリアに、在りし日の娘の姿を重ね、暗闇を走るアリアの小さな背中と揺れる桃色がかった金髪を、馬車の小窓から複雑な表情で見つめ続けた。
***
「総員、足を止めるな! 突破せよ!!」
アリアがメルローズと合流した頃、王都郊外にある屋敷へと向かっていたダンドール総騎士団長率いる一団は運悪く、第二騎士団と遭遇してしまった。
ダンドール辺境伯が率いていた第一騎士団の騎士は五十騎あまり、まともに戦うのならたとえ倍の数でも戦える実力はあったはずだが、その敵が〝不死者〟であることで、第一騎士団の騎士は徐々に倒されて数を減らしていた。
それに対してすでに敵の正体を知らされていた総騎士団長は、交戦ではなく屋敷にいるダンドールの騎士団と合流するため、即時撤退を選択した。
敵が不死者といえども、籠城戦に持ち込めば勝機はある。貴族派の目もあり動かせずにいた第一騎士団の本隊も、すでに副官がダンドールとメルローズへ向け出陣準備を済ませていた。
だがそれも総騎士団長が屋敷へと到着しなければ、謀反の証拠を掴んでも連絡をすることができない。
本当に運が悪いとしか言いようがない。そしてさらに運が悪かったのは――
「ハハハッ! ついに終わりの時が来たな、ダンドールよ!」
その襲撃者の中に王弟アモルらしき人物がいた。
不確かな情報だが、アモルに不死者を作る力があると聞く。そのアモルがいたことで不死者はさらに活性化し、ダンドールは徒に損耗を重ねていた。
「何故、このようなことをする!?」
「この国の再生のためには必要なことだ! 今の私ならそれができる!」
追いついてきた第二騎士団に総騎士団長が声を張り上げると、第二騎士団の先頭にいた外套を纏った人物がそう返す。
声からして総騎士団長はその外套の人物が王弟アモルだと確信したが、ここまで来て何故に彼は〝顔〟を隠すのか?
「戯れ言を……血迷ったか、アモルっ!!」
「不敬であるぞ、ダンドール! 我こそは女王の王配となる者ぞ!」
「女王!? 王配!? 貴様、本当に狂ったか!?」
ダンドール総騎士団長はアモルの真意を知る。彼の目的は王太子を王にすることではなく、彼を傀儡として実質的な〝女王〟の王配の一人となることだった。
それが錯乱した彼の妄想によるものか、王太子派の真意か分からない。だが、総騎士団長はその女王となる人物が誰か、直感的に理解した。
おそらくは、あの怪しげな女――〝聖女〟だ。
「さあ、そろそろ仕舞いだ! 滅びるがいい、ダンドールよ! 旧世代の遺物よ!」
「くっ!」
アモルが本気で発言しているのなら、この襲撃はダンドールとメルローズのみに留まらず、王家をも害することになる。
狂気に陥ったアモルから、離れた総騎士団長にも感じるほど膨大な魔力が溢れ出し、何かが放たれようとしたその時――
轟ッ!!
そのアモルを中心に渦巻くように炎が立ち上がる。
その炎に数名の騎士が巻き込まれ、広がる炎が夜天を焦がし、ダンドール側も馬が怯えていななき立ち止まる中で、夜空より〝少女〟の声が零れ落ちた。
「あら、わたくしが一番手かしら?」
白蝋の如き肌に波立つ漆黒の髪を靡かせた少女が炎の中に語りかけ、その炎から、右半身を蠢く蟲に変えたアモルが半分だけになった顔で歪に嗤っていた。
ついに判明したアモルの目的。
虫に侵された半身の意味は?
これが挿絵になったら、イラストレーターのひたきゆう先生ごめんなさい!
誤字報告は本当に助かっております。
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つぎラノも、余裕がありましたらよろしくお願いします。





